謀反6
~承前
息を呑んで様子を伺っているカリオンとウィル。
だが、カリオンの背中がジリジリと焦げたようになっていた。
「……まさかとは思いますが」
「あぁ。そうだな。覚醒者を武装させるって発想はなかった」
ウィルの言葉に生返事を返したカリオン。
――マズイ……
――マズイぞ……
何の根拠も無い事だが、それでもカリオンは焦っていた。
間違いなく大変な事になると思っていた。
「ウィル。近隣に展開している検非違使を集合させよう」
「……正気ですか?」
「もちろんだ」
城下で覚醒者同士の戦闘を行なう。
それが意味するところを思えば、正気の沙汰とは思えない話だ。
何のためにここまで秘匿に秘匿を重ねてきたのか。
その努力が全部無駄になりかねない……
「陛下。イワオとコトリの2人を撤収させましょう。そして、国軍を出動させ、レガルド卿の覚醒者と戦闘させるのです」
ウィルは真面目な顔になって言った。
つまり、同士討ちをさせようと言う事だ。
「……バカな」
「いえ、それが最善手です。市民に反王権派の非道を植え込むのです」
「…………………………」
カリオンは黙ってウィルを見ていた。
その脳裏に様々な事を考えながら、それでも必死に整理を試みた。
あのルチアーノの件に関わってからと言うもの、正直碌な事がない。
そろそろここらで建て直しを図るのが良いだろうは思っているのだが……
「全ての案件をホザンになすり付けると言うことか」
「然様です。反王権派がル・ガル国民の敵にならねばいけません」
流石のカリオンもこれには即答出来なかった。
ただ、言っている事は理解できるし、実際にはそれしかない。
軍の粛清を行なうなら、それ相応の大義名分が要るのだ。
「……ジョージの犠牲が無駄にならねば良いが」
「ここからどう選択して行くかに掛かっていますね」
「……修羅の道か」
「えぇ……」
カリオンは目を閉じて意識を集中した。
夢中術の応用は、眠っていなくとも意思を伝える事を可能にする。
ただしそれは、言葉やイメージや、明瞭な意識の交換ではない。
――コトリ……
――コトリ……
――イワオをつれて城へ戻れ……
――足跡を残さずに撤収しろ……
血の繋がる兄妹だけに、カリオンの念はコトリには良く伝わる。
水晶玉越しに見えている店内では、白い毛並みのコトリが動き出した。
「良いようですな」
「後はブルの出番だ」
手近な者を呼び寄せ、ブルに出動を命じたカリオン。
水晶玉の中に見えるコトリとイワオは、ウォークと共に撤収した。
ややあってブル率いる城下警邏隊と近衛師団騎士が店内へと突入する。
壁に矢で止められたホザンを横目に、ブルは辺りを確かめた。
イワオとコトリの仕業による覚醒者の死体が転がっているのだが……
「ブルも面食らっているな」
「彼にも検非違使を教える時期ですかね」
「……ブルが上手く振舞えるとは思えないがな」
クククと苦笑しているカリオンだが、半分は本音だ。
どこかオツムの弱いブルの場合、何をやっても顔に出てしまう。
ゆえに、弥縫策を繰り返している現状では、踊ってもらう方が良いのだ。
狂言回しの役者としてブルを上手く操り、世間一般へのアピールを図る。
それにより、軍の粛清をスムーズに進めた方が得策だろう……
「そろそろレガルド邸からの工作員が到着しますね」
「国軍の方はどうなっている?」
「こちらもそろそろです」
「そうか」
郊外の駐屯地を出た騎兵の集団は、王都ガルディブルクを駆け抜けていた。
騎兵たちの先頭にいるのはジョニーらしく、愛用の槍を抱えていた。
「上手くやって欲しいな」
カリオンはそれだけを祈っていた。
■ ■ ■
「……レガルド卿!」
カリオンの命を受け、場内にいた親衛隊騎士を引き連れてきたブル。
彼はその一言を言うと、その惨状にただただ立ち尽くした。
一時的に感情が抜けてしまうのはブルの悪い癖だった。
一度に沢山の事態へ対処しようとすると、思考がハングアップしてしまう。
いわゆる『テンパッた』状態になるのだが、こうなると自力対処が出来ない。
誰かに声を掛けて貰って思考をリセットするか、若しくは物理的な痛みが要る。
――どうしよう
――どうしよう
――どうしよう
――どうしよう
――どうしよう……
――――隊長!
黒尽くめの親衛隊騎士がブルに声を掛けた。
太陽王親衛隊所属の抜刀隊筆頭騎士、ヴァルターだった。
「警邏隊は周辺を捜索しろ。賊が潜んでいる可能性がある。それと医療班を呼びホザン殿を収容するんだ。抜刀隊はこの死体を屋外へ運び出せ。検分せねば……」
ビッグストンで鍛えられただけに、動き出せば早い。
詰めの甘さが気になるが、それは各隊員のアドリブ範囲が広い事の裏返しだ。
全員が一斉に動き出す中、ブルはレガルド卿へと歩み寄った。
ごく普通の木で作られた矢だが、その矢尻を石壁に突き刺すとは……
「卿は何と戦ったんですか?」
足下に大量の血溜まりを造り、ホザンは痛みと屈辱に呻いていた。
ただ、自分が何をしたのかは解っているのだから、口を割る事は出来ない。
「バケモノが…… バケモノが……」
レガルドの呟きに『ばけもの?』と裏返った声を漏らしたブル。
その刹那、建物の外から絶叫と悲鳴のカクテルな声が響いた。
何事か?とブルは走り、店の外を見た。
そして再び、思考がハングアップした。
――――――――……………………え?
そこにいたのは巨大なバケモノだった。
人の背を優に越した見上げるようなバケモノの集団。
その全てが棍棒や太刀を持って武装している。
「全員距離を取れ! 無茶をするな! 応援を呼ぶんだ!」
ブルは矢継ぎ早に指示を出し、それと同時に自分も剣を抜いた。
亡き父ジョージ・スペンサーから受け継いだ剣だ。
その剣を構えたブルの姿は、寧猛な猛闘種そのものの姿だ。
「そなたは何者だ!」
誰何するブルの声に対し、覚醒者は棍棒のフルスイングで応えた。
猛烈な音を立てて振り抜かれた棍棒だが、動きが直線的な分だけ隙がある。
「話し合いは無駄か」
ブルは腰を落として一気に接近した。
手持ちの武装が総身のでかい代物なだけに、懐は弱いのだ。
振り上げ方向に剣を一閃させれば、握りの部分に嫌な感触が走る。
肉を裁ち腱を裂く一撃に、覚醒者は膝を付く。
「打たれ弱いな」
返す刀で上から振り下ろせば、その剣は覚醒者の右腕を切り落とした。
それほど頑丈では無いと気が付いたブルだが、逆に言えばそこまでだった。
「隊長!」
誰かが絶叫した。
ブルは思わず距離を取って覚醒者から離れた。
オープンスタンスになって次の一撃を入れようとした。
ただ、それは悪手だったとブルはすぐに気が付いた。
相手とのスタンスが広くなれば、覚醒者の一撃は威力を増す。
実際、覚醒者のフルスイングがブルを捕らえていた。
ブルは着込みのチェーンメイルにより即死こそ免れる。
だが、大量の血を吐きながら壁にすっ飛ばされた。
――やばい!
いくらブルでも自分の身が危ないのは良く解る。
咄嗟に懐をまさぐり、カリオンの下賜したエリクサーを探した。
視界の中に父ジョージが現れ、急げ急げとせかしていた。