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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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ばれた!

~承前






「全員下がれ!」


 カリオンの声が鋭く響く。

 ただ、そんな事を言われるまでも無く、全員が一斉に後退した。

 並の覚醒者よりも頭二つは大きなそのバケモノは、全身から膿臭を放っていた。


 正直、鼻が曲がるほど臭い姿。だが、抵抗しないわけにはいかない。

 癇癪を起こしデタラメに言葉を発するヴォルドは荒れ狂っている。


 ――どうする?


 正直、どう攻撃したものか手順が思い浮かばない。

 バケモノは目の前にあった柳の木をへし折って武装している。

 ブンブンと轟音を立ててその木を振り回しているのだ。


 傍目に見ればまるで小枝でも振っているかのような姿。

 だが、その柳の木は枝まで入れれば軽く10メートルを超える。

 しかも柔軟性のある柳故か、大きく撓って威力を増してそうだ。


 ――当たったら痛いな……


 そんな事を思ったカリオンは、討ち死にした騎兵の馬上槍を手に取り投げた。

 効くはずも無いとは思ったが、徒手空拳で勝てそうな相手でもない。

 そして、力一杯投げた槍は、浅く刺さって地面に落ちて終わった。


「ガルム! 母さんと別当を連れて逃げろ! 検非違使本部へだ!」


 カリオンは大声でその指示を出し、合わせてイワオとタロウに前進を指示した。

 検非違使達がグッとせり出して迫るが、そのバケモノは柳の木を振り回す。

 正直、まともに受ければ相当なダメージを覚悟しなければならない。


 ――まいったな……


 打つ手無しを知ったカリオンは、まず近衛騎兵を逃がす事を選んだ。

 正直、普通の騎兵で勝てる相手ではないのだ。


「全員後退しろ! 馬は後方へさげるんだ! 距離を取れ!」


 騎兵は指示を聞き柔軟に行動して距離を取る。

 だが、その開いた距離が命取りになるとはカリオン自身も思わなかった。


「あっ!」


 それを誰が叫んだのかは解らない。ただ、女の声だとカリオンは思った。

 サンドラかコトリかどちらかだろうが、それはこの場合にはどうでも良い事だ。

 問題はその悲鳴染みた声の内容で、バケモノは抱えていた柳の木を投げたのだ。


 ブンと音を立てて飛んだ柳は、一撃で近衛騎兵を押し潰した。

 生き残っていた八騎の中で、腕を失った者を含め3名が即死した。

 そして、同じく3名ほどが重傷のようで、ウチ1人は時間の問題だ。


 ――エリクサー!


 無意識に懐を確かめたカリオンだが、既にエリクサーの予備は使い果たした。

 こうなれば回復魔法を使うしか手は無いのだが、カリオンにそれは無理だった。


「くそっ!」


 荒々しい言葉を吐いてカリオンはバケモノを回り込む。

 騎兵の元へと駆け寄ったのだが、重傷の近衛騎兵は既に事切れていた。


「王よ! 我等が時を稼ぎます! ここを脱出して下さい!」

「ならん! ならんぞ!」


 騎兵の脱出提案を即座に却下し、軽傷の騎兵に手ぬぐいを巻いた。

 額から流血している騎兵の血を止め、カリオンは振り返って叫ぶ。


「距離を取り矢を射掛けよ! 牽制し続け意識をこちらに向けるのだ! 敵はあのバケモノでは無い! あのキツネだ!」


 カリオンは思いつきでそれを言っていた。

 全く自然に口から出た言葉だが、自分で自分の言葉にハッと驚いた。


 そうだ。その通りだ。

 問題はあのキツネの男だか女だか解らない存在だ。

 アレが魔力の供給点となり、あのバケモノは動いてるはず。


 つまりは……


「余が斬り込む! 援護しろ!」


 剣の柄を握り治したカリオンは、自らのマントを振り払い身軽になって構えた。

 騎兵たちが『陛下!』と叫ぶなか、カリオンは『征くぞ!』と叫ぶ。


 不安も怖れも無かった。そこにあるのは純粋な闘争心。そして反抗心。

 負けたくないと言う純粋な願望がカリオンを突き動かしていた。

 最も闘争心の強い血族である黒耀種の本領発揮だ。


「余はル・ガルで最も幸運な男ぞ! 余を信じよ!」


 カリオンは大地を蹴って一気に加速した。

 正直、誰もが目を見張るような飛び出しだった。

 しかし、その飛び出しが結果としてカリオンの命を救った。

 ほんの僅かな差でしか無いが、その間が重要だったのだ。


 バケモノは近くにあった街路樹をへし折り、戦っていた。

 イワオやタロウを始めとする検非違使は、瓦礫を投げつけ戦っていたのだ。

 その戦闘の最中、バケモノはカリオンに向けて街路樹を投げつけた。


 検非違使の意識を剃らそうとしたのか、それとも隙有りとみたのかは解らない。

 だが、少なくともそれは完全な予想外の一撃だったのは間違い無い。

 事実それをまともに受けた近衛騎兵は、2人とも直撃を受け昏倒した。


 ――あ……


 それ以上の反応をカリオンは出来なかった。

 吐血して果てるシーンのみが視界の片隅に見えた。

 イワオとタロウは圧されていて、検非違使も順次後退中だ。


 ――まずいな……


 ジリジリと後退するガルム達は、遂に検非違使本部の前まで下がった。

 馬上槍や瓦礫を使ってバケモノを誘導しようとカリオンは試みるが効果は無い。

 ただ、そんなカリオンの目の前でサンドラに危機が迫った。


「いい加減にしなさい! 何が目的でこんな事を!」


 サンドラはトウリとガルムの前に立ちはだかって言った。

 グッと顎を引き、三白眼に相手を睨み付ける姿勢だ。


 思えば彼女はいつもいつも、どこか不安げな様子だった。

 だが、王都に暮らし始め30年近くが経過し、彼女は変わった。


 太陽王の妻として、厳しい局面を越えたと言うのもあろう。

 あるいは、河原の決戦で経験した、毅然とした態度の意味を知ったのだろう。

 そうやって人間的な厚みを増したサンドラは、ヴォルドを睨み付けていた。


「おうおう……楽しいのぉ……ヒヒヒ」


 無敵の愉悦に笑いを零すヴォルド。

 バケモノを背負って立っている状態で、スッと手を伸ばし払った。

 先ほどトウリを吹き飛ばした一撃のように、サンドラも吹っ飛んでいた。


 体重的に軽い分だけ吹っ飛び方が激しいのはやむを得ない。

 ガルムが慌てて『母上!』と駆け寄ろうとするが、ヴォルドは笑ったままだ。


「邪魔をする出ない。邪魔を。妾は邪魔をされるのが一番嫌いじゃ」


 フヒヒと生理的な嫌悪感を溢れさせる笑みでヴォルドはサンドラに迫る。

 目標はサンドラの脇にいるガルムだろうと誰もが思った。


 正直、邪魔さえしなければ安全だと全員がそれを認識している。

 そして、そうなった時にはどうしたって足が止まってしまうのだろう。

 だが、それはカリオンを沸騰させるには充分な威力だった。


「いい加減にしやがれ!」


 カリオンは遂に上着を脱ぎ去った。

 そして、グッと全身に力を漲らせ覚醒体へと変身する。

 一気に視界が高くなり、バケモノに迫った。


 ――まだでかいのか……


 バケモノはカリオンよりも頭二つ大きい。

 だが、だからどうなのだ?とカリオンは意に介さず踏み込んで一撃を入れた。

 下からの強い一撃をボディに入れると、バケモノが僅かに持ち上がった。


 返す刀で左手からのフックを叩き込み、その身体をくの字に曲げた。

 身体を右にねじったのだから、今度は右から左へ斜め45度の打ち降ろしだ。

 くの字に曲がっていたバケモノの後頭部に拳がめり込む。


 左右に振れる振り子の様に、カリオンは左右両腕でつるべ打ちに殴り続けた。

 普通なら息継ぎが必要な間合いをこえ、10発20発と殴りつつけた。


 それを見ていたタロウが参戦し、逆サイドから同じように殴り始めた。

 重量級な覚醒体の凄まじい一撃が連続して叩き込まれ続ける。


「グエェ」


 ふと見れば、ヴォルドがベロベロと血を吐きだし始めた。

 このバケモノと何処かが繋がっているのか、ダメージを共有してるらしい。

 理屈は解らないがそれを直感したカリオンは殴るポイントを修正した。


 右の拳を固く握ってバケモノのこめかみへ。

 左の拳を強く握ってバケモノの顎下辺りへ。

 リズムよく頭目掛けて連続攻撃を加え続ける。


 その間も逆サイドのタロウがボディへ攻撃を入れているのだから始末に悪い。

 流石のバケモノも片膝を付いてしまうが、カリオンは攻撃を止めなかった。

 その一発一発を丁寧に、心からの殺意を込めて強く、強く、強く。


「どうした!」


 カリオンの攻撃は全く休む事が無かった。

 一気に踏み込んで全身をグッと捻りながらのフィニッシュブローを叩き込む。

 その拳は完全にバケモノの頭蓋を捉え、捻り潰しながら粉砕した。


「ギャァァァァァァァァァ!!!」


 ヴォルドは絶叫を挙げその場に蹲って転げ始めた。

 それと同時、バケモノはグチュグチュと気色悪い音を出し始めた。

 全身から黄色い膿汁を垂らしながら、おぞましい悪臭を放って溶けた。


 ヴォルドは痛みに悲鳴を上げながら飛び上がって苦しんでいる。

 そのヴォルド目掛け、カリオンは振るパワーで殴りつけた。

 まともに拳を受けたヴォルドは吹っ飛んでいき、何処かへと消えた。


「逃がしたか!」


 思わぬ失態に奥歯を噛んだカリオン。

 だが、そんな事など失態の打ちに入らない事を、カリオンはまだ知らなかった。

 バケモノを粉砕した一連の戦闘全てを、重傷を受けたこの近衛騎兵が見ていた。


 そして、『バケモノが二匹……』と呟き、街を飛び出して行った。

 崩壊の序曲も盛り上がりを見せ始めるのだった。


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