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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
304/665

アージン衛星貴族の宴(後編)

~承前






「……で、一体それは?」


 カシャ卿の言葉が流れ、全員が息を呑んでカリオンの言葉を待っていた。

 ある意味、それこそがル・ガルのこれからを雄弁に語るものだから。


 どんな事でもそうだが、知る前と知った後では人間はガラリと変わる。

 知識や教養と言った部分だけでは無く、知らなくても良い事だってそうなのだ。

 ましてやそれが国家の秘密に当たる部分とあれば、尚更だろう。


「いいですか?」


 カリオンは敢えて間を置く事で全員の意識レベルをひとつ上げた。

 全ての視線が集まっているのを感じながら、切りだした。


「今を去る事およそ100年前と聞いていますが……シュサの元に1人のヒトの女性が保護されました。まぁ、いつもの気まぐれでしょうが、実はそのヒトの女はとんでも無い存在でした」


 室内をグルリと見回し、カリオンは一つ息を吐いた。

 気を入れたと誰もが思う姿は、緊張感が漂っていた。


「ヒトの世界では異なる世界へと向かう技術が作られていたのです。そして、彼等はそれを世界線と呼んでいるそうですが、この世界へも調査のためにヒトを送り込んでいました」


 あぁ……


 全員の表情に合点がいったと言わんばかりの色が浮かんだ。

 遠い日、シュサが唐突に『ル・ガルはこれよりヒトを保護せよ』と言い出した。

 その令に公爵五家が応じ、全国にヒトを保護し、面倒を見る施設が作られた。


 だが、逆にそれがヒトの価値を高める形になってしまた。

 他国ではヒトの誘拐や窃盗が相次ぎ、拉致紛いの話も頻出した。

 そして、イヌやネコの幼い娘が耳や尻尾を切り取られて売られる事件が続いた。


「あとはもうご想像の通りです。ですが、そこで何があったのかは……」


 腕を組んだカリオンは僅かに笑っていた。

 真実を知る者の余裕とでも言いたげな姿だった。


「そうだ。そこが重要なのだ」


 サイモン卿は固い声でそう言った。

 大昔も大昔。まだイヌの統一が行われる前から、ヒトはこの世界にいた。

 彼等は様々な理由でこちらの世界にやって来ていた。


 ヒトの世界ではそれを神隠しと表現したらしい。

 そして、或いはこれを行方不明と処理したのだと。


 だが、ヒトの世界の都合などどうでも良い。

 およそこのル・ガルの内部において、ヒトの功績を知らぬ上流階級はいない。

 それは経済や様々な技術など、この世界には先進過ぎる知識の伝播の大元だ。


 ヒトの世界で起きたという大小様々な技術革新は、この世界をも発展させる。

 だが、その発展が福音ばかりかと言えば、実際にはそうでも無いのが現実だ。

 もっと言えば、シュサ帝を失った戦争では、全く新しい戦術が普及している。


 これからの時代。

 国家と国家の争いの中で、その犠牲となる者が一桁も二桁も増えてしまう。

 それだけで無く、事と次第によっては滅亡をも覚悟しなければならない。


 憎しみと悲しみの螺旋は、文明の黄昏へと続いているのだから。


「シュサは圧倒的な実力を持つヒトの軍勢と遭遇したのです。そして、為す術無く一方的に撃破される程の実力差を思い知らされました。彼等は、ヒトの軍勢はそのヒトの女を保護するべく送り込まれたのです」


 カリオンがそう言い切った時、室内がシンと静まり返った。

 それは余りにも唐突な、重大な告白だったからだ。


「………………………………」


 誰もが押し黙って周囲の者と視線を交わした。

 この場にいた多くの者が、それを真実だと飲み込んだのだ。


「なるほどな……」

「まぁ、それも唐突だったな」


 カチン公とフラス公は顔を見合わせてそう言った。

 それくらい、シュサの政策転換は唐突だった。


「まぁ……あの時代はある意味で酷かったからな」


 重い言葉でそう言ったのは、南方血統で数少ない子爵となった男だ。

 ジブリール家を預かるサダム・ダル・ジブリールは、見事なまでの白毛だ。


 そも、南方血統の伝統で、女は家の外には出さない事が多い。

 嫁取りは家長同士が相談し、計画的な家族発展が行われていた。

 その関係でアージン当主の手付きとなった女が極端に少ないのだ。


「思えばあの時代は……ヒトには酷な時代だったな」

「今だって良いとは言えぬがな」


 サチスタ公とサイモン公がそんな言葉を交わした。

 少なくともそれまでは、ヒトなど人間の内に入らない扱いだった。


 だがシュサは、ヒトを無下に扱うことを禁じた。

 手込めにして性的な遊び道具にされていた者も多かったのだ。

 しかし、そのシュサの政策によりヒトの置屋は一気に姿を消した。


 色街からもヒトが姿を消し、アングラな店だけがヒトの女を抱けた。

 そして、酷い虐待を行っていた者は容赦なく処罰された。


 老いたり病んだりしていたヒトを強引に働かせる者も多々いた時代だ。

 動けぬ者に鞭を打った主が罪に問われ、公衆の前で鞭打ち刑に処されたりした。


 シュサはその処置を徹底的に行っていた。

 一切の温情措置を挟むことなく、粛々と冷徹に処罰し続けた。

 そう。シュサがあの西方の草原で死ぬ日まで……だ。


「しかし……シュサは何故にそんな政策を取る事になったのだ?」


 フェザーストーン卿はそこが納得いかぬと声を発した。

 誰もがそれに同意するように首肯しカリオンを見た。


 まだ疑念が解けてない。

 そう言わんばかりの目がカリオンを貫いた。


「まぁ、そうなりますね。ですから――」


 カリオンは室内をグルリと見回し言った。


「――ある日、シウニノンチュからガルディブルクへと向かう途上で休憩したトネンポットの街でシュサはそのヒトの女に出くわしました。私も最初にそれを聞いた時は理解しがたい状況だったのですが、ほぼ全裸の姿で飼われていたそうです」


 はぁ?


 各々がそんな表情になる中、一部の者が得心したような顔になった。

 女が収入を得るために身体を売るのは、どんな所でも共通するビジネスだ。

 そして、逆の見方をすれば女を買う側の需要が一定数ある事を意味する。


 それが街道筋の店ともなれば、旅の恥は掻き捨てとばかりに手を出す者もいる。

 自分を売って収入を得たい女にしてみれば、ある意味でうってつけなのだろう。


 だが、置屋と呼ばれるビジネスを営む者全てが女を大事にする訳じゃ無い。

 あのフィエンの街を牛耳るエゼの様な存在は稀なのだ。


「シュサはそこで事情を聞き、女は最初は答えなかったそうですが――」


 肩をすぼめたカリオンはニコリと笑って言った。


「――経緯はともかくとして、シュサはその女を手元に置くべく店主に依頼したそうです。女を譲れと。店主は快く女を譲ったそうですが、その後に置屋が放火されたらしく、一族郎党まとめて焼死したとの事で……」


 解るだろ?とカリオンはそんな表情を取った。

 全員が引きつった様な顔になって、ある者は首肯し、ある者は視線を反らした。


 シュサは焼き払ったのだ。

 そのシウニノンチュとガルディブルクを結ぶ街道上の街を一つ、完全に。

 凡そ100年前と言えば、その事件をリアルで覚えている者もいる。


 カリオンはそれが聞いた話だから……と、念押しするように続けた。

 ここが大一番だと理解しているのだから。


「その女はこの世界に調査に来て、運悪くヒトの置屋の経営主に捕まり、逃げられないよう裸に剥かれて慰み者の扱いを受けていたそうです。で、実はその時点で業病を患っており、もはや死を待つばかりとの事でした。ですが――」


 カリオンの声が一段落とされ、寒々しい空気になっていた。


「――どうもその時点でシュサはヒトの軍勢に遭遇していたようですね。私も疑問に思い資料を紐解いたのですが、当該時期に近衛師団の所属騎兵が約200名ほど行方不明で処理されています。その時点で恐らくは……」


 カリオンが言葉を濁すと、その場にいた誰かがポツリと漏らした。


「王の為に必死で戦ったのだろうな」


 今も昔も近衛騎兵は最大の花形故に、そこに所属する騎兵は勇猛果敢だ。

 それが王の命とあらば、神にでも戦いを挑み、笑って死ぬ者達ばかり。

 ましてや、偉大な武帝とまで呼ばれたシュサの率いる近衛なのだ。


 きっと必死に戦ったののだろうなと誰もが思った。

 今となっては名も解らぬ無名の精鋭達は、勇ましく襲い掛かった筈だ。

 だが……


「そうでしょうね。ですが、これには歯が立たなかった」


 カリオンが見せたのはサンドラを保護した業病山で拾った銃だった。

 細身で仕立て上げられたその銃は、まだ微かに燃焼ガスの臭いがした。


「それが……ヒトの世界の武具か」


 造兵敞を預かるメッツェルダーは、立ち上がってしげしげと眺めた。

 銃という武器の存在はサイモンとて知っているし、実物を見た事もある。

 そして、実際に稼働しているところもだ。


 さすがは武具を扱う人間と言うべきか、サイモンは近づいてその銃を取った。

 恐れや迷いのない、勇気ある姿と言うべきで有り、賞賛に値するものだ。


「……なるほど。これは連発式の銃なのだな。ここに何らかの手段で弾丸をはめ込むのだろうが――」


 マガジンの差し込まれる孔を確かめ、銃口を除いたりしている。

 弾が入っていれば絶対にやってはいけないことだが、サイモンは迷いが無い。


「で、これはどちらで拾われた?」


 サイモン卿はそこに興味が移ったようだ。

 カリオンは我が意を得たりと言った風に説明を開始した。


「それにはまず、シュサの保護した女の話を完結させましょう。まず――」


 カリオンが出した資料にはリサの文字があった。


「――そのヒトの女はヒトの軍勢により保護されましたが、その時点で女はシュサが味方であることを訴えたようです。軍勢側は我が国軍を全滅させる算段だったようですが、女の必死の説得で思いとどまったらしいですね。そして、経緯は解りませんが自分はこの世界に残り調査を続けると説得したそうです。その結果として」


 カリオンは再び室内をグルリと見回してから、一つ咳払いをして言った。


「ヒトの軍勢は定期的にこの世界へとやって来て、女を確認するのだとシュサに伝えたと聞いています。シュサはそれを承知し、この世界にいるヒトは自分が責任持って保護するからと約束したとのことです。つまり、これこそがシュサ帝の行ったヒト保護政策の根幹です」


 アチコチから重い唸りが聞こえた。

 ある意味でシュサもギリギリの決断をしたのだと思ったのだ。


「ですが、シュサ帝の約定にあったヒトの保護は、ル・ガル以外では実行されていない様です。実は、余の妻となったサンドラは従兄弟に当たるトウリの元へと嫁いだオオカミですが――」


 それは、この子爵達の間ですこぶる評判の悪かった件だ。

 イヌの王がオオカミの女を直接娶った最初のケースなのだ。


「――彼女はこのル・ガルを横断してオオカミの国へと向かう際、道中で業病を患い果てる寸前まで行きました。旅行手形を盗まれた彼女は対処の手段が無かったのです。ですが、実はその課程で業病の者が棄てられる山に辿り着きました。身体中が腐って落ちる業病を得たものは、その山で果てるのが地域の掟とのことです」


 その説明に『あぁ』と反応を示したのは、概ね北方系の者達だ。

 昔から話に出る死を待つ山の件は、場所こそ不明だが誰でも知ってる話だ。


「私は非常な幸運でサンドラを見つけたのですが、実はそこに偶然、ヒトの軍勢が来ていたのです。しかも、何らかの調査をしている風でした。その場で回収したのが――」


 カリオンはサイモンの持つ重火器を指で指し示して言った。


「――その銃です。どうもヒトの軍勢はシュサの保護した女を捜していたようですが、彼女は既に亡くなっていました。余の幼い頃にシュサの後宮で死んだと聞かされましたが、問題はその女とシュサの間に……子供がいるのです」


 それは、全員がほぼ同時に『え?』と言うに充分な言葉だった。

 イヌとヒトとの間に子供が出来るはずが無い。それこそが社会の常識だった。

 だが、カリオンはハッキリと子供がいると言明した。


 その説明は全員を黙らせてなお余りある威力だった。


「その子供の名もリサ。ヒトの世界からやって来た調査員の産んだ娘の名です。どうやって子供が出来たのかは全く解らなかったのですが、後にそれはある意味偶然に解明されました。なんと、如何なる種族の間であっても子を為す秘薬が太古の魔術師により完成していたのです」


 アチコチから『まさか……』の言葉が漏れる。

 そんな声にカリオンは首肯を返して笑った。


「そうです。シュサは何らかの方法でその秘薬を入手していたのです。そして、その薬に本当にそんな効果があるのか?と、叔父カウリは事前に実験したのです。実は、その時産まれた存在が……リリスでした」


 全員の厳しい眼差しが一斉にカリオンに注がれた。

 魔術師を、魔法使いを城に集めてまでリリスの命を救おうとした本当の意味。

 その核心の部分を全員が初めて知った。


「秘薬はもはや残っておらず、余が城に集めた魔法使い達は、その太古の秘薬の模倣から研究を開始しました。そして、各所で様々な実験を繰り返す中で、偶然に産まれて来たのがあの……バケモノのようなヒトです」


 カリオンは遂にカミングアウトした。

 誰にも言ってこなかった覚醒者の真実だ。


「余が命じて作った秘薬の模倣により、ヒトとそれ以外の者との掛け合わせで、ほぼ間違い無くあのバケモノが産まれて来ます。実はその秘密を偶然知ってしまったが故に、余はレガルド卿を粛正せざるを得ませんでした。なぜなら、そのバケモノのヒトですらも保護する約定を……余はヒトの調査団と交わしたからです」


 何処かから『つまり、それを飲まねばならなかった……と』と声が漏れた。

 もちろんカリオンは黙って首肯し、その通りだと肯定して見せた。


「いかなる理由があろうと、ヒトを殺すなかれと約束を交わしています。彼等はあのバケモノになる存在をもヒトの一部だと認識しました。余はその約定を護る為、あのヒトのバケモノの仕事を与える事にしたのです。つまりそれこそが、今回王都の広場で大暴れしたバケモノの正体です」


 一息置いてカリオンは続けた。

 本当に隠しておくべき核心を……だ。


「彼等の組織の名は検非違使。余の直下にあって秘密の仕事をさせています」

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