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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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争乱の後始末~崩壊の序章


 ガルディブルクの街に本格的な春がやって来た。

 街の中には幾多の春花が咲き乱れ、市民の目を愉しませる頃だ。


 王都の様々な組織は競って花壇の手入れに勤しみ、組合は奨励金を配布する。

 城下におよそ50を数える組合登録の花壇は、それぞれが趣向を凝らすのだ。


 彼等が狙うのは、太陽王の選ぶ一席の座。


 王は王妃を引き連れ城下を巡り、数ある花壇全てに寸評を付ける。

 そして、今年はここの花壇が一番美しい……と、評価される事を願う。

 見事その一番の席を得たなら、その組織は一年の間ずっと鼻が高い。


 国王は美術や芸術について最大のパトロンであるべき。

 そんなスタンスだったノーリの願いは、殺風景な王都を美しくする事だった。


 ただ、およそ今年の春に限って言えば、花壇がどうのと言っている余裕はない。

 広範囲で焼け野原となったガルディブルクの街は、各所で再建が始まったのだ。


 これ程までに街が焼けたのは久しぶりだ……と、街の古老は言う。

 かつての祖国戦争でネコの魔法使いが広範囲に魔法で焼いて以来なんだとか。

 しかし、その焼け野原は都市計画見直しの奇貨でもある。


 王府の建築建設セクションは街の再整理を断行し、通路の整備を行っている。

 従来のガルディブルクは地方から延びてくる街道にクランクを設置していた。


 それは、言うまでも無く突撃してくる騎兵対策だ。


 速度に乗って吶喊してくる騎兵は止め能わぬ。

 いつの時代に在っても速力が武器である以上、その足止めは重要なのだ。


 故に、街へと突入してくる騎兵の足を止める為、それは設置されていた。

 きつい角度で続くクランクでは、馬の速度を緩めターンしなければならない。

 そんなクランク部分には矢掛けの投射台が設置されていた。


 ――――すべて取り払いましょう


 都市計画担当者はそう提案した。

 太平の世になりつつある今、街道は直線の方が良い。

 馬匹輸送による国内流通が主力のル・ガルでは、クランク部分で渋滞するのだ。


 郊外から運ばれてくる食料品や嗜好品など、王都の消費は旺盛な需要を生む。

 その為、この街の流通機関は早朝より日没まで動き続けていた。

 また、そんな馬匹を維持管理する産業も盛んで、都市はますます栄えるのだ。


 ポジティブサイクル


 全ての事象が相互に好影響を与え、事態は上手く回転している。

 ガルディブルクは郊外に向け更に拡大を始め、この10年で区画が7つ増えた。

 一辺が凡そ500メートル程度の大きな区画を作り、それを繋げていくのだ。


 周辺部より流れ込む流入人口を吸収し、都市の膨張は加速していく。

 そんな街を争乱状態に陥れた賊徒の主力は、フレミナの残党と発表された。


 争乱から3日後。王府は公式の報告書を城下高札に掲げていた。

 そして、同じ内容のものを城下の報道機関に配布していた。

 要約すれば、要件は五点だ。


 ・城下に侵入し狼藉の限りを尽くした賊徒は、フレミナの反ル・ガル派閥

 ・広場において粛正された高級貴族は、反王権組織

 ・その粛正を行った怪物は、ヒトの中に居た存在

 ・王は人の中の怪物を捕らえ、配下に加えていた

 ・それは、ル・ガルに迫りつつある新たな脅威への備え


 それがどれ程受け入れられるのかは解らない。

 だが、事実は事実として公開するのが望ましい。


 丁寧な説明と下手な隠蔽を行わない潔さ。

 そのふたつこそが重要なのだとカリオンは考えていた。


 『未知なる武装集団には、如何なる戦力も歯が立たなかった』


 詳細資料として王府が配布した参考資料は、かつての武装集団に関するものだ。

 別の世界からやって来たと思しき謎の武装集団は、壮絶な戦闘能力だった。

 僅か10名少々ながら、騎兵一個連隊を撃退せしめ完勝を誇って消えた。


 ただ、その文言は新たな軋轢を引き起こすだろう。

 余りに突拍子もない事態を前にすると、人間は事態の受け入れを拒む。

 一個連隊の騎兵がわずか10名足らずで撃退されるわけがない。

 王府は体の良い作り話で怪物を作り上げ誤魔化しているのだ……と。


 実際問題として事実なのだからどうしようもない。

 そして、それらへの対応策は絶対に必要になる。

 座して滅びを待つ訳には行かない。


 ――余は国民統べての安寧と安心を護りたいと思う

 ――その為の準備を続けてきて形になり始めた

 ――騎兵で勝利能わぬならば異なる手法が必要なのだ

 ――残念ながらそれに焦った者達の暴走やも知れぬ

 ――余の能力の不足故に起きた惨劇は余の不徳である


 カリオンは率直な言葉で市民達へ語りかけた。

 なにより、真っ直ぐに不徳を詫びて理解を求めた。

 イヌの社会の根本は、信用信義を尽くす事であり受け入れる事だ。


 だが、カリオンは……いや、カリオンを含めた王府重鎮は忘れていた。

 このル・ガルの社会を蝕もうとする勢力が居る事を。

 社会を不安定にし、国内に諍いを持ち込もうとする者が居る事を。

 不可能を要求し、出来なければ不徳のレッテルを貼る者達の悪意に底は無い。

 その全てが今、王府と太陽王に牙を剥こうとしていた……











 ――――――――帝國歴392年 3月 29日 午前

           ガルディブルク城 太陽王政務室











 静まり返った執務室の中、カリオンは黙って新聞を読んでいた。

 城下の主要二紙と小規模な発行元による地域紙が五紙。

 その全てが争乱についての話題を取り上げていた。


「……………………」


 黙々とページをめくるカリオンは、僅かに苛々としつつも安堵していた。

 市民は総じて落ち着いているし、過激な論調は出てこない。

 騒乱から数日後に行った各紙記者との懇談会で、カリオンは全てを話した。


 彼ら賊徒の一団が何を目的としたのか。なぜヒトを連れていたのか。

 そして、あの化け物は。ヒトが変身して姿を表したものは何か。

 多くの記者がその目的を知りたがった。


 故に、カリオンは全て詳びらかにしたのだ。


 最初、放浪するサンドラを救出する上で遭遇した存在について。

 王都郊外にある療養所で遭遇した集団について。


 彼らが装備していた、ヒトの世界の必殺の武器。

 全ての兵士が履いていた、同じ底模様の軍靴。

 なにより、神出鬼没で、なおかつ空に溶けて消えた不可思議。


 それら全てが余の懸念であった……と。


 カリオンは迷う事無く全てを見せる事を選んだ。

 業病の者が死を待つ山で拾ったヒトの世界の兵器と思われるもの。

 その実物を記者達に見せ、これで攻撃されると甲冑が役に立たぬと付け添えた。


 ――これらを装備した未知なる集団を相手に戦う事は避けたいのだ……


 それを弱腰と謗るのは間違いだ。

 危険は避けるに越したことはない。


 ただし、それを、その驚異を認識出来る者ならば……だ。

 一般に思われるルガル騎兵の戦闘能力は、この世界の如何なる物をも粉砕する。

 鍛え抜かれた一騎当千の強者は、国家の為に王につき従う。


 そして、如何なる種族であろうとも必ず勝利するのだ。

 時には宜しからぬ時もあろうが、勝つまで徹底して当たるのだった。



 だからこそ、国軍経験者は周囲に吹聴し、国民は安堵する。

 軍健やかならば国家安泰なりと。太陽王は不敗であり、ルガルは滅びぬと。


 しかし、事もあろうにその太陽王が弱音を吐いた。

 その事実は、目に見えない衝撃となって国民の胸を叩いた。


 ありえない……


 国軍を維持する為の税に国民は理解を見せる。

 国家健やかなれば生活安泰なりと理解している。


 その国軍が対処不能の事態となり、太陽王は新たな手段を探し求めた。

 国民は各階層毎に異なる反応を見せ、様々な軋轢を産み出し始めていた。


「……宜しくないな」


 ボソリと呟いたカリオンは、執務席のお茶を一口啜って続きを読んだ。

 大手二紙は見事に異なった論調を見せ、そのコントラストは頭痛を覚えた。


「新聞まで反王室的論調なのは……歓迎出来ないわね」


 カリオンの隣で新聞を読んでいたサンドラもそう漏らす。

 どちらかと言えば太陽王寄りの論調なのは日刊太陽新聞だ。

 太陽新聞は始祖帝ノーリの言葉を毎日伝えた事が始まりだからだ。


 それに対し、ノーリの組織した王府の官報をソースにする新聞もある。

 日刊帝國新聞を名乗るこの新聞社は、どちらかと言えばリベラルで辛辣だ。


 王府発行の官報はガルディブルクのみの為、それを全国に届けている。

 そこに編集部独自の寸評を加えるのが伝統だが、割りと辛辣な物言いが多い。


 今回の発表とて、太陽新聞は『国家安寧の障害』として論調を組み立てている。

 まず、街を焼いたフレミナの過激派は、王府発表通りザリーツァ残党と書いた。


 人間的に問題の多かったザリーツァ出身のフレミナ王フェリブルの置き土産。

 それは、ザリーツァ一門事実上の滅亡であり、残党は山窩に堕ちたのだ。

 彼等は放浪しつつ厳しい冬を越え、もはや総体を維持する事も出来ずにいた。


 その結果、破れかぶれの八つ当たりでガルディブルクになだれ込んだ……と。


 その手引きをしたのは軍内部にあって反王権を掲げた困窮貴族らしい。

 詳細は王府も手控え、細かい数字こそ見せていないが、間違い無く苦しい。


 そんな困窮貴族は一発逆転を狙って反旗を翻し、王都防衛の網を開けた。

 結果、王都には山窩が大量になだれ込み、その混乱の中で悲劇が起きた。

 それだけで無く、市民は中央広場に集まらざるを得なかったのだ。


 だが、そんな王府の説明に対し、帝國新聞はかなり辛辣な寸評を加えた。


 まず、今上王の不始末によりザリーツァ一門は路頭に迷った。

 山窩に堕ちた時点で救済していれば、このような事態にならなかった。

 そも、彼等は犠牲者で有り、やむを得なかったのだと。


 追い込んでしまえば反発は必定で有り、当然の帰結に過ぎないと。

 他のフレミナ勢と同じく融和路線をとり、国民福祉に力を入れるべきだった。

 その落ち度を認めず、叛乱のみ糾弾するのは、王の資質に懸念を生ずと結んだ。


「……相変わらず手厳しいな」


 力無く笑ったカリオンは、両紙を乱雑に畳んでポンとテーブルに投げた。

 同じ情報を受け取った両紙の記者だが、その論調は正反対だった。


 そして、最も問題なのは、未知なる武装集団の対応だった。


「……あれは、信用しろという方が難しいかも知れません」


 改めて新聞を畳み直したウォークは、溜息混じりにそう言った。

 目を疑う重武装でやって来た彼等の戦闘能力は理解の範疇を超える。

 それらに対応するために覚醒者が必要だったと発表したのだが……


「まぁ……そうだよな」


 腕を組んだカリオンも溜息をこぼすしか無い。

 あのヒトの世界の武器が作動しているシーンは公開できないのだ。

 目の前でバリバリと撃たれれば嫌でも理解するのだろうが……


「口コミで広まるのを期待するしか無いわね」


 サンドラが言ったそれは、あの荒れ地の戦闘を見た騎兵たちへの期待だ。

 王都郊外の療養所でも見た圧倒的な戦闘能力は、筆舌に尽くしがたいのだ。


 そんな現場を見た騎兵の中で、幾人が退役を選んだ者がいる。

 余りに凄惨なシーンを見てしまい、心が折れた者達だ。


「取材についての案内を出しましょうか」


 ウォークは情報のコントロールについて頭を捻っている。

 もはや、王府でどうにか制御出来る段階を過ぎているのだ。


 それ故に、ここは1つ退役軍人の率直な言葉を広めるべきかも知れない。

 目を疑うような惨劇を見聞きした兵士達の生の言葉は、相当な威力の筈だ。


 だが……


「問題は……これだな」


 カリオンはローカル紙の中の一紙を取りだして広げた。

 ガルディブルクで入手出来る新聞七紙のうち、事実上の不定期刊が一紙ある。

 帝國の中で農事の情報を全国に届けるル・ガル農業新聞だ。


 農繁期に向け、月齢や暦を詳細に編纂し、過去の気温データを掲載している。

 その農業新聞編集部は、数字の奇妙な一致を見つけ出していた。


「……リリス妃の件と気温記録の話ですか」


 その記事にウォークやサンドラですらも表情を曇らせた。

 リリスの負傷から始まり、国家を挙げた研究が始まった後だ。


 ル・ガル全土で平均温度の低下が始まっている。

 また、作付けに重要な地温の低下も著しい。


 土や風、そして太陽と対話する農人達の感覚は、時に正鵠を射貫く。

 リリスを救う為に魔法の研究が始まった事と、全国的な温度の異常。

 この2つが奇妙な一致を見せている事を、農人達は偶然と捉えていない。


 そして、全国レベルで作付けが減少し、収穫も落ち始めた。

 この頃から全国の貴族家に困窮するものが出だし、救済も無かった。

 ル・ガルを蝕み始めた異常気象への対応の甘さこそが問題じゃ無いのか?と。


「解っていても……見殺しには出来ないから」


 サンドラも悲痛な言葉を吐いた。

 常にリリスと比較される彼女は、ある意味でリリスが疎ましい。


 だが、今は少なくとも同志であり友人だ。

 出来るものなら護りたいし、隠せるものなら隠したい。

 表舞台に立つのは自分なのだから、その余裕もあるのだろうが……


「とにかく、推移を見守る。必要ならば改めて質問に答え、市民に語りかける事も吝かでは無い。街の再建に注力し、市民の生活再建を強力に推し進める。そして、軍内部についても対話と懐柔策を進めよう」


 カリオンはそんな方針をしめした。

 ウォークとサンドラの2人は黙って首肯する。

 ここでの対応が将来を左右するのだと、2人とも理解しているのだった。

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