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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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ブルの本気

~承前






 ――まずいな……


 カリオンは内心でそう一人ごちた。

 全体としてみれば近衛騎兵は上手くやっている。

 一騎当千の荒武者は、少々の敵など問題にしない。


 だが、今回はかなりヤバいとも直感していた。

 少なくとも街の中に居る敵勢力は千を軽く越えているのだ。

 どれ程に近衛騎兵が優秀であろうと3倍を越える敵とは戦えない。


 ヒトの世界の超絶な飛び道具でもあれば良いのだろうが……


「ドレイク。全体としてどうだ?」


 謀叛の報告から既に二時間が経過し、全体を把握出来る状態だ。

 ボルボン家留守居役はラルフと名乗る男らしい事がわかった。

 あのデュバリーの片腕だった番頭格との事だ。


 どうやらこの男はバリーの手掛けていたビジネスにおいて稼ぎ頭だったらしい。

 そしてそれは、間違いなくヒトを売り捌くビジネスのようだ。

 商売の邪魔をされて面白くない。実際のところはその程度かもしれない。


 だが、中身はどうあれ先ずは脱出だ。

 カリオンに対する謀叛ではなく、ル・ガルに対する武装蜂起。

 つまり実態としては『叛乱』が真相らしいが……


「中央のみならず全域で圧されています。正直、荷が勝ちすぎです」


 常に強気なドレイクが弱含みだ。

 珍しいな……と驚くものの、現状ではやむを得ない。

 軍人は究極のリアリストでなければ勤まらないからだ。


 現状を希望的観測抜きに悲観的な評価をする。

 そして、それの改善に最大限努力する。その積み重ねで軍人は事を成す。


 そう癖付けされた精神は死ぬまで続くのだった。


「無理に脱出を図らなくとも良い。蜂起の首謀者と話が出来れば良いのだがな」


 カリオンは軽い調子でそう言った。

 悲壮さは欠片もなく、自体は解決できると確信している素振りだ。


「陛下! なにを悠長なことを! これは内乱ですぞ!」


 ドレイクは瞬間湯沸し器のように沸騰した。

 何を馬鹿なことを!と怒り心頭一歩前だが……


「あぁ、解っているとも。ドリーの心配もな。ただ、蜂起せし者もル・ガル市民ぞ。すなわち余の同胞なのだ」


 それが甘いと言うのだ!とドレイクは今にも爆発しそうだ。

 しかし、国民同士が戦闘するのは避けたいのが本音。

 他国への対抗力を維持するためには頭数も大事なのだ。


 何より、ル・ガルが弱体化したとの印象が振り撒かれると困るのだ。

 戦争を抑止する最大のファクターとは、国家間の信頼や友情などでは無い。

 そこに厳然と存在するのは純粋な恐怖だ。


 ル・ガル国軍約50万と呼ばれる大軍団が押し寄せてくるかも知れない。


 見渡す限りの平原を埋め尽くしたル・ガル騎兵の突撃を止める手段など無い。

 他国はそれが怖くてイヌの国への手出しを控えている。

 その重要なファクターが崩れれば、それは亡国へ一直線だ。


「難しいとは思うが上手くまとめて欲しい」


 カリオンは信頼しているが故の言葉をはく。

 そんな姿を見れば、ドレイクも奮闘せねばと思った。


 ただ、そんな空気を読んだのかどうかは知らないが、ブルが唐突に切り出した。


「……思うに南東側が弱い気がするんだが、どう思う?」


 黙って事態を観察していたブルは何かを気が付いたようだ。

 言われてみれば南東側の細い路地には録に人の気配がない。


 こちら側の路地は商品等がそれほど通らない無いのかもしれない。

 或いは行き止まりになっているのかも知れない。


 戦力的に勝っているなら、後は集中投入して山津波の様に押しつぶすだけ。

 大軍に軍法要らずと言うように、数的有利はいつの時代も一大原則。

 その法則を思えば、頭数が無いところは必要ないか、それとも……


「そうだとして、どうするんだ?」


 カリオンはその中身を問うた。

 ブルは時々無茶をするからだ。


「北西側の通りに人が集まっている。これは南西側にカリオンを誘き出す作戦じゃないかと思うんだ。南西側に伏兵がいて、何処かで通りを塞き止めてあって、そこに追い込んで仕留める作戦だ。だから――」


 ブルは何も言わずにカリオンのマントに手を掛けた。

 それを寄越せと言わんばかりにだ。


「――俺がこれを纏って馬で飛び出す。ドリーも一緒に来てくれ。罠にかかった!と連中が戦力を集中すれば北西側の通りが手薄になる。蜂起した側だって色々運んだるするのだろうから通りを開けてある筈だ。二重の罠を張るほど支度する時間があるとは思えない」


 ブルの言い出したことにカリオンが驚く。

 集中力の続かない男だが、ここ一発の実力は大したものだ。


 だが、誰かの犠牲が前提の作戦を取れるほどカリオンは非情じゃない。

 甘いとか生ぬるいと言われても、カリオンは非道を嫌う。


 その甘さが命取りになるとジョニー辺りには年中言われているのだが……


「バカを言うな!」


 カリオンの方が先にぶち切れたが、当のブルは涼しい顔だ。


「論議をしている暇は無い。まずは脱出しよう。なに、死ぬと決まったわけじゃないさ。敵は所詮烏合の衆。引き付けるだけ引き付けてから反撃に転じる。狭い路地で正面衝突するなら数的有利は意味がない」


 それは平面機動戦術における一大原則だった。

 戦列で押しつぶすのが騎兵の常道だとしたら、ル・ガルはその先に進んでいた。

 シュサを失った機動戦の戦訓としてゼルが残して行ったのは究極的鏖殺戦術だ。


 逃げ道を潰し、敵の不利な側から攻撃し、打ち損じは後続に任せ前進する。

 その電光石火な突撃戦術は、鍛え上げられた騎兵のみが実践できるのだ。


「さぁ、行ってくれカリオン。俺は王に受けた恩義を果たす義務がある。ここまで取り立ててくれた恩義だ。スペンサー一門の名を穢す事無く役に立てるんだ」


 ブルは屈託の無い笑みを浮かべてそう言った。

 正直に言えば、ブルには知恵遅れの気があるのだ。

 本来ならもっと穏やかな職に就き、穏やかな人生を送るはずだった。 ただ、部門の誉れ高い尚武の名家スペンサーにおいて、それは許されなかった。


 幾つになっても子供の様に素直で、表裏を作れないごまかしの出来ないブル。

 それはブル自信が嫌と言うほど分かっているのだろう。

 故に、尚武のスペンサー家においてブルは自分の役目を知っていた。


 いや、もっと正直に言うなら、スペンサー家の中で期待されている事を……

 自分自身の使い道をブル自信が知っていたのだ。


 自分は戦にしか役に立たない存在だ……と。

 それ以外に全く役に立たない存在だと自分を律してきた。

 知恵遅れであっても、本当はもっと様々な能力を発揮できた可能性はある。


 だが、公爵五家の中でもっとも戦闘に特化したスペンサー家の宿命なのだろう。

 全ての可能性を否定し、純粋に騎兵として生きる事で存在を許された。

 公爵五家が支える主家アージンの当主を守る為にのみ存在を許されたのだ。


 そしてその許しは、王の為に戦い、騎兵の本分を全うする事で果される。

 だからこそ、カリオンはブルを放っては置けなかったのだ。


「ゼル様の教えにあった事を思い出したよ。死ぬか生きるかの土壇場に立ったときは死ぬ方を選べってやつ。その場に行って奮戦すれば、結果的に生き残れる」


 ブルはカリオンのマントを勝手にはがすと、自らの両肩に掛けた。

 猛闘種特有の濃い灰色の体毛は、どうやってもマダラには見えない。 故にブルは黒い手ぬぐいを頭に掛けてから兜を載せた。

 目深に被った馬上兜ならば、遠めに見ると解らない。


「これで良いんだ。帝妃さまは別立てでソティスを脱出させる。そっちは部下に任せる。なに、そっちも心配ない。だから……さぁ行ってくれ。ル・ガルで一番運の良い男から運を少し分けてもらった。カリオンが王都へ帰ればあの反乱軍の負けだ。ル・ガルが常に一体である事を他国へ知らしめるためにも……死なないでくれよ」


 ブルはカリオンの心臓に自らの拳を付きたてた。

 それは騎兵が見せるお別れの挨拶で、カリオンは言葉が無かった。

 悲壮な覚悟を決めた男は、ただただ豊かに微笑んでいた。


 ――――我々将校は部下に死ねと命じる

 ――――部下は命令を果たす為に命すら差し出す

 ――――カリオン

 ――――君は死ねと命令する我々に対し『死ねと命令しろ』と

 ――――それを命じる立場になる


 ふと、脳裏にマーク・ダグラス・スペンサーが出てきた。

 そして、心理指導教官の言葉を思い出した。


 ――――いま兵を犠牲にすれば国家が助かる

 ――――その時、死ねと命じられるかどうかで指揮官の価値が決まる

 ――――必要な時に兵が死なずに済む手を選び、結果祖国が蹂躙される

 ――――君らはその難しい場面で決断せねばならない

 ――――生きよ。生きて逃げよと命じる事は容易いのだ


 いま、名誉ある死に場所を得られた1人の騎兵がここに立って笑っているのだ。

 見上げた先の太陽を眩しそうに眺めるような、そんな表情で自分を見ていた。


 ――――だが、手塩に掛けた部下に死ねと命じる事は難しい

 ――――死に行く部下に許しを請うな

 ――――だが後悔だけはさせぬよう立派な指揮官を演じるのだ

 ――――どれ程難しくとも どれ程辛くとも

 ――――諸君らは 士官なのだ


「あぁ……わかった。そうしよう。献策を採用する。北西に脱出するから時間を稼いでくれ。騎兵の本懐を遂げるんだ」


 カリオンは自然な言葉でそう言った。

 ただ、ごく僅かにその言葉が震えているのは、どうにも誤魔化せなかった……

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