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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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ただひたすら抵抗せよ

~承前






「なんと軽はずみな事を……」


 日の暮れた茅街の中でナオが激昂していた。

 燃え残った大きな酒場は再建が進み、その中で善後策が検討されていた。

 その実は、要するに日中にやってきたリヴァノフ一行の処遇だ。


「ナオさん、やっちまったもんは仕方ねぇよ」


 宥めに掛かったサクは、申し訳なさそうに言った。

 その言葉の通り、もはや後戻りは出来ない。


「それは解ってるけど」


 事後談で報告されても困る物は困る。

 ただ、そうは言ってもあの場面では……


「解ってんなら権高に批判すんなや。だいたい、仲間が殺されても泣き寝入りって悔しくねぇのかよ!」


 ギンの脇にいて口を尖らせているのは、タカの麾下に居る男だ。

 元はナオと同じ時代から来たらいが、どちらかと言えばイケイケの武闘派だ。


「シンさん……もうちょい大人しく……な?」


 当のタカが宥めに掛かったシン――信三――は、不承不承の顔だった。

 実際の話としてイケイケの武闘派は、ナオのスタンスがとにかく不愉快だ。

 もっと戦うべきだという主張は継続的に街の中で燻っていた。だが……


「仮にその……リヴァなんとかって貴族が1000人単位で手下を連れてきたらどうするんですか?」


 ナオは腕を組んだまま不本意そうにそう言った。

 タカの使った浜田二式などの自動拳銃は数丁しかなく、弾丸は数える程だ。


 また、タカ率いる自警団緋グループの持つ銃は、全部で7丁しかない。

 リヴァノフ一門に突き付けた99式小銃の威力は、充分に脅威の筈。


 しかし、たかだか7丁の小銃で、しかも弾薬は全部で300発程度しかない。

 おまけに、その弾丸は経年劣化が囁かれている。

 つまり、発火しない可能性もあり、戦力としては心許ないのだ。


「どうするもこうするも、まずは射撃で数を減らし、それからは白兵戦だ。現実問題としてそれ以外に対処法は無い――」


 皇国陸軍出身のタカは、手持ちの戦力でどうにかして現状打開を思案した。

 現実にこれしか戦力が無いのなら、その戦力でどうにかして勝ちを拾う。


 国力に劣り、工業力で負け、兵站力で次元の違う大日本帝国の兵士だったのだ。

 手持ちの物でどうにかしようという発想の根幹は責められる物ではない。

 その手にした武器しか無いのだから、それが世界で一番なのだ。


「――太陽王が助けてくれると約束しているのだから、それまで持久戦に持ち込むのが肝要だろう。我々はもちろん率先して戦う。それについて何の異論もない」


 タカは一度ギンを見てからナオを見て言った。

 気負いも悲壮感も無く、ただただ、純粋な義務感と自己犠牲の精神だった。


「相手が本気になったら、平和的な解決が難しいんだよ……」


 ナオは悲壮な声でそう言った。

 こう言っては何だが、ナオはとにかくネガティブな思考なのだった。


「……表現として甚だ不穏当なのは良く承知しているし、逍遙と受け入れるには難しい物なのはよく解っているが、敢えて言わしてもらうとだね――」


 タカは何ら気負う様子無く、一つ息を吐いてからスパッと言った。

 それは、ある意味では文字通りの最後通牒だった。


「――勝てないなら勝てないで良いんじゃ無いかな。その後になってヒトが滅ぼされるなら、最後の1人まで戦って滅べば良いと思うんだよ。生き残りたい者が居るのは重々承知しているし、それが間違ってると言うつもりも無い。けどね……」


 1つ間を開けて息を吐いたタカは、手元のお茶を飲んで天井を見上げた。

 言うに言えない厳しい事を吐こうとしているんだと皆が思った。


「……奴隷にされるくらいなら死んだ方がマシだって激烈に抵抗した後の方が、仮に自分が死んだとしても、生き残った者は良い扱いされると思うんだ。酷い扱いをするなら遠慮無く叛乱を起こすぞ?と。容赦無く裏切るぞ?と。慈悲も許容も無く、主を討って自由を手に入れるぞ?と……ね」


 それは、どんな時代を生きたのか?というリトマス試験紙の様な言葉だった。

 少なくともタカの生きた時代は、隙を見せれば喰われる時代だった。


 虎のふりをした猫では無く、右左どっちを向いても虎その物が闊歩した時代。

 強者だけが生き残れた時代を生きた者にすれば、弱腰はそれだけで不安の種だ。


 例え死んでも、絶対に譲れないものがある。

 その為ならこの命を差し出しても良い。

 その精神は、損得勘定では計れない所にあるのだった。


「……戦に負けただけで、奴隷になった訳では無い……と、そう言う事ですか」


 ナオは静かな口調でそう呟いた。

 大東亜戦争が終わった後、GHQとやり合った男は机を叩いてそう抗議した。

 あの戦争の末期、多くの若者が自分の命を差し出して戦った。

 死ぬと解っている無茶な出撃を繰り返し、幾多の鉄火に散華した。


 ただ、それは決して無駄死にでは無かった。

 奴隷になった訳では無いと言う言葉に、GHQは本気で恐怖した。

 結果、日本人が好きだった仇討ち物などの演劇など一切合切が禁止された。


 そのヒステリックなまでの措置その物が、あの無茶な抵抗作戦の結果だった。

 本気で追い詰められたなら、窮鼠は猫を噛み殺すのだと勝者は知っていた。

 二つの孤島に対する上陸作戦は、抵抗側を上回る攻撃側の犠牲を産んだのだ。


 歴史的な諸々の幸運も確かにあったのだろう。

 だが、命を差し出してでも抵抗するのだと示した事は、決して無駄では無い。


 ただ、それでもなお、苦悶の表情になってナオは言うのだった。


「タカさんの言われる事に一定の理解はしますし、その言葉が全部間違いだと言うつもりはありません。ですが――」


 ナオは首を振りながら言った。


「――それは、まだそれなりに抵抗できる時に、出来る様になってから言うべき言葉じゃ無いでしょうか。今は……少なくとも現時点では完全に捻り潰されるのが目に見えています。余りに酷い戦力差です。最後の一兵まで戦ったとしても、造作も無く鏖殺されてしまいます」


 その言葉にギンが言い返した。


「検非違使全てを投入してでも……か?」


 覚醒した検非違使の戦闘能力は、はっきり言って次元が違う。

 数百騎単位で襲い掛かってくる騎兵を相手に戦えるかも知れない。


 武装した覚醒者の戦闘能力は、通常では考えられないレベルにある。

 そんな検非違使全てを使ったとして、では、その語にどうなるのか……


「むしろ、覚醒者を投入してしまっては、後戻り出来ないのでは?」


 ナオは冷静に言い返した。

 完全な大局観の相違による、噛み合わない話し合いに陥った。


 常に複数の選択肢を残すようにナオは振る舞う。

 如何なる時もリカバリーする為の余地を残すのだ。

 それに対し、ギンやタカは余地など最初から考慮せず全力投球だ。


 例えそれが戦略的に良くないと解っていても、やるとなったら徹底する。

 極めつけに不利な条件であっても、二心無く初志貫徹を図る。

 出来なかったなら出来なかったで良いのだ。


 突き詰めれば、それは至極単純な話だった。

 つまり、納得して死にたい者と、何があっても死にたくない者の差だ。

 どちらが正しいとか間違っているとか、そんな程度の低い話では無い。

 それぞれのヒトが生きた時代における社会的なコンセンサスその物だった。


「……覚醒者は検非違使の主力、つまりは太陽王の刃だ。それをヒトの為に使ってしまっては、我々は最強の後ろ盾を失う事になりかねない」


 ナオは懸念の一つを漏らした。

 だが、それに対しタカは極めて現実的な言葉を吐いた。


「少なくとも現状では太陽王の権威が安泰とは言いがたいと私は思う。故に、まずは徹底的に抵抗し、生存戦略を徹底するべきだと思う」


 基本的に軍人という生き物は、徹底したリアリストだ。

 希望的観測だとか都合の良い解釈などは嫌う傾向が強い。


 現実を前に、手持ちのもので最大限の利益を得ようと努力する。

 そしてこの場合、ヒトの持つ最後の切り札は覚醒者だ。

 タカはそれを太陽王に断り無く使おうと提案していた。


「太陽王の支援無くしてヒトの街が存立出来ると考えますか?」


 ナオは直球勝負を挑んだ。

 真っ直ぐストレートな言葉を浴びせて掛かったのだ。


「それについては限りなくゼロに近い確率で不可能だと考えます。ですが、その太陽王の権威が盤石では無い以上、最悪の場面において自力で存立する方法を考慮しておかねばならないとも考えます。この場合は――」


 タカは一つ間を開けてからグッと顎を引いて言った。


「――我々は街を存続させる前にヒトの意地を示しておくべきだと考えます。つまり、異なる種族によって作られた列強国家からの圧力や工作に対し、一戦も辞さずの姿勢で対決姿勢を示しておかねばなりません。そうで無ければ……」


 顎を引いた姿勢のタカは目を瞑って『蹂躙されます』と言った。

 争乱と動乱の時代に生きたタカの懸念は、そこに行き着くのだと皆が知った。

 勝者が敗者を裁くデタラメがまかり通った時代の恐怖その物だ。


「ナオさんとは生まれ育った時代が違うようだし、前提となる認識や社会通念が異なるのも重々承知していますが、これだけは言わせて下さい」


 タカは居住まいを正し、背筋を伸ばし、真っ直ぐな眼差しでナオを見た。

 まるで一枚の画のような、そんな美しい姿だとナオは素直に思った。


「ナオさん。あなたは良い人だ。善良な人と言っても良いでしょう。その道徳的な精神は賞賛に値するし、人間としては尊敬の対象だと言って良い。ですが――」


 その時、不意にタカの表情が変わった。

 1人の人間から、まるでマシーンの変わった……と、ナオは思った。

 戦う為の、戦争の為のマシーンだ……


「――その賞賛せしむるべき道徳的な振る舞いを一考だにしない相手には、何の意味もない事じゃないでしょうか。善良な振る舞いで話し合いによる平和的解決を図ったとしても、相手の機嫌や都合により殺戮が始まれば、この街の住人など半日後には全員揃って縛り首だ。そんな運命など、少なくとも私は御免被るし、平然と受け入れたくは無い」


 タカの言葉にアチコチから『そうだ!』の声が飛ぶ。

 だが、そんな相の手を無視し、タカは続けた。


「無抵抗のまま、死して路傍の露となるより、姑息な卑怯者と誹られても、醜く無様だと後ろ指を指される事になろうとも、生きて生きて生き抜いて、抵抗するほうが好みです。武運拙く地獄に落ちるなら、せめて納得して死にたいんですよ。やるだけの事はやった。ならば仕方が無いってね」


 その言葉を聞いていたナオは、表情がグッと強張った。

 奥歯をグッと噛みしめ、両手をグッと握りしめ、焦点を失って宙をさまよった。


「……せばだ……まい……」


 小声でブツブツと何かを言っているのだが、言葉として誰も聞き取れない。

 何かを言おうとしているのだが、声になる直前に言葉がフッと消えている。


 ワナワナと震えるその姿は、悔しさと悲しさがない交ぜになっていた。

 理解し合えない両者の間にある溝は、深く大きなものだった。


「わめぐせはんで……わんつかほんづねはんで……」


 ナオは奥歯を噛みしめ、両眼に涙を溜めていた。

 意味の解らぬ言葉をダラダラと呟いているナオ。

 周りがそこに突っ込みを入れようとした時、酒場の中に人が飛び込んできた。


「やべぇっすよ! 来やがったです! すげー数で!」


 それが何を意味するのかは、皆がすぐにわかった。

 最初に酒場を飛び出したのはタカだった。

 自分の蒔いた種は自分で刈り取るのが筋というもの。

 それ故に、猛烈な責任感を感じていた。


「タカさん!」

「7人で良い! 銃列を敷く! とにかく漸減するしか無い。理屈じゃ無い。とにかく抵抗し、抵抗し、抵抗する、1人でも多く減らすんだ」


 勝ち目など無いのは解っているが、だからといって舐めるなと言う話なのだ。

 後の世になって、何度もこの街は他種族からの介入を経験する事になる。


 だが、その都度に街の住人達は激烈な抵抗を繰り広げる事になるのだ。

 そしてその源流は、実はここに有るのだった。

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