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謀反2

~承前






「……ウィル」

「えぇ。これで良いのです。むしろ最初からこうするべきでした」


 ウィルの冷徹な言葉に、カリオンは短く『そうだな』と応えた。

 情報の封殺と言う面で見れば、むしろこれが最適解だったのだ。


 恐らくララの中にいるガルムはこれを考えたのだろう。

 自分自身の秘密とル・ガルの秘密を守ろうとしたのだろう。


 それは、まだ幼いと思っていたガルムの決断だった筈。


 カリオンはつくづくと、己の不明を恥じた。

 そして、水晶玉の向こうに見えたルチアーノの冥福を祈った。


「……生命の光が見えませんね」

「ひかり?」

「えぇ。水晶玉の中で生ける者は、死者よりも明るく見えるのです」


 ウィルはルチアーノの絶命を確認した。

 これで情報は封殺される。まずはそれに安堵した。


「……しかし、こうもあっさり死んでしまうと、なにか大切な事を見落としている気がするな。要するに少々不安だ」


 カリオンは慎重さを殊更に強調している。

 ただ、それとは別に事態の収拾を図らねばならない。


「全ては終わった後にしましょう。まずはこのレガルド卿を何とかせねば」

「そうだな――」


 怒れる姿で仁王立ちなホザンは、その巨躯を活からせていた。

 己の信念に殉ずるのだ……と、覚悟を決めた漢の顔だった


「――軍部にある反王権派の黒幕はホザンだろうか……」

「当人に聞くのが一番でしょう」


 ウィルは冷徹な官吏の声になってそう言った。

 ただ、口を割らせるにはそれなりに骨が折れるはず。


 凡そ人権なるモノのない世界では、尋問の手段は拷問と決まっている。

 素直にそれを言えば良し。言わぬなら気が変るまで殴るしかない。

 故に、尋問を受ける方は死ぬ覚悟を決める必要がある。


 情報を守るためならそれしかないのだ。

 例えそれがどれ程に修羅の道であっても、耐え切って死ぬしかない。


「仮にも侯爵だからな……」


 ボソリと呟いたカリオンは危惧していた。

 その手の内を知り尽くしているレガルドだけに、悲壮な覚悟を決めているはず。

 つまり、相当凄惨なシーンになる。それを見るコトリを思いやった。


 水晶玉の向こうでは、ウォークがホザンに呼びかけていた。




 ■ ■ ■




「ホザン様。一体どうされたのですか!」


 黒耀種の血統が色濃いウォークも、街中で見れば充分大柄な体格だ。

 だが、ホザン・レガルドは更に頭ひとつ大きい巨躯だった。


 それは、石工や鉱山労働者に重宝される巨岩種に匹敵するサイズだ。

 見上げるようなその身体からあふれ出る怒りの気配に誰もが後ずさる。


「お主をあのマダラにくれてやったのが間違いだった……」


 左手をクルリと回し、騎兵連隊特有の『集まれ』を発令したホザン。

 ルチアーノの死体を執拗に潰していた覚醒体が一斉にその周囲へ集まった。


「あのマダラは国を滅ぼす毒だ……」

「何を言っているのですか! 王はこれだけの実績を残されているのに」

「実績? 実績だと? バカを言え!」


 大音声を発し一喝したホザンは、今にも暴れ出しそうな程だ。

 手近にあった誰かの飲みかけのエールを飲み込むと、そのグラスを壁へ投げた。


「貴族は相次ぐ領地替えでやせ細り、戦の無くなった軍は煙たがれる存在だ。多くの貴族家は収入に困り果て、領地を掛けた決闘が相次いでいるでは無いか!」


 ……はぁ?


 ウォークはポカンとした顔でホザンを見た。

 このジジィは何を言っているんだ?と、そんな表情だ。


「この国を、ル・ガルを支えてきた貴族を蔑ろにし、護ってきた軍を不当に扱い、挙げ句に今度はこの者達だ! あのマダラは我々を滅ぼす気か!」


 ……あぁ


 これは駄目なパターンだと気が付き、ウォークは表情を変えた。

 グッと厳しさを増し、相手を打ち据える官僚の目になった。


「老いたのですね……ホザン様も」

「バカを申せ! ワシはますます意気軒昂じゃ!」


 たまたま手の触れた椅子も持ち上げ、まるで小石のように投げたホザン。

 壁に激突したその椅子は粉々に砕けて床に落ちた。


「ワシを含め、相当な人数が立ち上がる事になった! この国を! ル・ガルを建て直すのだ! あのマダラの小倅に何が出来ると言うのだ! この国を建て直すのは、ワシら貴族に他ならぬ!」


 勝手に盛り上がっているホザンは、拳を握り締め天を突いた。

 精神を病んだ者特有の濁った眼差しをウォークに向け、一方的に喚き続けた。


「ウォーク! 確かにあの小僧の手際は大したものだ! それは認めざるえん。だが、それはマダラの存在を認めてよいと言う事では無いのだ! マダラなどヒトと同じく亜人種に過ぎん! マダラも奴隷の一部だ!」


 長らくル・ガルに存在してきた根深い差別の病理。

 その根本がホザンの心にある事をウォークは知った。


「ましてやあの小僧はヒトの街を創りおった! ヒトとは奴隷の筆頭ぞ! 我らに使役され、役立つ事で生存を赦される者ぞ! それをどうだ! その奴隷相手に頭を下げねばならん事すらあるのだ! これが不条理でなくて、理不尽でなくてなんと言うのだ!」


 話を聞いていたウォークの表情に呆れきった蔑みが生まれた。

 何を話しても無駄だ……と、そう気が付いたのだ。


 それはヒトの世界でもあった魔女裁判の様に、最初の前提から違うのだ。

 話のスタートライン時点で、既に現実把握に齟齬がある。

 つまり、話し合うだけ無駄だと言う事だ。


「ウォーク! まだ間に合う! さぁ決断しろ! 我らと共にあの偽りの王と、マダラ風情が身の程もわきまえず王のフリをしている愚か者と戦え! これは全てのイヌの名誉……誇りの問題なのだ! ここでワシら古き血統を守るイヌが雑種以下のマダラに膝を屈することがあれば、始祖帝ノーリの理想とした、選ばれたイヌの楽園が未来永劫、汚辱に塗れまようぞ!」


 途中から腕を組んで話を聞いていたウォークは、薄笑いを浮かべホザンを見た。

 何を言っても無駄だと気が付いたとき、人間は本当に心底冷たい表情となる。


 太陽王の方腕としてル・ガルの中枢に関わり続けたウォークだ。

 気がつけばその顔には相手を打ち据えるような威を纏っていた。

 筋の通らぬ陳情を持ってくる地方領主を一喝する程度の威力はすでにあった。


「……で、言いたい事はそれだけですか?」

「なん……だと?」

「老われたのかと思ってましたが……ただの痴呆でしたか」


 はぁ……と盛大に溜息をこぼし、ウォークは呆れきった顔になった。


「あの荒地で……陛下と共に雌雄を決さんと掛けられたウィリアムさまも浮かばれませんね。王の理想に誰よりも共感されていたと言うのに、ホザン様がただの世間知らずだとは……」


 心底バカにするような口調のウォーク。

 だが、その口からウィリアムの名が出た瞬間、ホザンはスッと顔色が変わった。

 そして、例え誰であっても手が付けられぬほどに劇昂した。


「貴様がウィルの名を口にするな!」


 手近にあった椅子を摘まみあげ、ウォーク目掛けフルパワーで投げた。

 一歩足を引き、最小限の動きでそれをかわしたウォーク。

 だが、ホザンは怒り来るって喚き続けた。


「あぁ! ウィルよ! ワシの可愛いウィルよ! なぜワシを残して死んだ! お前は我がレガルド家を背負って裁つ存在だったのに……」


 大声で喚くように泣き出したホザンは、再び手近にあった椅子を投げた。

 その椅子はウォークへと飛んでいくが、その直前で何かに当たって落ちた。


 そこにいたのはイワオだった。


「……おぃ爺さん。勝手に盛り上がるのは良いが、そいつら、何処で拾った?」


 ホザンの周りに控える覚醒者を指差し、イワオは低い声でそう言った。

 冥府の底のような凍て付く波動が伝わってくるよう声だった。


「ヒト風情が貴族に口を利くとは! 躾がなっておらんな!」


 別の椅子を持ち上げたホザンはフルパワーで投げつける。

 だが、イワオは難なくそれをキャッチし、遠慮無く無げ返した。


 やや離れた所に落ちた椅子は、大きな音を立てて壊れた。

 その一部始終を見ていたイワオは、冷たい目でホザンを見ていた。


「ヒト如きが貴族に手を上げるとは何事だ!」


 ホザンは再びカッとなったらしく、右手を上げ『やれ』と指示を出した。

 すると、左右に控えていた覚醒体は一斉に動き出し、イワオに襲い掛かった。


「やれやれ……」


 パッと上着を脱ぎ捨てもろ肌を見せたイワオ。

 その身体に力が漲り、次の瞬間には覚醒体の姿になっていた。


 ヒッと短く悲鳴をこぼし、ホザンは一歩後ずさる。

 イワオの覚醒体は、ホザンの連れてきたそれらよりも頭ひとつ大きいのだ。


「口で言って聞けねぇなら手荒な事も仕方ねぇな……」


 イワオはグッと睨みを利かせ、辺りをねめ回した。

 その圧倒的な目力に、ホザンの手下にいる覚醒者が動きを止めた。

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