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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
311/665

勇戦・奮戦・激戦

~承前






「……上手くないな」


 あくまで静かな口調で言ったトウリは、戦闘の様子を眺めていた。

 茅街に侵入したイヌならぬ種族の覚醒者たちは、総勢で200を越えた。


 街に残っていた検非違使は、訓練中も含めて50名ほど。

 統制の取れた戦闘を行なうには些か心許無い者まで含めての数字だ。


「申し訳ありません」

「しかし、こうなると案主殿の慧眼は恐ろしいですな」


 いつの間にかトウリの背後に来ていたロイとジャンがそう言った。

 この二人は検非違使与力として判官と言う官職名に当るポジションだ。


 ル・ガルの中で暗躍する検非違使をコントロールし、トウリを援ける立場。

 そして、国中に伸びた検非違使独自の捜査網である六波羅探題の司令官。

 重責を背負う二人は、太陽王に直接謁見できる特権を持っていた。


「案主殿も……もう少し教えを受けておくべきだったな」


 トウリは困ったような顔になって苦笑する。

 すでに遠行していた案主は、その死の間際でこう言い残した。


 ――――人は時に失敗する事もある

 ――――人の価値はその失敗の対処に出る

 ――――人の役に立ち、二度同じ失敗をせぬようにすれば良い

 ――――別当殿は未来を生きられるが宜しかろう


 その言葉から幾星霜、トウリは大きく成長していた。

 今でも悪夢を見る事はあるが、それでも心は平穏だった。

 困難が人を鍛えると言うが、今のトウリには全てが良い教材なのだった。


「しかし……」

「あぁ。やはり、数は力ですな」


 ジャンのボヤキにロイがそう応える。

 自力で勝る筈の検非違使だが、街に侵入した覚醒者は数が多い。

 組織だった戦い方を知らぬとはいえ、その身体自体が武器なのだ。


 数に頼んだ力任せの侵攻に、検非違使側はジリジリと後退し始めていた。 

 街中に展開していた検非違使は、数的有利に負けて後退を余儀なくされている。

 実力差が少々あろうとも、単純な数の対比で言えば1対4での戦いだ。


 キルレシオが1:4では駄目で、1:5か1:6を必要とする。

 だが、覚醒者同士の殴りあいでは、ラッキーヒットでも致命傷になりかねない。

 故に現状のキルレシオは1:3に届いていないらしい。


「一旦戦線を整理しては?」


 ジャンは仕切りなおしを提案する。

 その隣のロイも賛意を示しつつ提案を重ねた。


「本部周辺で防衛線を敷き、数に頼んだ戦い方をされぬようにしましょう」


 双方に覚醒できる者が戦う以上、戦術と戦略での差が勝敗を分ける。

 こうなるとやはり、きちんとした教育を受けた者は有利だ。


「よろしい。そっちは大佐に任せる」

「畏まりました。ここを最終陣地としましょう」


 ロイは検非違使の面々に指示を出して戦線を整理させ始めた。

 場数を積み重ねた差は、こんなところにも如実に現れる。

 検非違使本部の周辺は強靭な建物が多くあり、ここが最終防衛線だった。


 検非違使本部の地下闘技場を整理し、市民を誘導できるように仕度してある。

 先のボルボン家紛争で経験したとおり、まずはヒトを守る事が大事だった。


「さて、中佐は市民の避難や退避に付いて動いて欲しい」

「承知仕った」


 街の中は各所で市民が逃げ惑っている。

 それは、覚醒者の持つ秘密によるところが大きい。


 通常の覚醒者は変身した戦闘モードを長く保てない。

 よほど訓練を積み重ねたものでも、長くて半日が限度だ。

 故に彼等は時間がたつと元に戻る。

 膨らみきった風船も自然に空気が抜けて萎むようにだ。


 そして、元に戻った覚醒者は、何かに取り付かれたかのように食べる。

 猛烈な空腹感により、ありとあらゆる物を食べる。食べて食べて食べつくす。


 たとえそれが、生きたヒトであっても……


「間に合うといいが……」


 飢えと乾きに自らの親まで喰ってしまう覚醒者たち。

 その悲劇が街中で()()が起きるのをトウリは危惧した。

 親子の愛が悲しい結果を招き、それが元で覚醒者が狂うのを見たのだ。


「再編成完了まで15分ほどです」


 やや間を空けてロイが戻ってきた。

 検非違使本部の周辺へ展開する配下は新たな戦線を作りつつある。

 戦列を整理しフレッシュな戦力を投入するのだ。


 攻め立てる側は疲労をおして戦わねばならない。

 そうやって戦術的に有利な立場を作るのもまた兵法だった。


「よろしい。こちらの戦力は?」


 検非違使本部の周辺はクランク状になった通路が多い。

 その通りは覚醒体が二人も並べば通る事は出来ないだろう。

 そして、所々にグッと狭くなる場所を作ってある。


 そこに飛び込んできた敵は、ふたり並ぶのが難しくなる。

 だが、防御側はふたり立てるのだから、状況は2対1だ。

 数的有利を作り相手を圧倒し、総勢が足らぬ不利を補う。


 そして、相手側の覚醒者に疲労回復させない為に食べ物を無くしておく。

 こうなれば、空腹に狂った敵は共食いでも始める筈だが……


「そうですね――」


 ロイはメモを取り出すと、ページをめくって言った。


「――検非違使の満足に戦える者は30名少々。()()()が15名ほどで、戦闘不能の重症者が2名と、後退した負傷者が9名ほど。まぁ、戦力的にはなんら問題ないでしょう」


 よどみなく報告したロイは、引き続き戦力を読み上げた。


「六波羅の自警団は未だ40名以上が健在です。後方でヒトに戻った覚醒者は彼らが対処できます。ギンは降伏しない場合、全て斬ると言ってますので、まぁ、侵入者側はこれから相当きつくなるでしょうね」


 検非違使を攻める側は、後退すればヒトに斬られる。

 こうなった場合、攻めきって状況を好転させるしかない。


 ケツに火の付いた状態で焦りながら攻める者など恐れるに足らぬ。

 状況的には好転する筈だが……


「市民の避難が完了するまで頑張りたいな」


 トウリは腰に下げていた太刀を抜いて刃を確かめた。

 父カウリの残して行ったブロードソートはミスリル製の逸品だ。


 その刃に自らの顔を映したトウリは、小さく息を吐いた。

 段々と父親の顔に似てきた自らを鑑み、そろそろ再起を図りたい所だった。


「カリオンもここしばらくは随分と疲弊している。心配事を増やすのは不本意だ。故に少々無茶をする。そろそろ向こうも――


 トウリが何かを言い掛けた時、ズンッ!とひどい地響きが起きた。

 何が起きた?と辺りを確かめた時、攻め立てる側の覚醒者が宙を舞っていた。


「は?」


 そう呟いたトウリ。

 だが、ロイとジャンはトウリを抱えて後方へ下がった。


「危ない!」


 宙を舞って飛んできた覚醒者は、トウリが居たところに落下してバウンドした。

 随分と後方から飛んできたらしいそれは、落下した時点で絶命していた。

 完全に脊椎を折られ、頚椎はあらぬ方向へ捻じ曲がっていた。


「……これは酷いな」


 トウリはブロードソードを鞘に収めてから死体を検分した。

 どうやらネコの覚醒者らしいその死体は、スッとヒトの姿に戻った。

 まだ若い女らしく、その身体には若者特有の健康さが見えている。だが……


「儚いものですね……」


 ロイは自らのマントを取ってその女の死体に被せた。

 例えそれがなんでアレ、死には敬意を払わねばならない。


「しかし……だれがここまで?」


 ジャンが首をかしげる中、再び何処かからズンッ!と地響きがなった。

 見れば侵入者側の方で再び覚醒者が宙を舞ったらしい。


「……あいつめ」


 苦笑いしてそれを見ているトウリは、太刀の柄をカチカチと叩いた。

 上機嫌で見て居る先、幾度か地響きが繰り返され、再び覚醒者が宙を舞った。

 侵入者側が俄かに浮き足立ち始め、徐々に後退を始めた。

 検非違使側が圧し返し始めたのだ。


「好機です! 前進しましょう!」


 ロイは馬を引いてきて跨ると『追撃します!』と走り出した。

 トウリだけでなくジャンもロイもその目に捉えていたのだ。

 侵入してきた側の最後尾にイワオが立っているのを。


 ――――ッセイ!


 並みの覚醒者では見せえない強烈な一撃を加え圧倒している。

 気合の入った声が響き、その都度に覚醒者が宙を舞った。

 一発一発に確かな殺意を込め、確実に相手を殺すよう殴る。


 その一撃を加え続けるイワオは、文字通り無敵だった。


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