討伐1
~承前
――いったいどうしろって言うんだ……
中央通を馬で走るジョニーは、忌々しげに振り返った。
ホザンだった巨大なバケモノは、地響きを立てて通りを歩いた。
王都の市民が悲鳴を上げて逃げまどう中、国軍兵士は市民の誘導に当った。
「市民は島外へ避難させろ! 動けぬ者は担いでいけ!」
ジョニーは馬で走り回りながら国軍を指揮している。
ややあってそこにドレイクが加わった。
同じように馬上にあって、ジョニーに接近してきた。
「ジョニー! アレはなんだ!」
その問いに対し、ジョニーは事態を要約して説明する。
その話を聞いていたドレイクは、レオン家の内情を思った。
「そんな訳であいつは間違いなく王城へ行く」
「だろうな。何とかしよう」
ドレイクはジョニーと別れ、城への最短経路を通った。
まずは王へ報告をあげ、裁可を貰う必要がある。
バケモノになったとはいえ、レオン家に連なる者なのだ。
そんな貴族を王の許し無く討ったとあれば、後に問題となるのだ。
「どうしたもんか……」
ボソリとこぼしつつ中央通りをジョニーは駆けた。
それほど距離の無い通りゆえに、その視界にはインカルウシが見えた。
王城によじ登ろうとするだろうが、その対処はどうにもならない。
そも、人の大きさと比べれば、あのバケモノは常識外れも良いところだ。
「大隊長閣下!」
自らの思考に陥っていたジョニーだが、その声で現実へと引き戻された。
ジョニーを呼んだのは、名も知らぬ下士官だった。
「どうした!」
「魔導院からこちらで対処するので場を空けて欲しいとの事です」
一瞬だけジョニーは迷った。
国軍騎兵が魔導院の指示で折れるわけには行かないのだ。
だが、冷静に考えれば国軍では対処のしようがない。
或いは、夥しい犠牲を払って地面へ組み伏せ、徹底的に切り裂けば死ぬだろう。
しかしながら、それに至る過程での犠牲者は考えるまでも無かった。
「……君はどう思うか?」
「魔法が役に立つんなら、それしかないんじゃないですか」
「……はっきり言うな。けどまぁ、仕方がねぇ」
ジョニーは足を止め馬を返した。
ハァハァと荒い息を吐く馬は、街角の防火用水に流れる水路の水を飲んだ。
このガルディアラの街は、上流から下流に向かい、幾つもの水路がある。
防火用水だったり上水道代わりだったりするものだが、馬だってあり難いのだ。
「……魔導院の連中に承知と伝えてくれ」
「ヤヴォール!」
了解の返答と共に下士官は馬で駆けて行った。
彼ら下士官達の自己犠牲の精神が軍を支えているのだった。
「野郎ども! 中央通りを空けろ!城まで一直線の間で邪魔にはいるな!」
ジョニーはそう下令し、同時に城へと走った。
剣や槍で戦う優雅な戦闘は終りを告げたのだと思っていた……
■ ■ ■
「準備はどうだ?」
ガルディブルク城のバルコニーでは、カリオンとウィルが様子を見ていた。
カリオンは帯剣しており、ウィルはローブ姿だ。
「いつでもいけます」
「宜しい。ならば遠慮なくやってくれ」
短く『畏まりました』と返答し、ウィルは愛用のワンドを構えた。
始祖帝ノーリの頃から存在する尾頭の三賢者の1人。
キツネのマダラな男は、空に向かってワンドをかさした。
「出来る事ならこんな事はしたくないんだが……」
ボソリと呟いたウィルは、小声で何かを詠唱した。
それは、魔導師や魔術師とは根本的に異なる技術体系だった。
よき隣人と呼ぶ、この世の理では計れない存在たち。
そんな彼らに強力を仰ぎ、人の力では為し得ぬ奇跡を起こす。
「……落ちよ」
フッとワンドを振った瞬間、耳を劈く大音声が街に響いた。
通常ではありえない事が目の前で起き、流石のカリオンも混乱した。
建物よりも低いところへ雷が落ちたのだ。
科学的な観測が出来なくとも、経験則で人は皆知っていた。
雷は発雷点から一番近い地上に落ちると。
そして、空中にある発雷点から一番近いのは、背の高い建物などだ。
つまり、雷は高い建物に落ちるのが普通。
だが、あのバケモノは建物と建物の間、その他に間に落ちたのだ。
雷の着地点をコントロールする技術。それこそが魔法だった。
「どう?」
「撃たれ強いですね」
雷の直撃を受け、バケモノは足を止めていた。
その全身から紫煙をあげ、強力な電流で身を焼いたらしい。
しかし、一撃で絶命し得なかったらしく、10分ほどで動き出した。
真っ直ぐに王城へ向かって進んでくるのだ。
「やれやれ……」
ウィルは再びワンドをかざし、手短な詠唱を行なった。
雲ひとつない筈の王都上空からパリパリと音が響き始めた。
「今度は強力ですよ」
左手をグッと伸ばしてバケモノを捉え、ワンドを振り下ろした。
先ほどとはうって変わって強力な一撃が御見舞いされた。
バケモノに雷が当った瞬間、周囲の建物にあった戸板が一斉に壊れた。
金の掛かった建物では、かなり高価な代物であるガラスが割れた。
平均的な市民の収入では、建物の窓全てにガラスを嵌めるなど出来ないものだ。
そんなガラスが次々に砕け散り、カリオンは眉根を寄せていた。
――あとで文句が来るな……
余りの眩さに目を逸らしていたが、改めてバケモノを見れば直撃らしい。
全身が黒煙を上げていて、片膝をついたまま動いていなかった。
「とどめです」
ウィルの背が大きく伸びたような錯覚だった。
カリオンは思わず我が目を疑った。
ワンドを持つウィルの手がまるでバケモノの様に大きくなったのだ。
そして、大きく平べったいその手は、バケモノを叩き潰すように振られた。
簡易的なジェスチャーと詠唱。そのふたつが導いた、よき隣人の働き。
カリオンは思わず『ワッ!』と声を漏らした。
凄まじい大音響に耳が馬鹿になった。
「なんだこれは……」
全身の毛が逆立ったようにピリピリとする。
数十億ボルト、数十万アンペアの瞬間最大出力となる一撃だ。
最初の雷は純粋にウィルの魔力で起こしたもの。
2回目はよき隣人が真似して起こしたもの。
そして今回は、その良き隣人がウィルと共同して起こしたもの。
神の摂理にある落雷のメカニズム。
そのものが発動したのだ。
「え?」
カリオンは短く呟いた。
ズドンともドカンとも突かない音が響いた。
それは、狙った場所へ意図的に落雷させる技術だ。
ただ、前回や前々回と違い、今回は自然放電による天然雷。
その威力は良き隣人や魔導ではおこし得ない威力だった。
「……これは酷いな」
着雷の衝撃で周辺の建物が崩れた。
石を積上げた五階建ての建築物が、ガラガラと音を立てて崩れた。
通りの石畳は大きくえぐれ、土が見えていた。
雷が着弾したところの石は溶けていて、その瞬間的な威力を皆が知った。
そして……
「さすがに効いたようですね」
ホザンのなれの果てのバケモノは、全身から黒い体液を漏らしていた。
大きくユラユラと揺れながら、前に斃れた。
ズンッ!と地響きを立て倒れ、苦しそうにウゾウゾと動いている。
ただ、この一撃を持ってしても絶命していないらしい。
まるでのた打ち回るようなその姿に、ウィルは顔をしかめた。
「信じられませんね。これは砦攻めなどに使う技なんですが」
首を振りながら驚きを露わにしたウィル。
バケモノは相変わらず、ウゾウゾと動いていた。
「さて、どうしたものか……」
ボソリと呟いたカリオン。
そんな問いに答えたのは、女の声だった。
「決まってるじゃないか。攻めきって殺すしかないよ」
驚いて声の主を探したカリオン。
その声の主は、久しぶりに魔導院から出てきたセンリだった。