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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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崩壊の序曲(前編)


 それは、唐突な来訪だった……


「なぁ……ちょっといいか?」


 ある日、復興作業の続く茅街に見たことの無いヒトの一団が現れた。

 崩れた建物を片付けていた茅街の住人はそのヒトを見て驚いた。

 驚くほどに身形が悪く、また、病的なレベルで痩せていた。

 どこから来たのかは解らないが、少なくとも……


「はい、どうされました?」


 まともな扱いをされていたとは思えない姿のヒト。

 ボロボロになった衣服は、袖を通してると言うより巻き付けているレベルだ。


「茅街って街は……ここで良いのかい?」


 およそ30名ほどの集団の先頭にいた男は、そう尋ねた。

 僅かに震える声でそう言ったのだが、茅街の住人は笑顔で言った。


「そうです。ここが茅街です。色々あってこんな状態ですが」


 アハハと笑った住人は、振り返って街の中を見た。

 都合4度の騒乱を経験し、アチコチの建物が燃やされ壊されしていた。


 だが、石積みで作られた建物はびくともしておらず、威容を誇っている。

 検非違使本部は白く眩い漆喰作りで、街の中心にそびえていた。

 街は住人達の手によって力強く再建されている最中だった。


「そうか……良い街じゃねぇか……」


 ボロボロの身形のヒトは溜息混じりにそう漏らし、後方の集団に言った。


「ここが目標のようだ」


 ――――目標?


 街の住人が怪訝な表情を浮かべる。

 だが、振り返っていた来訪者が前を向いた時には、険しい表情になっていた。


「おれぁ……トラの国から歩いてきた……この茅街って奴に来たくてよ」

「それは……遠くからご苦労様です」

「なんでもイヌの国じゃヒトの街はイヌにゃぁ関係ねぇって話だそうで――」


 来訪者は背負っていたカバンから新聞を取り出した。

 その一面にはヒトの街が出来上がりつつあると書いてあった。

 ただ、その下の文言は少々不穏当なものだ。


 ヒトの統べる国家はなく、ヒトはただの奴隷の筈。

 奴隷の国は存在しうるのか?と書き立てられていた。

 そして、他国が侵攻してきた場合、ル・ガルは防衛する義務を負うのか?と。


「――この街はイヌの街かい?」


 来訪者の言葉に街の住人は言葉が無かった。

 イヌの街という発想自体がなかったからだ。


「……この街は――」


 一瞬だけ思案して言葉を練った街の住人は、やや間を置いてから言った。

 それは、ある意味で理想論でしかなかったものだが。


「ヒトの街です。この世界に住むヒトが全てを決める自治都市です」

「そうかい……じゃぁ話は早ぇやなぁ」


 来訪者はその言葉ににんまりと笑った。

 その笑みは何とも後ろ暗い悪意を感じさせる笑みだった。


「じゃぁよぉ……ここで……この街を俺たちが乗っ取っても、イヌは文句を言わねぇってこったよなぁ なんせヒトの街なんだ」

「はぁ?」


 来訪者は数歩下がってまき付けていた布を解き払った。

 痩せぎすな感じだった来訪者だが、太陽の下で見るその身体は銅がね色だ。

 その身体が突如としてボコリと膨張し、体躯が膨れ上がり始めた。


 ――――あっ!


 街の住人は慌てて非常呼集の笛を吹いた。

 甲高い笛の音が街の中に鳴り響き、アチコチから住人が集り始めた。


 ただ、そのあつまった住人たちは言葉が無かった。

 彼らの目の前に集っていたのは、まるでトラのような覚醒者だったからだ。

 そして、低く轟く声になった彼等は大きな声で言った。


「悪ぃがこの街を乗っ取らして貰う。降参するなら早くしろ。なに、悪いようにはしねぇさ。けど、抵抗するってんなら全滅してもらう。好きな方を選べ」


 トラ面影が残る覚醒者は両腕を振り上げ咆哮した。

 凄まじい大音声が街の中に響きわたり、各所で悲鳴が上がった。


「俺達はトラの国から来た! この街を乗っ取ればトラがケツを持つって約束でヒトの街を作れる。問答する気はねぇからな! 死にたい奴だけ掛かってこい!」


 そう叫んだ来訪者の声に、後方の覚醒者たちが鬨の声を上げた。

 凡そ30名ほどの覚醒者たちは、目の前に居た街の住人に凄んだ。


「戦争か平和かだ。死にたくなければ降伏しろ!」


 一方的な他国の侵攻は唐突に始まった。











 ――――――――帝國歴392年 7月 5日 早朝

           ル・ガル北西部 人工希薄地帯 茅街 











 全く同じタイミングで街の南西部に同じような侵入者があった。

 彼等は最初から覚醒した姿で街へと入ってきた。


「街の代表はどこに居る」


 復興作業に当っていた街の住人はパニックを起こして逃げ出し始めた。

 見上げるような大男状態の覚醒者が大挙して入ってくれば嫌でもそうなる。

 そんな住人たちを横目に、覚醒者の一団は街の中を進んで行った。


「街の住人の代表はどこだ。出て来い」


 その姿はまるでネコだった。

 大きく丸い頭に縦割れした瞳が見えた。

 肢体は細くしなやかで、柔軟性を感じさせる。


「街の代表よ。ここに来て話をしろ。我らはネコの国から来た」


 さすがネコだと住人が感心するのは、歩く足音が聞こえないのだ。

 しなやかにスッと動く姿には、ネコらしい柔軟性が見て取れた。


 ただ、そんな余裕など住民に無いのは言うまでもない。

 突然現れた覚醒者の姿は、検非違使を知っていても驚きだ。

 しかも悪い事に、その覚醒者には友好的な部分が一切無い。


 最初から喧嘩腰で街に入ってきて、代表者を探して歩いている。

 そこで出てきそうな言葉は一つだろう。


 ……極上の窮地


 街の住人はみな一様にそれを思った。

 そして、今までの窮地が大したことない事態だったと気が付いた。


「カシラ! 前進しやしょう!」

「そうだな」


 街の入口でウロウロしていたネコの覚醒者は前進し始めた。

 茅街南西側の入口から街に入り、大通りを進んでいく。

 10メートルほどある道幅も、覚醒者がふたり並んで歩けば手狭に見えた。


「あれが街の中心でやすね」


 ネコの一団が指を刺すと、リーダーと思しきネコが言った。


「どうやらそうらしいな。あそこに行ってみよう」


 並みのヒトの二倍はある体躯だが、それでも二階建ての街並みの方が大きい。

 そんな建物の2階では、街の住人の女性と子供たちが震えていた。


「カシラ! 結構いやすぜ」

「ちょっと遊んでいきやしょうよ!」

「英気を養うって奴ですって!」


 女の匂いに反応したのか、手下たちが口々にそんな言葉を吐く。

 カシラと呼ばれたネコはその中のひとりを捕まえ頭をはたいた。


「バカヤロウ! まずは街を手に入れるんだ!」

「……へい。すいやせん」


 不機嫌そうに髭を揺らしながら歩くカシラは街の広場へと出た。

 そこにはトラの覚醒者が居て、最初に応対した街の住人を突付いていた。


 ただ、覚醒者には突付くレベルでも並みのヒトには殴打と変わらない威力だ。

 身体中を殴られ血を流す住人は、虫の息になっていた。


「ん? なんだおめーら」


 トラの覚醒者の一団に気が付いたのか、ネコの手下たちが一斉に身構える。

 同じ間合いでヒトを殴っていたトラの覚醒者の一団も身構えた。


「なんでネコがここに居んだよ」


 グルグルと喉を鳴らしながら威嚇するトラの覚醒者。

 その手は硬く握られ、威力ある拳が現れていた。だが……


「なんだなんだ。ネコもトラも大した事なさそうですな」


 唐突に響いた声にネコとトラの覚醒者は首だけ振って相手を確かめた。

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