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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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検非違使合流

~承前






 眩い夜明けがやって来た茅街は、殊更酷い状況だった。

 街の各所で生き残りが遺体を集め埋葬の仕度をしている。

 共同墓地となっている一角は、既に墓穴が掘られ始めていた。


 ――なんてこった……


 内心でそう独りごちたカリオンは、街の中をゆっくりと歩いていた。

 少なくとも現状の茅街は壊滅状態と言って良い状況だった。


「復興に時間が掛かりそうです」


 カリオンの後ろを歩くエルムは、険しい顔でそう言った。

 隣に居たタロウも、同じようにぼやいた。


「しばらくは街に掛かりきりになりそうです」


 街の人口は約千人だったが、二度の争乱で死者は400人を数えた。

 約半数が死んだ事になるのだが、人数以上に深刻な事態が起きていた。

 街の知識階層が死んだケースが余りに多いのだ。


 様々な技術や知識。そして、経験と言った得がたい物がそっくり失われた。

 茅街を形作る上で最も重要な物は、そう言ったヒトの世界の頭脳なのだ。


「……大陸全土からヒトを集める行動を加速させよう」


 腕を組みながら厳しい声音でカリオンは言った。

 結局は一睡もせず朝まで陣頭指揮に当たったのだが……


「……父上。少し休まれては」


 エルムは控え目な声でそう言った。

 傍目に見ても分かるくらいにカリオンは消耗していた。

 徹夜など何度も経験しているはずなのだが、身体が言う事を聞かないのだ。


「あぁ…… ただ、現状ではそんな事を言ってられない」


 街の中の片付けはまだまだ終わらず、太陽王親衛隊は率先して動いている。

 そんな彼等を横目に休むなど、王の沽券に関わる事だ。


「同じように汗を流すからこそ、王は王足り得る。それを忘れるな」


 エルムを指導するように言ったカリオンは太陽を見上げた。

 日輪の温もりを顔に感じ、目を閉じてその熱の恩寵を感じ取った。


 ――ボルボン家が黒幕か……


 カリオンの脳裏にグルグルと渦巻いているのは、ヒトを掠う目的だ。

 脳裏に現れたのは、あの七尾のキツネの言った事だった。


 ――――淦玉を探しておる……


 余分な物を指すというそれは、彼等にとって重要な物なのだろう。

 何に使うのかは解らないが、少なくとも水面下では大規模に探しているらしい。


 場合に因ってはそのとばっちりで茅街がこうなったかも知れない。

 必要な物であるからこそ非合法な手段を使ってでも捜索する。

 そのヒントを求めて茅街に手を出したのだとしたら……


 ――淦玉はヒトに関係がある物……か


 押し黙ったまま考え込むカリオン。

 その厳しい表情を横から見ているエルムとタロウは顔を見合わせる。

 王の内心にある悩みの種は、自分達にすらも言えない事。


 その全てを抱えたまま、余裕風を吹かせなければならない。

 エルムはつくづくと、言葉に出来ぬ王の重圧を想った。

 自分がそれに耐えられるのか?と、心配になりながら。


「ですが陛下――」


 タロウは僅かに笑みを浮かべて切り出した。

 カリオン王はタロウにとって伯父に当たる人物だ。


 コトリもイワオもそれを話しては無いが、タロウは何となくそう思っていた。

 理屈では無く直感として、この人は肉親かそれに近い親族だと感じていたのだ。


「――皆が忙しそうにしているのは、王が忙しいからでは? 陛下が働いている手前、臣下の物はどれ程疲れていても休むわけには行きません」


 タロウは敢えて痛い所を突いた。

 上に立つ者は率先して休む事も仕事のウチなのだ。


 自分は平気だからと休まず働けば、下の者は働かざるを得なくなる。

 全く持って問題だらけだったとしても、時には休む事も仕事なのだ。


「……耳の痛い事を言いおって」


 ニヤリと笑ったカリオンは、解った解ったもポーズだ。

 してやったりの表情になったタロウは笑ってエルムを見る。

 そのエルムも笑っているが、視界の中に走ってくる者を見つけた。


「父上。ヴァルターさんが……」


 エルムの指さした先には、不敗のヴァルターが走ってくる姿があった。











 ――――――――帝國歴392年 3月 15日 早朝

           茅街中央大通り 中央庁舎付近











 闇の中を掃討して回ったヴァルターは、7人の剣士を連れていた。

 どれも皆、腕に覚えのある一騎当千の兵ばかりだ。


 その誰もが返り血を浴びた真っ赤な姿で、夜間の激闘を物語っている。

 彼等はヴァルターに引率され、明るくなった頃に戻ってきた。


「おはようございます陛下」

「あぁ。おはよう。大事ないか」

「はい」


 まずは挨拶から入る。

 それはゼルが残して行った習慣だった。


 どんな状況でも挨拶を忘れない事。

 それは、常に相手に敬意を払う事だった。


「侵入せし賊徒は全部で327名でした」


 開口第一声にそう報告したヴァルター。

 カリオンは小さな声で『327名』と復唱する。


 実際に剣を交えた肌感覚としては、もっと居たような気がする。

 闇の中で敵側の正確な全体像を把握するのは困難なものだ。

 だが、言葉に出来ないレベルでの直感は、往々にして正鵠を射貫くもの。


「……もっと居たような気がするな」


 カリオンは率直な言葉で違和感を伝えた。

 ただ、ヴァルターは遺体を数え、それだけの死体を確認した事になる。


「実は手前もそんな気がしています。もしかしたら逃がしたかも知れません」


 取り逃がした……

 これはあとで効いてくる問題だ……


 何の根拠も無い事だが、カリオンはそう直感していた。

 なぜなら、その報告を聞いたカリオンの耳には、あの鐘の音が聞こえていた。

 ノーリの鐘が鳴るときは、警告や注意を喚起するときだ。


 厄介な事にならねば良いが……と、そう考えてしまうのは仕方が無い。

 だが、起きた事は後から変えられないのだから、上手く対処するしか無い。

 何事も前向きにやっていくしか無いのだ。


「ご苦労だった。まずは少し休め」


 親衛隊の労をねぎらったカリオン。

 ヴァルターは薄く笑って言った。


「まずは陛下がお休み下さい。我等はその後に」


 ヴァルターにまで窘められ、カリオンは苦笑いでタロウを見た。

 タロウは涼しい顔で街中などを見ているが、必死で笑いを噛み殺している。


 その『してやったり』の表情に、カリオンはリリスを感じた。

 イワオから受け継いだ伯父カウリと父ゼルの妻、琴莉の面影があるのだ。

 それに気が付いてしまっては、もうこれ以上何かを言う気も失せてしまう。


「……そうだな。そうさせて貰おう」


 これ以上何かを言って気を揉ませるのも良くない。

 カリオンは一言『検非違使本部で休む』と残して歩き始めた。


 街中の瓦礫や遺体は驚くべき速度で片付けられ、驚くばかりだった。

 このペースで行けば日が高くなる事には終わりそうだと思った。

 街の住人達は災害になれているし、困難にも慣れているのだ。


 ――大したもんだ……


 もはや驚くしか無いのだが、それでもヒトと言う種族の強さに驚く。

 困難な状況の中でも悲嘆に暮れて泣き叫ぶ事無く、淡々と先に進む強さだ。


 ――イヌもこうあらねば……


 王では無く1人のイヌとしてそう考えたカリオン。

 だが、ふと気が付けば自分自身をイヌと呼んで良いのかどうか迷うところだ。


「父上? どうされました?」


 何となくほくそ笑んでいるカリオンに気付き、エルムは声を掛けた。

 そんなエルムの気の使い方にも、カリオンは成長を感じていた。


「……上手い具合に後片付けをサボった上手さに気が付いたんだ」

「あ……」


 カリオンの鋭い追及にエルムはばつの悪そうな顔になる。

 そんなエルムの背をポンと叩き、タロウは言った。


「アッチの片付けを手伝おうぜ」

「……そうだな」


 逃げ出すように走って行ったエルムとタロウ。

 2人の背中を見送ってから、カリオンは検非違使本部に入った。

 本部の中にはいつの間にかトウリ以下17名の覚醒者がやって来ていた。


 まだ暗いうちに街へと入ったのであろうか。

 全身黒尽くめの衣装のまま、覚醒者達は待機していた。


「大変だったようだな」


 先に口を開いたのはトウリだった。

 同じく黒尽くめの衣装で顔だけ出した状態だった。

 夜の闇を走ってきたらしい面々からは、まだ闇の匂いが漂った。


「……あぁ」


 カリオンは手短に応え、近くの椅子へと腰を下ろした。

 実際に顔を合わすのは久しぶりなのだが、その実感が湧かないのだ。


 リリスが導く夢中術での折衝で、2人は年中顔を合わせている。

 だが、そのなかの2人は未だに若々しい頃の姿のままだ。

 それぞれの記憶にある姿で顔を合わせるのだからやむを得ない。


 つまり、トウリは今までカリオンと顔を合わせては居なかったのだ。

 全て夢の中で話を取りまとめ、方針を示してトウリを動かしていた。


 実態を知らぬ者が見れば、まるで心を入れ替えたかのように見える様に……


「老けたな」

「……ほっとけ」


 トウリの軽口にカリオンが笑って応える。

 ただ、誰が見てもカリオンの老け方は異常だった。


 齢100少々程度なのに、その姿はもはや壮年を感じさせている。

 イヌの生涯は凡そ250年と言われているが、カリオンは……


「まるでヒトのような速度で老け込んでるな」

「むしろヒトだったらと願ってるよ」


 思わずカリオンの本音が漏れ、トウリも笑ってそれを聞いた。

 嘘偽りなく本音だと気が付いたのだ。


 心酔する父ゼルがヒトであったのはトウリも知っている。

 そして、妹リリスがそうであったように、呪われた魔法生物である事も……


「ボルボン家だって?」


 全てを飲み込んでなお、トウリは変わらずに接していた。

 何故なら、カリオンが産まれて来た最大の理由は自分にあると知っているから。


 父カウリをして、全ての面で資質が劣ると言わしめたトウリ。

 その実をトウリ自身が嫌と言う程に痛感していた。

 検非違使という組織を預かり、案主と呼ばれた老練なヒトから多くを学んだ。


 その結果、トウリは驚く程の成長を遂げていたのだった。


「あぁ、手の者によれば327名だそうだ」


 カリオンはヴァルターの情報を伝えた。

 確実に上がった死体の数はそれなのだ。


 ただ、カリオンの話を聞いたトウリは怪訝な顔になった。

 僅かに首を捻り、明後日の方向を見ながらぼやくように言った。


「なるほど。ならば侵入したのは500を越えたんだな」


 トウリはさらっと問題発言をし、カリオンは『はぁ?』と応えた。

 カリオンは眉根を寄せ、飛びきり怪訝な表情でトウリを見ていた。


 その顔に『説明しろ』と書いてあれば、トウリは説明しないわけにはいかない。

 同じように険しい表情になって、トウリは切り出した。


「いや、茅町の手前で正体不明の武装集団と出会したので全滅させたんだ。まさかここが襲撃されるとは思わなかったよ。ボルボン家のあの……なんだっけ?」


 涼しい顔で言うトウリだが、カリオンは厳しい表情で返した。

 話の腰を折り、効きたい情報についての追加を求めた。


「何だって? 今なって言った?」


 何を問題にしているかは明らかだ。

 街に侵入したボルボン家の賊徒は327名では済まない規模だった。

 そして、取り逃した者が居た事も確定した。


「いや、ざっくり200名程度の集団だった。なんせ出会い頭でおまけにヒトの集団に見えたんだろうな。一斉に襲い掛かって来たから反撃した。ちょっとひどい乱戦で……さ」


 後は解るだろ?と、トウリは困った表情だ。

 覚醒者が本気で暴れれば、相手がどうなるかは言うまでもない。

 数に頼んでの襲撃だが、圧倒的実力差を見せられれば腰も引ける。


 ただ、問題はそこではない。


 覚醒者を組織しているのは反王権勢力の筈だ。

 少なくとも公式にはそうなっている。

 つまり、目撃者を作ると面倒と言う事だ。


「確実に全滅させた?」

「あぁ。間違い無いと思う。少なくとも――」


 トウリは腕を組んで首肯しながら言った。


「――案主が生きてた頃に何度も釘を刺されたからな」


 ヒトの世界から落ちて来た案主は、アッチの世界でも相当苦労したらしい。

 ただ、その頭脳はヒトにしておくのが勿体ない程の現場向きだった。

 聞けば、本国から独立した形の軍団にあって参謀を務めたらしい。


 ヒトの世界の地理はよく解らないが、本国は島国だったようだ。

 そんな本国から独立した軍団の戦力を差配する、参謀本部所属だった。

 様々な事案を計画し、実行し、目的を果たしてきたらしい。


 ――――文明は衝突する

 ――――最終戦争に備えよ


 その一言はカリオンの心に深く刻まれていた。

 とにかく、全てにおいて細心の注意を払う人物だった。

 トウリはそんな人物から理想の上官像を叩き込まれていた。


 故に、トウリは検非違使を差配するに当たり、いくつかの原則を作っていた。

 まずはとにかく徹底する事。そして、独り善がりにならない事だ。

 自分を勘定に入れず、後になって振り返った時に最善の終わり方を希求した。


 だからこそ……


「少なくとも生き残りは居ない筈だ。あの闇の中で覚醒者から逃げられる者など居ないし、仮に逃げおおせたなら誰かが裏切ったと言う事だ」


 トウリは胸を張ってそう言った。

 小さな声で『そうか』と応えたカリオンも、まずは首肯した。

 ただ、そんな淡い期待が根底から覆される事を、ふたりは知る由も無かった。


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