謀反5
~承前
――なんだ?
高周波に耳をやられたイワオが辺りを見回したとき、店に何かが飛び込んだ。
最初はそれが何だか分からなかったのだが、ややあってすぐにそれが解った。
覚醒者だ。
全身に怒りの気配を漲らせる覚醒者が5人ほど飛び込んできたのだ。
「ウォークさま。御下がりを」
コトリは冷静な声音でそう言うと、全身にグッと力を漲らせた。
そんな彼女に覚醒者が飛び掛かるのだが、その動きは洗練され連動していた。
――手練……
コトリは瞬時にそれを見抜き、同時に一番近いところの覚醒者を叩き潰した。
グッと身体を沈め、鋭く踏み込んで絶命の一撃を入れる。
その戦い方は、全てリベラトーレが教え込んだものだ。
頭でも腹でもなく、胸の中央を狙って正拳を真正面から撃ち込んだ。
――よし……
その覚醒者は大量に血を吐きながら後方へとふっ飛んだ。
胸部の重要臓器全てを一撃で完全に機能不全に落としいれる一撃。
心臓震盪による循環器系へのダメージは、血管により全身を駆け巡る。
そしてその一撃の強さは、更なる破壊力を生む。
背中側へと打ち抜くように叩き込まれる一撃により背骨が完全に粉砕される。
こうなってしまうといくら覚醒者といえど立ち上がる事は難しい。
常人を大幅に超える耐久力と回復力を持つ覚醒者だが、死は免れないのだ。
「そっちを頼む」
「わかった」
イワオはホザンの前に立ちはだかった覚醒者三人を順繰りに叩き潰した。
真正面から真っ直ぐに叩きこまれる拳は、わかっていても避けられない。
常識では計れない速度の一撃を受け、覚醒者の1人は頭蓋を弾けさせた。
その脳漿を被った覚醒者は、地を這うような低い一撃を受け、天上まで飛んだ。
「そら、お次はこれだ」
イワオは天井から落ちてきたその覚醒者の足を掴んだ。
そして、遠慮する事無く力一杯に床へ叩きつけたのだ。
見ている誰もが言葉を失う陰惨な攻撃。
残る1人はどうする事も出来ず、ただただ、イワオの前に立つだけだった。
一般的に暴走状態となった覚醒者からは感情が消失する。
だが、明らかにこの覚醒者は恐慌状態だった。
圧倒的な実力差を前に、全能感が消失し恐慌状態に陥っていた。
「残りはお前だ」
右の手首をコキコキと左右へ振り、イワオはその拳を握り締めた。
巨石の如き一撃を打ち込めるその拳は、唸りを上げて襲い掛かった。
だが……
「あぶない!」
コトリが叫んだ。
打撃体勢にあったイワオはその拳を止め一歩下がった。
危険を叫んだ以上は何かあると思って良いはずだ。
辺りを見回したとき、店の外に立っていたのは国軍兵士だった。
そのどれもが矢を番えた弓を持ち、精一杯に引き絞っていた。
――え?
彼らは全て国軍の兵士だった。
ただし、その目は真っ赤に充血し、異常な眼差しになっていた。
「かまわん! やれっ!」
ガラガラになった声を出し、ホザンは叫んだ。
弓兵たちが一斉に矢を放つと、それらはイワオの身体に次々と突き刺さった。
咄嗟に目と耳を護ったイワオだが、次の瞬間には第2斉射が来た。
「いってぇ! チキショウ!」
カッとなったイワオが一歩踏み出そうとしたその瞬間、覚醒者が飛び掛った。
イワオの背後に回りこみ両腕を後ろから拘束して顔を護れないようにしたのだ。
どれ程に覚醒者が強くとも、やはり目や喉は急所だ。
そこに矢を受ければ、それは流石のイワオでも辛い事になる。
「はっ! 早く撃て!」
ホザンの声に悲鳴が混じった。
弓兵が矢を番え放とうとした瞬間、イワオはフンッ!と力を込めた。
羽交い絞め体勢だった覚醒者の両腕を掴み、イワオが両腕を締め上げた。
一体何が叫んだのだ?と誰もが思うような絶叫が響いた。
イワオの背にあった覚醒者は、その強烈な力により身体を左右へ引き裂かれた。
とんでもない絶叫をこぼした後、スッと人の姿に戻って絶命した。
だが……
「てめえら!」
イワオがカッとなった理由は別にあった。
引き絞られた弓は放つしかない。
20人近く居た弓兵は一斉に矢を放っていた。
だが、その矢は一本たりともイワオには届いていない。
咄嗟に身を晒したコトリの背にあたり、全て止められたのだ。
「フンッ!」
コトリが気合の入った声を発した。
何をしたのかと思えば、長くしなやかな尻尾をムチの様に振っていた。
強くしなったその尻尾は、弓兵の側頭部を強く叩いていた。
「大丈夫?」
「ちょっと痛い。それより……」
自分に矢が刺さって尚、コトリはイワオを心配した。
だが、そのイワオは怒り心頭の表情でコトリへと歩み寄って矢を抜いた。
緊張した筋肉により矢が抜けなくなる前に抜かねばならない。
慌てて幾本も抜いたイワオは、その矢を持ってホザンの前に立った。
「……楽に死ねると思うなよ」
首の付け根辺りを掴んだイワオは、そのままホザンを壁に打ち付けた。
そして、コトリから抜いた矢を使い、ホザンの肩を突き刺した。
肩関節のした辺りを貫通した矢は、背後の石壁に突き刺さってホザンを支えた。
両肩と両肘。そして両腿の辺り。
ホザンの身体を矢で突き刺し、まるで昆虫の標本状態にした。
「何とか言えコラ!」
デコピン状態の一撃をホザンに入れたのだが、それだけで脳震盪レベルだ。
背後の石壁に後頭部を叩きつけ、ホザンはケポッと血を吐いた。
その状態で凄みのある笑いを浮かべたホザンは、イワオを睨み付けていた。
「調子に乗るなよ……バケモノ……お前らが無敵じゃない事は知っているんだ」
■ ■ ■
「……いま、なんと言った?」
僅かに首を傾げたカリオンは、ウィルの水晶玉を覗き込んで言った。
聞き違いで無ければ、覚醒者の弱点を知っていると言ったようだ。
「無敵では無いと言った様ですね」
ウィルは軽い調子でそう言うが、内心では必死になって記憶の中を探していた。
少なくとも、あの秘薬から産まれた存在に弱点らしい弱点は無い。
カリオンを始め、イワオとコトリの2人には、本物の魔法薬の効果が出ている。
だとするなら、ホザンが口走った言葉の意味は単純だ。
カリオン政権下で造り出された秘薬の効果による覚醒者に弱点があるのだ。
それも、ウィルを始めとする王府魔導院の把握していない部分が……だ。
「何か思い当たるか?」
カリオンはきつい調子でウィルに尋ねた。
そんな言葉が出る事自体、カリオンも苛立っている証拠だった。
「いえ、思い浮かびませんね」
「……そうだろうな」
俺もだ……と、そう言外にこぼしたカリオンは、ジッと水晶玉を見た。
城下にあってホザンの顔を指で弾いているイワオは、その威力を増しつつある。
並の人間がやるなら問題はなくとも、今のイワオがそれをやれば大問題だ。
巨大な鈍器で殴打されるようなもので、実際、ホザンの顔は腫れ上がっている。
「城下はどうだ?」
「えぇ……」
ウィルは魔力操作を慎重に行い、城下周辺に目を光らせた。
するとどうだ。城下のアッパータウンにあるレガルド家の屋敷が騒がしい。
建物からは次々とヒトの姿をした何かが飛び出ていった。
5人6人と数えていき、総勢11名のヒトが城下の中心部へ向かった。
そして、その直後に屋敷の裏手を飛び出したのは、4頭立ての大型馬車だ。
その馬車は荷役用の平デッキタイプで、その荷台には何かが積まれていた。
ウィルは意識を集中し、その平台に何が乗っているのかを探る。
ややあってズームが効いてきたらしく、平台がアップになった。
そこにあったのは巨大な棍棒と、そして、大太刀だった。
ここまで検非違使の一門は、武装する事が無かった。
覚醒者の圧倒的な実力は、武装と言う概念を超越していたのだった。