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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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淦玉

~承前






 ――――ソレイ・ラ・リルラ・ホラ・フーレラゥ・ホン・ワラ……


 カリオンはやや長めの詠唱を行うと、剣先に光を貯め始めた。

 それを見たヴォルドが顔色を変え何事か行いかけた時、カリオンは剣を振った。


 剣先が風を切る音が響き、その音に続いてドンという衝撃音が響く。

 何が起きた?と全員が驚いてカリオンを見たのだが……


「バカな!」


 ヴォルドが悲鳴染みた声を上げる。

 カリオンが行ったのは暴風の魔術だった。


 振り下ろされた剣の向こうに大きな風の壁が出来上がった。

 その風の壁は、嵐の夜に吹き荒れるような暴風となって吹き抜けた。

 強いストリームは、覚醒者の死体が纏う黒い霧を吹き飛ばす。


 触れる事の出来なかった瘴気の粒子は、風に乗って何処かへと消え去った。

 魔法には魔法の道理が有り、その道理を外れて効果を為す事は無い。


 ヴォルドの魔術によって作り上げられた黒い霧は何処かへと消え去った。

 魔術の発動者から遠く離れた瞬間、自然に分解してこの世界に消えて溶けた。


「これで良かろう……かかれ!」


 カリオンの命が響く。その声を聞いた六波羅の剣士達が一斉に斬り掛かった。

 そして、カリオンと共に王都から来た12名ほどの近衛騎兵が襲い掛かった。


 所詮は死体でしか無く、動きは遅く勘は鈍い。

 アチコチを斬りつけられ、死体の筈な覚醒体は背を向け始めた。

 ただ、逃げようにも動きが遅すぎてどうにもならない様だ。


 だが……


 ――あっ!


 勝ちを確信したカリオンが叫ぼうとして言葉が出なかった。

 近衛騎兵の槍が覚醒死体のど真ん中を貫いた時だった。

 その死体の中から溢れ出た黒い液体を騎兵がまともに被ってしまった。


 馬が足を止めデタラメに暴れ始めと、騎兵は振り落とされ同じように震えた。

 その痙攣のような震えが治まったあと、騎兵はゆらりと立ち上がった。


「拡大再生産するとは始末に悪い……」


 タカはそんな事を呟きながら騎兵に斬り掛かった。

 これももう動く死体だと確信したからだ。


 ただ、頭でどれ程それを理解していても、心がそれを拒否する時もある。

 斬りかかったタカの前に騎兵が身を挺して飛び出していた。

 鋭い声音で『待て!』と叫びながら。


 だが、そんな英雄的かつ博愛的な行為は、最悪の結末となって突きつけられた。

 身を挺して仲間を庇った近衛騎兵は、庇った筈の仲間の槍に貫かれた。

 覚醒死体を突き刺したばかりの槍ゆえか、貫かれ吐き出した血が黒かった。


 ――まずい!


 それは雪崩を打って連鎖する死の伝播だった。

 凡そ騎兵と言う者は、必ず隊列を組み戦列を作れと教育を受けるもの。

 つまり、何処かで1人が崩れれば、その戦列全てが崩れてしまう。


 事実、四騎一組となっていた騎兵のグループは、一瞬で全てが喰われたようだ。

 規律と統制を優先する騎兵の強みも、この場合は仇になってしまった。


「近衛騎兵下がれ! 検非違使も距離を取れ! 六波羅は返り血に注意しろ!」


 現状でまともに戦える戦力は六波羅だけとカリオンは判断した。

 ここで冷徹な決断が下せるかどうかで王の価値は決まる。


 例えそれが元仲間だとしても、容赦なく斬り捨てられる心の強さが必要な局面。

 その土壇場に立ったとき、厳しい鉄火の洗礼を浴びた六波羅の方が冷徹だった。

 ヒトの世界で相当な経験をした事が伺える彼等は、文字通りの修羅に徹した。


「ギンさん! そっちに!」

「承知!」


 人馬一体となって突っ込んでくる騎兵のゾンビをギンは斬り捨てた。

 と言っても、馬を斬れるほどの刀ではないのだから、刎ねたのは騎兵の首だ。


 馬上槍はその内に入ってしまえば何も怖くない。

 ただ、必要なのは気合と度胸。そして何より、必ずやると言う信念だ。


 鞍上の騎兵を失った軍馬は足を止めるよう躾けられている。

 ゾンビとなって尚それをするのかとカリオンは驚く。

 だが、そんな馬の頭を検非違使が叩き潰した。


 直接殴れないと判断したのか、手近にあった太い柱を棍棒代わりに使ってだ。

 なにせ茅街の中は復興中と言う事もあって、その手の部材には事欠かない。

 柱で殴れば安全だと判断したのか、各検非違使は柱や梁を武器にし始めた。


 ――やはり武器がいるな……


 それを再確認したカリオンは、改めて辺りを確かめる。

 残った騎兵は八騎でその内二名は腕を失っていた。

 槍を持つ右腕があの黒い血に喰われ、自らで切り落としたのだろう。


 ――エリクサーが要るな……


 騎兵の負傷は全て面倒見なければならない。

 その信頼関係があるからこそ、近衛騎兵は忠誠を誓うのだから。


 だが、そんな事をツラツラと考えていたカリオンの目は次の危機を捉えた。

 覚醒死体を引き連れたあのキツネがサンドラに迫っていた。

 サンドラは吹き飛ばされたトウリを介抱していて、その脇にはガルムがいた。


「サンディ!」


 カリオンはついそう口走って駆け出した。

 サンドラは本来トウリの妻だが、公的には王妃帝妃の扱いだ。


 ただ、そんな事とは別に、今のカリオンにとってサンドラはもう一人の妻。

 リリスと共に自ら心を開いても安心してられる存在だ。


「あぬし! 邪魔をするでな『やかましいわ!』


 カリオンの口から荒々しい言葉が漏れた。

 それに驚いた近衛騎兵が馬の舳先を返して太陽王に付き従った。


 覚醒死体は五体ほどで、そのどれもがあの黒い霧を纏っている。

 そんな敵に対し、イワオは大きな瓦礫を抱え揚げ投げつける事を選んだ。


 膂力に勝る覚醒体といえど、腰を入れねば持ち上がらないサイズの瓦礫だ。

 そんな塊を投げつけられれば、いかに無敵の存在といえど危険といえよう。

 事実、投げつけられた覚醒死体はどうする事も出来ずに瓦礫で押しつぶされた。


「えぇい! 邪魔をするでない! 邪魔を! 鬱陶しい!」


 ヴォルドは癇癪を起したように奇声を発しつつ喚いた。

 だが、そんな事を意に介さず、カリオンは剣を抜き放ったまま駆けていた。

 恐らくだが、あのキツネのバケモノは自分のペースを乱されるのが嫌なのだ。


 それこそ、画に描いたような自己中といえる。

 自分の思い通りに事が進まないと荒れ出すのだろう。


 ――我慢を知らぬと見えるな……


 サンドラに向かって走っていながら、カリオンはそんな分析をした。

 そして、ここで行うのは倒すのではなく邪魔をすると言う事だ。


 何をするつもりかは知らぬが、ガルムの秘密を知っているのだろう。

 ふたなりと言い切ったあのキツネが『見つけた』と言ったのだから……


 ――ん?


 この時、カリオンは妙な違和感に気付いた。

 あのキツネはル・ガルではなくガルムが目的だったのかも知れない。

 そして両方の性を持っている秘密を知っているし、探していた節がある。


 ――淦球といったか……


 あのキツネが探していると言ったもの。それは余分な物だと言い切った。

 だが、その疑問の答えにたどり着く前にカリオンはヴォルドに辿り着く。

 そして、一気に踏み込んで上段に構え、そのままの勢いで斬り掛かる。


 ビッグストンで教えを受け、実戦でそれを磨いた騎兵剣術だ。

 すれ違いザマの一撃で全てを終らせる必殺の切っ先がヴォルドを捉えた。

 手応えあった!と確信し、そのまま脇を通りすぎた。


「何を! 何をする! 下賤が妾に触れるなど! 汚ならしい!」


 その声を背中に聞いたカリオンは、やや進んでから振り返る。

 大きく切り裂かれた衣服の下には皺くちゃになった身体か見える。

 老いた姿だと思っていたが、かいま見えるそれは老人と言うより死人だ。


 ――あっ……


 カリオンはその姿を知っていた。

 心から愛した女が死ぬ間際にこんな状態だったのだ。

 身体の全てから生気という生気が抜け切った状態。


 つまりそれは死人そのものだとカリオンは思った。

 このヴォルドというキツネそのものが死を招く死神かもしれない。


「おのれ! 戯けめ! こうしてくれるわ!」


 ヴォルドは空中に小さな印を切り、そこにグッと念を込めた。

 するとどうだ。斬られ砕かれていた死体が一斉に動き出した。

 先程までとは違い、今度は何とも素早い動きだ。


 あの黒い霧だか煙だかを纏っている様子はない。

 だが、それが無かったとしても面倒なくらいに俊敏な動きだ。


 ――ばかな!


 幾多の死体が近づき始め、ややあってひとつの塊になった。

 そしてその死体がグルグルと解け合い始め、大きな玉になった。


 ――極めつけに禍々しい!


 今にもそう叫びそうになったカリオン。

 その玉の中から現れたのは、検非違使よりもさらに大きな化け物だ。

 あり得ないサイズのそれは、甲高い声で雄叫びをあげるのだった。


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