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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
312/665

大勢決着

~承前






「しかし、これだけ強いと……もはや冗談だな」


 街の郊外まで進出したトウリは、その光景を眺めてそう言った。

 侵入者を押し返し始めた検非違使サイドは、戦線にイワオが参戦していた。


 コトリと共に夫婦を装ってネコの国へ侵入したふたりはリナを探していた。

 妊娠中だったコトリが保護を求め、ヒトの保護施設へと入り込んだのだ。


 世界各地でヒトを集めているネコが居る。

 その情報は六波羅探題も検非違使が掴んだ。

 何故ヒトが集められるかと言えば、言うまでも無く秘薬の都合だ。


 そもそもヒトの世界から持ち込まれる知識や知恵は万金の価値がある。

 だが、現状ではそれ以上に重要な意味を持っている。

 秘薬による驚異的な魔法生物の生成こそ、ヒトの価値を保全するものだ。


 いったいどれ程が世界へと流出したのか。

 生産数から逆算すれば、流出して言った数には限度がある。

 だが、ここで重要なのは他国を侮らない事だ。


 魔導の知識や経験は、ル・ガル以外も一定のレベルで持っている。

 実際、ネコなどはその長い寿命もあって、相当な体系化が成されている。

 つまり、複製や改良するかも知れない。


 さらに言えば、その効能を確かめるために実験する素材も要るのだ。


 リサの娘を探すコトリは、ある意味で悲壮な覚悟を持ち、ネコの国に入った。

 薬の実験台として、見知らぬネコに抱かれるかも知れないのだ。

 兄カリオンが言った通り、コトリはどんな種族であっても孕む事が出来る。


 つまり、それがばれた時には、ただの子産みマシーン扱いもあり得た。

 王の秘薬では無く尾頭の秘薬で産まれた、血統書付きのバケモノなのだから。


「まぁ、ある意味で純血だからね」


 トウリの隣に立っていたのは、上半身裸のイワオだった。

 妻であるコトリの覚悟に絆され、ネコの国へ一緒に侵入した。

 コトリがそうであるように、イワオもまたどんな女とでも子を成せる。


 太古の魔法薬のもっとも面倒な効能をふたりとも色濃く残しているのだ。

 だからこそ、イワオとコトリはリナを探したかったのだ。


 ふたりの間に産まれた息子、タロウの圧倒的な戦闘力を知っていたから。

 リナが他の種族に抱かれ、犯され、子を為した時が本気で怖かった。


「魔法薬で産まれた本物の魔法生物って事か?」


 トウリは怪訝な声でイワオにそう言った。

 同じ胤から産まれたトウリとイワオだ。言うまでも無く兄弟と言う事になる。

 それ故だろうか、トウリはイワオが、魔法生物である事を受け入れ難く感じた。


 周囲や当人がどう言おうと、トウリにとってイワオは親族だった。


「そう言う事だよ兄貴。なんせ俺もコトリも尾頭の魔法薬製だからさ」


 イワオは何処か誇らしげにそう言った。

 ただ、その言葉の向こうにあるものをトウリは感じていた。

 ネコの国で何があったのかを聞くつもりは無い。


 だが、少なくとも平穏無事な環境では無かったのだと感じていた。

 ヒトは奴隷であり、ただの道具でしか無い。それを垣間見たのだろう。


 茅街を乗っ取ろうとネコの国を出発したヒトの一団に潜り込んだふたり。

 タロウの妹として産まれた幼児を抱え、コトリはイワオと共に街へと来た。

 そこで様子を伺い、参戦のチャンスを待っていたのだった。


「……しかし、本当に手が付けられないな」

「全くだね」


 トウリとイワオが苦笑する理由は、検非違使の中で戦っている者の件だ。

 街の郊外まで侵入者を圧し返した検非違使は、残った者を包囲している。


 その大部分が飢えと疲労でヒトの姿に戻っていて、もはや身動き出来ない。

 そして、ごく僅かに残った覚醒者の相手をしているのは太郎だった。


「あれほどの実力があると……」


 トウリは空恐ろしいと言わんばかりに漏らした。

 地を這うような低さから繰り出される一撃は、覚醒者の大男を軽く吹き飛ばす。

 ビッグストンで教え込まれる接近格闘術を変身した状態で使うのだ。


「向こうも災難だね」


 イワオはもう呆れるばかりと言わんばかりに眺めていた。

 文字通り、異次元の強さだった。


「アレで何か武器でも使い始めたら、もう止められないだろうな」


 トウリは王都の街中に現れたらしい覚醒者の武装を思いだして言った。

 普通サイズの剣など小枝を振り回すようなものなのだ。


 覚醒者向けに造られた大きく重く強靱な武装は、覚醒者の体躯が前提だ。

 それ故、普段は重くて嵩張り、持ち歩く事が不可能と言える。


「茅街に関しては、何処かにまとめて置いとくのが良いと思うんだ」

「そうだな。可搬型は現実的じゃ無い」


 イワオの提案にトウリはそう返す。

 そして、現実問題としてあのデタラメな戦闘能力の上積みを思案する。

 刃物ではなく棍棒などの類いですら、普通の兵士には充分脅威だ。


 それが敵の手に渡らないようにするには、管理を厳重にするしか無いが……


「まぁ、迂闊に武装するより拳で解決する方が安全かも知れない」


 トウリは用兵家の常として、武装の流出を恐れた。

 街に検非違使がいない状態で覚醒者が侵入し、武装を使われた場合の対処だ。


 覚醒体はどれ程慣れていても12時間は変身し続けられないのが解っている。

 そして、覚醒状態から元に戻ると、カロリーを補給し昏々と眠ってしまう。

 全身へ栄養を行き渡らせる為に、身体自体が休眠モードになるのだ。


 そこを襲えば覚醒者と言えど簡単に斃せるのだが、武装されてしまうと……


「時間稼ぎも難しくなるって事だよね」

「あぁ。その通りだ」


 そんな会話をした時だった。

 遠くから懇願するような声が響いた。


 ――――わかった!

 ――――もうやめよう!

 ――――降参する!

 ――――勘弁してくれ!


 それはネコの側のクアルが言った言葉だった。

 200名近くいた侵入者は残す所30名足らずになっている。

 その内、まだ覚醒状態なのは僅か数名で、残りはヒトの姿に戻っていた。


 動くだけ動いたのだから、現状はハンガーノック状態だ。

 身動きすら難しい状態になっているが、それはきっと普段の栄養状態故だろう。

 血中にあるカロリーを食いつぶし、体内に蓄えた脂肪などを分解し始めている。


 それが終わるまでは、無敵の覚醒者と言えど子供と一緒だった。


「終わったようだね」

「あぁ。行こうか」


 ふたりして包囲網へと近づくトウリとイワオ。

 太郎はそれに気が付き、一歩下がって様子を見ていた。


「おや? ところで例の青いオオカミはどうした?」


 ふとそれに気付いたトウリ。

 そう言えば……とイワオをも周囲を気にしている。


「別当。青いオオカミを見失いました」


 街中を走り回っていたギンとタカも肩で息をしながらそう報告した。

 トウリの表情がグッと厳しくなるが、声を荒げるほど幼くも無い。

 僅かに思案したあと、トウリは指示を出す。


「……与力のジャン中佐と相談し、街中を強力に捜索してくれ。なんだか嫌な予感がビンビンとやって来る」


 僅かに声音が硬くなったのは、内心の吐露以上に効果のある行為だ。

 タカはギンより早く『はっ!』と答え、敬礼して現場を立ち去った。

 天保銭組と呼ばれる陸大卒業者のタカは、行動迅速の精神で動き始めていた。


「もうすぐここへカリオンが来る」


 トウリの言った言葉にギンが『え?』と油断した声を漏らした。

 イワオとコトリが街へ入る以前、夢の中の会議でコトリが依頼していたのだ。

 茅街の中で会いたい……と。


「理由は聞かされていないが、少なくとも悪い事では無い。王も精神的に疲労しているのだから、まぁ、休暇みたいなものだな」


 トウリは軽い調子でそう言う。

 だが、そこには言葉に出来ないアレヤコレヤが含まれている。

 検非違使の別当として重責にある男なのだ。黙っている事もあるだろう。


「……承知しました。引き続き探索いたします」

「あぁ。一旦後退した検非違使と協力して当ってくれ」


 ギンは一歩下がって頭を下げ、振り返って走り出した。

 激しい戦闘に及んだ検非違使の覚醒者は、各所で栄養補給中だった。

 糖分を含む栄養食を取り、血糖値を上げてやらねばならない。


 魔法効果により生まれた覚醒者といえど、生物のくびきからは逃れられない。

 疲労回復の栄養は食物から補給し、酸素を吸って二酸化炭素を吐く。

 科学的な知見の無い環境だが、覚醒者とて無敵では無いと皆が知っている。


 補給を終えた検非違使から復帰して行動を開始するのだが。


 ――――なんかマズイな……


 トウリは言葉に出来ない焦燥感を得ていた。

 これは絶対碌な事じゃない……と、虫の知らせを感じているのだった。

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