ヒトの国
~承前
――――ヒトの国を造ろう
その言霊は全ての覚醒者たちの胸を打った。
いや、覚醒者だけではない。その言葉は茅街の住人にも響いた。
どこまでもシンプルな言葉だが、口説き文句ならこれが一番効果がある。
回りくどい事は言わず、ストレートに言うのが一番だ。
――――叶わぬ夢を見て突っ走るのも、良い人生だと思わないか?
何処かから『そうだ!』と声が上がる。
結局それは、人が生きていくのに必要なものなのだ。
心の奥底から湧き上がる欲望は、どうやっても制御出来ないもの。
一切の損得勘定抜きに、心と身体を疾らせるもの。
それこそが『夢』であり『野望』だった。だが……
「……それはあなたの夢じゃないのか?」
藍青は冷静な言葉を吐いてヴォルドを睨んだ。
辺りに居た者は一斉に怪訝な顔で藍青を見た。
ひり付く様な殺気が辺りに漂った……
「中々手厳しいね。だが、ひとつ言い換えてもらいたい」
シルクハットを再び頭から下ろしたヴォルドは、その帽子を小脇に抱え言った。
「最初は確かに私の夢だったかも知れない。だがね、今はもう私達の夢に変わっているのだよ。ごらんの様に多くの同志が……」
右の手をサッと広げ後ろを見ろと示したヴォルド。
藍青がその方向を見ると、彼方より続々とヒトがやってきていた。
隊列を組むわけでもない一団だが、その姿には意志が見えた。
前進する意志。戦う意志。夢に向かって掛ける意志。
すなわちそれは、ヒトの国家樹立への熱だった。
「同志……ね……」
藍青が小さく溜息をこぼしたとき、ヴォルドはニコリと笑った。
なんら明確ならぬことだが、それでもここで勝敗が付いたのだった。
「さぁ、善は急げだ。まずはこの町でも同志を募ろう。そして『ちょい待ち!』
ヴォルドの声を遮り誰かが叫んだ。
皆が驚く中、声を上げたのは街の総代となったギンだった。
タカと共にやって来たギンは、怪訝な顔で言った。
「勝手にこの街を乗っ取ってもらっちゃ困る。ここはル・ガルの一部だ」
街の管理を任されたギンは、まず最初にそう反論した。
そして、間髪入れずタカが援護射撃を行う。
「この町の住民が自主的にそう取り決めたのならともかく、勝手に決めてもらっちゃ困るんですよ」
タカは不快感を隠そうともせず、素直な言葉でそう言った。
街には街の意志があると、そう付きつけた形だ。
だが……
「不思議な事を言いますね」
ヴォルドは首をかしげながら言った。
小馬鹿にするような声音ではなく、率直な物言いでだ。
「街の中で取り決めたら、全員がそれに従わなければいけないのか? それではいつまで経っても奴隷のままだ。従う相手がイヌか街の決定かの違いじゃないか」
ぐうの音も出ないヴォルドの言葉にタカは言葉が無い。
イヌの決定に従うのか、それとも街の決定に従うのか。
その中味はともかく、それでは自由とはいい難いと言う話だ。
「まぁ、街の決定が拒否だったとしても、参加したいヒトが居るなら私は歓迎しますよ。どうぞお好きなように」
噛み殺しきれない含み笑いがヴォルドから溢れた。
それくらいの威力がある言葉だった。正直、止められないとタカも思った。
自分の意志でそれに参加する者がいたとしても、街としては拘束出来ない。
仮にその数が街の半数を超えれば、今度は不参加側が圧を受ける……
だが……
「そんなまどろっこしい事は止めましょうや!」
それを言ったのはシャグだった。
再び覚醒体の姿になってから雄たけびを上げた。
「ヒトの国を作りたい者はここへ集え! 気にくわねぇなら俺と勝負しろ!」
あぁ、画に掻いたような脳筋だ……と、タカは思った。
その隣にいたギンは、静かに鯉口を切った。
「やるしか……ねぇか」
ほとほと困った様に溜息をこぼしたギンは、愛刀を抜いて構えた。
一分の空きも無いその構えに、シャグは手練である事を嗅ぎ取った。
「おもしれぇ!」
雄たけびと共にギンへと襲い掛かったシャグ。
身の丈が4メートル近くになる覚醒者との戦いは、ギンにとっても辛いもの。
だが、検非違使との戦闘訓練を経て、ギンにもそれなりに対策はある。
「っえい!」
刃の奔りと太刀行きの速度を使い、覚醒者の肌の上で刃を走らせる。
日本刀の鋭さは、強靭な覚醒者の皮膚をも切り裂いた。
だが、斬っただけで覚醒者が死ぬ筈がない。
「痛ぇじゃねぇかよ!」
地を這うような一撃を真正面から受け、ギンは後方へと吹き飛んだ。
拙いと思った瞬間に後方へと飛んだので、それほどの衝撃を受けた訳じゃない。
ただ、巨大な鈍器で殴られたような一撃は、迂闊に受ければ即死を意味する。
ギンの様子を見たタカは一歩下がり、静かに太刀を抜いて構えた。
柄を握る両手の中に、ジンワリと嫌な汗を感じた。
「……………………。」
言葉も無く静かに息を整えるタカ。
その眼差しはヴォルドと名乗った青いオオカミの後方を見ていた。
キツネやネコや、もっと大きな猛獣のような姿が見える。
そして、細かくは分類出来ないものの、最低でも7~8種とタカは見積もった。
多くの地域を回り、あの青いオオカミは同志を募っていたのだ。
――――そうか……
その一環として、ヴォルドはル・ガルの国軍にも手を伸ばしていたのだ。
同志と言う名の手下を増やし、場合によってはル・ガルを簒奪する作戦だ。
「くそっ! マジで痛ぇ!」
火でも付いたかのように怒るシャグ。
一撃を受けたギンは吹き飛んだ後、すぐに立ち上がった。
派手な動きほどのダメージは無さそうだ。
「さて……そろそろ本気で行くか」
ギンはあくまで余裕ぶった物言いに徹した。
それを聞いていたヴォルドが思わず失笑するのを織り込み済みでだ。
ただ、そんな騒ぎの中に別の声が響いた。
張りのあるいい声だとヴォルドは思った。
そして、その声の主を探す。
「……新手ですか」
「新手と言うには些か年嵩ですがね」
そこに立っていたのはトウリだった。
背後には真っ赤な衣装に身を包んだヒトが幾人か立っていた。
「どちら様かな?」
ヴォルドは警戒する素振りも無く素直に誰何した。
その声に応え、トウリは静かな調子で言った。
「この茅街に駐屯する太陽王麾下の武装集団。検非違使差配のトウリと申します。どうか御記憶願いたい」
あくまで丁寧な物言いをしたトウリ。
ヴォルドは『腰の低い方ですな』と返す。
しかし、それへの返答は、少々意外なものだった。
「いやいや、腰が低いのではありません。これは……死に行く方への餞ですよ」
クククと笑いを噛み殺し、トウリは続けた。
「このル・ガルを蝕む元凶がノコノコ出てきてくれるとは……実に重畳ですな。残念ですがあなたの夢は叶いそうに無い。あなたはここで――」
トウリがスッとヴォルドを指差した。
次の瞬間、トウリの後方にいた検非違使達がサッと展開し、一斉に変身した。
王の秘薬により生まれてきた者達の戦闘体制は、凄まじい威圧感を見せる。
その全てを背負い、トウリは静かに言った。
「――死んでもらって、その首級は王への手土産にしよう」
ヴォルドを指差していた手がサッと広がり、掛かれ!の合図になった。
検非違使が一斉に飛び掛り、ヴォルドは思わずあとずさった。
最初の1人が向かったのはシャグの目の前だった。
シャグに向かい腰の入った強烈な一撃が叩き込まれる。
その動きは極限まで洗練された、完璧な一撃だった。
検非違使達を含め、覚醒者といえど無敵ではない。
その一撃を受けたシャグは完全に身体を折り、ダバダバと血を吐き出した。
内蔵への強烈なダメージにより血を吐くシャグに対し、2発目3発目が入る。
その一撃ごとにシャグは削り取られ、やがてその場に蹲った。
そしてそのままヒトの姿に戻り、静かに血を吐き続けるのだった。




