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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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王の入城拒否

~承前






 カリオンは無我夢中で細い路地を駆けぬけた。

 正直に言えば、こんな無様な走りをしたのは初めてだと思った。

 だが、それをするだけの理由がある。いや、あったのだ。


 ――――マダラの男が出たぞ!


 何処かでそんな声がした。

 ボルボン家館を飛び出したブルは、ドリーを引き連れ一直線に南東へ駆けた。

 馬の蹄が石畳の路地に小気味良い音を響かせ、一気に速度に乗って走っていた。


 ――――追え!

 ――――どうせ行き止まりだ!

 ――――確実に仕留めろ!


 細い路地を抜け文字通りにドブ板の上をカリオンは走った。

 一兵卒ですら無い、町民風の姿になって……だ。


 ――危なかった……


 ブルの機転がピンチをチャンスに変えた。

 細い路地からやや大きめの通りへ出た時、叛乱を起こした兵達が通り過ぎた。

 誰1人としてカリオンに気が付く事無く走って行ったのだ。


 ――……こんなもんか?


 ル・ガル騎兵の実力がこんなものとは思いたくない。

 しかし、現実にはマダラの男に気を払う事無く、そのまま走り抜けていた。

 千載一遇のチャンスをドブに棄てて、そのまま盲目的に命令だけをこなす……


「……………………ッチ!」


 苛立たしげに舌打ちし、カリオンはそのまま街の中をトボトボと歩いた。

 そして、そのまま東へと脱出し、手近な駅逓で馬を借りた。


 まさか自分の名前を言う訳には行かなかったので、ウォークの麾下とした。

 王都へ緊急報告を持っていくので馬を貸して欲しいと駅逓の駅長に頼んだ。


 そして、最低限の休みのみでカリオンは王都へと戻ってきた。

 太陽王で有りながら、供の者が一人も居ない不可思議な姿だった。


「ブルはどうなっただろう……」


 不安げにそう呟きながら、カリオンはガルディブルクの大手門に迫った。

 その時だった。


 ――――止まれ!


 衛兵の鋭い声が通りに響いた。

 カリオンは気にする事無く通過しようとして、そしてそこで気が付いた。

 城の大手門に詰める衛兵が自分に槍を向けているという事実に……


 ――え?


 言葉に出来ない感情がわき起こり、珍しくカリオンは怒りに震えた。

 仮にもこのル・ガルの頂点たる太陽王に槍向けるとは……


「貴様、余の顔を見忘れでもしたか?」


 精一杯に不機嫌を塗りつぶした声でカリオンはそう言った。

 だが、衛兵はまん丸に目を見開き、奥歯をグッと噛んで言った。


「だっ! 騙されんぞ! 王を語る偽者め! 二度ならず三度も本官を愚弄するのか! 今度という今度は許さん! そこへ直れ!」


 衛兵は長槍のカバーをとって構えた。

 全長三メートルを超える歩兵向けの長槍だ。


 ――なんだ?


「本官だけで無く、官房長官殿や親衛隊長まで騙したのであろう! その罪は死を持って償って貰おう!」


 衛兵は大きな声で『ハッ!』と気迫を込めた槍突きを見せた。

 そして、刃先を振り回し、カリオンに突き付けて構えた。


「王の姿を真似てやって来た偽者め! せめて従者の1人くらいは付けて置けば良い者を! ふん!」


 精一杯に相手を威嚇する姿だが、その口から漏れる言葉にカリオンは驚愕する。

 それこそ、何があったのか聞きたいレベルだった。


「生死の境をさまよってられる親衛隊長の仇!」


 衛兵は鋭い掛け声と共に槍を突いてきた。

 それを寸の見きりで躱したカリオンだが、衛兵は二度叫んで槍を突いた。


「これは官房長官の分だ!」


 槍の刃先を縦に構え、鋭い突きで自由範囲を削っていく。

 刀では対抗し得ない距離から致命傷を与えられる槍のモーションは優雅だ。

 しかし、その威力は優雅どころか凶悪なものだった。


「喰らえ!」


 猛烈な速度でブンブンと一撃を加えてくる衛兵をカリオンは頼もしく思った。

 これだけの槍術使いが居るのだからル・ガルは層が厚いと自画自賛だ。


 だが、そうも言ってられないのも事実。

 全ての槍を躱しながらカリオンは叫んだ。


「ヴァルターがどうなったというのだ!」

「自分でやった事だろう!」


 衛兵は聞く耳を持たず、カリオンに槍を突き続けた。

 その穂先全てを躱しながら、ジリジリとカリオンは前進する。


 ――どうする……


 凡そ長槍という武具は、接近戦において致命的な弱点があるのだ。

 それは、懐に入られた敵に対する対抗能力が一切無い事だ。

 故にカリオンは、一気に迫って殴る事を考えた。


 だが……


「待て! そのまま待機!」


 低い声が大手門に響いた。

 それと同時、その通りに姿を現したのはヴァルターだ。

 重傷で生死の境をさまよっているとの事だったのだが……


「ヴァルター! 何があったのだ!」

「……そのお声こそは我が王! しかし……」


 アチコチに斬られた痕を残しているヴァルターは、フラフラしつつ近づいた。

 全身に包帯を巻き、血止めの薬で止血している状態だった。


 血が足りない状態なのか、カリオンの前で蹲ったヴァルター。

 そんな親衛隊長の前に片膝を付いてカリオンは座った。


「ヴァルター。まずはこれを飲め。エリクサーで全快する」


 カリオンは懐からエリクサーを取りだしヴァルターに飲ませた。

 その直後、黄色ともオレンジとも付かない色の何かを吐き出した。


 異常な程の臭いを撒き散らし、ヴァルターの目から曇りが取れた。


「……申し訳ございません。親衛隊ともあろう者が」


 恥ずかしさと悔しさに震えたヴァルターは、カリオンの膝に手を乗せ立った。


「数日前、今回と同じように陛下がお一人で帰還されました。我等は全員で出迎えたのですが、愚かな者ばかりだと全員を愚弄した挙げ句、持っていた太刀で支離滅裂な感じで辺りに居た者を斬ったのです――」


 簡単なジェスチャーを添えてヴァルターは説明を続けた。


「――その後、城の中から騎士団や騎兵団がやって来たのですが、王の剣が凄まじく、次々と憤死して行きました」


 ヴァルターの報告に頭を抱えたカリオン。

 だが、そんな頭痛の種と言うべき問題は、まだまだ終わらなかった。


「まさかと思いつつ自分が駆けつけた時には、この辺りは一面血の海で――」


 ヴァルターはカリオンに抱きつき、おもむろにクンクンと臭いを嗅いだ。

 それは、他の生物では中々実現し得ないものの確認だ。


 イヌの鼻は何があっても誤魔化せない。鋭い嗅覚こそが本人確認の肝だった。


「――あぁ、そうだ。王の臭いだ。この場で狼藉を働いた王の偽者は香のような臭いがしたのですが……」


 そんな説明をし始めた時だ。

 ドヤドヤと騎士の一団が城からやって来た。その後には騎兵もいた。

 凡そ50騎ほどの騎馬と歩行の歩兵が100近く。


 咄嗟に集まったにしては上出来だとカリオンも思う。

 だが、そのどれもがギラギラと血走った眼をして居た。


「我等はもう騙されぬ! 偽の王よ! 何処かへと消えよ! 王ならば帝妃皇太子は何処ぞ! この偽者め!」


 余りの衝撃にカリオンは言葉が無い。

 それはきっと、あのキツネのバケモノが仕組んだ事だろう。

 だが、この場においてそんな事はどうでも良い。


 問題は城には入れないと言う事だ。


「出て行け! 出て行け! 来るな! 来るな!」


 そんな声が合唱のように大手門に響く。

 怪訝な顔色になったカリオンは、その時城から降りてくる存在を見つけた。


「ウォーク!」


 そのウォークは左の片目片腕を失い、杖を突いて歩いていた。

 痛々しいその姿に、カリオンはあのキツネの存在を憎んだ。


「……う、ウォーク……やはり、キツネか?」


 震える声でそう言ったカリオン。

 だが、ウォークは押し黙ったままカリオンを見ていた。

 真っ直ぐに睨み付けるように。

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