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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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なんてこった……

~承前






「……チッ」


 小さく舌打ちしたカリオンは、妙にイライラとしていた。

 検非違使本部の奥深くに居て情報を集めている最中だ。


 王府調査機関の出向職員などを含め、様々な情報が集まり始めている。

 順次まとめられ上がってくる報告書を読みながら、妙にソワソワとしている。


 ――まずいな……


 内心でそう独りごちたカリオンは、右手で口元を隠して思案している。

 その姿が生前のゼルそっくりで、普段なら皆が微笑ましく眺めるシーンだ。

 だが今は、眠っている龍の尻尾を踏みたくないと視線すら向けないで居る。


 それもそのはず。

 カリオンは表情を強張らせ、全身に緊張感を漲らせていた。

 どうにも御しきれない焦燥感に、身体中を焼かれている状態だ。


 ――どうしたものか……


 人間は誰だって根拠の無い確信を持つ事がある。

 それは直感であったり虫の知らせであったりするものだ。


 だが、違和感という感触でしか感じ取れないものは確実に存在する。

 言葉では説明出来ないネガティブな感覚は、脳だけが感じる物だからだ。

 そのネガな情報を危険な物だと処理出来るのは、経験を積んだ人間だけ。


 カリオンはこの時、確実に事態が悪い方向へと進んでいると確信していた。

 耳の中に鳴り響くノーリの鐘は、悲鳴掛かった悲壮な音色だった。

 それは、若い女が喉も張り裂けんばかりに叫んでいるかのようなものだ。


「……うるさいくらいだな」


 『逃げて!とにかく逃げて!』と、そう叫んでいるかのような鐘の音。

 何となくボソリと独りごちたカリオンは、小さく息を吐いた。

 それは、確実に悪い事だとカリオンは知っていた。


 だからこそ、その違和感の正体を探ろうとしているのだ。

 ただ、その正体は掴めず、カリオンは違和感を持て余していた。


「陛下……」


 検非違使本部の奥底で思案に暮れていたカリオン。

 そんな所にやって来たヴァルターは、主の意識を現実へと呼び寄せた。


 現実世界に引き戻されたカリオンが黙ってヴァルターを見る。

 そのヴァルターは渋い表情で言った。


「ナオとギンやタカが口論しています」


 妙に緊張感を孕んだ厳しい声音のヴァルター。

 ウンザリしているだけとは思えないその姿に、カリオンも怪訝になる。


「……またか?」

「えぇ。正直、そろそろ落としどころを探るべきかと」

 

 ヴァルターは迷わず率直な言葉を吐いた。

 ナオら穏健派と呼ばれるヒトの集団は、実は決して穏健では無かった。

 全てを話し合いで解決するべきだと、そんな理想を崩さないのだ。


 人口に膾炙する通り、話せば解ると本気で信じる話の通じない人々状態。

 その内容と言うのが問題で、どう考えたって簡単には解決できない。

 何故ならそれは、ジローの後を受けた今後の方針の事だからだ。


 簡単に言えば、武闘派の差配を預かって居るギンの方針が問題なのだ。

 ギンは闘争路線の拡大を考えていた。とにかく独立し安定する事が第一義だ。

 如何なる犠牲を払ってでも、ヒトは組み伏せられないと学ばせる事。


 ジローの遺言めいた言葉を受け、ギンはそんな方針を示した。

 そして、この茅街に手を出してくる全てを撃退したいと言明した。


 しかし、その為には、闘争団の再組織が必要だ。

 二度の騒乱で闘争団は大きく減耗し、その補充を計らねばならない。

 だが、残された人の多くが穏健派側に属していた。


 ――――戦うよりも話し合いを

 ――――戦えば最後の一人まで死ぬ事になるから


 穏健派側は闘争よりも融和を図ろうと繰り返し述べていた。

 そもそも、穏健派の多くがこの世界の中で人間性の限界を見たのだ。

 消耗品と割り切られ、奴隷の境遇なヒトが次々と息絶えるのを見た。


 多くの獣人達にとって、ヒトは保護する対象ですらない。

 家畜か奴隷と言うなの財産でしかない。多少マシな扱いでペットだろう。

 つまり、言う事を聞かないなら厳しく躾ける。それが駄目なら殺す。


 その圧倒的な現実を見てしまった結果、多くの穏健派は戦う事を放棄した。

 戦っても殺されるだけなら、ケツの穴を舐めてでも生き延びた方が良い。


 水と油


 決して混ざり合わないその主張は、基礎理念の衝突だ。

 そしてその実は、要するに世界への諦観と服従だった。


「どうしたら良いと思う?」


 カリオンは軽い調子で意見を求めた。

 思う所を言ってみろ……と、そんな調子だ。


 だが、ヴァルターは慎重に言葉を練ってから言った。

 慎重に慎重に。疲れているカリオンの逆鱗に触れないように。

 そんな瀬踏みの様子に、カリオン自信が苦笑いだ。


「……異質な者同士は絶対に混ざり合いません」


 不敗のヴァルターにも苦い経験がある。

 西方地域出身の彼は、異なる種族同士のいざこざを見て育ってきた。

 主義主張や種族的な断絶の境で起きる衝突と反発が日常だった。


 故に、彼は知っていた。

 最終的には完全に分離するしかない事を。

 双方が係わり合いを絶ち、相容れない事を理解する事を。

 一定の距離を保ち、友愛だの博愛だのと言った甘い考えを棄てる事を……


「……ならば」


 カリオンは何処か醒めた目でヴァルターを見ていた。

 御互いに言いたい事を理解しているからこそ、黙っていても意思が通じる。


「えぇ……」


 ヴァルターは首を縦に振って肯定した。

 どうしても結果を出したければ、どちらかが滅びるまで闘争するしか無い。

 少数意見の側を捻り潰し、ハッキリと勝ち負けが付くまでやるしか無い。


 人の心は奇数と言うとおり、理屈が通っても割り切れない事があるのだ。

 感情論とメンツの為の意地の張り合いは、どうやっても曲げる事が出来ない。

 当の本人が解っていても、それでも自説を曲げられないのだ。


 利害の調整を図る者が居ない限り、それは自明の理だった。

 如何なる世界線においてもその調整を図る者は必要だった。


 ある世界線ではそれを王族と呼び、異なる世界線ではそれを政治家と呼ぶ。

 ただ、結局どちらにしても、人の恨みを買う役になるになるのだけは同じ。

 むしろ優れた調整役ほど恨みを買い、少数意見の側から蛇蝎の如く嫌われる。


 故に、調整役には強い胆力と忍耐力が要求された。

 そして、強い理想と信念とが必要なのだった。


「まぁ、見ているだけではよろしくないな」


 仕方が無いだろ?と、カリオンは椅子を立った。

 そんな主の姿に、ヴァルターは溜息をこぼす。


「火中の栗を拾う行為か……と」


 バカな事は止めた方が良い。どうせ恨みを買うだけだ。

 合理的に考えれば、それは全く割に合わない行為だった。


 こと、感情論で攻撃する側には理性も理念も無くなってしまうもの。

 ただ単にそいつが嫌いだからと、聞くに耐えない罵詈雑言を並べる。


 そして、ヴァルターはそれを聞きたくは無かった……


「……まぁ、やむを得まい」


 カリオンは全部承知で仲裁役を買って出た。

 正直に言えば、ただの自己満足な行為なのはわかっていた。


 ただ、それは極々私的な感情ながら、見たく無い姿なのだ。

 敬愛する父ゼルと同じヒトが、己の主義主張を戦わせる姿は見たくない。

 もっと言うなら、それはヒトだけではないのだ。


 種族の垣根をこえ、人間同士で言い争う姿は見たくない。

 故に、利害関係を調整し、穏便に済ませて欲しい。

 たとえそれが、一筋縄ではいかない行為だったとしても……だ。


「まてまて」

 

 双方が怒声を交えて言葉を交わしている中へカリオンは入った。

 まるで風の様にフワリと入ってきたその姿に、双方は気勢を削がれた。


 だが、燃えるような敵意の眼差しが消えたわけでは無い。

 実際にはより酷く悪化していると言える。

 押し切って勝ち掛けた穏健派側の視線が痛いくらいだ。


「激昂しての言い合いは話し合いでは無い」

「ですが!」


 声を荒げた闘争派の男は穏健派を指さして叫んだ。

 大声で喚いたと言っても良いくらいだ。


 「カリオン王。これは由々しき事態です」


 ギンはきつい口調で切り出した。

 それと同時にギンの指がナオの息子を指した。


 ビシッと指を指された人物は、スッと背筋を伸ばしていた。

 『ヒデト』と名乗るナオの息子は、まだ年齢20歳足らず。

 流浪人として訓練を受ける事無く覚醒者の仲間入りをした人物だった。


「何があった? とりあえず君の所見を聞こうか」


 カリオンは努めて平穏な声で事情を聞いた。

 ただ、ヒデトが語った内容は、想像を絶していた。


「あの……」


 訥々と語った内容は、カリオンをして頭を抱える物だ。

 ヒデトはトウリと街に帰還した際、重傷者を見逃したらしい。


 ナオはきつく叱責したのだが、ヒデトはどうせ助からないからと言った。

 ただ、それで足が付くとも限らないのだから慎重に為らざるを得ない。

 カリオンは黙って考え込み、様々な可能性を考慮した。


「いずれにせよ余は王都へと戻る――」


 差し当たって街の危険は迫っているが、そろそろ帰らねば成らない。

 ソティスの街の話も王都に流れている頃だろうし、善後策も必要だ。


「――その道中で死体を探す事としよう」


 ある意味、街を見捨てる発言かも知れない。

 ギンやタカの表情がスッと変わった。


「違う違う。茅街を見捨てるような事はしない。本当だ」


 カリオンは優しい声でそう言った。

 全員の耳目が集まっているのを確認し、言葉を続けた。


「余は全力で茅街を保護すると約束する。ここはヒトの街だ。まずは街を再建し、侵入者を撃退出来る構造を考えよう。街自体が防衛力を高めれば良いのだろう?」


 カリオンは今後について王の方針を示した。

 あとはそれに従うか従わないかの問題だ。

 ヒトの自治を尊重するが、王の方針は絶対でもある。


 故に、ナオもギンも不承不承に矛を収めるしか無い。

 だが、不安の種はくすぶり続けていた。


 何より、侵入者の生き残りを逃した事が問題だった。


「これは裏切り行為では?」


 ギンはきつい声でナオを問い詰めた。

 危険に曝す行為なのだから、抗議を受けて当然だった。


「……それについては反論できない」


 ナオもガックリと肩を落としていた。

 ただ、そんな中でナオの息子ヒデトだけが何かを言いたげだった。

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