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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
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薩摩隼人の意地

~承前






「解った……一度などと言わず、構わず申せ。余は全てを聞こう」

「ありがとうございます」


 膝立ち状態だったナオは、ストンと腰を落とし地面に正座した。

 それではスネが痛かろうとカリオンは焦るが、ナオは構わず始めた。


「私は……そちらの自治協議会の面々とは異なる時代からやって来ました」


 ナオが口にしたその事実は、緊張していたカリオンの表情を一変させた。

 カリオンの脳裏に思い浮かんだのは、父ゼルが暮らしたヒトの世界だ。


 ――……時代が違う……だと?


 果たしてゼルは。いや、ゼルのフリをしていた五輪男は何者だったのか。

 ヒトの世界で時代が違うとナオが言うならば、どんな時代から来たのか。


 時代が異なれば社会の常識や理想も変わるもの。

 その時代の人々が経験した事柄により、価値観や考え方は変わるはず。

 そして、積層化した思考の積み重ねを縦に貫くものこそが思想というものだ。


 あの、雄弁で勇猛で果敢な男はどこから来たのか?


 今もなおカリオンに取って最大の師は父ゼルなのだ。

 故に思う。ゼルの思考の根幹とは、何なのだろうか?と。


「時代が違うというが……もう少し説明してくれ」

「御意」


 一度目を瞑ったナオは、一つ息を吐いて気を入れてから言った。


「私が生まれ育った時代と、そちらの長治郎殿が生まれ育った時代は、凡そ300年の開きが在ります」


 クワッと目を見開き、『300年?』と聞き返したカリオン。

 ナオは首肯しつつ硬い表情で言った。


「左様にございます。そして、銀治郎殿や和貴殿とも凡そ100年ないし200年は離れておりまして、そもそも、平和と安定の前提となる認識が全く異なりますれば、そちらの御三方から見る私は、全く弱腰に思える事でしょう」


 ナオの切り出したその言葉は、カリオンをして驚天動地のものだった。

 時代の移り変わりにより思想は独自に発展し変化する物。

 思索の積み重ねにより社会認識としての常識は発展するのだ。


 つまり、ジロー以下3人が糾弾すると言っているがナオには迷惑千万だろう。

 何故なら、その3人の世代がやらかした事の後始末をナオの世代がしている筈。


 ――なる程な……


 ナオの腹立たしい思いをカリオンは何となく理解した。

 それと同時に、ジロー達3人組がナオを疎ましく思う理由も知った。

 この3人は自分達の世代の不始末を知らぬのだろう。


 だから……


「事実、弱腰では無いか」


 ナオの言葉を切るように言ったのはギンだった。

 何が面白く無いのだろうか。口のへの字に曲げて不機嫌そうにしている。


「維新の夢に燃えた長治郎殿もロシアと戦った銀治郎殿も、残念ながらその後どうなったかをお分かりに為ってない」


 ナオは鋭い眼差しをタカに向けた。

 お前は知っているんだろう?と、そう言わんばかりの眼差しだった。


「和貴殿が南方の密林で経験された戦いは……飢えて弱るに食料無く、敵と対峙して弾薬無く、傷つき苦しむも癒やす医薬品無く、死して屍を弔えぬ戦場は……況んや要するに()()()()()()を見た戦いは、全て長治郎殿や銀治郎殿らの世代の、その後始末では?」


 タカは険しい表情で押し黙り、ジッとナオを見ていた。

 痛い程の沈黙が流れ、風が街の中を吹き抜けていった。


「……維新開国の夢に殉じた長治郎殿。南下政策をとるロシアと対峙し、生存圏構築を急務とした時代の礎となった銀治郎殿。お二方の苦労を否定するつもりは全くありません。ですが――」


 重い溜息をこぼし、ナオは俯いて言った。


「――その後の日本が……生き馬の目を抜く国際社会で終わりなき泥沼の消耗戦にすり潰されていくのを……和貴殿は知っておられる筈だ」


 ジローとギンの眼差しがタカに注がれた。

 タカはただただ黙ってナオを見ていた。


「恐らく、和貴殿が生きた時代から100年は後に私は産まれているはず。ですがね……ひとつ恨み言を言わして頂ければ――」


 俯いたままのナオは全部承知だ。

 斬られる覚悟を決めたとでも言うような姿だ。

 だが、そこには明確な計算も合った。


 何故なら、ジロー達3人の後方にエルム達の姿を見つけたからだ。


「――長治郎殿。銀治郎殿。白河以北一山百文。そうやって同じ国内ですらも蔑んできたあなた方が。幕府を賊軍と誹謗し殺戮の限りを尽くしたあなた方が。やれヒトの理想だの正道だのと勝手な理想を口にする事自体、烏滸がましい」


 ナオの言ったその言葉は、最後は震えるように萎んでいった。

 どれ程の怒りに震えているのか、皆目見当が付かない程だった。


「あなた方の思想の残滓は後々数百年続いたんですよ。東北は熊襲の産地だから文化水準が低いなどと平気でのたまった自称文化人がいたんですよ。熊襲ですよ。熊襲。蝦夷の末裔には価値が無いとでも言うんでしょうかね?」


 そこにあるのは強い反骨心だった。

 いや、反骨心と言うよりも敵意その物だった。


「何が維新だ! 身勝手な大義を掲げて政権を簒奪し、時の帝まで脅して錦の御旗を造り、正義の味方ごっこですか? 人間の残虐性は正義なる大義の旗の下、あらゆる嗜虐をも肯定するんですよ。あなた方のやってきた事は、ただの憂さ晴らしでしかない! 何が弱腰だ! 何が身勝手だ! 勝手な見識で声高なご批判とは、大変結構なご見識ですな! そんなに戦いたけりゃ勝手に戦って死んでくれ!」


 一気呵成なその言葉に、カリオンは呆気にとられてナオを見ていた。

 その傍らにエルムとタロウがやって来て話を聞いた。

 理解出来ない単語がいくつも飛び出し、それがヒトの歴史だと気が付いた。


 ――ヒトの世代間闘争……


 父ゼルに聞いたとおり、ヒトの世界の政治システムは基本的に自主だ。

 相当古い時代から続くと言う万世一系の王は政治には関わらないと言う。

 民草の中から相当な闘争の果てに頂点を極め、王はその者に政治を託す。


 定期的にその統治者は政権そのものを崩壊させてしまうが、王は変わらない。

 やがて新しい統治者が現れ、王の信任を受けるのだと言う……


 ――なるほど

 ――そう言うことか……


 ワラワラと街の中の生き残りが集まり始め、遠巻きに囲み始めた。

 誰もが煤を被って黒ずんでいたが、生き残った安堵に穏やかな表情だ。


 ただ、その集まりの半分以上はナオの側に付いた。

 半分以上ではなく殆ど全てと言って良いほどの数だった。


 カリオンはそこに世代間闘争ではなく、統治者の世代交代の壁を見た。

 恐らく、タカとナオの生きていた時代には相当な感覚ギャップがあるのだう。

 そしてそれは、この街に生きる者達の目に見えない溝になっていた……


「戦うのは良いですよ。ただ、死ぬときは勝手に死んで下さい。自分の夢や理想を他人に押し付けて、同じく死ぬのを強要しないで貰いたい。あなた方の理想が全ての理想だなどと勘違いしないで貰いたいものだ。理想でもなんでも無く、迷惑ですよ。迷惑」


 ナオの吐いた言葉に首肯する物が続出した。

 穏健派と呼ばれる側の方が街の中では大きな勢力のようだ。


「私を含めた穏健派の振る舞いを許せないと思われるのは勝手ですが、我々から見れば主戦派の死にたがりの思想は迷惑なだけです。ですから、そんなに死にたければ勝手に死んで下さい。ただ、死んだ後に面倒を残さないで下さいね」


 それが嫌味を含んだ遠回しな批判で有る事など明白だった。

 いや、遠回しでは無く、直接的に斬り掛かるような強い拒絶そのものだ。


 例え奴隷であっても、戦って死ぬよりはマシ。

 ジロー達の側にしてみれば、そんな負け犬思想が理解出来ないのだが……


「死んだ後の面倒とは?」


 ギンは鋭い口調で問うた。

 簡潔な表現になるのは、もはや我慢ならぬと言う証左だ。


「生き残りが蜂起すると面倒だから皆殺しにしてしまおうと……そう攻めてこられる事ですよ。解るでしょう? 今まで穏健派がヒトを出して来た結果、少なくとも街は安定していた――」


 違いますか?とでも言いたげなナオ。

 その姿にですらもギンは腹立たしいようだが……


「――ですが、拒絶した途端にこのザマですよ。何十年と掛けて築き上げた街が半分は灰になりました。この報復にソティスの街でも焼き払いますか? 出来もしないのに強がるのはバカのやる事です」


 パキッともポキッと付かない音が聞こえた。

 生木でも踏み折ったのか?とカリオンは辺りを見る。


 その僅かな所作にエルムとタロウは顔を見合わせ、同じく辺りを見た。

 二人が見たのは、口から地を流すギンだった。


「我々の努力を馬鹿の所業と笑うか」


 プッと音を立てて何かを吐いたギン。地面に転がったのは半分に割れた白い塊。

 エルムは最初それが何かは分からなかったが、直後に『あ……』と呟く。

 悔しさに噛み締めた奥歯が砕け、欠片となって吐き出されたものだった。


「えぇ、そうですよ。馬鹿ですよ。帆は風にあわせて張るものです。滔々と流れる大河に石を投げ入れたところで、その波紋すらすぐに消えてなくなるものです」


 腕を組んで厳しい表情のまま、ナオはそう吐き棄てた。

 怒りにプルプルと震えだしたギンだが、畳み掛けるようにナオは言った。


「戦う前に街を再興させましょう。すっかり焼き払われた街を再建せねばなりません。次は負けないようにと言うなら、単なる感情論ではなく計画的に行動せねばなりません。それ位は解るでしょう?」


 街の中をグルリと見回し、ナオは強い口調で言った。

 まだアチコチで燻る茅街は、壊滅という言葉が最も正しい表現だった。


「それともなんですか? 感情にまかせて暴れ回らないと気が済まないくらいのバカですか? まぁ、維新なんてご立派な看板付けてただの内戦引き起こしただけの身勝手な土肥薩長なんて、実際その程度でしょうけどね」


 ナオの言葉が終わった瞬間だった。

 ギンは白刃を抜き放ちナオに斬り掛かった。

 あまりにも一瞬の出来事に、全員が身動き出来なかった。


 だが……


「グホッ!」


 鈍い音と共にギンは跳ね返されジローの元に転がった。

 それをしたのはカリオンの後方にいたヴァルターだった。


「太陽王の御前で剣を抜くとは良い度胸だ」


 鞘のままにギンを斬りつけたヴァルター。

 冷静さを欠いていたギンは躱す事も払う事も出来ず、直接受けてしまった。


 ただ、鞘越しとは言え、凄まじい速度の斬撃だったのだ。

 その鞘の一撃を受けたギンの腹部にはダメージが残り、僅かに血を吐いた。

 しかし、それはただの始まりに過ぎぬものだった。


「王の御前で剣を抜いた者を生きて返すわけにはいかん」


 ヴァルターはスッと太刀を抜き放った。

 見事に手入れされたその白刃に太陽の青い光が反射した。


「……よい。太刀を収めよヴァルター」

「しかし陛下」

「かまわん」


 左手を挙げヴァルターを制したカリオンは、ギンに向かって言った。


「大事ないか?」


 コクリと頷いたギンが立ち上がろうとして、今度は盛大に血を吐いた。

 少なく見積もって内臓破裂級のダメージな筈だ。

 出会い頭に車で刎ねられたような衝撃を受けたのだろう。


「キャリ。エリクサーを飲ませろ」

「はい」


 エルムは懐の桐箱を開け、中から小瓶を取りだした。

 それを持ちギンを抱えると、口の中に流し込んだ。


「さぁ、頑張って飲んで」


 激しい痛みに気絶しかけ、それでもギンはそれを嚥下した。

 一瞬遅れて身体をびくりと震わせ、ドス黒い何かを吐き出してから虫の息だ。


「かっ…… かたじけない……」

「まずは落ち着いて。あと、王は激情を嫌われる」


 身体に力の戻ったギンを残し、エルムはカリオンの後へと戻った。

 一部始終を見ていたカリオンは、静かな口調で切りだした。


「ジロー。ナオもだ。そなたらの間にある時間的な感覚の相違は、余には理解出来ぬものだが、何があっても相容れぬものだとは理解出る。ただ、ここは余の我儘な願いだが――」


 カリオンの鋭い眼差しがギンを捉えた。

 まだ地面に蹲ったままのギンは、その場で居住まいを正した。

 一歩間違えばその場で斬られかねない……と、そんな空気だった。


「――この街にある限り、出来れば協力して欲しい。仲良くしろだとか、そんな子供染みた事は言わぬ。ただただ、この世界でヒトが確固たる存在になれるよう協力しあって欲しい」


 ギンから視線を切ったカリオンは、まずナオを見てからジローを見た。

 双方共に硬い表情のまま、口を真一文字に結んでいる。


 これはきっと飲み込み難い要望なのだろう。

 水と油に混ざり合えと言っているようなものかも知れない。

 だが、不可能を可能にせねばならない理由は、当人たちが一番良く知っている。


 この世界がヒトには厳しすぎるのだから、助け合わねばならない。

 今までは色々譲歩しあって我慢しあってきただろうが……


「我慢は器に溜まる水だ。雨垂れの雫を集めた桶のようなものだ。いつかは溢れるものなのだろう。だから時には、その桶の水をこぼさねば……溢れてしまう。故にそなたらが穏便に話し合い、定期的に水をこぼして欲しいのだ」


 カリオンの目がジローに注がれた。

 ジローは身じろぎひとつせず、黙って思案をめぐらせている。

 恐らくその内心は、轟々たる強風の吹き荒れる荒野だろう。


 やむを得ぬと思いつつ、今度はナオを見る。

 そのナオもまた決然とした表情で地面を見ていた。

 話し合いで解決など出来るものか……と、そう言わんばかりの姿だ。


「……生半な覚悟では出来ぬのだろう。それは重々承知している。だが、現実問題としてこの街を維持せねばならない。曲げられぬ信条を曲げての事だ。出来ぬのであらばそれもやむを得ない。ヒトの街をもう一箇所設置して、完全に分けることとする。ただし、検非違使の面々は穏健派側に置く事にする」


 どうだ?

 そんな眼差しでナオを見ていたカリオン。

 ナオは顔を上げ、悄然とした表情で奥歯を噛み締めていた。

 飲み込み難い要求を突きつけられ、その全ての決断を迫られた形だった。


 ただ、ナオがその返答を言う前に、ジローが先に口を開いた。

 落ち着いたその声音には、穏やかな空気が漂った。


「カリオンさぁ…… おい達のやり方が間違いでごわした。思えばこん街に慣れすぎて、明日をも知れぬ日々だったのを忘れておりもした。ほんに情け無かこつ、申し訳なか」


 ジローはそのまま平伏した。


「おいの責任で、協議会ば纏めもす。穏健派ん言葉も、もっともっと聞きもす。されど――」


 頭を上げたジローはいたって真面目な顔になっていた。


「――おいも……長次郎も本音を、申し開きっこつ言わさして欲しかです」


 ジローの言葉に黙って首肯を返したカリオン。

 その首肯を眩しげに見たジローは、ここでやっと満足げに薄く笑った。


「……確かに、ナオどんの言うこと、一理ありもす。じゃっどん、言い訳がましかこつ、恥ずかしながら申し開きいたしもそ――」


 ジローはカリオンでは無くナオを見て言った。


「そもそも、こん長治郎だって命が惜しかと、酷い扱いにも我慢してきもした。あたいが落ちたのは南の果ての暑かとこで、おいは獅子のお御女に可愛がって貰いもしたし、求められれば、おいも頑張りもした。そいから、こん街へ辿り着き根を下ろしてから、単に小競り合いで勝つのが目的なら、こん命など、何も惜しくはなかと、どんな扱いにも耐えちゃると、そう思ってきもした」


 ここまで言って、ジローはふと目を閉じた。

 そして『じゃっど……』と呟き、薄目を開けてナオを見た。

 薄目の奥に見える瞳には、諦観の色があった。


「身内を……家族を……大事な仲間を差し出して得る安寧に、なんの意味があっどか?と、おいはそう思いもす。こんジローは……そげな打算で動き申さん――」


 身体を起こしたギンは、タカと並んでジローの背を見ていた。

 恰幅の良いその身体が小さく見える程の溜息をこぼし、ジローは続けた。


「――そいが単に合理的じゃからと、戦っ前から身内を、生贄っ差し出し、安寧を求める楽をしては……一度でも逃げてしもては……そん次も、そん次も、またそん次も、おいはその楽に逃げてしまいもす。楽な道へ逃げてしまいもす。そいは……好かんと」


 ガックリと項垂れたジローは、叱られた子供が申し開きをするように続けた。

 訥々と思いの丈を紡いだ言葉は、不思議と皆の胸を打った。


「あたいはこれからも、そうやって楽な道へ逃げ続けるかもしれもはん。それがあたいひとりの事なら、なんも問題なか。じゃっどん、子供は大人の背を見て育ちもす。親の振る舞いを見て、子はそれを手本としもす――」


 ジローは不意にタロウを見た。

 この街の中で育まれ大きくなったタロウは、幼い頃からジローを知っていた。


 すっかり育ち、立派になったタロウに目を細め、ジローは言った。

 それは、覚悟を決めた漢の貌だった。


「――おいの子々孫々がちっと程度の危機で身内を差し出して安寧を得るようになってしもうては困りもす。仲間を売ってでも守りに入るような臆病者になっては困りもす。沿いに比ぶればここで、この街で命懸けで戦うこつなど容易かこっちゃ」


 カリオンは言葉が無かった。

 同じように、エルムもタロウも、ヴァルターですらも言葉が無かった。


 それは、その精神はル・ガル国軍兵士の全てに。

 いや、全てのル・ガル国民に脈々と流れるスピリットと同義だった。

 子供達や未来の子孫の為に、命懸けで戦い祖国を守り、イヌの独立を守ること。


 その根本にあるものをジローはヒトの立場で語っただけだった。


「元より勝利など臨みもはん。勝てるなど、思い上がりも甚だしいと、そげんこつは今さら言われなくとも、よく解っておりもす。けど、ここに、この街に手を出そうとする者に見せ付けないと駄目っ事は、ナオどんも解っておるんでは?」


 ジローの出したそのパスに、ナオは小さく『命より大事な事がある』と言った。

 その言葉を聞いたジローは何度も首肯しながら『じゃいもす』と肯定した。


「そいを薩摩隼人の意地っち言いもそ。あたいの学んだ吉之助先生は、自顕流の教えに倣い、火鉢に掛けたやかんが真っ赤に焼けて、周りん物を焼き尽くすような、カンカンに燃え立つもんじゃと、そう言われもした。故に、こん長治郎は――」


 ナオではなくカリオンに目をやったジロー。

 その眼差しにはいつの間にか強い力が合った。


「――事の成る成らぬは二の次で、生きるも死ぬも慮外の外。子々孫々に、こん背中で教えるんは、まず全力で有る事が大事じゃっど……と」


 ジローの人生哲学を聞いたギンとタカは、ウンウンと首肯していた。

 カリオンもまた、その思想に一定の評価をせざるを得まいと思っていた。


 ただひとりだけ。ナオだけが『納得いかない……』と、不満げな顔であった。

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