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メシの時間も試練

 午前七時四十五分。

 学生向け大食堂に在学生一千五百人以上が集結した。


 三十名が一度に座れるテーブルには、上座から四年生(ポシフコ)四名、三年生(フシコ)六名、二年生(ローアシー)八名、一年生(ポーシリ)八名の合計二十六名が着席した。この場におけるカリオンの戦いは三年生(フシコ)からの十字砲火を浴びる事だった。


「今日の献立は?」

「卵と野菜の併せ炒め。全粉粒パン。牛乳。塩漬け肉の厚焼き。羊の腸詰。果汁飲料であります!」

「摂食順序は?」

「消化優先順位を考慮しますと、肉類から積極的に食べる事が好ましいと思われます」

「本日の天候は?」

「今朝方の新聞によりますと、王立天象台の予測では晴れ。最高気温は例年通りであれば華氏八十度です」

「摂氏温度では?」

「約二十六度であります」

「熱中症に対する防御考察」

「水分の経口補給を密に。高温時における熱気の拡散を推進。炎天下における行軍の抑制であります」

「ところで昨日の帝王杯競馬。優勝したのは?」

「優勝はシャマル。二位にはジブリが入りました」

「うん。そうか。ご苦労」


 必ずトップバッターで質問を受けるカリオン。

 いっさい澱みなく答え切って三年生の質問攻めが終ると食事を始める。


 椅子は前縁部にだけすわり、深く腰掛けることなど許されない。皿のメニューは垂直に持ち上げ水平に口へ運ぶ食べ方を強要される。非常に食べ難い状態で、尚且つ十五分ほどで食べきらねばならない。


 その上、同じ一年生が質問に上手く回答出来ない場合、周りの一年生は同じ質問を振られて完璧に回答せねばならない。勿論、聞いていませんでしたなどと言う回答も出来ない。


 常に緊張しプレッシャーを受け、強いストレスに晒される事になるのだが、そんな生活を一切外出できない状態で丸々一年間続けるのだ。嫌でも(すさ)んでしまう学生ばかりになり、寮内は喧嘩が絶えない事になる。


 そしてもちろん、荒んでいたのはカリオンとて同じだった。馬に乗って王都ガルディブルクへやって来たのだが、そのままビッグストンへ入ってしまったカリオンは、ガルディブルクの郊外しか見ていない。栄える王都の中を知らないし、繁華街を歩いた事もない。勿論、一番の楽しみだったリリスにも会えないでいた。


 そんな状況で次から次へと降りかかった災難だ。マダラと言うだけで喧嘩を売られ、最初はやり返さず穏便に対応していた。だが、カリオンは単なるストレス解消先として殴られていると言う状況に気が付いた。そして、その売られた喧嘩を片っ端から買い叩き始めた。どんな些細な事でも遠慮なく荒事におよび、その全てで相手を圧倒した。


 気が付けば誰も敵わないバラック最強のポーシリに成長していたカリオン。しかも、同じく最強と呼ばれたジョンとアレックを事実上従えている。そんな状態では、もはや誰もカリオンに手を出さなくなっている。フレデリックが言ったとおり、皆がカリオンの実力を理解していた。


 そんな状態で冬を超え、春の到来を祝い、夏の暑さの兆しを感じ始めるころだ。そしてもうすぐ一年生が終ると言う頃までひたすら耐え続けると、あの喧嘩ばかりだった一年生が不思議と団結するようになっていた。

 血統や種族や様々な家庭環境や育った環境の差異を乗越え、同じ『仲間』としてポーシリはまとまり、自由に意思の疎通を図り、信じあい助け合う状態へと変わって行く。


 毎日毎日徹底的に学力を鍛え、統率者理論を学び、人体学や医学。さらには国際政治学に人類史に魔法学の基礎理論を覚えなければならない。魔法が使えずとも、それが一体なんなのか?を把握している必要が有るからだ。


 ビッグストンの校庭に春の終わりの長雨が降り始める頃、一年生はだいぶ緩い空気になり始めていて、しかもそれを本来咎めるはずの四年生(ポシフコー)達は、自分が任官する先の連隊長や師団長へあいさつ回りに忙しい頃だった。


「おい! エディ!」

「あ?」

「聞いたか?」

「なにを?」

「相変わらず鈍いな」


 昼食を前に午後の課業の支度中だったカリオンはジョンに呼びとめられていた。


「何でも西方征伐中の十個師団がとんでもねぇ武装集団と遣り合ってるらしいぜ」

「マジかよ。確か太陽王と西方将軍のウダ公が遠征中なんだっけ」

「そうそう。所が存外苦戦中って話だぜ?」


 ちょっと怪訝な顔になったカリオン。

 ジョンはそれが身内を心配する顔だと気が付く。


「じぃちゃんなら上手くやると思うんだけどな」


 周りを確かめてから小声で言ったカリオン。

 ジョンも念のために辺りを確かめた。


「実は俺の親父も一緒に行ってる筈なんだよ」

「マジで? で、なんで知ってんだ?」

「オヤジから手紙が来ててよ。面倒な起こすな。死ぬなら勝手に死ねって言いきられた」

「……スゲーな」


 平面戦術教本を整え、授業を受ける体制になったカリオンだが、窓の外の遠くをふと眺めた。はるか彼方の空にゼルとエイダを思い浮かべ、少しだけ里心に揺れた。そして、すぐそこにいる筈のリリスの存在にも……


「ツマンネー顔してんぞ。どうしたんだよ」


 カリオンとジョンの妙な顔に気が付いたアレックスは、冷やかすように声を掛けた。彼の午後の授業は機動力を生かした戦闘戦術らしく、大きな紙面と幾つもの定規を持って立っていた。何枚も何枚も戦闘図面を描く事によって、紙上戦闘を経験し実戦に役立てるのだ。


「なんか西方地域がきな臭いらしい」

「へぇ。西側ね」

「あぁ」


 アレックスの目はジョンに向けられる。


「西といえばジョニーの家のほうじゃ無いのか?」

「あぁ。オヤジが従軍してんだよ」

「……無事だと良いな」

「オヤジとは色々有ったからよ。正直、くたばってくれる方が清々するんだが、実際士官候補生ともなるとそうも言ってられねぇさ」

「だな」


 完全にかごの鳥で暮らす士官候補生の日々は、僅かな噂話でも一気に広まる事がある。それが良い話なら面白おかしく伝わって行って笑い話となるのだが、悪い話の場合には学内に不自然な緊張をもたらすことになる。


 機嫌の悪い先輩による『情報収集命令』が出ない事を祈りながら、カリオンは午後の授業の支度を終えて昼食へと向かう。ただ、向かうと言ってもこれとて一筋縄では行かない。

 昼食も同じく大食堂へ集合するのだが、その前に校庭へ集まり全体行軍の練習があるのだった。士官学校軍楽隊が演奏する行進曲に合わせ、隊列を組真っ直ぐに歩く。

 歩調を合わせ膝を揃え皆がお馴染高さまで腕を振るのだ。そして、その隊列の先頭ではポシフコがサーベルを抜き、それに合わせ剣捧げを行う。

 隅から隅まで気を抜けない隊列行軍を校庭五周行い、それからやっと昼食となるのだった。


「あー腹が減ったな」


 ポシフコのフレッドがぼそりとこぼし、それからカリオン達第三中隊は食卓を囲んだ。すぐさま給仕がメニューを並べ、同時進行で内容を読み上げる。カリオン達はそれを一言一句正確に記憶し、食べる前に再び暗唱しなければならない。

 部下の報告を正確に記憶し、上官にこれまた正確に報告する訓練だ。もはや言うまでも無いことだか、その報告が間違っていた場合の昼食は匂いだけで我慢する事になる。


 仲間が上級生の目を盗んで懐にパンを隠したりして後から更衣室で貪ったりもするのだが、バレればそれを行った者も処罰される危険な行為だ。同じ第三中隊の中に記憶力の弱い男がいて、カリオンは度々昼飯の面倒をみていた。彼もまたカリオンに手を出していた一人だった。


「いつもすまない。俺に気を使ってくれるなんて」

「みんな荒れてたんだよ。仕方ない」


 更衣室でむしゃむしゃとハムを挟んだパンをむさぼるのは、極端に太くて短い首を持つ猛闘種と呼ばれる戦闘に特化した一族の少年だった。


「しかし、ホントにブルは首が短いな」

「あぁ、俺の血統は闘う意外に価値がねぇ」


 カリオンが最後に出したリンゴをバリバリとかじったブルは、全部飲み込んでからカリオンに頭を下げた。


「すまねぇ。俺は恨まれて当然なはずなのに」

「いつも言ってるじゃないか。終わった事だって」


 ブルの背中をポンと叩いてカリオンは更衣室を出た。午後の授業は隊列を組んで突入する騎馬隊の平面戦術だ。教官が過去の戦役における具体例を示し、それにどう応じるかを幾つも思考実験(シミュレーション)しながら部隊統率を学ぶのだ。

 手痛い失敗や敗北をするように教官が仕向け、学生はそれを見抜き、対応策をアドリブで考える。何度も何度も実戦を経験しているカリオンを指導する教官達も実にやりにくい授業だった。


 ────さて。急がないと。


 平面戦術の講義は五人で受ける。教官は十人だ。広い広い講堂の床に地図をならべ、その上に自分の駒を並べて仮想敵となる教官と対峙する事になる。

 その講堂へ向かい歩くカリオン。廊下では真っ直ぐと歩き、曲がり角では直角に曲がって行かねばならない。途中で上級生や同学年の上階級と出会った場合は一歩避けて道を譲る必要がある。さらに、上級生で袖線(テケーシェ)持ちな上級生には立ち止まって敬礼だ。


 その所作が僅かでも乱れれば後に呼び出され指導を受けるか、廊下の片隅に立って通り過ぎる者全てに敬礼し続ける練習を行う事になる。幸いにしてカリオンは父ゼルの指導もあって美しい敬礼フォームで有ったのだが、同じ部屋の同級生が引っかかり、連帯責任で一日中敬礼の練習をした事も有った。


「カリオン」


 不意に呼び止められたカリオン。呼び止めたのはフレッドだった。


「今日もブルに昼飯の便宜をはかったな」

「申し訳ありません」

「それ自体は良い。だが、ブルの為には良くないことだ」


 努力の人。フレデリックはブルの成長を阻害していると警告しているのだった。


「士官ならば部下や同僚に気を使うのは当然の事だ。だが、昼飯抜きで辛い午後を経験するのも集中力や記憶力を錬成するためには大事な試練かもしれない。そうは思わないか?」


 フレデリックはカリオンが行ったことを否定はしない。ただ、それをすることでブルに何が起きるのかを考えさせ、より良い解決方法をカリオン自身が考えるように仕向けるのだった。


「……浅はかでした。何らかの解決方法を模索します」

「そうだな。抜かるなよ」


 敬礼でフレデリックを見送ったカリオン。

 同時にブルについても思いを巡らせた。

 様々な経験を積みながら、カリオンは成長していた。


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