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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
305/665

悪意なき企みは諸悪の根源

~承前






 夕闇に包まれたガルディブルクの街に灯が並んでいる。

 城下には夕餉の匂いが漂い、目当てのレストランへと向かう者達も多い頃だ。


 ミタラスから西へ向かったダウンタウンには様々なレストランが並んでいる。

 庶民から貴族まで、様々な階層の需要を満たすバラエティ豊かな店たちだ。

 そのレストランの一軒、焦げた杉樽亭の中に二人の子爵が座っていた。


 双方ともに不機嫌そうな仏頂面で、店員ですら恐る恐るな様子だった。


「しかし……話しにならんな」


 重々しい空気を漂わせそう言う男は、メッツェルダー子爵だった。

 何が気に喰わないのか、サイモンは気忙しげに果物を齧っていた。


 イライラとした様子ながらもギリギリのところで自分を抑えている。

 それは、アージンに連なる子爵として無様はさらせないと言う矜持だ。


「話の辻褄が微妙に噛み合ってないが……総じて筋は通っている。こうなるとより一層、慎重に一手を考えねばならんが――」


 うって変わって楽しげにそう言ったのはフェザーストーン子爵だ。

 老成した姿ゆえに実感が湧かぬが、そもそもはシュサの剣だった男。

 乱戦のズザとふたつ名を取ったズザ・ノエル卿は、混戦の戦場を得意とした。


 敵味方が混交する現場を上手く泳ぎ、敵を討ち取りつつ必ず生き残るのだ。

 だが、そんなズザと共に戦った者達は、口を揃えてこう言う。


 ――――もうズザ・ノエルとは戦線を組みたくない……


 と。


 乱戦の現場で戦うズザは、味方の死までも利用する男だった。

 それこそ、『あいつはまるでキツネのようだ』と散々言われた。

 手強い敵と遭遇した時は、仲間の支援を仰ぎ素早く身体を入れ替える。


 そして、敵の剣に負けて膝を付く仲間を他所に、死角へと回り込む。

 討ち取ったりと剣を振り上げ一撃を入れそうになった敵を後ろから突き殺した。

 どれ程に戦慣れしている騎士とて、敵にトドメを入れる時は集中するからだ。


 今まさに敗れそうな者は、土壇場で火事場の馬鹿力的な抵抗をする。

 その抵抗を警戒する故、とどめの瞬間は誰だって無防備になる。

 ホンの一瞬、2秒か3秒ほどの僅かな間だけ、周辺から目を切るのだ。


 ズザはそこを突く戦い方だった。

 その手を使い幾人もの敵を屠ってきた。


 幾度目かの乱戦を終えた時、シュサから直接『やめろ』と指示されるまで。

 シュサの命により最前線から外されるまでそれは続いた。


 卑怯だとか狡猾だとか散々と言われ続けたが、ズザは気にしなかった。

 戦場はまず生き残る事が本義なのだから、名誉など余計な事だったのだ。

 そして、死ななくてもいい安寧を手に入れた。


 だがそれは、生来持っている闘争心の持って行き場を失うことだった。


「――まぁ、そうカリカリする必要もあるまい。もう少し報道関係を焚き付けて世論を煽る。そして、あの男がル・ガル全体に今日の話をせざるを得ないようにすれば……それでこちらの勝ちだ」


 そう。

 ズザが戦う相手に選んだのは、よりにもよってアージン本家だった。

 シュサを逆恨みしたわけではなく、単に勝ち難い相手を選んだだけだ。


 情報を収集し、敵の弱みを探り、段々と衰弱するように仕向けていく。

 ただ、その一連の活動において本当に厄介なのは、野心が無いことだ。


 やがてアージン本家が滅んだ時には、周辺子爵家から当主を選ぶかも知れない。

 そうなったら面白いな……と、野心ではなく興味でそれを行なっていた。


「勝ち? 何を勝つんです?」

「そうだな…… 長く続けてきた駒遊びかのぉ」


 ギザ・サイモンの言葉にズザ・ノエルはそう応えた。

 そもそも、ズザがこの遊びを始めたのは、シュサ直系の娘が生まれた時だ。


 城勤めの女官は幾人も居て、割と好色なシュサは気まぐれで手を付けていた。

 そんな城勤めのメイドだった女は、息子ではなく娘を産み落とした。

 それは、長年冷や飯食いだったズザにとって大きなチャンスだった。


 シュサとは大きく年の離れたトゥリの血を引く男なのだ。

 メイドの娘を娶り、養子になろうとアレコレ画策を始めた。

 戦に出ない子爵ならば、あとは自然と朽ちるのを待つだけの人生だった。


 だが、その娘を娶り、義兄であるシュサと血縁の契りを交す。

 そうすればこの退屈で暇を持て余す人生に転機が訪れる。

 ズザはそう考えたのだった。


 だが、シュサはことの他に娘を可愛がった。

 そして、王都の悪意が届かぬ辺境の地へと送り込んでしまった。

 悪い虫が付かぬように……と、そんな配慮だった。


 それならば!と、ズザは一計を案じた。

 失って困らぬサウリクルに生まれたマダラの男を夫に送り込んだのだ。

 マダラに生まれ疎まれていた男を焚き付け、同じように遊びだと嗾けた。


 するとどうだ。見事にシュサの娘は恋に落ち、夫婦の誓いを交すに至った。

 あとはマダラの男を。ゼルを殺すだけのところまで来た。

 傷心の娘を慰め、あとは少々手荒に丸め込めばいい。


 ズザは作戦の成功を確信したが、そこに誤算が生じた。

 ゼルは死なず、よりにもよってシュサの娘は男子を産んだのだ。

 それがあのカリオンだった。


 ――――自分が狙っていた作戦が外れた

 ――――狙っていた座も奪われ、奪還の芽も潰えた


 そうなった時、ズザが狙ったのは国民と太陽王を離間させることだった。

 ズザは事あるごとに様々な場で非公式に語り続けてきた。


 ――――マダラなどイヌではない

 ――――いまのル・ガルはイヌですらない者が王なのだ

 ――――これは王権による国民への裏切り行為だ


 困った事に、そんなズザの言葉に一定数の賛意が集り始めたのだ。

 そして、思わぬ追い風が吹き始めた。


 太陽王となったカリオンが心から愛した帝后は凶刃の餌食となり果てた。

 事あるごとにサウリクル当主の息子に吹き込んできた毒が効いたのだ。


 ――――お前は負け犬だ

 ――――お前は切り捨てられる

 ――――私の様に……


 それ以外に何らかの圧力がかかり、精神を病んだらしい。

 それもこれも、ごく単純な言い方をすればズザの仕込みの結果だった。

 精神的に弱かったサウリクルの小僧は、勝手に転んだのだ。


「次はどうされるのですか?」


 サイモンは落ち着きを取り戻してズザの言葉を待った。

 ひとつ下の世代に当るサイモンは、直情径行の気が強いのだ。

 上手く丸め込まねば火傷をするかも知れない……と、ズザは警戒していた。


「そうだな……」


 ズザ・ノエルは改めてカリオンの言葉を整理した。

 どうにも断片的で、尚且つ『みなさんが想像したとおり』と言っていた。

 つまり、勘違いや思い違いが当人の責任になるように仕向けていた。


 中々の策士とにんまり笑っても良いのだが、謀勝負なら負ける気がしない。

 ここはひとつ、本格的に各方面へ情報をばら撒くかととも思うのだが……


「まずは……かの人物の言葉を整理しようか」


 ちょうど運ばれてきた今宵の料理に手を着け、ズザはニコリと笑った。

 料理を提供する女中の気配を察し、太陽王に関連する単語をサッと避けた。

 その老獪さは、サイモンをして場数の違いだと思わせるものだった。


「流石ですね。御老は」

「なに。年の巧じゃ」


 フォッフォッフォと歳を感じさせる笑いをこぼしたズザ。

 その間に女中はその場を離れ、サイモンは真面目な顔になった。


「まず……」


 サイモンはシュサの話を取り上げた。

 時系列として一本化しようと試みたのだ。


 ・ヒトの世界から調査の為のヒトが送り込まれていた

 ・そのヒトは女で、ヒトの置屋に捕まった

 ・恐らくはその置屋で客を取らされたのだろう

 ・この世界の住人なら問題ない病でもヒトは重篤化して死に至る事もある

 ・その女を回収しようとヒトの世界から武装集団が来た

 ・そこにシュサの一行が出くわし、偶発的に戦闘になった

 ・ただ、一方的に蹂躙され、シュサは心底驚いた


「あれ?」

「そうじゃ。ワシはそこが気になった」


 カリオンは言った。ヒトの女はシュサをかばった……と。

 シュサはヒトの保護を約束し、その調査員の女はこの世界に残った。


「業病はどうした?」

「それもそうだが、それより、偶然そこでヒトの女を見つけたシュサを、なんで女が庇うんだ?ワシはそっちが気になるのぉ」


 繋がらない二つの話。

 そのミッシングリンクに二人は頭を捻る。

 そして、至れる結論はひとつだ。


 ―――― ヒトの女はそれ以前からシュサを知っていた

 ―――― シュサもそのヒトの女を知っていた

 ―――― そしてその女はシュサを庇う恩義があった


「……って事は」

「あぁ。シュサの後宮にでも居たのかも知れんな」


 何らかの事情でそのヒトの女はシュサに保護されていた。

 ところが、これまた何らかの事情で女は城の外に出た。

 そして、置屋に捕まり客を取らされる奴隷になった。


 その厳しい境遇の中でヒトの女は回収される事になったのだろう。

 だが、その前にシュサは女を見つけた。そして、女を攫った置屋に報復した。

 その置屋を焼き払い、主人を殺したのだろう。


 女は回復し、シュサと添い遂げるべくこの世界に残った。

 その二人が魔法薬を使って子を成したとしても不思議ではない。

 アージン家の中に残る秘薬があったのかも知れない。


 全ては闇の中なのだが……


「本家の奥深くに匿われた魔導の血筋やもしれぬの」

「はぁ?」


 ズザの言にサイモンが抜けた返事を返した。

 世代を重ね失われる秘密や知識は、得る機会無くば身につかぬものだ。


「ノーリは魔導にも長けた男だった。あの……なんと言ったか、悠久の生を重ねる魔導師が側近に付いていた。おおかた、あの魔導師の手配だろうが……」


 首をひねるズザはハッと何かに気がついた。


「今ふと思ったんじゃがの……あのシュサのむすめ。エイラだったか?あの娘を産んだ母親がヒトかも知れぬ」


 ズザは顎をさすりながら思索を巡らせた。

 大胆な仮説とそれを外連味無しに検証する頭脳。

 年月を重ねた分だけ、ズザはその辺りのさじ加減を上達させていた。


 己の願望に影響を受ける事無く、手前味噌にならぬよう慎重に思索を重ねる。

 それは、口で言うほど簡単な事では無く、どうしたってバイアスが掛かるのだ。


「魔法薬により生まれたエイラを隠す為……シュサは娘をあんな僻地へと押し込んだ。わしがそこへマダラを送り込んだ。生まれてきた息子もマダラだが、まだ100にもなってないのに老けておる。つまり、あのカリオンはヒトの血が強く出たアイノコかも知れぬ」


 それは大胆な仮説などという表現では甘い程のものだ。

 だが、カリオン本人がリリスはアイノコだと言った。

 そして、失う事のないように魔導師が集められ研究を重ねた……と。


 その結果としてあの化け物が多数生まれたと言うことだが……


「そもそも、あのカリオン自身がアイノコなので、同じような生物であるリリスを失いたくなかった……と考えるのは、妄想のしすぎかのぉ」


 当たらずとも遠からずだが、その実態は本来誰も知らない事だ。

 外部で思索を重ねたとて限界がある。


「イヌとヒトのアイノコはイヌと子を成せる……産めるのでしょうか?」


 サイモンが問題の根幹を口にした。だが、ズザは平然と言い放った。

 あくまで客観的な視点に過ぎないが、それは王位継承権に関わる問題だった。


「……むしろカリオンがイヌという保証は無い」

「え?」

「あのゼルの代わりになったヒトの男。アレとエイラの間に産まれたのがカリオンだとしたら……」


 ズザは酷く悪い笑みを浮かべた。

 人間なら誰もが隠し持っている、否定できない悪意の部分。

 ドス黒い願望であったり、口する事が憚られる欲望だったりする部分。

 迂闊に口にすれば人間性の部分で疑われてしまう恥ずべき感情の発露だ。


「……本来は王位に就けないですな。そもそも、イヌじゃ無いのだから」


 サイモンもズザの思い付いた部分を理解したようだ。

 ル・ガルはイヌの国で有り、イヌの国民が等しく頂く王こそ太陽王だ。

 その存在はイヌであることが前提なのは、もはや不文律と言って良いだろう。


「少し揺さぶってみる価値はあるのぉ」


 心底悪い笑みになったズザは、並べられた料理を平らげていた。

 弱い250を越えた老人にしては、驚く程の健啖ぶりだ。


「で、あのオオカミの女」

「サンドラですね」

「あの娘の件だが……」


 ズザとサイモンは顔を見合わせ押し黙った。

 サンドラが問題では無いのだ。


 本来サンドラの夫であった存在。サウリクル家の当主。

 シュサ最強の配下と呼ばれた、圧しも圧されもせぬル・ガル騎兵の象徴。

 あのカウリ・サウリクル・アージンの息子が生きている。


「トウリが生きていたというのはかなり問題ですね」

「あぁ。しかもあ奴、間違い無く良い成長をしておるぞ」


 バケモノに変身できるヒトを集めた特殊機関。王の直下にある最強の親衛隊。

 検非違使を名付けられた驚くべき戦闘能力を持つ者達をトウリは束ねている。


 その実態は王の専権事項と言う事で、誰にも公開はされなかった。

 だが、検非違使が完全非公開で公に出来ない仕事をしているのは間違いない。


 アージンの衛星貴族達は、各々がル・ガルの中でそれなりのポストに居るのだ。

 その管轄の中で、未確認な組織が非合法活動をしているのは把握していた。


「……仲間に出来ないもんでしょうか」

「どうじゃろうのぅ。ある意味、あのサンドラは人質かも知れぬ」

「人質?」

「あぁ。もう一度王を裏切ることの無いように……」


 押し黙って視線を闘わせるふたり。

 ややあってサイモンがふと表情を変えた。


「トウリとサンドラの間には娘が居るはずだ」

「あの……なんだ……ララウリとキャリ……あの2人以外にか?」

「えぇ。あの娘は間違い無くトウリの娘の筈」


 ……フム


 腕を組み沈思黙考するサイモンは無表情になって思慮を巡らせている。

 サイモンは黙って成り行きを眺めているのだが、ズザは随分と長く黙っていた。


「……御老?」

「声を掛けるな……いま……手順が纏まりそうじゃ」


 ズザが何を考えているのかは解らない。

 だが、何をしようとしておるのかは解る。


 もう一度トウリに圧力を掛け、苦しむだけ苦しんで再び王を裏切る様に仕組む。

 そうなった時、カリオンがどう振る舞うかは解らぬが、取り乱す位はあり得る。

 千載一遇のチャンスが訪れるとしたら、そこしかない。


「……トウリの娘を使って精神的に追い込み、あの検非違使とか言う集団を王から引き剥がし、軍部を嗾け王から離反させてやれば……あの小僧は自壊するかもしれんの」


 ズザの言った『自壊』という言葉にサイモンが『それは?』と問うた。


「カリオン自身が全て詳らかにし、王位から降りる事を宣言する……いや、宣言させるのだ……そうなれば、この変化に乏しいル・ガルに変化の風を吹かすことが出来る。我等のように一方的に未来を奪われた者達に再起の芽が……な」


 ズザは遠慮無くそう言い、サイモンはニヤリと笑った。

 全てが上手く回り始めると2人は思った。


 その全てが、手の上であることなど知る由も無く……


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