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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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王都争乱 再び

~承前






 各連隊が掃討戦を繰り広げる中、カリオンは戦場を脱していた。

 ビッグストン兵学校の野外演習場はとにかく広いが、移動路は整備されてる。

 相当な時間を掛けて整備されてきた施設だけに、とにかく充実しているのだ。


 カリオンは手近に居た近衛師団から2個連隊ほどを分離させ直卒した。

 機動力を最大限に発揮し、疾風迅雷に王都へと向かう腹積もりだった。


 戦術の一大原則として、常に兵は拙速を尊ぶ。


 速度こそが最大の武器で有り、優速ならば少々の兵力差はカバー出来る。

 そして、その速度と対応の早さは、王都に侵入した賊徒を狼狽させられる。

 時間的な余裕の無さは焦りとミスを生むのだ。


 だが……


「残念ですがどうやら……」

「あぁ、手遅れ一歩前だな」


 王都を見渡せる低い丘までやって来たウォークの言葉にカリオンはそう応える。

 そんな2人と共に王都近郊へと戻ったドリーは、終始不機嫌な表情だ。


 それもそのはず。

 王都の中は各所で争乱状態となっており、賊徒の全体像すら掴みきれないのだ。

 ミタラスへと続く橋は封鎖されてなく、王都の周辺部には人の気配がない。


 だが、周辺部各所では断続的に火の手が上がっているのが見える。

 そして、イヌの鼻ならばその煙の中に生き物が焼かれる臭いを嗅ぎ取れる。

 鼻を突くその異臭の元は、言わずもがなに解るだろう。


「行くぞ」

「御意」


 カリオンは隊列の先頭に立って駆け始めた。

 王都近隣のミッドタウンでは、各所から様々な声が聞こえた。

 怒号と悲鳴。そして、高笑いや囃し立てる声。


 野卑で粗暴の限りを尽くす暴徒はそれ程多くは無さそうだ。

 しかし、彼等は住宅に押し入り略奪を働き、放火を繰り返している。

 逃げ惑う婦女子は捕まるとその場で裸に剥かれ慰み者にされていた。


 大通りにも細い路地にも死体が溢れ、放心状態の令嬢が蹲っている。

 その姿を見れば、何があったのかは言わずもがなだろう。


「そこまでこのル・ガルが憎いのか……」


 ドリーが漏らした言葉は、不安と葛藤となってカリオンの胸を叩く。

 街の様子を伺えば、そこには明確な意志が見え隠れしていた。


 王都を焼き払いたい。或いは、ル・ガルに強烈な一撃を入れたい。

 そんな仄暗い欲望が駆り立てる、争乱と略奪の現状だった。


「ドレイク」

「はっ!」

「第2連隊を預ける。街を押し包むように展開せよ――」


 ドレイクの顔に喜色が浮かんだ。

 王の命により軍を率いて戦場を駆ける夢が叶う。

 ただそれは、よりにもよって、この王都ガルディブルクなのだが……


「――包囲網を狭め、敵の正体を暴く」

「ヤー!」

「余はミタラスへ突入し、中心部から賊徒を掃討する。街の内外で挟撃せよ」


 カリオンは敵の数がそう多くないと判断し、挟撃を選択した。

 ドレイクは直ちに行動を開始し、凡そ千騎を率いて街の外部へと向かった。


「ウォーク。忙しくなるぞ」

「事務仕事よりマシです。身体を動かすのは嫌いじゃないです」

「……抜かせ! 後で後悔するぞ!」


 アハハと笑いながら『余に続け!』と発したカリオンは街を駆け出した。

 ミタラスに向かい一直線に走るカリオンの行く手には、黒尽くめの集団が居た。


 それが何者かを考える前に、カリオンは愛刀を抜き放ち構えた。

 速歩から駈歩へ増速し、さらには襲歩へと移行する。

 その完全なギャロップ状態において剣を振れねば騎兵は勤まらない。


 太陽王もまた1人の騎兵である。

 その姿を見た近衛騎兵は、一斉に抜刀し戦闘態勢となった。


「刈り取れ!」


 ウォークの声に騎兵が『ヤー!』と返答した。

 その騎兵たちの蹄音に驚いたのか、賊徒は頭を上げて辺りを見る。

 5人か6人のその男達の真ん中に、若い婦女子が転がっていた。


 慰み者にされたのか、はだけた衣服の各所に精液のシミが見えた。

 瞬間的にカリオンは沸騰し、顎をグッと引いて睨み付けた。


 ――殺す……


 カリオンの眼差しに殺気が浮かぶ。

 その意志に応えるように、愛馬ギブリは前足を高く踏み挙げた。


 ――お前もそう思うか?


 ギブリの意志を感じ取ったカリオンは、馬のするに任せた。

 するとどうだ。ギブリは迷う事なくその蹄で賊徒の頭を踏み割った。

 文字通り蹄に掛けたギブリは、後の足で蹴り上げて通過した。


「ギャッ!」


 下半身を丸出しにした男が馬に蹴り上げられた。

 チラッと見た限りでは、黒耀種にも見えるしオオカミにも見える。

 その正体は掴みきれないが、少なくとも味方では無い。


 純粋な敵意と悪意とを持って王都に侵入した以上、情けは無用だ。

 カリオンの愛馬ギブリに踏み殺された男は、通りの真ん中へ蹴り出された。


「踏み殺せ!」


 ウォークの声に殺意が混じる。

 5人か6人程の賊徒は通りの中央に次々と蹴り出されていった。

 そこを通過する後続の騎兵が次々と踏みつけて行く。


 速度と重量のある馬の蹄は、人間をボロ雑巾にしてしまうなど容易い。

 半ば正体を失っていた婦女子の目の前で、賊徒はただの肉塊に変わった。

 ただ、それは心の傷を癒やすものでは無いのだが……


「突入!」


 ミタラスへと続く通りに出たカリオンは、出会い頭に賊徒の首を刎ねた。

 ポンと中を舞ったその首が通りに落ち、騎兵が次々と踏みつけた。

 構うことなくギブリを走らせ、カリオンはミタラスに入った。


 チラリと見た城には火の手がなく、城詰めの剣士が奮闘してると思った。

 つまり、サンドラとガルムは大丈夫だろう。そして、地下のリリスも……


「陛下! あっちを!」


 後方にいたウォークが声を上げた。

 やや振り向いたカリオンが見たものは、剣で方向を指し示すウォークだ。

 その剣が延びる先、ミタラスの大広場には大きな人集りがあった。


「…………………………」


 何となく嫌な予感が頭を過ぎり、声にならない声でカリオンは警戒する。

 ただ、驚く程に集まっているその人の数は、街の住民の大半を思わせた。

 そして……


「……陛下」

「あぁ」


 その多くが広場の中央を見ている。

 もしかしたらサンドラが捕らわれているかも知れない。

 既に裸に剥かれ、さらし者にされているかも知れない。

 そして、その隣には同じように裸に剥かれたガルムが居るかも……


 最悪の予想をしたカリオンは、握りしめた剣をだらりと下げ馬を進めた。

 その姿は、妻を助けるために河原を駆けた遠い日のゼルその物だった。


「ウォーク! 行軍ラッパだ」

「はっ!」


 広場に向け進むカリオンの後方では、騎兵が行軍のラッパを吹いた。

 その音に市民達が一斉に振り返る。それまでは広場の中央を見ていたのに。


 ――まさか……


 背筋に嫌な汗を感じつつ、それでもカリオンは進んでいった。

 そうしなければ事態は改善しないし、サンドラの安全も確かめられない。

 この時、カリオンはリリスでは無くサンドラを案じていた。


 ――あれ?


 カリオンは初めてサンドラへの愛に気が付いた。

 本来はトウリの妻である筈の女性を預かっているに過ぎない筈。

 だが、今は完全に大切な存在になっていた。

 リリスへの愛とは別に、共存並立する存在になっていたのだ。


 ――そうか……

 ――こういう事か……


 叔父カウリが見せた妻を大切にする姿の意味をカリオンは初めて知った。

 ただ、そんな思考とは裏腹に、市民達の間から一斉に声が沸き起こる。

 カリオンの姿を見た市民の全てから、不平不満の声が漏れたのだ。


「諸君……道を空けてくれ……」


 それは、カリオンに取っては初めての経験だった。

 ここまで必死で庇護してきた市民達から向けられた敵意。

 いや、それは敵意と呼ぶには可愛すぎる程度のものかも知れない。


 しかし、少なくともこれまでは市民との間に信頼関係があった。

 全国民が一様に太陽王万歳を唱える訳では無い事など、とうに知っている。

 だが、少なくとも大多数の市民達が支持してくれていたはずだ。


 ――――陛下!


 何処かから声が上がった。

 それは、訝しがる様な疑う様な、そんな声だった。


 ――何を感じているのだ……


 全身がひりつくような重い空気が蟠っている。

 そこに何があるのか?と、カリオンは息を呑んでいる。

 だが、進まないわけにはいかない。


「すまんな。遅くなってすまん」


 カリオンはいつものように素直な言葉を掛けながら進んだ。

 不意に誰かがギブリのハミに手を伸ばし馬を牽き始めた。

 こんな時、軍馬は素直に従うように調教される。


「王陛下。どうかお助け下さい」


 ギブリを牽いて歩くのは、かつて国軍で軍馬の手入れをしていた老人だった。

 白くなった体毛を撫で付けたその男は、そのままギブリを広場に入れた。


「何があったのだ」

「それは……」


 男は一瞬口籠もり、広場の中で足を止めた。

 そして、広場の中央を指さしカリオンを見た。


 広場の真ん中付近、大きな台に乗せられたイヴァンが居た。

 どうやら虫の息でいるらしく、その傍らには血塗れのサンドラがいた。

 全身の傷を手当てしているサンドラは、血止めの薬を塗っていた。


 ――サンドラ!


 カリオンは慌ててギブリを飛び降り、広場を横断しようとした。

 肌着姿になったサンドラの脇にブル・スペンサーの姿が見えた。


 今すぐにそこへ行く!とカリオンは足を向ける。

 だが、数歩進んだ時に何処かから声が聞こえた。


「これはこれは……案外お早いお付きですなぁ…… それとも、何か不安の種でもありますのか?」


 聞き覚えのある声だと思った。そして、嫌な声だとも。

 その声の主を探したカリオンは、広場の片隅で寛ぐ男を見つけた。

 何処の店から持ってきたのか、テーブルと椅子を広げ優雅に寛ぐ姿だ。


「このル・ガルを蝕む元凶がノコノコと帰ってきて――」


 吐き捨てるようにそう言ったのは、純白の体毛を持つボルボン家の男。

 クロヴィス・オードリー・ボルボンだった。

 その隣にはアーヴェイ・クリストファー・スペンサーが居る。

 ふたりは共に燃えるような憎悪の眼差しでカリオンを見ていた。


「――イヌですらない偽者の支配者め。今日こそはその正体を暴いてやる」



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