活動死体
~承前
タカが街へと入った時、タカ率いる緋組の8人は半分になっていた。
失われる命について考慮しない筈ではあるが、それでもタカは狼狽した。
頭数が半分になったと言う事は、単純に戦力として半分と言う事だ。
「マサさんとナオさんが逝ったか……」
辛そうな声音のタカは、奥歯をグッと噛みしめた。
街外れに積み上げてあった瓦礫の山を崩し、騎兵の突入を防ぎながらだ。
ガラガラと音を立てて崩れる瓦礫の中に、誰かの手首があった。
何らかの事情で切り落とされ、そのまま放棄されたのだろう。
これが世界の現実か……と、暗澹たる気分に陥る。
しかし、落ち込んでばかりもいられないのが現実だ。
一分一秒でも長く抵抗する為に、まだまだ動かねばならない。
だが、何故か街の中に動きが見られない。
覚醒者が居る上に、まだギンの率いる紫組が居る筈だ。
抜刀隊を主力とする彼等の中には、日露戦争経験者が居る筈。
まだまだ戦力はあると思っていたのだが、どうも思い違いをしていたらしい。
――――まずいな……
認めたくない現実を飲み込むタカは、その煮え湯に身悶えた。
それに追い打ちを掛けるようサクが言った。
「シンさんとヒロさんも逝きやしたね」
生き残っているのはタカとサク。
そして、浩助ことコウと徹三ことテツの4人のみだ。
この戦力でどう抵抗するか?を考えるのだが……
「で、どうします?」
相変わらずテンションの低いテツが漏らす。
もはや後戻りは出来ないし、やり直しも効かない。
人の生涯は前進しか出来ないのだから、立ち止まっている場合では無い。
ただ、その進むべき二川白道の途は、いずれ破局に辿り着く。
それが解っていてなお前進出来るかどうか。人の価値はそこで決まる。
タカはそんな教育を受け育った世代なのだった。
「とりあえずあの瓦礫の山を乗り越えるには戦車でも持ってこなきゃならないだろうが、彼等は騎兵だ。つまり、馬を降りて手綱を牽くか、若しくは歩行での進軍とならざるを得ない。つまり――」
タカは残った3人を順番に見てから言った。
「――後続となる紫組や黒組の生き残り到着まで時間を稼がねばならない。街の中央部にまで入れてしまっては、女子供の犠牲者が出てしまうだろう。それを避け、可能な限り戦果を得たいと思う。故に……」
溜息のような深い息を吐き、タカは覚悟を決めて言った。
「まことに申し訳無いが……ここを死守する。犠牲は顧みない。全滅を前提に我々はこの入り口を守る事にする。相手の槍が問題なのだから、狭いところに引き入れるしか無い」
それがどれ程危険な戦闘かは言うまでも無い。
だが、危険を承知でやらなければ実現し得ぬ戦果を期待しているのだ。
「……やれやれ。もう少し近代兵器が欲しかった所ですね」
あまり喋らないタイプのコウが珍しく軽口を叩いた。
それだけ追い詰められているとも言える。
また、そうやって内心のストレスを吐き出している部分もある。
「まぁ、中身は何でも良いさ。必要な事は生き残る事だ。街を復旧させ、来るか来ないか解らない太陽王の支援を待とう」
テツの言葉に皆が首肯する。
結局のところ、太陽王が騎兵を連れてきてくれない限り意味はない。
推定で5日は時間を稼がねばならないが、絶望的戦力差は如何ともし難い。
土台、千人からの敵を百名足らずで迎撃出来るわけが無いのだ。
最後の手段として期待される覚醒者の圧倒的な戦闘力は、諸刃の剣なのだ。
このイヌの国で基本的には秘匿されている覚醒者の存在を明るみには出せない。
逆に言えば、この街を攻め立てる側の本当の目的はそこかも知れない。
「……覚醒者を使えないってのは、案外痺れるもんすね」
サクの言葉はいつも軽い。
だが、こんな重い空気を払うにはちょうど良いのかも知れない。
そしてもう一つ言える事は、その問題提起が案外核心を突いていると言う事だ。
彼等が捨て石から突撃させた理由。
消耗しても問題無い者達を使い捨てにして、本体が後方に控えている理由。
それは、銃火器の存在とそれを使った応戦では無いのかも知れない。
「仮に連中が検非違使を警戒してるんだとしたら、ちょっと面倒だな……」
コウは弾の無くなった99式から銃剣を外し、銃を近くの棚へとしまった。
何らかのルートで銃弾を手配した彼等に使われるのが危険だからだ。
同じように全員が銃を隠し、銃剣だけ持って街の中を移動し始めた。
ただ、その時にその異変にサクが気付いた。
異様な空気が街の中から流れ出ていたのだ。
「……これ、なんすかね?」
全身がひりつくような、殺気とは違う重い空気。
そして、胸が悪くなるような臭い。
「……昔、家で飼ってた犬が死んで、庭に埋めたあと、2~3日経ってから掘り返して焼き直したんだけど、そん時にこの臭いがしたな」
テツの言った事にタカが硬い表情で首肯した。
それは、一定の年齢より上の人間なら誰でも知っている臭いだ。
土葬された死体が何らかの理由で掘り起こされた時、凄まじい臭いがするのだ。
そもそも、土葬が一般的だった時代は、野犬対策に香の花を使う。
地域によって呼び名は違うが、本来はシキミという香木で死体の臭い消しだ。
ただ、その臭いと死臭がミックスされると、誰もが胸を悪くする臭いになる。
その臭いが街に溢れているのだ。
「……最悪に嫌な予感がする」
コウは呟くように言った。
銃剣を鞘から抜き、手から離れないように止め紐を手首に巻いた。
不意の遭遇で発生する乱戦は避けたいが、この状況では如何ともし難い。
街中へとゆっくり進むタカは、右手にコウ、左手にテツ、後方にサクを付けた。
そのダイヤモンド型の陣形で前進するのだが、いよいよ臭いが強くなりだした。
――――さて……
浅い呼吸で前進したタカは、路地を曲がって大通りへと出た。
太陽の角度が上がり始め、街に陽気が溢れ始めていた。
だが。
――――いたぞ!
何処かから野太い声がした。それは間違い無くイヌの騎兵の声だった。
その声の方向へ首を向けたタカは、走ってくる20人程度の集団を見つけた。
彼等は戦太刀を構え、街の中を遠慮無く走っていた。
「応戦! 勝手に死ぬなよ!」
最初にタカが銃剣を構えた。
牙突の構えを見せ、斬るのでは無く突くことを選択した。
リーチの足り無さは如何ともし難いが、これ以外に戦う手段が無かった。
――――弾さえあれば……
適わぬ夢を見つつも、奥歯をグッと噛んだタカ。
だが、そんなタカの鼻を焼くように、死臭が漂ってきた。
「……えっ?」
タカより早く、テツがそう声を上げた。
間髪入れずにコウも言った。
「バカな……」
皆の視界に捉えられたのは、ドス黒く変色した黒組の剣士だった。
暗灰色とも焦げ茶色とも付かない肌の色をした剣士。
しかし、問題は肌の色では無い。
内臓の大半を失い絶命したはずの剣士は、焦点の定まらぬ眼差しで歩いている。
抜き身の剣を持ち、フラフラとしながら歩いているのだ。
「なんだコイツ! 死ぬ程臭いぞ!」
イヌの鼻にはこの死臭が辛かろう……
誰もがそう思ったのだが、その直後に全員が目を疑った。
それは誰が見てもゾンビを思い起こさせる姿の剣士だ。
だが、そんなゾンビが剣を構えた瞬間、イヌの騎兵に焦点を合わせたのだ。
そして、驚く程の素早さで斬り掛かったかと思うと、一瞬で7人を斬った。
返す刀で更に3人を斬り、残りのイヌが足を止めた。
「なっ! なんだコイツは!」
悲鳴にも似た絶叫を挙げたイヌだが、そのゾンビが再び襲い掛かった。
走ってきた20人程の騎兵は、敢え無く全滅の憂き目に合っていた。
――――ばかな……
息を呑んで様子を見ていたタカの鼻に、濃密な死臭がやって来た。
明らかにゾンビの臭いだと思ったタカは、ゆっくりと振り返った。
そして、その光景に悲鳴を上げ掛けて飲み込んだ。
街外れの墓地へ葬ったはずのヒトの死体が、ゆらゆらと歩いているのだ。
そのどれもが焦点の定まらない眼差しで、白く濁った目をしていた。
彼等は街外れを目指し、漂うワカメの様に歩いていた。
……シャベルナ!
コウは口元に指をあて、シーッと沈黙を求めるジェスチャーを見せた。
彼等は音に反応しているのだと、誰もがそう気が付いた。
「これは一体なんなんだ!」
何処からかそんな声が聞こえた。
後続で入ってきたイヌの騎兵だと皆が思った。
だが、その声の主目掛け一斉に動き出したゾンビは、街中へと向かった。
街の中心部ではナオ達が建物に女や子供を匿っているはずだが……
――あれか……
この時、テツはあのキツネの女のやった事がこれなんだと気が付いた。
死体を再び動かす魔法を使ったのだろうと思った。
理屈は解らないが、そう考えるのが自然だった。
ただ、その理由はどうしても思い浮かばない。
ヒトのゾンビを作ってイヌと戦わせる理由だ。
「チャンスですよ」
コウは小声でタカに言った。遠くから悲鳴と絶叫とが響いていた。
騎兵の一団がゾンビとやり合っているのは間違い無い。
これを奇禍として逆襲に転じるのが常道というものだろう。
どのみち生き残るつもりは無い。抵抗し抵抗し抵抗するのみだ。
「……そうだな」
タカは手首をクイクイと振って前進を指示した。
大通をそれ、裏道を通って街の中心を目指し移動した。
細い路地を折れ、家並みの間を抜け、猫の歩く様な細い道を走る。
息を切らせて進んだ果ては、あの検非違使本部建物の脇だ。
茅街の中心部にある広場は、決戦の地に相応しかった。
しかし、そこへ繋がる通りでタカたちが見た物は、夥しい死体だった。
正直に言えば目を背けたくなるものだった。
驚くべき数のイヌが死体となって転がっているのだ。
その全てが見事な太刀筋で斬り殺されていた。
「これは……」
二の句の付けないコウは、その腕前に息を呑んだ。
まるでレーザーで斬ったように角の立った切り口なのだ。
並の腕ではこうは斬れないはずだし、相当な切れ味の刃物だろう。
大広場まで後数百メートルの距離だが、前進が憚られる空気だった。
それでも意を決し、タカは先頭に立って前進するのだった。