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国家を蝕む敵の正体 02

~承前






 午後の閣議はホザンの処分についての討論だった。

 そもそも本来の閣議は、まだ若い太陽王を輔弼する勉強の場となっていた。

 だが、時を経て王様稼業が板についた頃から、その中身は変わったのだ。


 最初のカリオン政権で要職をになった者達は、既に多くが代替わりしている。

 現状ではカリオンと同世代か、離れても50歳程度の面々が閣僚だ。

 その結果、いつからかこの閣議は、国内諸問題解決の為の討論会になった。

 各々の得意分野から見た解決策を提案し、それを揉む為の場だ。


 ただ、この日のテーマは紛糾するのが目に見えていた。

 基本的な前提として、謀叛は必ず死罪とされている重罪だ。

 しかしながら、その謀反には十分すぎる理由があるのも事実だった。


 ――――矛盾なく処罰するべきです


 それを言ったのはドリーだった。

 スペンサー家を預かるドレイクは、そこに温情を挟むべきでは無いと言った。

 だが、その場合はレオン主家であるレオン公爵家が連帯責任を問われる。

 犯行を事前に防げなかったことは、重大な過失とされるのだ。


 監督不行き届きによる暴走は、国家の平和と安定を損ないかねない。

 公爵家は太陽王を輔弼し、国家の安定に努力する義務があるのだ。


 つまり、レオン公爵家はここで大きく株を落とす事になる。

 将来への禍根となりかねないレベルだが……


 カリオンの目がチラリとポールを見た。

 まだまだ若々しい姿のポール・グラハム・レオンは齢150程になる。

 伯父セオドア・レオンから家督の座を預かっている現状のレオン家当主だ。


 そのポールは、ただ黙って首肯した。構わず処分しろという意志の発露だ。

 レオン家とライバルであるスペンサー家の当主ドレイクが130半ば。

 ポールと歳の近い者の言葉だからか、ポールは言いたい事を理解していた。


 つまりこれは、一門の(たが)を締め直し、規律を整えようと言う事だ。

 公爵家に責が及ぼうと、王は法に則った支配を行うと言う無言の宣言だ。


 王は国家に君臨し独裁するのでは無く、法に基づく秩序を求めている。

 その為の、いわばデモンストレーションだった。だが……


 ――――ホザンは謀反ではなく窮状を訴えに来たのだ


 それがカリオンの配慮であることは明白だった。

 きっと父ぜルは渋い顔をしながら『なぜ処分しない!』と叱るだろう。

 苦しくとも決まりを守る者がバカを見るのは宜しくない事だ。


 ただ、その窮状は王の政策の結果なのだから、温情措置があっても良いはず。

 あわせて、同じように苦しむ地方貴族を救済する算段もつけたい。

 これにより軍部の奥深くに隠れている地方領主を救済するのだ。


 なぜなら、他国を含めた侵攻を軍が求める最大要因を不要にする措置。

 戦利品とひとくくりにされる火事場泥棒や収奪の全てを防ぐ措置。

 何より、他国からつけ込まれる要素を少しでも削っておかねば……


 そんな苦しい思考をカリオンがしている時だった。

 閣議の場にアレックスの手下が数人入ってきた。

 そろそろ終了かと思われた、その間際だったのだ。


「なるほどな……」


 カリオンも唸るその提案は、遠く茅町から持ち込まれたものだ。

 僅か数ページの書類だが、これからの国家がどうあるべきかの指針だった。


 カリオンが読み終えると、順繰りに各寮へと回されていく。

 そこに書かれている知恵は、恐らくヒトの世界から持ち込まれたものだった。


「これは……画期的ですね」


 感嘆の声を漏らして驚くのは、カリオン政権で5人目の蔵相。

 ユーリー・ジダーノフの副官だったグリゴリー・シュテルンだ。


 彼は数々の功績を残したユーリーの政策をつぶさに見てきた。

 そしてその修行において『身の丈を超える事はしない』ユーリー主義を学んだ。

 故に、今回の地方救済政策は、最終的に増税しか無いと考えていた。


「……あぁ、この発想はなかった」


 サダム・アッバースの息子ジノ・アッバースもそう応えた。

 税部門の一切を預かるアッバース一門の秘蔵っ子は、若くして要職に就いた。

 若く柔軟な頭は予想外な一手を思い付くことがあるからだ。


 だが、その提案はジノの頭脳をして、全くの予想外だった。

 この時代においては、あまりにも先進的な政策だった。


「国民から搾り取るのでは無く、借りると言うのは全くもって凄いですね」


 ウォークが漏らした言葉が全てだった。

 国債と言う金融商品を国家が販売し、その金額に応じて金利を配当する。

 元本は国家が買い戻す償還か、国債自体を第三者に売る事で得る事になる。

 その券を持っている限り、配当が必ず来る仕組みだった。


「何よりすごいのは、他種族に対して国債との交換を義務付けることだな」


 アレックスの漏らした言葉は、国家権力による横暴の合法化だ。

 外国人に対する土地の権利取得を原則として禁じてしまうのだ。

 そして、現在権利を持っている者には国債と交換する事を強制する。


 つまり、支配の根本において、他種族の介入を認めないと言う意志表示だ。


「……これならば、王の温情を甘いと誹る者もおりますまい」


 ドリーは愉悦を噛み殺す笑顔でポールを見た。

 そのポールは恥ずかしそうにしつつ、頭を垂れるばかりだ。


 あの晩、リリスはあらゆる手を使って尋問しホザンは洗い浚いを喋った。

 軍部の中にある不穏分子の正体と、その陣頭指揮に当たる者の名前。

 王の暗殺計画とクーデター計画の存在や、現段階における達成率。


 正直に言えば、いつ蜂起されてもおかしくなかったレベルだった。


 ただ、それらを白状したホザンが最期に言った言葉は『助けてくれ』だった。

 地方貴族が限界を迎えているのは誰の目にも明らかだ。

 最も手強い敵は、常に内側に存在するのだった。


「……よろしい。余の方針はこうだ」


 カリオンは全員が読み終えるまで待つ間、頭の中でプランを整理していた。

 そこで導き出された回答は、ル・ガルの国家を形作るマグナカルタの整理だ。


「まず、レガルド家は取り潰す。その一族のウチ、男子は国軍へ収容する。ドリーの下に付けるので、上手くやってくれ」


 カリオンの言葉にドリーが恭しく首肯した。


「次に地方領主救済の件だが、まず、地権を譲り渡した商人をハッキリさせ、その上で国家により土地収用法を起草し、異議ある者には国債と差し替えを命ずる。だが、ここで重要なのは、才無き領主を淘汰することにある」


 そう。ここで本当に問題なのは、その領主の数が多すぎると言う事だ。

 ノーリの時代から幾星霜、増えすぎた貴族に分け与える領地が無いのだ。


 故に、各伯爵の領地は細分化し、その地から上がってくる収益はやせ細る。

 しかし、貴族家が必要とする予算上の必要額は大して変わらない。

 つまりは、構造的な欠陥を抱えたままと言うことだった。


「各領主の財務状況を調査し、借財が平均より上にある領主は子爵への降格を命ずる。一門も同じだ。これにより各個人の所領を拡大し、財務状況を改善する」


 地方領主を大幅に整理し、伯爵では無く一代貴族である子爵へと降格する。

 この苛烈とも言える処分は、逆に言えば肥大化を防ぐ最終手段だった。


「公爵家などの衛星貴族から分離独立し、新たな家を興す事は原則禁止としよう。現在ある侯爵家や伯爵家の家督は長子に相続を認め、それ以外はすべて一律子爵とする。そして……」


 顎をさすりながら考えるカリオンは、テーブルの上を見ながら思案した。


「……うん。そうだな。それ以外の者が家を興す事は原則禁止とし、どうしても家を興したい時は後継ぎのない家から権利を買うか、跡継ぎの無い家に養子に入る場合のみに限定しよう。例外は認めない」


 それは、貴族と言う権威の商品化に他ならない。

 だが、長い人生の中で男子を5人も6人も設ける貴族は余りに多い。

 伯爵家など財政的に弱いところならば、最初から長男だけが家を継いでいた。


 しかし、侯爵などの場合は長子以外が伯爵家を興すのが普通なのだ。

 それ故だろうか、現在のル・ガルでは伯爵家だけで1000を越える数だ。

 全てが領地を持ち経営出来れば良いのだが、財政基盤の弱いところが大半だ。


 そんな状況では、貴族文化の華やかな夜会などが重荷になるのだ。

 ただ、貴族は見栄を張らねばならないため、どうしたって金を使う。

 その結果がホザンの暴走だった。


「正直に言えば、状況がこれで完璧に改善されるとは思えない。まだまだ試行錯誤を重ね、より良い制度にせねばならない。ただ、他国多種族による土地の黙占化は看過できぬ問題だ。従って、土地収用法は月末までに公開しようと思う。各員はその準備を強力に進めてくれ」


 カリオンの指示に全員が『御意』を返した。

 もはや一刻の猶予も無い事態なのだ。


「……陛下。まずは各商人に対する査察から始めてはいかがでしょうか?」


 税を預かるジノがそう言った。平たく言えばインチキ防止と言うことだ。

 各土地から上がる収益と、それに基づいて算定される税に付いてを査察する。


 どうしたってお人好しで性善説が主である油断の多い種族なのだ。

 故に、四面四角で遊びの無い厳格さを併せ持つ官僚主義で圧し包むのが良い。

 それにより、インチキしている商人にまずは圧力を掛けるのだ。


 そして、それをすれば全体像の把握も進むはず……


「そうだな。それで出来れば商人たちから文句が出る形が望ましいな」


 カリオンもそれに肯定的な反応を返す。

 その後も次々と手順考察が行なわれ、地方救済政策が始まる事になった。

 少しでも改善される事を願う、カリオンなりの配慮だった。


 ただ、その一手が未来を大きく変えてしまう事は、誰も予測出来なかった。

 ル・ガルとカリオンの運命が悪化の一途を辿る事など、知る由も無かった……




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