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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
315/665

青いオオカミの正体<後編>

~承前






「ほぉ……」


 嬉しそうに笑ったヴォルドは、血の噴き出る右腕に手を伸ばした。


「イヌというのも中々どうして大したもんじゃの」


 あくまで上から目線で物を言うのだが、同時に何事かを呟いた。

 すると、流れ出ていた血がピタリと止まり、モゾモゾと何かが膨らみはじめた。


「だが……これは出来まい?」


 勝ち誇ったようにニヤリと笑ったヴォルド。

 切り落とした筈の腕には、まるで嬰児のような手が生えていた。

 その手はムクムクと膨らみ、僅かの間に立派な腕に()()した。


「……エリクサー要らずか」

「魔導を極めた者なら造作も無いことぢゃで」


 ヒッヒッヒと甲高い声で笑ったヴォルド。

 だが、その姿が一瞬だけ揺らいだ様に見えた。

 全員が固唾を飲んで見守る中、ヴォルドの形がスッと変化していた。


「やはりお前か……」


 ヴォルドの姿はいつの間にかキツネになっていた。

 七つの尻尾を見せ付けるように伸ばす得体の知れない存在だった。


 茅街へとやって来た侵入者達が『ヒッ!』と小さな悲鳴を漏らす。

 自分達を上手く乗せて暴れさせたのは、こんな存在だった。


「あぬしの事などどうでも良い。黙って見ておれば何もせんよ」

「寝言は寝て言え。ここは余の統べる国ぞ。悪意ある外敵を見過ごせるか」


 カリオンは再び剣を構えた。

 気を溜めて同じ技を使おうとしているのがイワオにも解った。


 ならば援護するか……と、手近に転がっている瓦礫を掴み、力一杯に投擲する。

 ブンと音を立てて飛ぶその瓦礫を見た検非違使は、侵入者の包囲を解いていた。

 そして、『セイ!』とか『オリャ!』と声を上げて瓦礫を無げ始めた。


 文字通りの十字砲火になり始めた投石の攻撃は、流石のヴォルドも後退した。

 たかが石でしか無い。だが、当たれば痛いし、場合によっては重傷を負う。


「鬱陶しい雨じゃのぉ……」


 ヴォルドと名乗っていたキツネは中に向かって手を伸ばした。

 その指先から漏れたのは、なにやら真っ黒い雲のような文字だ。


 僅かにカリオンは首をかしげそれを見ていた。

 だが、そんなカリオンを他所に遠巻きに見ていたギンが叫んだ。


「やばい!」


 ギンはどこからとも無く大きな板を持ってやって来た。

 そして、風を起こしその雲を消そうと仰いだ。


「ヒヒヒ……無駄ぢゃ……これは煙でも雲でもないでの」


 風に掻き消された黒い粒子は風に乗って街中へと消えて行った。

 総毛だったような表情でそれを見ていたギンは、大声で叫ぶ。


「全ての検非違使は覚醒して備えろ! 死体が動き出す!」


 侵入した覚醒者たちを含め多くが『は?』と言わんばかりの顔になる。

 だが、先の争乱でゾンビと斬りあった街の住人は剣の柄を握っていた。


 どうやっても対抗できない存在が暴れようとしているのだ

 しかもそれは、覚醒体だった者の死体……


 ――なんだ?


 カリオンの背筋にゾクリと悪寒が走った。

 言葉で説明出来ない存在が何処かで雄叫びを上げたような気がした。


「なんだ? 何が始まるんだ?」

「陛下! あれです! 死んだ者の死体が動き始めるのです!」


 ギンは素早くカリオンに身を寄せ太刀を抜いた。

 同じようにタカがやってきて、腰の軍刀を抜きはなった。


「キタッ!」


 六波羅のメンバーが街外れを指差し叫んだ。

 そこに立っていたのは、身体半分が弾けている死体だった。

 トラの国から来たらしいその男は、検非違使の一撃を受け絶命した筈だった。


「ギン! あれはなんだ!」


 カリオンは驚きの余りにそれ以上の言葉が無かった。

 どう見たって死んでいる筈の死体がフラフラとしつつ歩いてくるのだ。


「防御戦闘! 太陽王に近づけるな!」


 イワオが叫ぶと同時に検非違使が襲い掛かった。

 だが、その拳が届く前に死体の多くが覚醒体の姿になった。

 なにやらオゾマシイとしか表現出来ない黒い霧を纏っていた。


 ――――その霧に触れては駄目!


 カリオンの胸のウチにリリスの声が響いた。

 遠く王都の地下にいる筈の彼女は、その死体の危険性を告げていた。


「直接殴るな! 黒い霧に触れるな!」


 カリオンはリリスの警告をそのままに伝えた。

 しかし、それよりも早く検非違使の拳がその覚醒死体を殴っていた。


「ぎっ! ぎゃぁぁぁ!!!」


 拳をめり込ませた筈の検非違使は突然叫んだ。

 数歩後退し、殴った側の腕の手首を握り締めていた。


 死体を殴りつけた拳には黒い霧が纏わり付き、何かがウニョウニョと蠢く。

 まるで大量のミミズが肉を食い破って行くかの様に、拳を食らっていた。


「あっ! あぁぁぁ!!! 切り落としてくれ! 早く! 早く! あぁ!」


 腕の付け根を押さえながら検非違使が後退してきた。

 だが、ギンもタカもどこからどう切り落として良いのか分からず手を拱く。


「良いから早く! どこでもいいから!」


 そう懇願する検非違使だが、ガクリと膝を付き痛みに呻いた。

 ただ、その呻きもすぐ納まり、全身アチコチからミミズが顔を出した。

 血まみれになったミミズは検非違使の肉を喰らいながら体内で暴れていた。


「グエ……」


 鈍い声を漏らし検非違使が死んだ。

 無敵だと思っていた覚醒体があっけなく死んでしまった。

 馬鹿な!と驚きの表情で見ていたカリオンだが、ヴォルドはヒヒヒと笑った。


「あぬしらとて無敵ではないぞぇ 邪魔をするでない」


 勝ち誇ったようにそう言うヴォルドは剥き出しになった右手をサッと挙げた。

 それを契機にしたのか、覚醒者の死体は一斉に襲い掛かってきた。

 まるで意志があるかのように統制の取れた動きだが、目は確実に死んでいた。


「やれやれ……」


 覚醒体の死体は黒く漂う霧とも雲とも付かない物を纏っている。

 それはまるで、意思を持った悪意の塊だとカリオンは思った。


 さらに言えば、あのホザンが王都で死んだ時にもそれは目撃されていた。

 報告ではホザンが口から吐き出した黒い柔らかな塊はウネウネと動いたらしい。

 ジョニーが言うには、その塊が弾けた後、鼻が曲がるほどの腐臭を放ったという。


 ――あれが死体を動かす本体か?


 死人が生き返るわけなど無い。

 命の器その物である魂が壊れたなら、命は身体からこぼれ落ちる筈。

 魂を失った命は世界に解けて消える筈で、身体に繋ぎ止める事は出来ない。


 逆に言えば、命と魂の代わりになる物を用意すれば、死体は動くはずだ。

 身体の損壊が一定レベルであるなら、死体とは言え生物と同じ。


 ――……ん?


 カリオンの脳内にある思考の歯車は、勢いよくグルグルと回り始めた。

 そして、その思考の果てにまだイメージでしか無い答えを導き出した。


 ――試すか……


 カリオンは自らの剣を抜き、その刀身に念を込めた。

 かつてシュサがゼルのフリをする五輪男に与えたミスリルの剣だ。

 魔導感応物質と呼ばれる真銀は、使い手の精神と感応すると言い伝えられる。


 ――――誰の身体にだって魔素はあるのです


 かつてウィルはカリオンにそう教えた事がある。

 この世界に普遍的に存在する魔素は、それを認識する者のみが使いこなせる。

 そして今、カリオンはその魔素を自らの意志で集めて剣と共鳴させた。


 尾頭の三賢者のみが語る『良き隣人』の力が剣に集まり始めた。


「これはどうだ?」


 カリオンはそう切り出すと、周囲をガードしていた検非違使から飛び出した。

 驚くほど鋭い踏み込みを見せたカリオンは、一気に剣を振り下ろした。

 すると、先ほどと違い、剣先から雷光のような光が迸った。


 バリバリと音を立てて迸ったその光は、覚醒者の死体を切り裂いた。

 その切り口から酷い色の煙が上がり、直後に何かがドロリとこぼれて落ちた。

 死体を動かしていたスライム状の何かだとカリオンは思った。


「なるほど。斬れば良いのだな」


 カリオンの見せた魔導の技量にヴォルドが一瞬焦った。

 思わぬレベルの高さを垣間見たのだろうか、驚いた表情になっていた。


「ならばこうしよう。検非違使は後退だ。六波羅諸君。剣を抜き構えよ」


 カリオンはそう指示を出し、再びミスリルの剣を構えた。


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