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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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枢密院会議

~承前






 19日の午後になってカリオンは王都に戻った。

 まだ日の入りの早い時期で、すでに太陽は西へ傾いていた。

 獣道レベルの細い街道も、王都に迫れば立派な道となっている。


 ただ、道中を急いだカリオンは、埃まみれのままだ。

 しかし、事は一刻を争うのだと気ばかり急いている。


 城の入口まで出迎えたウォークに伝令を命じ、カリオンは城へ上がった。

 馬上マントの戦塵すら落とす事無くクリスを呼び出したのだ。


 ――急げ

 ――事は急を要する


 カリオンのただならぬ雰囲気にサンドラは険しい表情だった。


「リリスから聞いてるけど……」

「なら話は早い。とにかく急がねば」

「間に合わないって言ってたけど、間にあって欲しい」

「……あぁ」


 リリスが間に合わないと言うなら、最早それはどうしようもない事だ。

 だが、それでも事を推進めるには早い方が良いのだろう。


 ――オクルカ殿に連絡を取り……

 ――茅街のトウリとつなぎを取って……


 カリオンの脳内で歯車がぐるぐると回る。

 そんなタイミングでクリスが城へとやって来た。


 ボルボン家の当主であったクリスも、今は枢密院の議長だ。

 彼女はカリオンからのただならぬ呼び出しに全てを悟っていた。


 ――――王は大至急の登城を命じられました

 ――――知っている事を全て詳らかにして欲しいとの事です

 ――――どうやら……由々しき事態が進行しているようです


 自ら伝令となったウォークは、手短な言葉でクリスにそう告げた。

 その言葉は、ついに来るべき物が来たと言う宣告だった。

 そして、クリスは自分だけではなく枢密院の召集も行った。


 現在の枢密院には、カリオン即位時の帝國老人倶楽部は一人も居ない。

 彼等は全て遠行するか引退し、新世代の当主ばかりで構成されている。


 その中で議長でもあるクリスは一足早く当主を引退していた。

 全てが王を輔弼する為の事であるのだが、そんな彼等も度肝を抜かれた。

 果して、彼ら枢密院の面々が見たのは、戦塵にまみれた太陽王だったからだ。


 『なぜ呼んでくれなかった!』と、ドレイクは悔しがる。

 太陽王の隣で剣を振ることこそ彼の夢でもあるのだ。


「諸君らも承知の事と思うが……」


 枢密院懇談室の中、そこから切り出したカリオンは茅町の惨状を全て語った。

 立ったまま、街の中で行われていた乱暴狼藉の類をこわばった顔で語った。

 そこに出て来るのは、ヒトを拐った上で売り飛ばす非人道的ビジネスだ。


 枢密院の誰もが厳しい表情に変わった。

 それは、王と各公爵家当主により取り決められた禁止事項だからだ。


 だが、そもそも各貴族家の経済的困窮を見抜けなかった事が発端だ。

 カリオンはその為に改革を行いたいのだが、王都争乱が発生した。

 その結果として、軍内部などに反王権派が存続している事が判明した。


 枢密院の面々は皆一様に神妙な面持ちでカリオンの話を聞いた。

 ただ、彼等は皆同じように似たような問題を抱えていた。


 各公爵家を頂点とする地方貴族社会において、もはや納税出来ない家がある。

 そんな弱小貴族家を公爵家は様々な形で支援してきた。


 しかし、それでも回らぬ物は回らないのだ。


「……やはり」

「限界ですな。現状のル・ガルは」


 スペンサー家を預かるドレイクの言葉には、憤懣やる方無い悔しさがあった。

 そして、同じくレオン家を預かるグラハムが相槌を打って応える。


 代々申し送りのようにやって来たシステムだが、最大の問題は皆解っていた。

 ただ、それを言葉にするのが憚られるだけなのだ。


 ――――貴族家が多すぎる……


 それは、戦乱を無くし安定国家にしようとしたカリオン政策の結果だ。

 余りに皮肉な事に、争乱時における手柄争いでの淘汰が無くなったのだ。


 貴族家が増えれば、それぞれの所領となる領地も増えていく。

 所が、絶対面積が同じである以上、もはや土地を分ける事が出来ない。

 膨張し続けるル・ガルの手足は、海に落ちるところまで行ったのだ。


 そして、ル・ガル周辺国家はこの惨状をだいたいは掴んでいるはず。

 限界を迎えたル・ガルが周辺国家の併呑に掛からないという保証は無い。

 それは、潜在的ですら無い、目に見える安全保障上の脅威だった。


「こと、ネコやトラなどは生きた心地がせんでしょうな」


 現状でジダーノフ家を預かるイヴァンがそう呟いた。

 実力主義を取るジダーノフ家にあって武闘派では無く穏健派なイヴァン。

 だが、その中身はやはり獰猛な北方血統一門の精神を持っていた。


 そして、その言葉に応えたのはアッバース家の現当主アブーだ。

 アッバース家は南方より流れてきた一門であり、寄り合い所帯が特徴だ。

 その一門にあって最大のパトロンと呼ぶべきハーシム家の出自の男。


 彼は他の公爵家当主と同じく、カリオンからアブーの名を贈られた。

 そして、生家のミドルネームであるターリブを合わせアブタリヴェを名乗った。


「そう考えると、実際問題として決闘による領地統合は合理的ですらありますな」


 実力主義で覇権争いを行い、その中で生き残った者が一族の長を名乗る。

 カリフと呼ばれるその肩書きは、一門の中では絶対の権威があった。

 そして、そのカリフは一門の中で利害関係を調整する役を負う。


 貴族に序せられる者が増え、アッバース家は内部で整理を行なっていた。

 その多くが些細な理由での取り潰しだった。

 だからこそ、恨みを買わずに自然淘汰される決闘が理想的なのだった。


「結局のところ、あの男はヒトを使った商いを行う為に公爵家を乗っ取った訳か」


 ボソリと切り出したルイが溜息混じりに言った。

 枢密院の中でもデュ・バリーとその妻マリ・べギューの評判はすこぶる悪い。

 フェリペを名乗らないボルボン家の主は史上初とも言える。


 故に、逆に言えば今でもボルボン家の正当な当主はルイとジャンヌだ。

 デュ・バリーらは言うなれば、当主代理。もしくは、代行に過ぎない。


「私達の罪は重くてよ?」


 おっとルイを責めるようにマリーが言った。

 だが、その二人の言葉のあと、カリオンは抑揚の無い声で言った。


「そもそも、国内をこれほど追い込んだのは余の失政ぞ」


 それはカリオンの罪の告白と後悔である事は自明だった。

 国内がこれほどに乱れたと言うのに、それに付いてどうにも出来なかったのだ。

 事前に予測を立て、問題が起きればすぐに対処するべきだった。


 全てはリリスの為だったのだが……


「王よ。そう自らを責めますな。我ら枢密院の失態でもありますぞ」


 グラハムはカリオンを慰めるように言った。

 そして、その言葉に多くの者が首肯した。


「さしあたっては……何らかの対処が必要ですな」

「デュは王が斬られたのだ。現状の陣頭指揮はやはりマリか?」


 イヴァンとアブは顔を見合わせながら言った。

 そして、ドレイクがそこに加わる。


「王に弓引く逆賊を粛清せねば成りませんな」


 粛清……


 その言葉が漏れた瞬間、イヴァンとアブーはニヤリと笑った。

 同じようにグラハムも首肯しつつ、凄みのある笑みを見せた。


「歩兵師団は3日で出征が可能です。補給は問題ないので、行軍できます」


 伝統的に歩兵戦力を受け持つアブーはそう報告した。

 南方血統が主力となるル・ガル歩兵は騎兵の影にあって目立たない兵科だ。


 だが、輜重兵站の重責を受け持ちつつ、主力の騎兵を支える重要な戦力。

 そして、この歩兵が動けねばル・ガル騎兵は威力を発揮しない。


「そうか。時にドリー。騎兵はどうだ」

「はい。騎兵はちょうど春の演習に備えておりましたので、すぐにも動けます」


 満足そうに首肯したカリオンは、そのままウォークを見た。

 心得ております……と言わんばかりの彼は、静かな口調で言った。


「近衛師団はいつでも動けます。なんでしたら先行出撃も可能です」


 準備を整えておきました……と、ウォークは言外にそう言った。

 恐らくはリリスの手引きだとカリオンは考えた。


「よろしい……」


 カリオンの脳内で歯車がグルグルとまわり、カチリと音を立てて答えが出る。

 険しい表情のまま三白眼でウォークを見たあと、力を込めた言葉で言った。


「今すぐに近衛連隊を持ち出す」


 ざわりと部屋の空気が揺れた。

 カリオンはそれを感じ取ったが、枢密院の面々は気が付かなかったようだ。


 リリスが何かを言いたいらしい。

 ただ、カリオンは気ばかりが急いていた。


「陛下。私も同行いたします」


 ドリーは椅子を蹴り飛ばすように立ち上がって言った。

 かつての丞相であったジョージ・スペンサーと同じく、前線に立ちたいのだ。


「いや、方面軍騎兵の準備が整い次第、余の後を追ってまいれ」

「ですが!」

「良い。一騎当千の近衛師団だ。賊徒など鎧袖一触に蹴散らしてくれる」


 そこに参加したいんだ!と悔しそうな顔でカリオンを見るドリー。

 周囲のアブーやイヴァンがクスクスと笑うのだが。


「ドリーが行きたいのは重々承知だ。だが、賊徒を蹴散らした後で本格的な交戦に及ぶ可能性がある。ヒトを買っている国家や組織が手を出すケースだ」


 カリオンの一言にその場から音が消えた。

 太陽王が何を危惧しているのかの正体が見えたのだ。


「……陛下はいずれの国家が敵対していると?」


 イヴァンはギリギリと奥歯が鳴るように噛みしめてそれを問うた。

 枢密院一番の忠臣とは我なりを心に掲げる男は、王の敵を噛み殺すつもりだ。


「国家では無いかも知れない。いや、むしろ国家の枠組みを超えた大きな思惑が存在してるのかも知れない。もしやもすれば……この世界そのものがヒトを歓迎していないのかも知れない。故に――」


 小さく溜息をこぼし、カリオンは目を閉じて言葉を練った。

 九尾を目指すキツネの存在は、口が裂けても言えないと思ったのだ。


「――例えば仮に、キツネやネコや、もっと言えばイヌやオオカミの姿をしていても、中身が別物という存在の抵抗を予測するべきだと……」


 あ……


 自分の口を突いて出た言葉がストンと腑に落ちた。

 中身が別物の存在。ぱっと見ではキツネやネコに見えて、そうでは無い存在。


 もっと言えば、あのセンリやハクトのような者達。

 なにより、夢の中で見たウィルの本体の側。


 そう言った者達の類いが手を出して来ている可能性に思い至った。


「陛下?」


 急に押し黙ったカリオンを心配したのか、クリスはそっとを声を掛けた。

 その声にハッとした表情のカリオンは、苦笑いを浮かべていた。


「あぁ、スマン。いまちょっと……世界の真実に思い至った気がする」


 何を寝言染みた事を……

 そんなあきれ顔のルイだが、何度か首肯した後でスッと立ち上がった。


「中央軍集団は私が率いましょう」

「ならば西方集団は私が」


 ルイの言葉に感化したのか、割りと穏健派であるグラハムも立ち上がった。

 そして、当然の様にイヴァンが立ち上がって言った。


「もちろん北方集団も参戦する。アブーの歩兵団を動員すれば最強だな」

「あぁ。我がル・ガルを支える精強な軍団全てが動く事になる」


 アブーまでもがそう言うと、ジャンヌは満足そうに首肯した。

 ラ・ソレイユの女は胸の前で手を合わせ、祈りを捧げた。


「太陽の光と熱との恩寵がル・ガルを導き、勝利を与え給え」


 太陽の巫女であるジャンヌの祈りは特別な意味がある。

 誰もがル・ガルの勝利を確信し、後は動くだけだ。


「よし。ではこれより――


 カリオンが出撃を命じようとした、その時だった。


「陛下!」


 枢密院会議室のドアが勢いよく開けられ、その向こうにウォークが立っていた。

 手にしているのは黒ずんだシミの残る数枚の便箋だ。


 ……血だ


 誰もがそこに嫌なイメージを持つ。

 少なくともそれは、無事と言う事では無い。


 覚悟を決めて息を整えたカリオンは、低い声で言った。


「何事だ」

「それが――」


 ゴクリと音を立てて生唾を飲み込み、ウォークはひとつふたつと深呼吸した。


「――茅街が急襲され、壮絶な防衛戦闘の果てに降伏したと」


 ウォークの言葉が終わるやいなや、ルイが渋い声で言った。


「降伏……だと?」

「はい」


 ウォークは黒ずんだ便箋の文字を読み上げた。

 その声は震え、怒りと憎しみとが渦を巻いていた。


「昨日18日早朝、茅街に数千規模の武装集団が侵入した模様。検非違使では無く闘争団が対処し、壮絶な戦闘を行いましたが多勢に無勢となり降伏。ヒトの多くが捉えられたとの事です」

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