国家を蝕む敵の正体 03
~承前
冬の陽が逃げるように沈んだ王都ガルディブルク。
新年明けてまだ間が無いせいか、街に吹く風は冷たい。
この街が位置するところは基本的には温暖な気候のエリアだ。
だが、これから一月半の間は本気で寒い日が来る事もある。
「……………………」
午後の閣議を終えたカリオンは、寒風の吹く王の庭で物思いに耽っていた。
沸き立った頭のクールダウンと言えば聞こえは良いが、実際は逡巡だった。
自分は間違っていないか。誰かが一方的に不利益を被らないか。
細心の注意を払い、全体に目を配り、細かいところを仕上げる。
ここで手を抜けば、将来の禍根となるのが目に見えているのだった。
――――命は天より受けろ
――――お前は太陽の地上代行者だ
その言葉は今でもカリオンの心に生きている。
父ゼルの教えをまだ覚えているだけに、始末に悪いのだ。
――……間違ってない……よな……
不安の虫はどんな時にだって顔を出す。
上手く行っている時だって、確実な勝利を確信した時だって……だ。
正解の無い問いを延々と答え続けなければならない不安と葛藤。
王様なんてポジションは、決して良いものじゃない事を知らぬ者も多い。
時には皮肉の効いた嫌味のひとつも耳にするものだ。
だが、王はそれを受け流す義務があり、自分の出来る範囲で最大限に努力する。
それは王の義務とも言える事だった。
ただ、最近はそれが少々鬱陶しくもあるのだが……
「エディ。いるか?」
唐突に声を掛けられ、カリオンはハッと驚いた。
完全に油断していたと気付き、僅かに狼狽していた。
「だれだ?」
聞き覚えのある声だが、咄嗟にその声の主が解らなかったのだ。
ゆっくりと振り返ったカリオンの目は、階段を登ってくる男を捉えた。
いつの間にか城へ来ていたジョニーだった。
「おいおい、油断しすぎだぜ」
「たまには気を抜かせてくれ」
遠慮無く本音をこぼしたカリオンの姿に、ジョニーはその内心を思う。
カリオンだって疲れるのだ。全ての差配を可能とする太陽王の辛さだ。
最終的な責任を追う立場なのだから、どうしたって慎重になるのだろう。
その辛さが垣間見えるだけに、ジョニーは同情の笑みを浮かべた。
ただ、その手に持っているのは、城下で売られている新聞だった。
「……新聞記者にでも転職したか?」
「馬鹿言え。その記者に酒をおごらせたのさ」
ハハハと軽い調子で笑いあい、ジョニーはカリオンを気遣った。
ここしばらくは目に見えて窶れているのだから、心配の1つもするものだ。
「……で、その新聞が何だって?」
「王の慧眼を讃える論調一色だぞ」
冗談めかしていったジョニーの言葉に、カリオンがフッと笑う。
城下に突然姿を現したバケモノを退治し、巨大なバケモノは魔導家が始末した。
国内にあった魔法アレルギーは、その成果により払拭されたと言って良い。
そして、この事態を予測し、対策を立ててきた王の手腕は賞賛一色だった。
誰もが手放しでその深謀遠慮を褒め讃え、魔導家は一定の市民権を得た。
「……本当に無責任なものだな」
「まあ、こうなるように仕向けて来たし、根回ししてきたからな」
「誰が?」
「俺たちだよ」
国軍の徽章を指で摘んで見せたジョニー。
彼を含めた国軍は王都城下の混乱を片付けるべく奔走していた。
そして、その陣頭指揮に当たっていたジョニーは、幾度も記者会見を開いた。
記者達は矢継ぎ早に事態の真実について質問を浴びせかけてくる。
あのバケモノは何か。王都に現れた巨大なバケモノは何か。
そして、魔導家達は本当に信用できるのか?と。
「……今のところは上手く行ってるか?」
「あぁ。全て問題無いな。多少は情報の解釈に齟齬があるが――」
肩を竦めてペロリと舌を出したジョニー。
その姿はまるで若い頃そっくりだと思い、カリオンも笑みを浮かべた。
「――そう解釈する方が悪いって奴だ」
「酷いな」
「けど、これが一番確実だぜ」
力無く笑ったジョニーは、新聞の束をカリオンへと押し付けた。
ガルディブルク市街で発行される新聞は全部で五紙。
それぞれに特色があるのだが、総じて言えば批判的論調の新聞社は多い。
天下に向かってもの申す!的なスタンスは、市民にも人気がある。
そして、貧すれば鈍すと言う通り、日々の生活に追われると判断が鈍るのだ。
結果、マスコミの論調をそのまま飲み込んでしまう者は余りに多い。
「まぁ、なんだ……例の検非違使の覚醒体もそうだが……」
「知らない方が幸せなことは余りに多いな」
「そうなんだが……軍の内部にも覚醒体が居ると言うのは面倒だぞ?」
ジョニーが何を心配してここに来たのか。
カリオンはその実に気が付いた。
「実は俺もそれを考えていた」
王の秘薬による最強の生物兵器研究は、一歩間違えれば大変な事態になる。
制御出来ない覚醒体など、歩く災厄その物と言える事だった。
「今回は上手い具合に撃退できたが――」
ジョニーのまとめた報告書を読んだカリオンは驚愕していた。
弓兵と槍騎兵による撃退法により、ホザン側の覚醒体が呆気なく死んだのだ。
「――次も勝てるとは限らねぇ」
「そうだな。むしろ、今回勝ったことで事態はより複雑になるだろう」
カリオンの危惧することをジョニーはすぐに見て取った。
軍の研究による試験体は、ジョニーの手により呆気なく倒された。
だが、その戦闘力については一定の評価が得られたはずだ。
研究は試験と実験を積み重ね飛躍するもの。
苦い教訓と得がたい課題を見つけ、研究者はより一層努力するだろう。
「その内、魂の多重搭載型とかが出てくるぜ」
「……それは面倒だな」
「だろ?」
覚醒体の本質は、命の器である魂の複数搭載にある。
少々のダメージを受けても、命の力により快復してしまうのだ。
もしその魂を5個10個と1つの身体に持てたなら。
複数の魂をつなぎ替え、中々死なないように身体を作れたなら。
それはもはや、最悪の戦闘生物になることが予測出来た。
「軍の粛正はより一層強力にやらなきゃならねぇな」
「……秘密警察でも作るか?」
「それも良いかもしれねぇが……それより検非違使を何とかしよう」
「何とかって?」
「公的な組織にした方が良いだろ」
ジョニーが言いたい事の根幹をカリオンはやっと理解した。
検非違使を一般公開し、王の努力を国民に見せるべきなのだ。
そして同時に、軍の内部で研究を続ける者に圧力を掛ける。
いや、圧力では無く脅しと言い換えた方が正しいだろう。
分の本分を忘れる事なかれ……と、釘を刺すのだ。
「軍は何をそんなに焦っているんだろうな」
「さぁな。それは俺の耳にも入らねぇあ。けどよぉ……」
ジョニーはカリオンの向かいに座って腕を組みながら言った。
その姿は遠い日のビッグストンで見た、若き士官候補生その物だった。
「あぁ。言いたい事は解る。国家自体が限界を迎えつつある」
カリオンが感じていた事は、ジョニーを含め政権全体が共有していた。
もはやル・ガルの現状は、膨らむだけ膨らんだ風船のようなものだ。
ありとあらゆる部分が肥大化し、硬直化し、権威化してしまっている。
組織全体が機能不全に陥り、責任回避の為に汲々としている。
そして、そこに出てくるのは、他人の足を引っ張る輩だ。
自分の責任を回避する為に、全部承知で他人を失敗させるのだ。
事実、ホザンはその為に焚きつけられたのだろう。
軍の内部にいる者や、限界を迎えていた地方貴族たち。
そう言った、王に対して不平不満のある者達が、ホザンを煽った……
「何処かでガス抜きしねぇと、破裂しちまうぜ」
「そうだな。割と深刻な問題だ」
同じように腕を組んで考え込むカリオン。
その姿を見ていたジョニーが何かを言いたげにしている。
長い付き合いでそれが解るだけに、カリオンは見て取っていた。
「で、本当にいいたいことは何だ?」
「……そう言ってくれるのを待っていたぜ」
「勿体ぶるなよ」
セラセラと顔を見合わせて笑いあうジョニーとカリオン。
だが、そのジョニーの顔がグッと深刻さを増した。
「実は、あのホザンとやり合って居るときにな……」
そう切り出したジョニー。
それを聞いたカリオンの顔は、スッと変わるのだった。