太陽王の目指すもの
~承前
「久しぶりだな」
軽い調子で手を上げながら茅街へと入ってきたカリオン。
兄を出迎えたコトリは、産まれたばかりの娘を抱えていた。
タロウの大暴れにより侵入してきた覚醒者は一掃され、街は平穏を取り戻した。
重傷者は街により手当てを受け、死亡者は一角に集められて安置されている。
街自体がまるで生き物のように有機的に連係している。
それ自体が街の実力なのだが、同時にそれはヒトの実力でもあった。
「ご無沙汰しております」
上品かつ丁寧な言葉使いを心掛けたコトリ。
一般的には完全に赤の他人である以上、砕けた物言いは出来ない。
だが、段々とカリオン一家の中で情報は共有されているのだ。
もうカリオンとコトリが兄弟である事を皆が知っている。
知らないのは太陽王と共にやって来た近衛騎兵くらいだ。
「……まぁ、仕方が無いか」
カリオンはどこかに一抹の淋しさを覚えたが、それ以上考えるのをやめた。
何故なら、コトリの抱える新しい姪に目を奪われていたからだ。
「まだ幾らも経ってないから……」
気をつけてと言外にそう言って、コトリは娘をカリオンに渡した。
目を細めて姪を眺めるカリオンは、その未来に幸多かれと願った。
「……あぁ、そうだな。目の周りが母上によく似ている」
美人で通っているエイラによく似た目尻の形に、カリオンは笑みを浮かべた。
思えばここしばらく、母エイラと話をしていないし顔を合わせていない。
城下の女学校で校長職をしているエイラは、人を育てる遊びに夢中だ。
息子カリオンは完全に王となり、娘コトリは独立して嫁いでいた。
母親だったエイラは1人の人間に還り、自分のやりたい事を出来る環境なのだ。
「お母様と同じく美人であって欲しいです」
「大丈夫さ。お前だって充分母上似だ」
小声で気易い兄妹の会話をしたカリオンとコトリ。
その脇からイワオが話に入ってきた。
「所で兄貴……」
カリオンの妹コトリを嫁にした以上、イワオはカリオンの弟だ。
近衛騎兵が遠巻きにガードを固める中、辺りに気を配りながらイワオは言った。
「この街に侵入した覚醒者は凡そ200だけど、ざっくり半数が死んで残りは100に欠ける位なんだ。どうしたら良い?」
それは、覚醒者達の始末を意味する問いだ。
全部殺してしまうのか、それとも検非違使で引き取って消耗品扱いするか。
覚醒者の戦闘能力を思えば殺してしまうのは惜しい。
だが、ル・ガルに忠誠を誓わない存在ならば、生かしておくのは危険だった。
――――全部殺してしまおう
カリオンがそう言い出すのでは無いかとイワオは危惧していた。
ここ何年かで処置の甘さが何を招くのかをカリオンは経験している。
それ故に、ここで後顧の憂いを絶つような措置を取りかねないと思ったのだ。
「……そうだな」
やや離れた所で検非違使に囲まれているヒトに戻った侵入者を見たカリオン。
小さく溜息をこぼしてから胸中で練った言葉を吐いた。
「手下に出来そうか?」
「手綱無しで暴れ馬に乗るようなものかと」
ほぉ……と軽い首肯をしてからカリオンは歩き出した。
姪を抱えてはいるが、その姿には威風堂々としていた。
「兄貴?」
「直談判が早かろう。その方が面倒が無い」
娘を抱え歩くカリオンにイワオは一瞬だけ懸念を持った。
何かが起きた場合、娘にも災難が降り掛かると思ったのだ。
だが、ふと冷静に考えれば、カリオン自体が覚醒者だ。
そしてこの街には一騎当千の検非違使が居るし、タロウだって居る。
並のヒトだけで無く、少々の覚醒者でも手に負えないレベルの実力差だ。
「そうか……久しぶりなものな」
自分の思考に沈んでいたイワオは、カリオンの一言で我に返った。
カリオンの見つめる先に居るのはサンドラだ。
そして、サンドラの視線の先にはトウリが居る。
様々な思惑や辛い運命でふたりは引き裂かれた。
それ自体は身から出た錆だとしても、辛いことには変わりない。
――――痩せたね。
――――あぁ、だが充実してるよ。
――――街はどうなの?
――――あぁ、ご覧の通りさ。酷いモンだ。
そんな会話が風に乗って聞こえてくる。
きっと本当は、あの胸に顔を埋めたいだろう。
ギュッと抱き締められたいだろう。
だが、衆人環視に近い環境ではそれも出来ない。
多くの目がサンドラとトウリを捉えているのだ。
――失敗だったかな……
ふと、カリオンはそんな事を思った。
連日の報道合戦により、王都は少々煩わしい環境だったのだ。
カリオンはすっかり参っていて、城下に姿を見せる事も無くなっている。
ストレス過多ともなれば、油断すると荒れてしまうのは否めない。
ビッグストンの中で厳しい日々を送り、鍛えられてきたカリオンだ。
どんなに心がささくれだっても、良い事など何も無いと知っている。
だからこそ、気分転換にと妻サンドラやガルムを連れて茅街へと来たはず。
しかし、そんな思惑もかえって精神的負担を増やしたのかも知れない。
――まぁ、やむを得まい……
起きた事はもうどうしようも無い。後はそれをどうリカバリーするかだ。
アレコレと思案をしているウチ、カリオンは包囲された覚醒者の前に来た。
赤尽くめの検非違使達が一礼してカリオンを出迎える。
そんな様子を見ていた覚醒者達は、顔を引きつらせた。
「諸君、私が誰か解るかね?」
ネコの一団にいた者がボソリと言った。
――――イヌの王だ……
「それが解っていれば結構。話は早い。聞けば諸君らは報道各社の無責任な論調に騙されて来たそうだが、残念ながらこの街は我がル・ガルの一部だ。従って諸君らにはそれなりの対応をせざるを得ない。だが――」
こうやって一瞬の『間』を開ける事も大事なテクニック。
一団の注意をこちらに向け、相手の心に言葉をスッと染みこませる技だ。
「――この街はヒトを保護し、自治する事によって一定の独立を勝ち取っているヒトの街だ。将来はヒトの国になるかも知れないが、残念ながらまだ早い。ただ、これから諸君らがどう行動するかで、来たる未来がより良い方向に変わる事は充分にありうるだろう」
それが遠回しに『街の一部となれ』と。
或いは『街の住人となれ』と求めていると。
覚醒者達だってそれを気が付かないわけでは無い。
「諸君らの産まれた国がル・ガルでは無い事はよく解っている。そして、故郷には諸君らの親族がまだ健在である事だろう。だが、その地その場で、諸君らの親はまともな扱いをされているかね?」
カリオンの言葉はまるで温かな湯だった。
敗北を喫した覚醒者達はどこか気の抜けた様子だ。
ある意味、夢破れてしまった状態なのだからやむを得ないのだろう。
そんな彼等に向け、カリオンは語り続けた。
イヌの国を統べる王の腹案と言うべき物を語ったのだ。
「この世界から争いを無くそうと余は願い、その為に必要な措置を取っている。全体として多少の齟齬はあるが、この世界を俯瞰的に眺めれば解ろうと言うものだ。この100年の間を見ても、前半50年と比べ後半50年で国家間戦争はほぼゼロになった。ル・ガル以外の国家間で多少の衝突はあるが……ね」
このル・ガルは300年の間に5度の大戦を経験した。
民族の自決と滅亡の瀬戸際まで行った、祖国戦争そのものだ。
だが、この50年を見れば、全くと言っていいほど大きな戦はしていない。
カリオンが言うとおり、事実上の戦争ゼロ状態は継続している。
世界最大の帝國と言うべきル・ガルが戦争を行っていない。
つまり、世界は平和だと言っていいことだった。
「これからの時代は戦争ではなく、会議と相談で世界がまとまるべきだと余は考えたのだ。父の帰りを待つ子らに父を生かして帰す為に、余は戦そのものをなくしたいと願った。その為に、まず千年の闘争を繰り広げたオオカミの一族と講和し、今は彼らと相談し物事を決めている。余はこの相談をもっと大きくしたいのだ。そしていつか……」
カリオンの言葉が続く中、誰かがボソリと『ヒトの国か』と呟いた。
その言葉にカリオンはにんまりと笑い、ゆっくりと首肯する。
「そうだ。その通りだ。多くの種族がそれぞれの国家に別れている現状は、最適ではあるが正解では無いと考えている。このル・ガルの中を見ても解るとおりに、余は多くの反論や異論を浴びている。それぞれに主義主張が異なるからな。故にだ」
カリオンは抱えていた姪の顔を覗き込み、愛しむように頭を撫でた。
かつて、シュサの鞍上で祖父の手を握った柔らかなてはもう無い。
だが、その手が今はこの腕の中にあるのだとカリオンは思った。
「主義主張に国家を分け、話し合いで解決したいと思っているのだ」