クーデター勃発
それは、文字通りに唐突な声だった。
「陛下!」
――ん?
陛下と呼ばれ辺りを見回したカリオン。
その視界に写ったのは、濛々と砂塵を挙げてやって来た騎兵の列だった。
「……ドリーか」
大陸中央部の高原地域とは言え、夏場ともなればそれなりに温度はある。
だが、そんな夏の空気を推して駆けてきたドレイクは凄まじい形相だ。
「……碌な予感がしないな」
ボソリと零したカリオンの言葉にサンドラとガルムが笑う。
そんな空気も露知らず、ドレイクはカリオンの前までやってきた。
茅街から南東へ30リーグは進出しただろうか。
かつてゼルの道と呼ばれた街道の途上だった。
「陛下! お探しいたしました! まったく!」
完全なギャロップ体勢でやって来たドレイク。
その馬はハァハァと荒い息をしていた。
「水場がろくに無いこの街道でなんて馬の乗り方をしている。これでは騎兵連隊の長など勤まらんな。失格だ」
文字にすれば厳しい言葉だが、実際には笑いながらそれを言ったカリオン。
ドレイクは顔色を変えて反論した。それこそ、鉄火の如き勢いだ。
「それを言うなら誰にも行き先を告げずにふらりと王都から居なくなる太陽王が失格ですぞ! ブルも知らぬとあってはウォークに聞くより他ありませんでしたが、知らぬ存ぜぬ行方不明だの一点張りで往生しました!」
ドレイクの言葉にフフンと鼻を鳴らしたカリオン。
やや不機嫌そうな顔色になり、斜に構えてドレイクを見ていた。
「……と言う事は、あいつめ。口を割りおったな? これではまずアイツが官房長官失格だ。城からつまみ出してやるか……」
腕を組んで険しい表情になりカリオンは言う。
しかし、そんなカリオンを余所に、ドレイクは更にヒートアップした。
「誰が最初とかはどうでも良いんです! 何で私を連れて行ってくれなかった!」
グッと握りしめた拳を振り上げドレイクは叫んだ。
「王と駆ける日を一日千秋の思いで待っているというのに!」
男が男に惚れる……
その純粋な思いは眩しくも有り怖くも有り……
「そうだな。ただ、ドリーを連れて行くと街を焼き払いかねんからな」
冗談のように言ったカリオンは、騎兵たちに馬の手当てを命じた。
騎兵たちは行軍用の小さな水桶を使い、愛馬に水を与えている。
暑い環境で走り続ければ、幾らタフな軍馬でも消耗が激しいのだ。
「わっ! 私だってそれ位の分別は付きまする!」
今にも大爆発しそうなドレイクは、不承不承に言葉を飲み込んだ。
ただ、気だけはどうしても収まらぬようで、ブルを呼びカリオンに言った。「このザマですぞ!」 ――と。
ちょっと頭の弱いブルだが腕っ節だけはめっぽう立つ。
そんなブルがアチコチにタコ殴りされた痕を付けていると言う事は……
「おいおい……」
流石にそれはやり過ぎだ……と言おうとしたのだが、その前にブルが言った。
「あぁ、これは丞相殿では無く親衛隊長です」
「え? ヴァルターが?」
「はい」
流石のカリオンもここまで来て事態を飲み込んだ。
ドレイクはカリオンの行方を捜してブルに尋ね、次にヴァルターに尋ねた。
すると今度はヴァルターがブルを糾問し、少々手荒な事に及んだ。
ブルは行方を知らなかったので、苦し紛れにウォークの名を出した。
そして……
「じゃぁウォークもか?」
ウォークも殴られたのか?と問いただしたカリオン。
それに対しドレイクは首を振った。
「流石にそれはありませんが……聞き出すまでに随分苦労しました」
「……その手段は聞かないでおこうか」
腰に手を当て、ドレイクは言った。
深い深い溜息を混ぜながら。
「……そうしていただけると助かりますな。で、とりあえず騎兵200名を連れて参りましたが……ソティスで一旦休みましょう。それから王都へお戻り下さい。とりあえず聞かねばならぬ話は多々ありますので……今夜は長くなりますぞ?」
ドレイクの浮かべた渋い表情に、カリオンは笑いを堪えるのがやっとだった。
――――――――帝國歴392年 7月 18日
ル・ガル中央部 古都ソティス
ソティス中心部のボルボン家館は無人となっていた。
シャルルは館を使って良いと伝えたらしく、カリオンはまずそこへ入った。
しばらく来ない間に随分と荒れてしまっているが、それでも古都の中心だ。
どこそこに格式と伝統を感じさせる優雅な建物となっていた。
ただ、デュ・バリーをその手に掛けたカリオンは、何となく腰の据わりが悪い。
ボルボン家縁者から集まってくる、そこはかと無い悪意の眼差しが痛いのだ。
「……食事は簡単なモノで済ます。面倒をしない方が良い」
遠回しに危険を伝えたカリオン。
ドレイクも『左様ですな』と応え、館の中庭で騎兵が行軍食を拵え始めた。
ボルボン家館の周辺にはいつの間にか豪商の屋敷が建ち並んでいた。
その窓窓からこちらを伺う眼差しがあつまり、騎兵たちは落ち着かないようだ。
「ドレイク。ブルもだ。来い」
館の中にふたりを呼んだカリオンは、簡単に茅街のあらましを伝えた。
検非違使について知らなかったブルはともかく、ドレイクはウンザリ気味だ。
とにかくヒトの街をどうにかしたいのだが、現状ではどうにもならん。
ここから先はちょっと強引な手法をとらざるを得ないとカリオンはこぼした。
「……キツネの国の何者かが一枚噛んでいる。国家を挙げたものか、それとも個人でなのかは解らん。だが、あのキツネが絡む以上、何かしら大変な事が起きるだろう。充分注意してくれ」
訓示では無いが、カリオンはドレイクとブルにそれを伝えた。
それは、信用しているが故の信頼の言葉だ。
信じ用いてこそ信用であり、信じ頼るからこその信頼。
その両方を得られたと言う感謝がドレイクの心に沸き起こった。
「……畏まりましてございます。陛下」
ドレイクは恭しく頭を下げて了解の意を示す。
何とも崇高で気高いシーンだとサンドラは思うのだが……
「陛下!」
建物の中へ血相を変えた騎兵が飛び込んできた。
今度は何だ?と眉間に皺を寄せたカリオンがそちらを向く。
騎兵は肩で息をしながらも大きな声で報告した。
「ボルボン家ソティス留守居役! 謀反の由にございます!」
大きな声でそう報告した騎兵。
ドレイクは間髪入れずに『なんだと!』と叫び、ブルは剣を抜いた。
「始まったか……」
ボソッと呟いたカリオンは、思わず眉間に手を当ててしまう。
あのキツネがただで終わらすはずが無い。
ここから先は相当な事をしてくるだろう。
「陛下。まずは王都へ脱出を」
ドレイクはそう進言すると、麾下の騎兵へ矢継ぎ早に指示を出す。
その手慣れた様子に、カリオンはドレイクの成長を知った。
「王の脱出を支援する。敵の規模と編成を調べよ。早馬担当は王都へ向かい応援を頼め。残る者への指示は簡単だ――」
各中隊の隊長に出した指示は、これ以上なくシンプルだった。
「――我が帝國の興廃は王の命と共にある。各員はそれぞれの持ち場にてル・ガル騎兵の義務を果たす事を期待する。各員いっそう奮励に努力せよ。以上だ」
全員が『はっ!』と応えてその場を離れた。
敵の規模すら掴めない厄介な戦闘はこうして始まった。
「始祖帝ノーリよ…… 所詮は血塗られた道と言う事ですね」
誰に語りかけるでも無く、カリオンはそう独りごちていた。