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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~憎しみと苦しみの螺旋
271/665

茅街炎上

~承前






 水辺特有の湿気た空気に何かの燃える臭いが混じる。

 夜明けの光に照らされた河原の中、カリオンは立ち尽くしていた。


 夜を徹し駆けてきた一行は馬が水を求めたので河原へと出た。

 その河原から視界が開けたとき、彼等は彼方に一筋の黒煙を認めた。

 ル・ガルの辺境地域を流れるその川は、やがてガガルボルバへと合流する。


 名も無いその早瀬の畔では、カリオンの率いた小隊が足を止めていた。

 ただただ、その信じたくは無い光景に沈黙していた。


「……バカな」


 長い沈黙の後カリオンはその一言だけを呟いた。

 自らの目に映る光景を忌々しげに眺めつつ、立ち尽くした。


 ただ、実際にはそれも無理の無い話しなのだろう。

 一行は夜を徹し、ソティスから西へと向かうゼルの道を駆けてきたのだ。

 睡眠不足と疲労は如何ともしがたく、些細な事で感情は爆発してしまう。


 徹夜明けのテンションは言葉では説明出来ないもの。

 その感情が一時的に麻痺したとしても、おかしい事では無い。


「父上……」


 エルムは控え目に声を掛けたが、カリオンは反応しなかった。

 ワナワナと震えるその姿は、怒りと落胆とが内混ぜになった状態だ。


 そして、ただただ、その眼前の光景に震えていた。

 溢れ出る怒りを必死で鎮めながら、両手をグッと握り締めていた。


「タロウ……ここへ来い」


 同じように唖然としていたタロウは、カリオンに声を掛けられ我に返った。

 それほどにインパクトのある光景があったのだ。


「これが世界の真実だ。よく覚えておけ。良いな」

「……はい」


 涙ぐんだタロウはそれ以上の言葉が無かった。

 視界の彼方、朝日に照らされるそこには黒い煙が幾つも立ち上っている。

 中にはまだ火炎の上がっている場所もあり、タロウは感情を失っていた。


 その火炎と煙の出所は茅街だ。

 大河の中洲に出来たその街が、激しく燃えていた。


「……行くぞ」


 馬上に上がったカリオンは馬の腹を蹴った。

 同じように加速していく一団は一気に速度にのって街へと突入を目指す。


 半刻と掛からず街へと迫ったカリオンの目は捉えていた。

 街の中、ニヤニヤと笑いながら建物に火を掛けるイヌの一団。

 そして、炎に追われ飛び出して来るヒトを捕まえる者達だ。


「総員抜刀! 全て我等の蹄に掛けよ!」


 カリオンは愛刀を引き抜いた。

 まだ角度の低い朝日に照らされ、刃は白銀に輝く。


「余の街を焼いた輩に手加減は不要! 問答も無用だ! 鏖殺せよ! 突入!」


 茅街の入り口にある扉の前、監視していた者が反応した。

 慌てて何かのアクションを起こそうとしたが、その前にその首が刎ねられた。

 最初の一閃を払ったカリオンは、返す刀で松明を持ったイヌを斬った。


 手の中に嫌な感触が残ったが、何処か懐かしい感じすらもした。

 悲鳴と絶叫と断末魔によって奏でられる惨劇のワルツ。


 無旋律の調が街に響く中を蹄の音が駆け抜けていく。


 ――――助けてくれー!


 名も知らぬ男が通りを走っていく。

 手にしていた松明を棄て、必死の形相で振り返っている。


 その男に悠々と追いついたカリオンは、背後から心臓を一突きした。

 もんどりうって転がったその男は、後続の騎兵に踏み潰された。


 ただ、それは単なる始まりに過ぎなかった。

 カリオンは手にしていた剣を頭上で左右に振った。

 騎兵の一団に散開せよの指示を出したのだ。


 茅街の大通りへと入った一行は、左右の通りへ少数ずつ別れ入って行った。

 全ての通りから断末魔の絶叫が響き、多くの者達が何処かへ必死に走っている。


 ――集合場所だな……


 一瞬の間にそれを考えたカリオン。

 その刹那に後方から声が掛かった。


「陛下! 右手!」


 ヴァルターは太刀の先で指し示し、新たな一団をカリオンへと教えた。

 燃えさかる炎の中から飛び出て来る者達を捉えようとする一団だ。


「続け!」


 カリオンは速度を落とす事無くそこへと斬り込んでいった。

 時ならぬ蹄の音に驚いたその一団は、何が起きたのかを知る前に惨滅された。

 茅街の通りを駆け抜けるカリオンの一団は、次々とイヌの一群を切り捨てる。


「西通りへ出でよ!」


 街の中央大路へと出たカリオンは、太刀で進路を指し示す。

 ル・ガル国軍の中で精鋭中の精鋭である親衛隊の一団は、それに付き従った。


「お待ち下され! お待ち下され! 我等はボルボン家の……」


 何かを言おうとしたのだろうか。

 街の中央で指揮を執っていた者が旗を振りながら叫んでいた。

 ボルボン家を示す豪華な戦旗は、光を放つ太陽のシンボライズだ。


「問答無用!」


 カリオンは勢いを付けて剣を振り下ろした。

 ブンッ!と鈍い音が響き、カリオンの剣がその男の首を刎ねた。

 後続の騎馬が次々とイヌ達の首を刈り取っていく。


「父上! 西手に炎の無い建物が!」

「でかした! エルム! タロウ! 手分けして火を消せ!」


 カリオンは手短に指示を出し、そのまま街の中を回り込んで行く。

 速度を落とす事無く馬の進路を変え、西に向かって街を走った。

 街の西側にあるのは宿屋や飲食店などの大きな店舗だ。


「陛下! あれを!」

「見えている!」


 ヴァルターの声にカリオンが応える。

 彼らが見たのは両手をロープで縛られ連行されるヒトの列だ。

 その先頭にはニヤニヤと笑うイヌが見えた。


 一行の進む先には牢となった馬車が幾つも止まっているのが見える。

 それは、どう見てもヒトを運ぶ為の馬車だった。

 つまりは、ヒトを狩りに来たのだ……


「開放する!」


 太刀を一振りしたカリオンは、その刃に残った血糊を払った。

 真銀を鍛えて作るその太刀には、切れ味を落とさない魔法がこめられていた。


 ――――なんだてめぇ!


 カリオンの馬が奏でる蹄の音に気が付いたのだろうか。

 ヒトの一団の先頭にいた男が振り返って喚いた。

 ただ、その次の瞬間には顔の上半分が切り落とされ、脳漿が撒き散らされた。


 ビクビクと痙攣しながら倒れた男を馬で踏んだカリオンは辺りを確かめた。

 これだけのヒトを回収し様としたのだ。どこかに首謀者がいる筈。


 ――どこだ?


 恐ろしい形相で辺りを確かめたカリオンだが、その視線の外を何かが動いた。


「陛下! あそこに!」


 ヴァルターの配下であった騎兵がそれを見つけ声を上げた。

 こそこそと檻の馬車に登り御者台に座るのは見覚えのある男だった。


 ――ここに居たのか……


 カリオンは馬車の正面側から走っていき、進路を塞ぐように立ち止まった。

 そして、馬から降りる事無くその男を睨み付ける様に見た。

 でっぷりと越えた風体の、冴えない雑種だった。


「久しいな。ここで何をしている?」


 魔王の言葉そのものの様にカリオンは口を開いた。

 カリオンと目の合ったその男は、弾かれるように御者台から飛び降りて傅く。


「これはこれは太陽王猊下! かような所へのご光臨とは!」


 それは、ボルボン家を簒奪したデュ・バリーだった。

 ヒトを集める最中、何処かでワインでも舐めていたのだろうか。

 ヤタラと酒臭い息で大業な物言いだった。


「貴様。ここで何をしていた」


 カリオンはのっけから喧嘩腰での応対だった。

 息一つ乱れていないその姿は、歴戦の騎兵その物だ。


 貴様をここで殺すぞ……

 そう言わんばかりの姿に、さしものデュ・バリーも顔色を無くす。

 だが、窮地を脱出するために何かを思いついたらしく、頭を下げながら言った。


「ご覧の通り、王の禁令を破り街を築いた不埒なヒトを成敗しておりました」


 クククと下卑た嗤いのデュ・バリーは、確かな自信が合った。

 少なくともこの街は国内には伏せられているが、公爵家ならば知っていて当然。

 カリオンが集めたヒトの為のいわば避難先としても、茅街は機能していた。


 だが、逆に言えば誰も知らない街故に何かが起きても手を差し伸べられない。

 そもそもこの街には幾多の検非違使が常駐し、覚醒体が居た筈だが……


「誰が成敗せよと命じたのだ! 誰がヒトを捉えろと!」


 カリオンは怒声と共に剣を振り下ろした。

 馬車を牽く馬の首が一撃で切り落とされ、鮮血が吹き出した。


「これは異な仰せ。そも、この陵は禁足地では?」


 デュ・バリーは嘲笑うようにそう言った。

 少なくとも、ル・ガル国民の立ち入って良い場所では無かった。

 ここに居るのは陵を護る国軍の一部のみだった。


 つまり、そもそもここにヒトは居ない筈。

 その論理的な矛盾をデュ・バリーは突いたのだ。


「手前はその禁足地に立ち入ったヒトを成敗しておったのですが、禁足地の令は解かれたのですかな?」


 ……あぁ、あくまで対決する腹か


 カリオンはデュの姿にそれを理解した。

 少なくとも現状では逃げ出す事など出来ない。


 ならば切り抜けるしか無い。

 デュ・バリーと言う男は、これまでそうやって生きてきたのだろう。

 如何なるピンチにも慌てず動じず、最小限の犠牲で困難から逃れる。


 その結果、手にした財を富みに変え、ますます栄えてきたのだろう。

 突き詰めれば、最後にものを言うのは金だ。

 金で解決出来ないのでは無く、金の使い方が悪いだけなのだ。


「ならば1つ問うが、成敗したヒトを何処へ運ぶつもりだった?」


 カリオンの問いは簡単だ。法にはヒトの売買を禁ずると明記されていた。

 シュサの時代に作られたヒトの保護令は、今も有効だった。

 マグナカルタに記された国内習慣法においても、それは引き継がれていた。


「何処へと言う事はございません。ヒトを求める者に対し、適価で斡旋するのみでございます。昨今はオスでもメスでも過去に無い引き合いでございますれば、ますます国庫への還元も進む事かと存じます」


 にこやかにそう返答したデュ・バリー。

 小さく『斡旋だと?』とカリオンは漏らした。


 ただ、その僅かな振る舞いがデュ・バリーには突破口に見えたようだ。

 畳み掛けるように揉み手をしながらカリオンに言った。


「左様にございます。様々な場所でヒトの知識や知恵は重宝されておりますれば、国内外を問わず様々な階層の者達が我先にとヒトを求めて参ります。手前共はシュサ帝の言いつけを護り、奴隷では無く雇用者としての立場を約束する者にのみ、ヒトとの契約を斡旋しております」


 それが詭弁と言わずして何というのだ?と。

 契約などといった所で、その実態はただの奴隷なのだろう。


 何より、マリが語った通りだとすれば、王の秘薬を使う上でヒトは必須。

 その目的があの覚醒者の生産なのだとしたら、とても看過出来るものでは無い。


「で、その下らぬ言葉遊びで切り抜けられると思って居るのか?」


 剣の先をデュに突きつけ、カリオンは僅かに首をかしげつつ言った。

 その双眸に宿る炎は、いまにも全てを焼き尽くしそうなほどだ。


「おっ! お待ちください陛下! 手前は国家の為に金策を『やかましい!』


 ブンと鈍い音が響き、カリオンの剣が宙を斬った。

 その切っ先が掠めたのはデュの鼻先だった。


 イヌのマズルの先端は、鼻の頭と前歯を隠す唇だ。

 カリオンの切っ先はその僅かな合間を見事に切り裂いた。

 ギャァ!と鈍い悲鳴をこぼし、デュは鼻先を抑えて蹲る。


「余の編み上げた秘薬をヒトの女に使っていたのであろう!」


 カリオンの怒声に気圧されたのか、デュはズリズリと後退しはじめた。

 その間も何ごとかをブツブツと言いながら、逃げ出すタイミングを探している。


「貴様の情婦が全て吐いたぞ。エリクサーも!秘薬も!貴様が他国へ横流ししていたのであろう! 戦場においてもっとも重要な物を他国へ売っていた! 相違なかろう!」


 ズリズリと這いずるように後退するデュはまるで芋虫だと皆が思った。

 ただ、そんな事はどうだって良い事で、カリオンは馬を降りて追いかけた。


「ヒトに手を出すな。これはシュサ帝の時代よりある国律ぞ」


 再び剣を振ったカリオンは、その切っ先でデュのアキレス腱を切った。

 右足の踏ん張りを失い、デュは転げるように後退し続けた。


「手篭めにするなかれ。遊び道具にするなかれ。ヒトを売るなかれ――」


 燃えていない建物に背を預け、これ以上進めぬ所までデュは逃げた。

 その直前に立ったカリオンは剣を突きつけているのだが……


「――これもシュサ帝の定めし律ぞ。そなたも知っていよう」


 言い逃れなど出来ないほどに追い詰められ、デュはカクカクと震えていた。

 だが、そんなものなど構うこと無しにカリオンは鋭い叱責を浴びせ続けた。


「そして余はこの地を禁足地とした。ここにヒトが集るのであれば、それは自然と街となろう。誰も手を出せぬ街ぞ。そなたはこの街をヒトの飼育場とでも考えておるのかもしれんが……」


 再びブンと音を立てて剣を振りぬいたカリオン。

 その刃はデュの頭蓋を削るように掠めた。


 ガタガタと震えだしたデュは歯の根が合わない状態にまでなっている。

 その前に立つカリオンは魔人の如き形相だ。


「この街はヒトの街にしよう。余はそう考えておった。ヒトの知恵や経験を持って武器とする他国との争いを無くす為だ。そして――」


 カリオンはなんら逡巡する事無く、デュの足首へ剣を突き立てた。

 濁った絶叫が響き、痛みに呻きながら両手を合わせて命乞いをしていた。


「――生ける事すら認められぬ奴隷同然のヒトを救わんと考えた。かつてのイヌがそうであったように、生ける権利すら他者に依存する儚げな存在を救いたいと考えたのだがな」


 その命乞いを無視し、カリオンは剣の柄をグルリとこじる様にねじった。

 ボキリともブチリとも付かぬ鈍い音と共にデュの足首がちぎれた。


 だが、それでも尚カリオンの剣先はデュの足を刺し続けた。

 寸刻みにザクザクと突き刺しながら、カリオンは声を荒げた。


「貴様の集めたヒトは命乞いをしなかったか? なにが斡旋だ! これを斡旋というならば、今この行為は――」


 カリオンは迷う事無くもう1本の足首へ剣を突き立てた。

 力一杯に突き立てたその切っ先は、一撃で足首を切り落とす威力だった。


「――余の治療行為ぞ! どうだ! 何とか言ってみろ!」


 痛みにビクビクと身体を震わせながらも、デュは両手を合わせて命乞いだ。

 そんな姿にイラッとしたのか、カリオンは剣を振りかざして言った。


「余の質問に素直に答えよ。偽りなく申せば命は助けよう。貴様はこのヒトの一団を何処へ売るつもりだった?」


 その問いにデュは一瞬だけ固まった。

 ただ、その直後にフンフンと首を振って答える事は出来ないと意思表示した。

 言えないか、言うつもりが無いのか。そのどちらかなのだろう。


 だが、実態などどうでも良くて、要するに何故こうなったのか?が重要だ。

 両手を合わせて言葉無く命乞いするデュに対し、カリオンは大声で言った。


「答えよ!」


 そう叫ぶと同時、カリオンは剣を振り下ろした。

 凄まじい音を立てて空を切った刃は、デュの両手を切り落とした。

 ぽとりと地に落ちた手首を見つめ、濁った絶叫を挙げながらデュは転げた。


 ただ、そんな事でカリオンの気が晴れる事は無い。


「……答えぬので在ればそれも良し。ただ、余を謀った罪は重い。貴様には地獄の責め苦すら生ぬるいようだ。後でじっくり話を聞く。そう簡単に死んで楽になれると思うな。死より苦しい責め苦を貴様に与えようぞ……」


 カリオンの発したそれは、死刑宣告と同義のものだった。

 だが、デュ・バリーはその実態を知らないでいた。


 本当に恐ろしい存在がこの世にいる事。それは、カリオンの側に居る事。

 死すら超越した恐るべき責め苦の中で、魂が削られて消滅していく恐怖。


 カリオンは胸の内でリリスの名を呼んだ。

 心の内の何処かがほんのりと暖かくなった気がした。

 遠くにあって心を通わせる存在は確かに存在する。


 そして、カリオンは胸の内で呟いた。


 ――リリス

 ――実態を聞き出してくれ


 その願いがリリスに届いたのだろうか。

 カリオンの鼻はフワリと漂うリリスの臭いを嗅ぎ分けた。

 届いた……と、良い様の知れぬ満足感をカリオンは覚えた。


 そして、剣を振り下ろした。

 無表情のまま、機械的な一撃だ。


 ボルボン家を簒奪せし男。

 子爵位ですら買い取った豪商デュ・バリーの生涯は閉じられた。

 太陽王その人が直接手を下し、その首が切り離されたのだった。

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