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ララのこれから <後編>

~承前






「父上は……自分を怖いと思った事がある?」


 ララは震える声でそう問うた。

 カリオンはララの聞きたい事が嫌と言う程解っていた。


 質問の意味を正確に掴む事は、会話力の根本だ。

 なにより、ララが思い悩む事を正確に理解しないと会話は成立しない。


 ――――自分が受け入れられない恐怖……


 文字にすれば陳腐なものなのだろう。

 だが、拒絶されると言う行為は、それを受ける側にはとんでも無いストレスだ。

 自分の存在全てが否定され、相手から一線を敷かれてしまうのだ。


 誰にも受け入れて貰えない恐怖と苦痛。

 その裏にある孤独と言う名の絶望。


 ララはそれに恐怖していた。


「……あぁ。勿論だとも」


 カリオンの手がララの頭にそっと添えられた。

 ララの華奢な身体など簡単に握りつぶせそうな手が……だ。


 相当気を使っているのがララにだって良く解る。

 自らの頭に載せられた巨大な手には、恐るべき力がある事も。


 ただ、少なくともこの手には優しさがある。

 あの夜、ララの身体を包む衣を、一枚ずつそっと脱がしていった男と一緒だ。


「自分の正体を初めて知ったときは……怒り狂って我を忘れ暴れたときだった」

「え?」


 驚いた表情でカリオンを見上げたララ。

 そのカリオンはまるでスルスルと音を立てるように小さくなった。

 逞しい腕でララを抱き寄せ、その厚い胸に抱き締めた。


 されるがままにしていたララは、ニコニコと笑いだした。

 ララの鼻は覚えていたのだ。


 この臭いのする存在は、自分に安心をもたらしてくれると。

 無条件で自分を受け入れてくれる……と。


「まだ王の座に慣れぬ頃だ。フレミナの主が刺客を放って寄こした。リリスが斬られ、我が父とリリスの母が危険に陥ったときだ。この胸の奥にある感情が――」


 ララを放し一歩下がったカリオンは、自らの胸に手を当てていた。

 筋骨隆々とした逞しい姿の男は、誰にも言えない事を告白していた。


「――あの時は自分でどうする事も出来ず昂ぶってな。気が付けば手練れの刺客5人を文字通りにねじり潰していた。握り潰していた。そして気が付いた」


 これが痛みの告白で無くて何だと言うのだ……


 ララはカリオンの言葉を黙って聞いていた。

 裸の男が目の前に居る事をララは完全に忘れていた。


「俺は……まともな生物ですらないと言う事に」


 床に転がっていた衣類へ手をかざし、グッと念をこめたカリオン。

 次の瞬間にはまるで衣類に魂が込められたかのように自立した。

 それこそ、自ら進んでカリオンの掌中に納まるように……だ。


 魔法というものは確実に存在する。

 ララもそれは知ってるし、幾度か見た事もある。


 ただ、父を見る目が変わるのはやむを得まい。

 目の前に居る男は、恐るべき実力を秘めていると同時に孤独を抱えている。

 まだまだ魔法と魔導に偏見染みた感情があるのだから迂闊な事は出来ない。


 超絶に難しい立場の中で、父はもがいている。

 ララはそれを我が事のように実感した。


「ビッグストンへ通い始め、まだ半年だったか……学舎の裏へ呼び出され150人を相手の喧嘩をした事がある。マダラと言う理由だけで殺されかけた。だが、その時は重軽傷100名以上を出して完勝した。20名程度が退学したようだが――」


 カリオンはフッと笑みを浮かべてララを見た。

 握り締めた拳を突き出し、それを見せながら言った。


「――その時に知ったのだ。願えばそれは必ず叶うのだと。そして、ひとたび望んだならば、如何なる犠牲を払ってでも自力で叶えなければ意味がない。望みや願いは誰かに与えられるモノじゃないんだとな」


 解るか?


 そんな眼差しでララを見ているカリオン。

 ララは悲しそうな表情になっていた。


「父上にはそれが出来たかも知れないけど私には……」


 それはきっと、どんな人間でも一度は辿る過程なのだ。

 カリオンにもそれがあったからこそ、今のララの気持ちがわかった。


 そして、掛けるべきは慰めや労りではなく奮い立たせる言葉。

 時には突き放し、冷たくあしらう事も必要なのだ。


「なら、少しばかり冷たい事を言うぞ?」


 カリオンは全部承知でグッと顎を引き笑った。

 その姿には凶悪な支配者の倣岸さが溢れた。


「前向きになって頑張れば、それが望んだモノでは無くとも結果が出る。だが、後ろ向きにやると、何も手に入らず腐って堕ちる――」


 カリオンは自らの手を見ながら言った。


「――ララであるかガルムであるかはこの際問わない。だが、これだけははっきり言うぞ? いいか? 覚悟しろよ?」


 カリオンの迫力に飲まれ、ララは思わず頷いた。


「自分の居場所は自分で作れ。誰かに与えられたモノならば、それは誰かに剥ぎ取られるかも知れない。そしてな――」


 両手を広げたカリオンは『よくみろ』と言わんばかりの姿を見せた。

 ララはその姿を凝視しながら次の言葉を待った。


「――自分の正体や真実を自分自身がまず受け入れる事だ。その全てが自分自身だと受け入れ、良くも悪くも正直に振る舞えば良い。ただ、これは相当な勇気が必要な事だけどな」


 まるで棍棒ででも殴られたような衝撃だった。

 ララはただただ息を呑んで父カリオンを見ていた。


 それが何を言いたいのかは良く解っているつもりだ。

 だが、受け入れろと言われて、はい、そうですかと飲み込める話でも無い。


 ここに有るのは間違い無く実力の差だ。能力の差と言い換えても良いのだろう。

 圧倒的な実力を身に纏う存在だけに、相手が少々騒いでも一生に伏せる。

 それだけの事が出来るのだから余裕があるのだとララは思った。


「……父上が羨ましい」

「なぜ?」

「その姿でいる限りは、ただの……マダラだもの」


 ララの吐いた言葉は、ある意味で究極の暴力だった。

 ただ、それをカリオンも承知しているから、なお質が悪い。


「相手をねじ伏せられるだけの実力を持ってるから……だから余裕なのよ……」

「なら、お前も実力を身に付けろ」

「…………は?」


 軽い調子でポンと言ったカリオン。

 ララは不愉快そうな顔になって父の顔を見た。


「そのままの意味だ。さっき言わなかったか?」


 腕を組み、傲岸な姿になってララを見ているカリオン。

 その立ち姿に一分の隙も無く、相手を威する姿になっていた。


「自分の立ち位置や居場所は自分の力でつかみ取れ」


 顎を引き、上目遣いになってララを見たカリオン。

 その三白眼は『解るか?』と目で訴えていた。


「お前がその身に纏う特権は、ル・ガル国内では最強だぞ?」


 カリオンの身内。親族。王家の一員。

 様々な言葉がララの脳内を駆け巡った。

 そして同時に、己の悪手を呪った。


 自分の存在がガルムでは無くララだとしてきてしまった事だ。

 王子では無く、王子の付き人。それがララだった。


「……でも私は」

「王子の付き人だからか?」


 ニヤリと笑ったカリオンは、ララに掌を見せてからクルッと回した。


「事態は回転させろ。裏を表にひっくり返せば良い。そんなモノはどうにでも成るし、騒ぐ奴も最初だけだ」


 カリオンは悪い顔になってララに言った。

 時と場合により振る舞い方を変える事も必要だと言い切ったのだ。

 そしてその言葉の意味は、ララにも直感的に理解出来た。


 ――――王子はそもそも存在しなかった……


 ララこそがカリオン王の第一子。

 母サンドラの連れ子は既に嫁いでいて、面識も無い。

 つまり、カリオンの側近達が上手く振る舞えば……


「これが臨機応変って事?」

「そう言う事だな」


 たちの悪い政治家の顔になったカリオンは、広げた両腕でララを抱き締めた。

 されるがままにしているララだが、不思議と恐怖は無かった。


 無条件で受け入れてくれる安心感。


 それは、なによりもララにとって大切な事だった。


「……とりあえず、もう少し学んでくる」

「そうだな。それが良い」


 ララの頭にポンと手を乗せ、カリオンは笑みを浮かべて言った。


「両手を使って集めるものは誰かに取られるが、頭に詰め込んだものは誰にも取られない。学んだ結果は必ず守ってくれる。故に、ヒトの世界ではこう言うのだそうだ――」


 声音を低く改め、カリオンは言った。


「知は力なり……とな。賢きは困難を乗り越え、愚かはそこで息絶える。父上は繰り返しこの事を言われた。そしてな、俺はこう思う。知は財なり……とな」


 その言葉は、ララを感銘させるのに十分な威力だった。

 ララの心のどこかに、学びへの渇望が芽生えた。


 誰にも奪えやしない大切なものは、学びの中からでしか手に入れられない。

 そしてそれは、目の前にいる男が全てお膳立てしているのだ……


「学ぶって楽しい事なんだね……」

「もちろんだとも」


 笑みを浮かべたままカリオンは続けた。


「かつて、ビッグストンに学んでいる最中に父がやって来た事がある。その時、父はビッグストンの中でこう言った――


 ――――人はいくつになっても学ぶことが出来る

 ――――自慢じゃないが、俺は今になって人生で一番学んでいる気がするよ

 ――――学ぶというのは楽しい事なんだ

 ――――知らぬことを覚える

 ――――知るを楽しむ

 ――――そういう事だ


 ――とな」


 ララの胸の内では、細身で眼光鋭いの男がスクッと立ち上がった。

 その男は腕組みをしたまま、顎を引いて倣岸な笑みを浮かべている。


 肖像画でしか見たことの無い存在。

 だが、カリオンやウォークおじさんや、おおくの人の言葉に出てくる存在。


 今では太陽王を育てた父親の理想像として語られる男。

 ル・ガルの歴史書を紐解けば、必ずその男を讃える言葉が並んでいる。


 曰く、ル・ガル北方に君臨する常勝将軍。

 曰く、いかなる敵をも退ける不敗の魔術師。


 そして、王立士官学校始まって以来の秀才である太陽王を育てた男。

 神出鬼没の疾風と称され、夢幻の存在と呼ばれた用兵の天才。

 機動戦術家の名を欲しいままにした、誰にも尾を振らぬ孤高の存在。


 イヌの軍人として生きるなら、誰もが憧れる存在。

 そんな評価を貰ってみたいと嫉妬する存在。


「ゼルさま……」

「その中身は、ワタラセイワオと言うヒトの男だった」

「え?」

「なんだ、知らなかったのか?」


 クククと笑ったカリオンは楽しそうにララを見た。


「俺の父親だよ。太古から伝わる魔法薬を飲み、イヌの女であるエイラ・アージンと子を成したヒトの男。そして、その時に生まれたのが――」


 カリオンは自分を指差した。


「――俺だ」


 ポカンとした顔になってカリオンを見つめるララ。

 カリオンは腕を組んだまま、ララを見つめていた。


「……うそ」

「嘘でも冗談でもない。俺は魔法薬で生まれてきた呪われた存在だ」

「でっ! でもっ!」


 ララは半ばパニックを起こしたように顔を振りながら言った。


「母上との間に子が生まれました。エルムはっ!」

「間違いなく俺の子だな。きっとあいつもそのうち覚醒する」


 覚醒……

 その言葉にヒンヤリとした令気を覚えるララ。

 カリオンはそんなララに遠慮する事無く畳み掛けた。


「お前が全てを受け入れ表舞台に立つなら、そうなるだけの立場も肩書きも俺が用意してやる。表舞台には立たず影の側で生きていくなら、そう出切るように段取りをつけてやる。俺にはソレが出来る。ただ、唯一出来ない事は……」


 カリオンはスイッとララを指差した。

 まるで胸に刃でも突き立てられたかのようにララは一歩下がった。


 ただ、ララは下がりながら頷いた。

 とても大切な事に気が付いたのだ。


「最後はボクの覚悟だね……」


 俺でも私でもなくボクとララは言った。

 カリオンはララの内面が変化した事を知った。


「そう言う事だ」


 肯定する父カリオンの言葉を聞きながら、ララの内側に何かが出来上がった。

 今までバラバラに存在した夢や希望や将来への思考がひとつに固まったのだ。


「ボクは……研究者になる」

「……死なない存在の研究か?」

「うん……」


 遠い日、モノ言わぬ躯となって帰還した同胞の為にとララは言った。

 その想いが心の中のどこかに残っていたのだろう……


「ならば、それに向かって努力しろ」

「はい」

「とりあえずは……迂闊な事をするなよ?」


 迂闊な事とは何か?

 ララはしばらく考えてから結論を得た。


「……自分を大事にって事ね」


 カリオンは黙って頷いた。

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