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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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動き出した黒幕

~承前






 ――――時間を少々遡る




「ギンさん! ギンさん! てぇへんだ!」


 半分程焼けた街の再建に皆が汗を流すなか、慌て声でギンを呼ぶ者がいた。

 アチコチに梯子や足場が組まる中を息を切らせて走ってきた。


「どうしたサクさん。そんなに慌てて」


 肩で息をしながらやって来たのは、作造と言う若者だった。

 太陽王カリオンは王都へと返り、街の再建はヒトに委ねられている。

 生き残りはそれほど多くないが、人手が足らないと言うことでも無い。


 下手な重機材を凌ぐ使い勝手の検非違使が居る以上、大物はどんどん片付く。

 細かい者は生身が行い、検非違使は地下の片付けに掛かっていた。


 無事に生き残った者は努力するべし。

 水と安全がただって世界に居たものには少々厳しい現実だ。

 しかし、やらねばどうしようもないのだから、やるしかない。


 故にギンもタカも率先して動いていた。


「それが…… あのっすね……」


 ハァハァと息を切らしてやってきたサクは、何とか強引に息を整えた。

 どこで学んだかは知らないが、不思議な呼吸法を体得しているのだ。


「なんて言や良いのかな。えっと…… うーん……」


 ギンを呼びに来たサクは、どう表現して良いか分からず混乱した。

 その姿に僅かながらもイラッとしたギンは『落ち着けって』と言った。


「要するにね、巫女さんがいるんすよ。それもたぶん…… キツネの」


 ポカンとした表情で話を聞いていたギンは『はぁ?』と抜けた声で反応した。

 巫女といえば神社に勤める緋袴姿の女性だが……


「なんでまた? 巫女さんって?」

「とにかく来て下さい!」


 半分程焼けた家の解体に精を出していたギンは、道具を置いて駆け出した。

 大通りを横切り街の中の焼けてないエリアに出た時、そこには文字通りの……


「……巫女さんだ」

「でしょ?」


 そこに居たのは白の打掛に緋袴姿の女だった。

 ただ、正直に言えばその姿には違和感を覚える。


「……随分とその……良い体格だな」

「後ろ姿は男ですね」


 その姿には、女性的な丸みや膨らみと言ったものが殆ど無い。

 まるで男だと言った通り、節々が骨張った大柄な姿だ。


「しかし……一体何の目的で……」


 ギンはそこが不思議だった。

 地理的な知識をそれなりに持つ自治団だ。


 茅街がル・ガルの最深部にある事は知っている。

 他国との国境は遙かに遠く、イヌ以外の種族が通るのは滅多に無い。


 隣国にあるカモシカが集まった小国から商人が通る事は稀にある。

 一度はネコの商隊が通過し、ちょっとしたイザコザも経験した。

 その報告を王府へとあげたら、ル・ガル国内の街道筋が変更されたりもした。


 太陽王によって秘匿されるヒトの街。

 ここへやって来るには、幾多の撹乱工作をかい潜り、狙って旅する必要がある。

 だが……


「旅の方よ。ここをどうやってお知りなさった」


 歩み寄ったギンは単刀直入に声を掛けた。

 考えるより行動するのはギンの美徳の一つだ。


「そなたは……違うのぉ」


 訝しがるような声音でそう言ったキツネは、ギンから目を切って辺りを見た。

 なにかを探してる様子なのは分かるが、その実情は掴めない。


「どちらからここへお見えになった?」


 やや警戒するようにギンが言う。

 だが、そのキツネはハエでも払うように手をヒラヒラと振った。

 まるで『あっちへ行け』と、追い払うような姿だ。


 思わずカッとなったギンだが、ここで怒り狂っても良いことなどない。

 あくまでも冷静に事態の推移を見守るのが肝要だ。


「この街へいかなご用か? この街は――」


 茅町だと言おうとしたギン。

 だが、その言葉の前に巫女姿のキツネは再び手を払ってみせた。


「やかましいぞえ。妾はあぬしに用などない。去ね」


 まるで巨大な鈍器で殴られたような衝撃がギンを叩いた。

 払われた手に弾き飛ばされぶっ飛び、地を転がった。

『ぎゃんっ!』と鈍い声で呻いたギンは、転がったままキツネを見ていた。


 唖然としつつもそうせざるを得なかったギン。

 身体中が痺れたように動かなくなり、カタカタと震えた。


 ――なんだ?


 朦朧とする頭を降り、ギンは立ち上がろうとしたのだが……


「聖や。目当てのものは有ったかえ?」


 そんなギンを踏みつけるように跨ぎ、別の女が現れた。

 キツネと同じ程度に恰幅の良い大女だった。


 ただ、その姿はどう見てもキツネには見えない。

 それはネコをも謀るキツネに比肩する種族。


 タヌキ


 褐色の大きな尻尾と丸まった耳。

 日本人ぽい顔立ちをした女だった。


「見当たらないぞえ」

「あぬしが見付けられぬようでは居らんのではないのか?」


 二人で顔を見合わせて話をするのだが、その内実が全く見えてこない。


「それはあるまい。イヌの国のどこかなのは間違いない」

「ぢゃが、稚児は見当たらぬのだろう? ならば見当違いでは無いか?」


 ギンとサクの見ている前でキツネとタヌキの2人は思案していた。

 そこにどんな目的があるのかは解らないが、何かを探しているのは間違い無い。


「あのイヌの王の近くに居るのは間違いないのじゃがのぉ」

「……すると、ここでは無い何処かじゃろうな」


 意見の一致を見たのだろうか。

 キツネとタヌキは顔を見合わせ首肯しあった。

 ただ、その纏う空気は重々しく、禍々しさをも帯びていた。


「聖、出直すか?」

「ふむ……まぁ仕方がないのぉ」


 腕を組んで思案するキツネは辺りを見回してから漏らした。


「そういえば……圭聖院。ここにはカサナリの醜男(しこお)が居らぬの」


 気が付けば遠巻きに眺めているだけのヒトが集まっている。

 そんなヒトの集まりを眺めながら、キツネはボソリと言った。


「ほんとじゃ……上手く隠したものよの」


 圭聖院と呼ばれたタヌキは、不意に左腕を持ち上げた。

 その腕の先、左手の親指と中指で輪を作り、その円を通してヒトを眺めた。


「……ふむ」


 何を確認したのかは解らないが、そこに右手の親指と小指の輪を通した。

 恐らくはそれが何かの呪術だとギンは思ったのだが……


「やはり居らぬの。姿が見えぬ」

「圭聖院の術ですら見えぬのじゃ。無駄足だった」

「やむをえん」


 キツネの女は空中に指を走らせた。

 何も無い空間の筈だが、そこに雲のような筋が浮き上がった。


「用無しかのぉ」

「まぁ、エサにはなってくれようぞ」

「無駄にはすまい」


 それは複雑な形をした魔方陣だった。

 ギンやサクにはそれが複数の漢字の組み合わせにも見えた。


 招、来、縁、劫、尽、幇、咽。

 それ以外に見えるのは、様々な偏や作りのパーツ化されたもの。

 何を意味するのかは解らないが、少なくとも良くない物なのは解る。


 ――極めつけに禍々しい……


 内心で唸ったギンは、その形をしかと目に焼き付けた。

 余りに禍々しい波動を放つその異形の文字は、それ自体が呪物に見えた。


「帰ろうかのぉ……飛ぶぞえ」

「うむ。そうじゃの」


 キツネは懐から巾着袋を取り出すと、中から灰状の何かをひとつまみ出した。

 見るもの全てに粉末状の血液を連想させる暗赤色の灰が空中を漂った。

 そして、その灰が地面へ落ちると、そこへ指で直接に印を刻んだ。


 するとどうだ。

 次の瞬間には2人の女がフワリと宙に浮きあがった。


「ほっほっほ! 楽じゃ!」

「これが一等早い」


 フワリと浮き上がったキツネとタヌキは、まるでロケットのように加速した。

 ブン!と音を立てて空へと消えたあと、先ほどの禍々しい文字が回転を始めた。


 ――なんだ?


 慌てて後ずさったギンは見た。

 その回転する文字からドス黒い瘴気が撒き散らされ始めた。


 それはまるで気化したコールタールだ。

 ドロリとした性質で空中を漂い、街の中に伸び始めた。


「それに触れるな!」


 サクは思わずそう叫んだ。

 少なくとも触れて良い物では無いと確信した。


「けどこれ! なんすか!」

「知るか!」


 まるで生き物の様に蠢くその煙は、街中を漂って何かを探した。

 ただ、その煙が見つけたのは墓穴だった。

 騒乱の中で討ち死にした者達を葬った穴に集っていた。


「……なんか極めつけに良くねぇ予感がしやがらぁ」


 震える声でギンが漏らす。

 誰もが息を呑んで見守る中、その煙はまるで血の様になって地面に落ちた。

 どす黒い染みとなって地面を染めるその液体は、土の中に染み込んでいった。


「……何が起きるんすかね」

「しらねぇよ」


 息を呑んで経過を見守るギンとサク。

 だが、その意に反し何も起きないでいる。


「……平気なんすかね」

「あの妙な巫女がそれで済ますと思うか?」

「ぜっんぜん思いやせん」


 正直にそう言ったサク。ギンとて『俺もだ』と漏らす。

 だが、その何かが起きる前に新たな問題が発生した。


 ――――騎馬集団だ!


 街の外れからそんな声が響いたのだった。


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