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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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黒幕への対処

~承前






 ――こういう事か……


 カリオンは内心で深く深く溜息をこぼした。

 それは、前夜にリリスが零していた、ル・ガルを蝕むものの正体だ。


 ――――ル・ガルを蝕んでる奴が居るのよ

 ――――そいつらは人の心の弱い所につけ込むの

 ――――迷ったり困ったりしてる人間の心をもっと弱らせるのよ


 迫真の表情で言うリリスは、まるで泣き顔だとカリオンは思った。

 カリオンはそれが自分自身の内側の問題でもあると考えていた。


 リリスが手を出せないところでサンドラに甘えている。

 そんな自分の引け目を必死で誤魔化している。

 少なくとも、城の中に居てリリスがそれを知らないはずが無いのだ。


 ……本当は自分の役


 きっとリリスはそう考えているだろう。

 そして、それを解っていながらなお、サンドラに甘えてしまう己の弱さ。


 思えばこの数年、気を揉み心煩わせる懸案事項が余りに多かった。

 時にはふと弱気の虫が顔を出す。解っていてなお、それでも顔を出す

 孤独への不安と恐怖が無意識に女を求めるのだと解っていてもだ。


 ――――頂点に立つ者の孤独さは

 ――――そこにたどり着いたものしか解らぬ

 ――――誰もが知るものじゃ無いのだ


 リリスの夢の中、カリオンの心が投影した幻の中にゼルが現れた。

 あの、名も無い細い街道の宿場町で過ごした夜のシーンだ。


 珍しく強かに酔ったゼルは、快活に笑いながらカリオンを見ていた。

 その心の内に潜む不安と葛藤とを見抜き、声を掛けたのだった。


 ――――そして、それを理解せぬ愚かな者は

 ――――支配者が万能であると勘違いしている

 ――――実際には常に細心の注意を払わねばならぬ事を解っていない


 あの日、カリオンは父ゼルを『よく笑う男だ』と評した。

 驚くほど思慮深く、また、常に注意深く、隙を見せない男だった。

 そして、酔ってなおその思慮の深さと複雑さは目を見張るほどだ。


 全ての事象を胸中でよく練り、その上で行動に移す。

 どれ程に心を痛めていても、自分を勘定に入れず判断する。

 思えばカリオンは、そんな父の姿といつも自分を比べていた。


 ――――ゼル様は全部解っていたんだわ……


 リリスはボソリとこぼした

 その呟きに、カリオンは思わず身悶えた。


 ――ごめん……


 カリオンは絞り出すようにそう言った。

 謝るしか無いと、そう思ったのだ。

 だが……


 ――――え?

 ――――なに??


 リリスは腑に落ちないといった顔でカリオンを見た。

 そのあどけない表情は、カリオンをますます自嘲させた。


 ――リリスの手が届かないところで……


 カリオンが自責の念を吐露し始めた時、リリスは『サンドラ?』と言った。

 素直に首肯を返したカリオンだが、その両頬をリリスがムニュッと掴んだ。


 ――――なんか変なこと考えてない?

 ――――あなたの妻はサンドラでしょ?

 ――――何も変な事じゃないじゃ無い


 遠慮など微塵を見せずにリリスはそう言った。

 思わず『でもさぁ』と漏らしたカリオンは、不思議そうな顔だ。

 だが、そんな事など関係無いというテンションでリリスは続けた。


 ――――いま確実にル・ガルは危機を迎えているの!


 ゆっくりと、でも、確実な腐敗の進行。

 このル・ガルという大木の芯が腐り始めている。

 誰も手を出せないところから、徐々に枯れて枝葉を落とし始めている。


 ――――何とかしないとル・ガルが崩壊する!


 悲壮な声で言ったリリスは、その実を把握していたのだ。



 全部承知で尚、リリスはそうやって気丈な言葉を吐いている。

 そこまで含めて、全部承知していて、飲み込んでいて、それでも……


 ――俺は弱い……


 カリオンはそう己を恥じていた。

 だが。


 ――――あのキツネが糸引いてるのよ!


 淦球を探していると言ったキツネは、ル・ガルを的に掛けている。

 国内を混乱させ、社会を不安定にさせ、何かを探しているのだ。


 ――あのキツネめ……


 リリスの言葉にカリオンはそう応えた。そして、奥歯をグッと噛んで思案した。


 ――――あのキツネはル・ガルを不安定にさせたいの

 ――――不安定にさせて介入しやすくしてんのよ

 ――――何を探してるかは知らないけど……


 淦玉が何を意味するのかは全く解らない。

 だが、ル・ガルの強固な支配体制が崩れれば、介入しやすくなるのだろう。


 その為に、カリオンの王権自体を弱くしようとしている。

 場合によっては無き者にしようとしている。

 そのつけ込む隙間として、ヒトを使っているのだろう。


 ――どうしてくれようか……


 ブツブツと思案するカリオンだが、リリスは言った。

 それは、ル・ガルを蝕んでいる者達の道具だった。


 ――――何でも良いけど

 ――――とにかく彼等の劣等感をどうにかしないと……


 そう。徒党を組んだ者達の怒りの本質は劣等感だ。

 誰でも持っているネガティブな感情のなかで、最も見られたくない部分だ。


 誰かと自分とを比べたときに感じる、自分自身への不平不満。

 だが、その劣等感という感情の最も厄介なところは、その解消にある。

 自分自身が成長し、比較対象を追い越すならば問題はないのだ。


 しかし、成長や進化と言った物でカバー出来ない時が問題だった。

 絶望的な生まれの差や立場の差が生み出す、階級的な劣等感。

 個人の努力や研鑽でその差を詰められない絶対的な問題。


 そしてこの場合、個人の感情による暴力性の発露は単純な理由だ。


 差別の対象であるマダラが王になっていて、その王がマダラを優遇している。

 或いは、マダラでは無く人間の範疇にすら入っていないヒトを優遇している。




 ……自分がこんなにも不遇なのに




 それは愛情の欠如から来る嫉妬など、愛憎感情よりも性質の悪いものだ。

 最終的に突き詰めて出てくる損得勘定の問題だった。


 ――これは性質(たち)が悪い……


 カリオンも内心で嘆いたそれは、この問題の根源だった。

 自分の内心の問題から暴走を始めた者達による徒党。


 彼等はそんな心の弱い部分を煽られ、暴走を始めてしまった。

 人々の感情を扇動した存在による小規模な介入が攻勢起点だ。


 そして、感情は伝播する。


 相手の心を揺さぶるような言葉で叫び始めた者達による、静かな拡大。

 思うようにならないのであれば、全て壊してしまえ。

 例え今より悪化したとしても、現状を粛々と受け入れるよりはマシだ。


 その暴走は、恐らく死を迎えるまで止められないのだろう……


 ――――いっそ激しく切ればいいよ

 ――――中途半端な事をするよりもね


 リリスは嗾けるようにそう言った。

 カリオンは表情を硬くしながら応えた。


 ――いっそ皆殺しにするか


 その言葉にリリスは首肯で応えた。

 自体の解決を図る上で取るべき選択肢は少ない。

 だが、どうせやるなら徹底的にやれば良い。


 貴族が多すぎるなら、その数を減らせば良いのだから……


「で、お前たちは何が望みなのだ?」


 カリオンは単刀直入にそれを問うた。

 栄えるル・ガルは光溢れる太陽の国だ。

 だが、光が眩しいほど影の闇は深くなる。


 いま起きているこれは、文字通りにル・ガルの蔭だった。


「何が目的でそれをしているのだ?」


 カリオンは鋭い言葉でクロヴィスを殴った。

 何者かに扇動されているなら、その感情自体が虚ろなものなのだ。


「ヒトを裸に剥き、茅町を焼き払い、ル・ガルを不安定にする。その目的は一体なんなのだ。お前達は一体、何をどうすれば満足するんだ?」


 しっかりとした精神的な柱が無い以上、ちょっと突けばすぐに崩れる。

 砂上の楼閣と言うが、この場合は砂浜に拵えた砂の城だった。


「そっ…… それは……」


 クロヴィスは急にしどろもどろになり、先程までの威勢の良い姿はなかった。

 成績不良の子が教師に指差され、答えを求められたような姿だ。

 

「余の……股肱の臣はどうした。聞けば重傷との事だが――」


 カリオンは畳み掛けるように言葉を継いだ。

 イヴァンは重傷を負って逆徒に収容されたと言う。


「――そなたらは余がヒトを保護するのが気に喰わぬのだろう?」


 思案するように首を捻ったカリオンは、クロヴィスを三白眼で見ながら言った。


「よろしい。ならば余はここでひとつ、明確な姿勢を示しておこうか」


 カリオンは腰に佩ていたレイピアを抜いた。

 それは水面に現れるウォータークラウンの紋章が陽刻されたものだ。


 稀代の武帝と讃えられた百戦百勝の太陽王。

 シュサ・ダ・アージンより贈られた、ミスリルのレイピアだった。


「余はこの剣を下賜して下さった祖父シュサの方針を堅持する。まず、ル・ガルはヒトを保護する。彼等は奴隷では無く、この世界への訪問者に過ぎぬし、謂わばこのル・ガルへの客なのだ。故に祖父シュサはヒトを保護し、その知恵を分けよと人に依頼した――」


 レイピアをクロヴィスに向け、カリオンは言った。

 低く渋いその声音は、クロヴィスの心を斬った。


「――残念ながら祖父シュサはその結果を見届ける事無く遠行した。それは、ヒトのもたらした新たな戦術や概念をネコが採用し、全く新たな戦い方をしたからだ。余はその結果として百年早く王位を戴く事になった。故に身に染みて解るのだ」


 顎を引き厳しい表情になったカリオンは1つ間を開けた。

 その場にいた者達全てが太陽王の姿に視線を注いでいた。


「新たな戦術や戦略を理解せず、安穏と旧態に座する者は害悪でしかない。ましてや世界の変化や発展による変更を良しとせず、己の事しか勘定に入れぬ者になど用は無い。従って――」


 カリオンはクロヴィスに向けていた剣を振り上げ、振り下ろした。

 ブンと音を立てて振り下ろされた剣先から、怒りの熱波が迸った。


「――ドレイク!」


 馬から下りていたモーガン・ドレイク・スペンサーは片膝を着いて王を見た。

 まるで眩い太陽でも見上げるかのような、そんな表情だった。


「そなたに勅命を授ける!」


 勅命……


 その言葉の響きにブルッとドレイクは震えた。

 僅かに頭を下げ、その頭上に太陽の言葉が降るのを待った。


「ル・ガルに仇成す賊徒全てを討ち滅ぼせ!」


 カリオンの言葉に驚きの表情となったドレイク。

 顔を上げて王を見たのだが、当のカリオンは真っ直ぐにクロヴィスを見ていた。


「如何なる犠牲をも余は許容する! ヒトを楯にするのであらばヒトごと斬って捨てよ! 一片の慈悲も許容も不要ぞ! 余の敵全てをその蹄に掛けよ!」


 それは事実上、ヒトを切り捨てると言う宣言だ。

 ドレイクだけで無く、ウォークやヒデトですらも驚きの表情となった。

 だが、カリオンはここで非情の決断を行った。


 ヒトを楯にして目的を果たさんと欲するならば、ヒトごと斬る。

 つまり、如何なる理由があろうと、叛乱は許さないと言う明確な姿勢だ。


「陛下!」


 ウォークは精一杯引きつった表情でカリオンを見た。

 それは、この強硬手段がもたらす危険性の警告だった。


 彼等にも言い分がある。

 そこを力で押さえ込むのは危険だとウォークは考えたのだった。だが……


「余は臣下の忠誠に応える義務がある。麾下将兵の安寧を護り、その帰りを待つ子等に父を届けねばならぬ。だが、忠誠無き武人と武装した強盗はどう違うのだ」


 その時、クロヴィスの顔から峻険な凶相がフッと抜けた。

 驚きの余り素に返ったとでも言う様な姿だ。

 ただ、それでもカリオンは止まらなかった。


「一切の矛盾無く、余の命を遂行せよ!」


 カリオンの言葉にドレイクが『御意!』と叫んだ。

 そして、自らの太刀を抜き頭上に翳して叫んだ。


「大命は下った! 神よ! 我が王を護り給え!」


 ドレイクが叫んだとき、全ての騎兵が一斉に雄叫びを上げたのだった。

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