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一年生の終わりへ向けて

 六月の第三週。

 暑い夏を前に、ビッグストンでは四年生の卒業式が行われる。卒業生達は国家元首を前にして任官宣誓式を行い、国家と国民の為にこの身を捧げて働くと宣言するのだ。

 そして任官先の各師団なり施設なり組織なりで、着任訓練を三ヶ月行うのだが、その前にこの四年間の総決算というべきイベントが用意されていた。

 なんと、ビッグストン兵学校では卒業式の余興として、寮対抗で騎馬戦をやる事になっていた。そしてそれは、カリオン達ポーシリにとって最大の試練とも言えるイベントであり、卒業までの三年間をどう過ごすか? に強く関わってくる事なのだ。


 校内に設置されている学生寮は東西南北の四ヶ所あるのだが、それぞれのポーシリを使い各寮十五騎ずつ出場し覇を競うこのイベントは、卒業生にとって一生を左右しかねない重要な意味を持っているのだった。


 騎馬戦で優勝した寮の上席卒業生は首席卒業の栄冠を手に入れるのだ。

 つまり、手塩に掛けて育てた配下の者が優秀な騎兵となっているかどうかを比べる事によって、部下統率や戦闘教練能力を確かめるのだ。


 軍隊というところは団結心と仲間意識がなにより優先される。

 そんな中で、自分だけ優秀なら良いという利己的な人間では首席卒業出来ない仕組みであり、ある意味でとんでもなく理不尽な仕組みだ。

 だがそれは軍隊の宿命とも言える。どれほど個人として強くても、たった一人で戦争は出来ない。部下を鍛え、そして信頼して送り出す。それが出来る上官でなければ士官は務まらないのだ。


 もちろん手に汗握って状況を見守るのは卒業生たちだけではない。これから進級する一年二年三年の各寮生にとっても重い意味を持っている。次の一年を負け犬として過ごすのか。それとも勝ち組として優雅に過ごすのかの分かれ道だ。


 ビッグストンの寮は四つあるのだが、最上級と評される寮は御殿(ホテル)と呼ばれている南側のコラル寮。ガルディブルクから見て南側に広がる海を紅珊瑚海とイヌは呼んでいるのだが、そこに暮らす海中種族との国境戦争を行った帝国歴二十五年ごろの南洋合戦から命名されている所だ。


 その次は長屋(アパート)と喚ばれてる東側のミッドランド寮。東方地域に住む多くの種族連合と国境画定の合戦に及んだ帝国歴二十六年ごろの第一次ミッドランド戦役から命名された。


 三番目は西側の士官学校厩舎隣に立つ馬小屋(ステーブル)とあだ名されたフェラム寮。この寮生はいつもいつも『馬臭い』と呼ばれる宿命だ。そして、過去四度行われている祖国防衛戦争のそもそもの発端である、西側地域に暮らしていたネコ系種族連合と最初に大合戦に及んだ帝国歴三年のフェラム戦役から命名されていて、もっとも寮の管理が厳しく、どんなに酷い戦役でも最後まで戦い抜く、任務に忠実なイヌを育てる所として有名だった。


 で、一番下に当たる寮は北側に位置し、完成以来すでに二百年の間、一度も建て替えられていないボロボロの掘っ立て小屋(バラック)と笑われる所だ。他の寮が二階建てで横に広いつくりなのだが、この寮だけは木造ながら七階建てと言う高層建築になっていて、四階から七階までに暮らす学生達は常に階段を昇り降りする事が求められている。


 それは、帝国歴九年ごろよりル・ガルから見て北方地域の暮らす種族と何度も何度も山岳地帯で争っているニンストリール戦役の戦訓からであり、常に足腰を鍛え山岳部に強くなると言う願いを込められていたのだった。

 だが、そんな高層建築を作るには高度な技術もさることながら垂直に歪まず伸びている素性の良い樹を確保する事が最も重要な事で、そんな樹はもはやル・ガル国内の何処を探しても無いと言う悲しい現実にぶち当たっているのだった。つまり、立て替える材料がないから二百年間そのまま。学校の北部と言う事で冬場には冷たい北風が隙間風となって入り込み、夏には熱い南風がいっさい遮られぬまま寮に吹きつけ暑くなる。


 つまり、カリオン達はこの一年、掘っ立て小屋で過ごした事になる。

 次の一年はせめてアパート位には行きたい。シロアリの駆除で年中除虫剤に燻され鼻が痛くなり、森の中と言う事もあって蚤や虱の襲来は年中だった。しかも、かなりキツイ階段を年中昇り降りする事が求められるバラックはもう嫌だ。そんな一念である。


 この一年の間。すぐ上の二年生はカリオン達ポーシリにどこか遠慮していた。それだけで無く、上級生達に何を言われても黙って耐えてきた。そんな二年生の辛さを、カリオンは我が事のように理解した。その前を聞いては居ないが、どうやらアパートに入っていたらしいのだ。

 それ故、三年四年の『応援』と『激励』はどこか血走った目をしていた。それだけで無く、手荒い気合いが注入されるのである。


「分かっているなカリオン!」


 努力の人。フレデリックはカリオンの襟倉を掴んでいた。

 この四年間の努力が実を結ぶかどうかは、この騎馬戦に掛かっている。


「お任せください!」


 力強く答えたカリオンはジョンとアレクサンドロスを交え作戦会議を始める。

 のっけからカリオンはとんでもない事を言いだした。


「正直、他の面子には期待していない。俺たちだけで敵を全滅させよう」

「あぁそうだな。エディと同意見だ。ハッキリ言って足手まといだ」

「そうだな。ジョニーも居るし俺たち三人で全部ぶっ潰してやる」


 アレックもやる気満々で準備していた。

 三人が出陣する騎馬役は寮内でも特別身体の大きい奴を選抜してある。


 この一年。カリオンは授業でも実地でも常にトップを走ってきた。

 それをする事によって、自分の実力でマダラ差別を跳ね返していた。


 馬術でも学科でもあいつにはかなわない。喧嘩だってかなわない。

 そもそも、そこらの学生じゃ一方的にやられるだけの腕っ節なジョンとアレクサンドロスを従える最強のマダラ。そんな評価が生まれると同時に、いつの間にかバラック寮に住むポーシリのリーダーになっていた。


「他の寮の奴らは多分俺を目の仇に襲いかかってくる筈だ」

「だろーな。そこで俺とアレックで横っ面をひっぱたくと」

「要するに、相手の騎馬をつぶしゃいいんだろ? ちょれーって」

「だけどエディもアレックも、あんまりやり過ぎっと教官に目を付けられる」

「だからエディの影でやる。死角を作ってくれさえすればいい」

「だな。俺もジョニーを援護する。要するに勝ちゃいいんだろ? 勝ちゃ」

「そう言うこった。勝ちさえすれば、後は何とでもなるさ」


 バラックのポーシリ三銃士は太陽を背にする陣形を選んだ。

 戦闘開始のラッパと同時に素早く動き、そして、各個撃破しつつ波のように襲いかかる作戦だ。寄せては返す波のように、波状攻撃を試みる。


「我らがバラック連隊に太陽王の恩寵あれ!」


 カリオンの力強い檄が飛び、騎馬戦に挑む各寮十五騎が横に並んだ。

 ロイエンタール伯が旗を振り、ラッパを手にした信号兵が突撃ラッパを吹いた。


 卒業生を含めた各寮の学生が喉も裂けよとばかりに声援を送る中、カリオンの馬が一番最初に北側へ走った。予想通り他の寮の騎馬は一斉にカリオンへ襲いかかる。

 だが、カリオンの馬の最前列に居るのは、イヌの各血統の中でも最大級の体躯を持つ種。巨岩種だ。その体躯はまるで馬のようであり、その力はクマや獅子をも凌駕する。


 鉱山や産業地帯で肉体労働に従事する事も多い彼らの中で、平民出身ながら競争を勝ち抜きビッグストンへ在籍している少年は、カリオンの指示を聞きながら辺り構わず突進する作戦だった。


「ベイル! まっすぐだ! まっすぐ!」

「承知!」


 ベイルと呼ばれた少年は、襲いかかってきたホテル組の騎馬軍団へ突進していった。

 最初の接触で相手の馬を二つ崩し、同時にカリオンの手が乗馬している屋根を崩して馬を壊していく。

 右に控えるボブソンと左に控えるチェンバースは、ギリギリ見えない所で肘を入れたり相手の足を崩したりして馬を壊し続けていた。


 そして最初の接触から十分ほどでホテル組の騎馬が潰走して行く。

 そこへジョニーとアレックが襲いかかり残敵を掃討した。


 ほんの数分でホテル組は壊滅し、続いてカリオンのターゲットは激しい乱戦になっているアパート組と馬小屋組のど真ん中に定められた。


「ジョニー! アレック! 我に続け!」


 カリオンの手がベイルの肩を叩いた。

 どれ程いきり立っていても、相手が剣を振る事は無い。


 僅か八歳の頃から盗賊団とやり合ってきたカリオンだ。

 こんな騎馬戦など娯楽の一環でしか無い。


 振り返ればバラック師団は未だ一騎も失っていない。

 五騎ずつ三つに分かれ一斉に襲いかかって行くと、なすすべも無くアパート師団は崩されてしまった。引き続き馬小屋師団へと襲いかかったカリオンは労せず複数の騎馬を崩してしまい、これまた一方的勝利を収めた。


 バラック師団は最後まで一騎も失う事無く、他の寮は全ての馬が崩れていた。

 完勝だと胸を張ったカリオン。その左右へジョニーとアレックが居た。


「なんだよ、ちょれーじゃねーか」

「あぁ。案外大したこと無かったな」


 毎年一時間近い熱戦となる騎馬戦だが、今年は僅か三十分程度で終わってしまった。

 その鮮やかな手並みに他の寮生からも惜しみない拍手が送られた。

 そして、カリオンはジョニーやアレックと共に卒業生の所へ行き勝利を報告した。


「報告いたします! 我が連隊は敵戦力の無力化に成功いたしました! 被害は軽傷者のみであります!」


 年がら年中喧嘩していたジョニーとアレックはカリオンを挟んで並び立ち、卒業生に向かって敬礼している。その姿を見ていたカウリは目頭を押さえ涙を流していた。


「カウリ卿。これは将来が楽しみですな」


 ロイエンタール伯はカウリ卿へハンカチを渡しつつ、その背を叩いた。

 背を叩かれたカウリは涙を拭きながら、逞しく育ったカリオンを見ていた。


「あの幼い頃から馬を駆っていた子供がな。あぁ、素晴らしい。本当に素晴らしい」


 貴賓席で見ていたカウリだが、ふと振り返ったカリオンはカウリを見つけガッツポーズを決めた。本来なら『品行不良』と咎められるのだろうが、その行為を咎め立て出来る様な剛の者は、この場に一人も居なかった。


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