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国家を蝕む敵の正体 01


「……陛下。お茶を煎れてきましたよ」


 銀のトレーに載ったティーカップへお茶を注ぎつつ、ウォークは静かに言った。

 王の執務室ではカリオンが鬼の形相で報告書を眺めていた。

 そこに書かれているのは、夢の中でリリスが尋問した結果のまとめだ。


 リリスは既に『次元の魔女』と呼ばれるレベルへ至っている。

 そんな彼女の魔力は、死者の魂を拘束してしまう所まで来ていた。


 大陸中の龍脈を流れる膨大な力。

 異なる世界線の中では『オド』や『マナ』と呼ばれるものをリリスは扱うのだ。

 そしてその結果、神の定めた摂理へ一定の干渉を行えるにまでなっていた。


「すまんな……」


 目頭をグリグリと押しながら、カリオンは溜息をこぼした。

 その報告書にまとめられた名前は、実に200名を越える数だった。


 地方領主である伯爵を中心に、文字通り火の車な財政の貴族が多い。

 王府統計局による最も新しい資料を当たれば、その借財率は500%を越えた。


「事実上、商人の土地と化している訳ですね」

「そうだな……」


 必要な予算に対し、収入が足らぬ場合に取れる手は2つ。

 緊縮財政を行って収入に見合う形にするか、若しくは必要な分を借金するか。

 返すアテの無い借金をするなら、それは何かの担保が要る。


 多くの地方領主はそこに自らの所領を当てた。

 その地を自由に使って良いと言う許可証を発行するのだ。


 独占使用を認められた商人は、その地で商いを行う。

 そこから上がる税は借金と相殺される形にするのだ。

 結果、莫大な借財をこさえることになり、領主は疲弊し始める。


 だが、本当に問題なのはそこでは無い。

 資金を持つ商人が地方や辺境地域にジンワリと浸透し始めた。

 イヌだけで無く様々な種族が入り込んだのだ。


 そしてそこには、不倶戴天とも言うべきネコの商人が姿を見せていた。

 言うなれば、ル・ガル独立前夜の状況に戻りつつある。

 ネコの商人が資金を持って入り込み、イヌを奴隷の様に使うのだった。


「不平不満が溜まるのも……致し方ないですね」

「あぁ。全くだ――」


 この問題の解決は、実際には一筋縄ではいかないだろう。

 借金無しで所領を運営できている貴族は驚く程少ない。


「――この状況を誰も把握していなかったと言うのが……最も信じられないがな」


 優秀な官僚機構を持つル・ガルとは言え、その能力には自ずと限界がある。

 中央と地方を結ぶ情報通信手段は、人が動くか文書のやり取りか……だ。

 つまり、地方領を巡回する査察員に正確な報告が上がるのは稀と言う事。


 地方領主や辺境貴族が最も恐れるのは、管理不行き届きによる処分だ。

 領地が疲弊し財政が悪化の一途と報告を上げるわけには行かないのだろう。

 領民の困窮や絶望的な財政状況は、どんな手を使ってでも隠さねばならない。


 そして、査察の時だけ取り繕う為に、更に借金を重ねる。

 泥沼のスパイラルに陥り、自力での再建が出来ないのだった。


「どうしたもんだろうな……」


 もう一度溜息をこぼし、カリオンはお茶を喉に通した。

 財政を預かる主計局からは、徳政令という話が出ていた。


 全ての商人に対し、借金の無効を通達し、地方の疲弊を防ぐのだ。

 一方的に不利益を被る商人には、その分の赤字を3年間持ち越す事を認める。

 3年先までの納税において、特別に欠損を認めると言うのだ。


「徳政令では国家が破綻しますね」

「あぁ。とてもじゃないが耐えきれぬ」


 そうなのだ。

 徳政令による赤字の補填として、事実上3年間の無税という特権を認めるのだ。

 これを耐える為に、4年目から一気に増税せねばならない。


 ただ、その増税は諸刃の剣だ。人心が離れ国家争乱の温床となりかねない。


「……見殺しにする訳には行かぬ」

「ですが、他に選択肢はありませんね」


 ウォークも悲痛な言葉を漏らす。

 現実にはどうしようも無い程に絶望的な赤字なのだ。


「こうなると、貴族同士の決闘も合理的な話に思えてきます」

「あぁ。実は俺もそう思っている」


 地方貴族同士が決闘で賭けるのは自らの所領だった。

 領地支配権を賭け、双方が本気の殺し合いを行う。

 買った方は負けた方から領地を収奪する。


 そして、その土地を担保にしていた商人から土地をはぎ取るのだ。

 元々の領主は死んでいるので、商人は文句を言う相手がいない。

 つまり、泣き寝入りするしか無い事になり、商人は貴族を応援するようになる。


 ただ、それをもっと俯瞰的に眺めたなら、いたる結論は変わってくる。

 究極的に言ってしまえば、増えすぎた貴族家の淘汰が始まっているのだった。











 ――――――――帝國歴392年 1月 11日 昼下がり

           ガルディブルク城 太陽王執務室











 実は、カリオンもウォークも、状況の解決策として同じ事を思っていた。

 ただそれは、ある意味では決して口に出来ない最終手段と言える事だった。


 ――――謀反の疑いがある貴族家の全てに廃嫡を命ずる


 つまり、当代でその貴族家を断絶させるのだ。

 結果、その貴族の領地は世代交代が不可能となり、領地は国に返納される。

 廃嫡した次世代は国軍へ収容し、希望するものは即時に領地没収を行うのだ。


 この結果、投資だと思って金を貸していた商人は、全て失う事に成る。

 そんな商人をどうするかと言えば、最終的には泣き寝入りさせるしかない。


 だが、それをしてしまえば、ル・ガルは周辺国家からの信用を失いかねない。

 なぜならそれは、カリオンの夢であった諸国王会議への障害になるからだ。

 その夢を実現させる為には、まずは複数種族間における信頼関係が必要だった。


 安心と信頼を構築する為、カリオンはル・ガルへの投資を呼びかけていた。

 ル・ガルに係われば儲かる。故に、戦よりも利益の方が大事。

 そんな事を周辺種族が思うようになれば、戦は自然と無くなるだろう。


 長期的なロードマップで示された手順の第1段階は、ある意味順調だったのだ。


「商人が申告する税について調査したらどうだろうか」


 ボソリと呟いたカリオンの言葉は、人を疑う猜疑心の発露だった。

 商人が利益を少な目に計算し、税を低く算出して借金返済を少なくする。

 場合によっては利息分程度に削り、元本となる部分に一切手をつけない。


 これにより地方領主である伯爵階級は本気で飢える事になる。

 そして、その領地からの収益を宛にしていた侯爵が困窮する。

 つまり、ジワジワと国家が痩せ細っていくのだ。


「こうなるとホザンさまの言われた事に一定の説得力が生まれますね」

「……あぁ」


 ため息と共に頷くカリオンは、ホザンが繰り返し言った言葉を思い出す。。


 ――――国を蝕む寄生虫だ!



「とにかく急いで対策を取らねば、今期の収穫に響きますね」


 午後の閣議を前にウォークはその懸念を口にした。

 最終的にその泥を被るのは国民だ。


 商人は貴族から担保にとった土地の農作物を換金し、借金の相殺を行う。

 そのさじ加減は貴族の手から商人へと渡ってしまっているのだ。

 法による支配と管理が無い世界の悲劇と言ってしまえばそれまで。


 だが、生きている限りは飯を食わねばならない。

 勤勉で実直なイヌの農夫は莫大な穀物を生産していた。

 その収穫物が商人の手に直接納まり、ル・ガルの外へと流出してゆく。


 農夫の口に入らなくなったならば、それ自体が国家を蝕む病巣となろう。

 そして、最終的に恨まれるのは王自身だ。


「……不本意ではあるが、閣僚ら全てにこれを公開する」


 カリオンは決断した。

 父ゼルがそうであったように、1人より3人、3人より100人。

 そして最終的には国民全てが考えれば良い。


 思考を積み重ねる分母が多ければ、アイデアが浮かぶ可能性も高いのだ。


「そうですね。知恵ある者の意見を聞きましょう」


 ウォークもそれに賛同した。

 黙って視線を交わし、カリオンは首肯する。


 午後の閣議には農務行政や商務行政に関わる関係者が全員出席する。

 なんとか良い案が出る事を祈るしかない。


 そして同時に、己の不明さをカリオンは恥じた。

 貴族の鉢植化政策が招いた弊害は、ここまで悪化するまで気がつかなかった。


 一歩間違えれば、国家崩壊そのものに至る可能性を孕んでいたのだがら。


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