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謀反7

~承前






 ――マジか……


 ブルの手が何かを捉えたのだが、それはエリクサーの小瓶ではなく絶望だった。

 小瓶は完全に粉砕され、エリクサーは零れ落ちていた。


 回復への見込みを立たれ、立ち上がることすら出来ない状況だ。

 ブルは己が人生の黄昏を知った。ついてない人生だったと苦笑いだ。


 ――クソッ!


 まだやり残した事はたくさんある。

 責任を取って自決した父ジョージの名誉を回復せねばならない。

 そして、スペンサー主家から、一門復帰の許しを貰わねばならない。


 どれ程にそれが形式的な事であっても、スペンサー家からは勘当されている。

 それは、貴族社会の中にあって絶望的に不名誉な事だった。


 ――父上……


 立ち上がらねばならない。ここで死んではならない。

 まだ嫁をとってないし後を継ぐ子供も居ない。

 自分に課せられた役目の多さに眩暈を覚えるが、それでも……だ。


「おぃ! ブル! バカヤロウ! 早く動け!」


 唐突に聞き覚えのある声が聞こえた。

 辺りをキョロキョロを見回したとき、そこにジョニーの姿を見つけた。

 あのビッグストン時代に何度も嫉妬した男だ。


 自分に目を掛けてくれるカリオンの向こうを張る秀才。

 大家レオン一門の跡取り息子で、ガルディブルク一番の無頼。

 何より、自分自身が命を捧げると誓った太陽王の友人だ。


「意地を張れ! 今そこへ行く!」


 ジョニーは馬上にあって槍をかざし『突入!』を叫んだ。

 国軍騎兵が重層となって覚醒者に切り込んで行った。


 前列の数名が棍棒の一撃を喰らったのだが、上手に身を交わして受け流した。

 そしてその後ろに居た者達が次々と槍を叩き込んでいた。


 槍とは斬るのではなく突き刺す為の武器。

 だが、強靭な肉体を持つ覚醒者相手なら、斬るよりも突く方が効果が高い。


「オォォォォォォォォッ!!!!」


 雄たけびを上げながら、ジョニーは最大速力で突っ込んだ。

 長く鋭い槍が覚醒者を貫き、一撃で心臓を止めた。

 正確無比なその一撃を受けた覚醒者は、一瞬動きを止めた。


 無敵の戦闘能力を誇る覚醒者たちに隠された唯一の弱点。

 それは、正確に心臓を狙い、一撃に貫いてしまう事だった。


 心臓を一思いに貫けば、どんな生物だって即死だろう。

 エリクサーを飲む時間的余地があれば良いが、普通は考えられない事だ。


「距離を取れ! 迂闊に接近するな!」


 ジョニーはこれまで散々と、覚醒者との戦闘を研究してきた。

 覚醒者の力は強く、耐久力も凄まじく、なにより凶暴だ。


 だが、生物である以上は痛みを感じるし、連続攻撃には弱い。

 故にジョニーは数々のシミュレーションを経てひとつの結論を確信していた。


 導き出された対覚醒者戦闘における最適解はアウトレンジ戦法だ。


 攻め手をグループ化し、複数を連動せしめて背後を突く。

 そして、攻撃回数を重ねて疲労を誘い、その油断に乗じて心臓を一突きだ。

 弓矢による攻撃が牽制しか意味を成さない以上、最後の一撃はこれしかない。


「各班は連動に注意しろ!」


 覚醒者の一部は建物の中へ陣取り、ホザンの前に立ちはだかった。

 そして、その手にしていた棍棒で親衛隊剣士を打ち据えている。


 巨大な腕から繰り出される一撃は、甲冑をまとう騎士ですらも一撃で絶命する。

 振り下ろしならば躱せるが、踏み込んだ時に繰り出されるなぎ払いは厄介だ。

 まともに受けてしまった騎士は壁まで吹き飛ばされ、即死状態だった。


「くそっ!」


 ジョニーは悪態をつきつつ馬を飛び降り、ブルへと駆け寄った。

 そして、蹲ったまま動けないその口へ、問答無用でエリクサーを流し込む。


 ブルはバタバタと痙攣を起こし、その直後に酷い臭いのするモノを吐き出した。

 赤とも黒と持つか無いそれは、エリクサーを飲み込むと起きる好転反応だ。


「大丈夫か!」

「……すまない。油断した」

「生きてりゃ良いさ。エディが頭抱えなくて済む」


 ジョニーはブルの背をポンと叩くと、再び愛馬へと跨った。


「ヴァルター! 外の方はこっちで片付ける!」

「応!」


 まともに言葉を理解し得ない覚醒者は、手にしている棍棒を振り回していた。

 その軌道を読みきり、ジョニーは素早く馬で駆け寄っては槍で突いていた。


 そのスタンスと一撃を入れるタイミングは、言葉ではなく訓練の賜物だ。

 国軍騎兵は慎重な対処を心掛けつつ、2体目の覚醒者を絶命せしめた。


 ――妙だな……


 ふと、ジョニーはそんな違和感を持った。

 地元メチーナの街で対峙した覚醒者はもっと手強かった。

 剣でも槍でもそう簡単には対処出来ない存在だった筈だ。


 ――弱い……な


 実際に戦ったからこそ解る妙な弱さ。ジョニーはその実を掴み損ねていた。

 ただ、戦闘中だと言うのに意識が一瞬先頭から離れたその時、異変が起きた。


「大隊長閣下!」


 麾下に居た騎兵の一人が悲鳴染みた声を上げた。

『どうした!』と声を上げつつ、ジョニーはその場へと急ぐ。


 だが、そこで見たシーンはジョニーですらも言葉を失った。

 そこに斃れていたのは、国軍でもイヌでもなく、ヒトの子供だった。


 ――え?

 ――まさか……


 そこに転がっていたのは、まだ歳はも行かない子供だった。

 人の子供の歳は良く分からないが、それでもいいとこ5歳かそこら。

 幼児と言うには大きく、少年と言うには幼い。そんな歳だ。


 ――要するに……

 ――まだ成長前か!


 ジョニーの胸のウチに、フツフツと怒りがこみ上げてきた。

 あの王の秘薬を使い、ヒトの女に産ませたのかも知れない。


 そんな子供をどうやって躾したのかは解らない。

 だが、明確にホザンの命令だけ聞くようにしてあるのだろう。


 ――あのタヌキオヤジがヒトの女に手を付けたのか?


 出来るものなら助けてやりたい。

 茅街に出入りするようになったジョニーは率直にそう思う。


 だが、現実的にはもはやどうしようもない。

 そう諦めたジョニーは、馬を走らせたまま距離を取った。

 そして、クルリと反転すると馬を速歩から全力へと加速させた。


「くたばれ!」


 騎兵の腕力と馬の持つ速力。

 その双方が連動し、強烈な一撃となって覚醒者の心臓を打ち抜く。


 槍を突き立てられた覚醒者は、血を吐きながら斃れた。

 それを見ていた騎兵達は、同じように波状攻撃を繰り返し始めた。

 ジョニーが出来るのだから誰にだって出来る。


 重要な点は強烈な一撃を貰わない事。

 そして、タイミングを計ることだ。


「無理に突っ込むな! やばいと思ったら離れろ!」


 騎兵の持つ機動力だからこそ出来る高速機動戦。

 四方八方から飛び込んでくる騎兵に、さしもの覚醒者もパニック状態だ。

 そんな状態で次々と襲い掛かれば、最後は地力で騎兵が有利なのかも知れない。


 ただ、そんな過信と油断は、すぐに犠牲と言う形で現れる。

 店の外で暴れていた覚醒者へ一斉に飛び込んだ騎兵は、一度に3人が絶命した。

 棍棒ではなく巨大な剣を持つ覚醒者は、丸太を切るように騎士を斬った。


 ――くそっ!


 内心でそう呟き、ジョニーは奥歯をグッと噛んだ。

 このワンシーンもカリオンが見て居るはずだと思って居るのだ。

 全てが終った後になって、犠牲が出た事をチクチクとやられかねない。


 つまり、何がなんでもここは方をつける必要がある。


「ソレイ・ロ・リルラ・レ……」


 ブツブツと何かを詠唱し始めたジョニー。

 それと同時、手にしていた槍の穂先が鈍く光り始めた。

 ミスリルと、或いは、異なる世界ではオリハルコンと呼ばれる真銀の穂先だ。


 その光が眩いほどになった時、ジョニーは槍を一気に降りぬいた。

 穂先に溜まった光は礫の様に飛んで行き、覚醒者の胸を貫いた。

 それが契機となり、形勢は一気に逆転する。


 店の外に居た覚醒者は次々に討ち取られ、その場に斃れて果てた。

 同じ頃、店内に居た覚醒者たちは手立ての剣士により切り刻まれ果てたようだ。


 その姿を見ていたジョニーは小さく舌打ちし、溜息と共に片膝を付く。

 ジョニーは覚醒者の果てた死体を拾い上げるとレガルドの所に向かった。

 鬼の形相で槍を持ったまま、ヒトの子供の姿をした死体だった。


「なぁホザンの伯父貴よぉ。こりゃ一体どう言う事だ?」


 矢に突き刺され壁に張り付いたままのホザンはプイッとそっぽを向いた。

 狼狽している様がアリアリと見て取れるその姿に、ジョニーは沸騰した。


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