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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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戦争の時間(後編)

~承前






 それは、恐らくこの世界の戦争において初めての経験だった。

 街へ向け戦列を組んだ騎兵は横に50騎程が並び、幾重にも重なった横列だ。


 その横列に向かい、最初にタカが発砲した。

 距離凡そ300メートルで、充分に有効殺傷範囲だった。

 乾いた破裂音と共に飛翔した7.7ミリの銃弾は、騎兵の眉間を貫通した。

 初速740mを誇る高速の弾丸は、その威力を遺憾なく発揮したのだ。


 ただ、残念な事に彼等はその後に起きる悲劇を理解していなかった。

 偶然飛んできた小さな礫で即死したと、その程度の認識でしか無かった。

 故に彼等は速度を上げる事もせず、悠々と隊列を組んでゆっくり前進してきた。


 それが、ただの良い的でしか無い事を理解せずに……


「各個射撃始め!」


 タカの言葉に全員が射撃を開始した。

 8つの歩塁から順次放たれる銃弾が続々と騎兵を討ち取った。

 何度か外す事もあったが、距離が迫るにつれ次々と騎兵が即死していく。


 ただ、本当に困った自体だと彼等が痛感したのは、死体だった。

 銃で撃たれ即死した騎兵は、その場で落馬し後続の障害になる。

 馬で踏むのは騎兵の倫理に悖る行為なので、足を止めざるを得ない。


 そしてそれは、徐々に距離を詰めながら動かない的になる事を意味した。


「せめて野砲か重機関銃でもあればなぁ」

「補給の問題はガン無視かよ」


 ケンとマサのコンビはここでも掛け合い漫才に興じている。

 しかし、その言葉の意味は痛い程に全員が理解した。


 間違い無く一方的な殺戮になるのだろうが、補給が続かない。

 銃身内部をクロムメッキする様な技術もここには無い。

 作り方も拵え方も全部解っているのだが、それを行う道具が無い。


 何より、消耗型兵器というものは、近代国家の生産力や補給力を前提とする。

 国力に乏しい国家は銃弾の過度な消耗を恐れ、自動小銃の導入に及び腰になる。

 それよりも酷いのが、この世界の現実だった。


「手持ちの武器に小銃があるだけマシですよ」


 ヒロは楽しそうにボルトを引きながら言った。

 焼けた薬莢を吐き出し、新たな弾丸を装填して銃を構える。

 そして、息を吐きながら狙いを定め、鼓動と鼓動の間に引き金を引く。


 凡そ200メートルの彼方にいた茶色い体毛の騎兵が落馬した。

 眉間に血飛沫が上がったので即死だと思った。

 後続の騎兵が前に出るかどうか逡巡しているのが見える。


「……脅えてやがるぜ」


 その姿にサクがボソッと漏らした。

 過去幾度も見てきた、ヒトをいたぶるイヌの姿を思い出すのだ。

 鞭で打たれたり、棒で叩かれたり、そうやって肉体的な苦痛を幾度も味わった。


 その都度に脅えた表情を見せ、彼等はそれを笑ったのだ。

 脅えて動けなくなった者を小突き回して、愉悦に浸ったのだ。


 美談として流れる愛に溢れた主従関係の裏には、その逆の関係があった。

 力により支配され、愛も情も無く、ただ単に消耗品のように扱われる関係だ。

 この世界に落ちて来た、まだ世界を知らぬ者の多くはそっち側だったのだ。


 そして、すり潰され、すり減らされ、ボロボロになるまで使い倒されて、死ぬ。


 美談の影には百倍以上の悲話や哀史が存在していた。

 サクはそれを嫌と言う程に見てきた。

 だからこそ、奴隷解放が彼の悲願だった。


「まぁ、どうなろうと関係無いが……それより」

「……あぁ。正直まずい状況だな」


 ケンマサコンビが気付いたのは、前進してくる騎兵の中身だった。

 あの高邁で高飛車なリヴァノフの姿が無いのだ。


 静々と前進してくる彼等は、皆一様に安っぽい子爵や男爵などの低級貴族。

 太陽王に反旗を翻したに等しい高級貴族の姿は一騎もないのだ。


「あいつら……捨て石だな」


 シンは微妙な調子でそうもらした。

 そしてどうやら正鵠を射る言葉のようだった。


 後方団列から押し出され、彼等に後退の選択肢は無い。

 銃の射程に入っていながら、撤収も後退も出来ないでいる。


 だが、それについて情けは無用だった。


「残弾に注意しろ! 無駄弾を使うな!」


 タカは改めて注意を喚起した。

 既に貴重な弾薬の大半は使っている勘定だった。


 騎兵は総勢で千を軽く越えると見られるが、弾は300少々しかない。

 故に、なるべく引きつけて1発で2名の殺傷が望ましいのだが……


「どうしやす? そろそろ看板ですぜ!」


 サクは不安げにそう言った。

 それに応じるようにテツが漏らした。


「ボルトアクションライフルじゃ無くて良い。火縄銃レベルで良いから欲しいな」


 この世界の技術レベルに合わせれば、正直、火縄銃だって充分だ。

 その運用や戦術は嫌と言う程研究され尽くしているのだから問題無い。

 先込式のフリントロックライフルレベルだとしても、充分な戦力になり得る。


「これが終わったら研究しやしょう。まずは現状を何とかしねぇと」


 サクの言葉が漂う頃、一部の騎兵が恐慌状態に陥り始めた。

 悲鳴と怒号とが混じり合った汚らしい喧噪が漂った。

 そして、その至れる結末は無秩序な暴走だった。


「奴ら突っ込んで来やがる!」

「銃剣付けといた方が良いな!」


 ケンとマサがそう叫んでいる。

 その声を聞いた者から99式の先端に銃剣を装備した。

 リーチの長い銃であれば、それ自体がまるで槍だった。


「とにかく撃て!」


 タカは迫ってくる騎兵を射撃し続けた。

 一騎二騎三騎と射殺し、次々と落馬していた。


 ――――あ……


 何かを思い付いたタカは、先頭にいた騎兵の馬を撃ち殺した。

 足を折った馬が転げ、そこに後続が次々と突っ込んでいった。

 そして、味方が味方を踏み殺す多重事故になり始めた。


「この方が効率良いな。死ね! ブルジョアめ!」


 ヒロは楽しそうに笑いながら射撃を続けた。

 皆がそれを真似し始め、弾丸一発で三騎から五騎が崩れ死んだ。


 ただ、そんな好循環は長くは続かないものだ。

 最先頭のグループは既に50メートルに迫っていた。

 弾丸は無くなり始め、それぞれの持つ弾は、5連装プレート2個程度だ。


「これが最後だ!」

「コッチも看板だ!」


 それぞれが手持ち最後の弾を撃ち尽くした時、タカが叫んだ。

『とにかく後退する!』と。もはやそれしか選択肢が無い状況だった。

 タカは歩塁を抜けると一目散に後方へと走った。


 何とか街へ逃げ込み、接近戦に持ち込むのが肝要。

 銃のみが騎兵相手に互角の戦闘を行える武器だった。

 ただし、銃弾があれば……の話だが。


「こんな時に言うのも何だけどさ」


 歩塁を抜けたケンは数歩進むと足を止め、走る事無く立っていた。

 マサも足を止めて振り返り『バカ! 走れよ!』と叫んだ。

 だが、そのケンはニヤリと笑って言った。


「ピンチの時に助けが来るってのは物語だからなんだよな」


 その一言を言うと同時、口から鮮血がこぼれた。

 ゴフゴフと血を吐いたケンは膝を突いて崩れた。

 その背には矢が刺さっていて、明らかに致命傷だった。


「行ってくれ。街を頼む」


 その一言を遺し、ケンが地面に突っ伏した。

 背中に立っている矢の数が続々と増えていた。


 ――――射程圏内に入った!


 その事実にガクガクと膝を震わせたマサは、そのまま街へと走り出した。

 理屈では無く恐怖が勝ったのだ。そして、託された使命にも気が付いた。


「助けなんか来ねーって解ってるから、だから物語は成り立つんだよ!」


 無意識にそんな事を喚き、マサは必死になって走る。

 何の根拠も無いが、街まで行けば何とかなると思ったのだ。


「急げ! 急ぐんだ!」


 必死で走るマサの前方にタカがいた。

 茅街を囲む壁の類いは一切無いが、今は瓦礫が積み上げてある。


 ――――あの向こうに……


 その向こうに隠れてどうするんだ?と、マサはそう思った。

 隠れてから撃ち返すだけの銃弾は無いのだ。


 つまり、銃剣で突くしか無い……

 だが、相手は馬上槍を持っているからリーチが長い。


「くそっ!」


 ふと、ナオの言っていた話し合いによる解決が魅力的に思えた。

 それで解決できるなら、それに越した事は無い。

 だが、実際の話として到底無理なのは解っている。


 譲歩せねば致命的な時に限り、人は譲歩という選択肢を選ぶ。

 その状況を作り出せない以上は、こちらが譲歩するしか無い。

 結局は良いなりになるしか無いのだが……


 ――――あぁ……


 だからナオは言ったのだ。

 少しずつ少しずつ、この世界に浸潤していって、欠かせないポジションに立つ。

 その時まで臥薪嘗胆の日々を送ろう……と。


 我々がいなければ世界が回らない状況になるまで我慢し、それを武器に……


 ――――手遅れだ……


 もはや決戦の火蓋は切られてしまった。

 彼等イヌの騎兵はこちらを生かしておくつもりは無いだろう。


 言う事を聞かぬなら、そんな者は殺してしまえば良い。

 言う事を聞く者だけは生かしておいて、繁殖させれば良い。

 そして、そんな優良血統のみが繁殖していけば、それで良い。


 そこには生物学的な多様性など一切無い。


 純粋な奴隷として、馬車馬のように計画繁殖されるだけ。

 競走馬のように優良血統のみが生き残るだけ。


 ヒトよりも寿命が長く、力も強く、生命力に溢れている種族に支配される。

 認めたくは無かった現実が一片にやって来て、押し潰されようとしている。

 その屈辱感と無力感にナオは足を止めた。


 ――――戦って死のう……


 せめて一矢報いて……と、本気でそう思った。

 そして、銃剣を装備した99式小銃を構えて振り返った、その時だった。


 身体にズンッ!と衝撃が走った。

 まるで棒で小突かれたような衝撃だった。

 胸の中に何かが飛び込んできて激しく痛んだ。


 ――――あ……死ぬ……


 自分の胸に矢が突き刺さっているのをナオは知った。

 そのまま後に倒れ、息を吸い込む事が出来なくなった。


 美しい青空を見上げたナオは、自らの黄昏を知った。

 光を失った瞳に、美しい青空が反射していた。

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