キツネとタヌキの技
~承前
キツネの男に3発目の落雷があった。
凄まじい音と衝撃が走り、カリオンは気圧されてたたらを踏んだ。
魔道の力で生み出される雷とは違い、天然雷の一撃は次元が違うのだ。
さしものキツネも身体中からブスブスと煙を上げ苦しんでいる。
ただ、普通なら即死級のダメージな筈なのだが……
「……まだ動けるのか」
その頑丈さにカリオンは呆れるばかりだ。
だが、死にきっていないのなら攻撃は続行するしかない。
カリオンは剣を握りしめたまま一歩踏み出した。
こうなればもう理屈じゃなく、死にきるまで殺すだけ。
命を持つ生き物であるなら、その器たる魂を壊せば良いのだ。
「余の国に手を出したことを後悔しながら死ぬが良い」
カリオンは剣をかざして迫った。
モゾモゾと蠢く事しか出来ないキツネの男は、虫の息だ。
どれ程強靱な肉体を持っていようと、自然が持つ力には対処のしようが無い。
――さすがにこれでは……
カリオンだってそう思った。
少なくとも、自分を含めた覚醒者であっても対処は出来ないレベルだ。
だがその時、一陣の風が吹き抜け、カリオンの目の前に老婆が現れた。
焦げ茶の体毛に太い尻尾。そして、ずんぐりむっくりとした体つき。
カリオン自身も初めて見る種族がそこにいた。
このル・ガルから遙か東方の地に住まう一族。
キツネの更に東の地域の住人達。
タヌキ
彼等はキツネの向こうを張る賢しい一門だった。
「聖もドジを踏んだの」
タヌキは手近にあった葉っぱを取ると、自らの頭にのせた。
そして、 両手で素早く印を結ぶとパッと飛び上がって爆転した。
タヌキの一族が使う変化の術。
これは、根本的な部分として魔法による幻影効果では無い術だ。
魔術による撹乱や幻惑で相手にそう見せる術は多々ある。
だが、その術は太古より研究が徹底されていて、すぐにばれてしまうのだ。
故にタヌキのこの術は、自分自身を変化させて化けるかなり高度な呪術。
そして、もはやタヌキの国でも余り使われなくなった禁断の技だった。
狡賢く抜け目無いネコですらも謀るキツネの向こうを張る存在。
タヌキの持つこの術は、キツネをも丸め込める完璧な術だった。
「たっ! 助けて! 殺される!」
カリオンの目の前で金切り声に叫んだのはサンドラだった。
驚きのあまりに大きく目を見開いたカリオンは、慌ててオリジナルを探す。
だが、おり悪くサンドラとガルムは一足早く城内へ消えていた。
「まさか……」
こんな時にも冷静に最善手を取れるだけの場数と経験。
なにより、カリオンをよく観察し研究しているからこその化け術。
正直、実力で負けたと腹を括ったカリオン。
だが、事態はソレで済まなかった。
「帝后陛下!!」
何処からかその声が聞こえ、パッと顔をあげたカリオンは事態を悟った。
タヌキが化けたサンドラを見て騙された者が沢山いたのだろう。
城方から飛び出してきた騎士や剣士が山ほど居た。
忠誠篤き男たちだとも思うのだが、先ずは逃げねばならない。
カリオンはこの時点で自分の悪手を知った。
――サクサク殺すべきだった……
「陛下!」
ヴァルターは抜き身の剣を持ったまま立っていた。
その手を伸ばし、『まずは郊外へ脱出を!』と叫ぶ。
現状においていえば、相手を落ち着かせる事など不可能だろう。
タヌキの化け術は相手が混乱するのがセットだ。
これはどうにも防ぎようのない術のようだった。
「ヴァルター! 余はメチータへ向かう! ウォークを探せ!」
カリオンは手近な馬に跨がると、一気に加速して郊外へと出た。
王立療養所の門を潜り、その中で馬を乗り換える。
そして、来ていた衣服を着替え、一ル・ガル騎兵の姿になって走った。
――参ったな……
正直、ここまでやられるとは思っていなかった。
ル・ガル全体がカリオンに牙を剥くように仕向けているのだ。
どうやって相手を意のままに動かすか。
その一点に置いてはネコもトラもイヌもキツネには敵わない。
本当に賢しい奴らだ……と、愚痴のひとつも言いたくなるのだった……
だが、そんな感情を抱えながらも、カリオンは西へと歩みを進めた。
メチータへの道程は馬で5日ほどだが、歩くのではなく軽く駆ければ2日だ。
歩みを進めたカリオンがメチータへと辿り着いた時、街は騒然としていた。
――まさか……
キツネの手が既にここまで延びていたのか?とカリオンは唸る。
何処まで周到に準備していたんだと驚くばかりだ。
ただ、まずはレオン家に繋がなければならない。
それならばレオン家館へと向かうのが早い。
カリオンは再び町人風の出で立ちとなり街を歩いた。
この街も勝手知ったる所なので、道案内は必要ない。
各所で燻る煙を見つつ、カリオンは段々と事情を飲み込んだ。
――叛乱だ
そう。
メチータの街に起きたのは、ル・ガル国軍非主流派によるクーデターだった。
レオン家配下にある者達が主家を裏切る選択をしたのだ。
――軽はずみな事を……
それを軽挙妄動と呼ぶのは些か酷な話かも知れない。
テレビだのラジオだのと言ったマスメディアは、まだル・ガルには無いのだ。
レオン家の中に居る非主流派の面々は、何らかの偽情報に踊らされている。
そしてそれは、ル・ガル崩壊を企む者達の後ろめたい欲求からだろう。
――そこまでして……滅ぼしたいのか
イヌはとにかく恨みを買っている。
それを嫌と言うほど認識したカリオンは、そのまま館の中に入った。
各所が乱雑に荒れていて、死体が幾つも転がっていた。
――ジョニー……
レオン家のどこかに居る筈のジョニー。
そんな存在にまずは繋ぎを取りたいとカリオンは願っていた……