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黒幕


「行ったか?」


 王の庭で寛ぐカリオンは、ウォークにそう確認した。

 全快したルチアーノを王城へと呼び出したカリオンは、迷惑を掛けたと伝えた。


 ――――そっ……

 ――――そんな事ないです……


 緊張の余りに声が裏返ったルチアーノは、小刻みに震えていた。

 案外小心者だと思いつつ、それでもカリオンはジッとルチアーノを見た。


 ――あの子は余の息子の影武者だが

 ――君も知っての通り特殊な身の上でね……

 ――余も気を揉んでいるのだ


 言外に沈黙を求めるカリオンの言葉。

 それを聞いていたルチアーノは、今にも目を回しそうだった。


 普段から身に纏う威と凄の圧は、もう充分に太陽王のそれだった。

 かつて幼き日に見たシュサ帝のそれに匹敵する、文字通りの威力だ。


 ――――ら……

 ――――ララちゃん……

 ――――可愛いし気が効くし

 ――――でもまさか……


 どう表現して良いのか解らないルチアーノは動揺を隠しきれない様子だ。

 そんなルチアーノを手招きし、その手に直接金貨を握らせたカリオン。


 それはシュサ帝の作った100トゥン金貨では無く、カリオンの金貨だった。

 カリオンの横顔が陽刻された、100トゥン金貨だった。


 ――ここにこの金貨が10枚ほどある

 ――えらい目にあった君への……

 ――まぁお詫びのようなものだ

 ――好きに使って良い


 王自らに下賜された金貨は、まさか断るわけにもいかないだろう。

 震える手でそれを受け取ったルチアーノだが、カリオンはニヤリと笑った。


 ――そう緊張しなくとも良い

 ――ただひとつだけ忘れないで欲しい事がある

 ――あの子は特殊な境遇の中で必死に生きている

 ――そんな存在を傷つけるような事は控えて欲しい

 ――そしてね……


 グッと凄みを増した笑みでカリオンは言った。

 その表情は、無言で相手を殴るような斧の如しだった。


 ――余の息子は身を隠して大学に通っている

 ――姿形が似通っているので影武者を務めていたのだがね

 ――今回の件でそれも出来なくなった

 ――故に……


 カリオンの目がルチアーノを捉えた。

 笑みを浮かべる王の目は、実は全く笑っていなかった。

 そんな太陽王の姿に、ルチアーノは『ヒッ!』と息を呑んだ。


 ――あの子は故郷へ帰る事になった

 ――なかなか難しい生き方をする子なので余も気に掛けている

 ――どうかこの件は内密にして貰いたい

 ――それとも……

 ――もう誰かに喋ってしまったかね?


 全く笑っていない眼差しにグッと狂気の色が浮かんだ。

 ルチアーノは今にも下着の中に特大のモノをぶちまけそうな勢いだ。


 ――――なっ!

 ――――無いです!無いです!無いです!無いです!

 ――――誰にも喋ってないし会っても無いです!

 ――――本当です!


 そんな言い繕いを聞きつつ、ウンウンと首肯したカリオン。

 その肩に手を乗せ静かに言った『なら良いんだ』と。


 カタカタと小刻みに震えるルチアーノの鼻がカラカラに乾いている。

 カリオンは尚も畳み掛けるように言った。


 ――余には……この世の中でどうしても許せぬ存在がふたつある

 ――ひとつは生ぬるくなったエール

 ――もうひとつは平気で嘘をつく存在だ

 ――嘘は良くないと君も解ってくれるだろう

 ――それは信頼を裏切る行為だ

 ――そうだね?


 ルチアーノが大袈裟に首肯するのをカリオンはジッと見た。

 そして、再び笑わない眼差しで笑みを浮かべルチアーノを見据えた。


 ――君が約束を守ってくれる事を期待する

 ――どうか余を裏切らないで欲しい

 ――君と君の故郷で君を待つ者達にも幸せな明日が来るように……ね


 それが何を意味するのかはルチアーノにもすぐにわかった。

 必死で言い繕いを考えたのだが、カリオンの背後にウォークが現れた。

 急ぎで面会し報告したい件があると城下の警邏担当が来たと報告が上がった。


 カリオンは初めて目まで笑ってルチアーノを見た。

 そして、もう一度肩をポンと叩いてから言った。

 低く轟く様な声で『君を見ているよ。常にね』と、そう最後通牒を行った。











 ――――――――帝國歴391年 12月 25日 午後

           王都ガルディブルク











「まるで逃げ出すように走って行きました」

「そうか」


 ウォークは王府に居る実働部隊を自在に操り、状況を把握していた。

 そして、その隣ではウィルケアルベルティが水晶玉を見ていた。


「配置は?」


 カリオンの問いに対し、ウォークでは無くウィルが答えた。

 意識を集中させ水晶玉を覗き込めば、遠隔地の様子が手に取るように見えた。


「リベラ殿を筆頭に、各所で手ぐすね引いて待ち構えています」

「うむ」

「現在はその足取りをお嬢様が追跡されています。まぁ――」


 ウィルはすっかり自らを追い越した愛弟子の様子に満足している様だった。


「――真っ直ぐ寮に帰る事は出来ないでしょう」


 そこに見え隠れするのは、精神的な部分へ影響を与える術だった。

 ルチアーノの意識を外部から操作し、恐怖を煽って協力者に接触させるのだ。


「……なるほど」


 瀟洒なテラスの中で優雅にお茶を嗜むカリオン。

 そのカップが空いたと見るや、すぐにサンドラが次を注いだ。

 本来ならメイド達が行う仕事だが、ここにはその手の者が一人も居なかった。


「で、イワオとコトリはどうした?」

「城下にて待機しています」


 人的なコントロールはウォークが。そして、情報管理的な点はウィルが。

 それぞれに得意の能力でルチアーノを監視している。

 カリオンは現状に満足していた。


「……大変よろしい」


 まず掴むべきはルチアーノの尻尾だ。

 下手を打ち、誰かに接触するのが理想的だ。

 若しくは、シュサ金貨ではなくカリオン金貨を使うのが望ましい。


 間違い無く軍の奥深くに反カリオン勢力が生き残っている。

 彼等は好機と見るや動き出すのだろう。


「……おや?」


 僅かに首を捻ったウィルは、魔力操作により水晶玉を転がした。

 中に見える映像は、城下では無く郊外にある駐屯地の一角だった。


「お嬢様が見つけたようですね」

「……何をだ?」

「軍部の中にある結社のアジトですよ」


 小さく『ほほぉ』と呟いたカリオン。

 だが、その直後にウィルは『あ……』と漏らした。


「どうした?」

「接触しましたね」


 水晶玉の中に見えるのは、ルチアーノが道ばたの浮浪者に話しかけるシーンだ。

 小汚い姿の浮浪者に金貨を一枚渡し、何事かを言伝ているようだ。


 ルチアーノの懐にはカリオン金貨があり、それが魔力媒体となっている。

 ウィルは魔力を僅かに操作し、遠見では無く遠聴を行った。


 ――――王は口封じをするつもりだ

 ――――大至急あの方に繋いでくれ

 ――――俺は殺されるかも知れない


 ルチアーノは慌てた声でそれを言った。

 それを聞いた浮浪者は不意に立ち上がると、何処かへと立ち去った。


「どこへ行くのでしょうね?」

「確かめねば為らんな」

「御意」


 ウィルはコトリへ向かって何かの念を送った。

 街の中で市民に化けているコトリは、小さな水晶玉を持っている。

 ウィルの念を込めたその水晶玉は、遠話の魔術を行使出来るものだった。


「コトリさん。あの浮浪者を追ってください」


 ――――かしこまりました


 バザールの中で品定めをしていたコトリはふらりと歩き出し、浮浪者を追った。

 検非違使として活動するコトリは、いつの間にかヴェテランになっていた。


「コトリさんの追跡能力に期待ですね」

「あぁ」


 やや気の抜けた返事のカリオンだが、それは心配事の裏返しでもある。

 息子タロウをビッグストンへと送り込んだコトリは、既に母親だった。

 何があっても殺したくない存在であり、また、血を分けた肉親でもある。


「イワオは何処に居る?」


 カリオンの問いに対し、ウィルはしばらく様子を伺い答えた。


「大学の内部で学生に溶けこんでますね」

「そうか」


 ビッグストン卒業生であるイワオは、余り違和感なく溶けこんでいるようだ。

 そんな所へルチアーノは帰っていくが、寮の前まで来てから立ち止まった。

 辺りを確かめ、監視が無い事を確認しているのだとカリオンは思った。


「ほほぉ……どこへ行くのやら」


 ルチアーノは懐をまさぐって金貨を取り出した。

 その枚数を数え、それから踵を返して大通へと向かった。


 飛び込んだのは、すぐ近くにあった定食屋だ。

 あり合わせのメニューをオーダーし、それをワシワシと食べ始めた。


「なんともまぁ…… 美味そうに喰う男だな」

「そうですね。これは見ている側が空腹になります」


 若い男がダイナミックに飯を喰うシーンは、それだけで楽しい物だ。

 最近は食が細くなり始めたカリオンは、そんなシーンを楽しげに眺めた。


 ただ、そんな微笑ましいシーンも一瞬にして暗転した。

 城下の定食屋に場違いな男が現れたのだ。


「……なんだ? この男は」

「どう見てもオオカミですね」


 カリオンの呟きに興味を持ったウォークがそう答えた。

 立派な体躯をした大男がルチアーノの前に立っていた。


「何か言ってるな」


 カリオンは首を傾げながら様子を伺う。

 ウィルはすかさず遠聴に切り替えていた。


 ――――貴様……

 ――――口を割ったな?


 それは、低く轟く声だった。

 カリオンはその声に聞き覚えがあった。


「誰だっけな…… この声は聞き覚えがある」


 それを必死で思い出そうとしている間、ウィルは意識を集中して声を拾った。

 遠聴は遠見よりも遙かに集中力が要る技だ。

 それを連続して行うのは骨が折れる。だが。


 ――――割ってない!

 ――――滑らしても無い!


 取り繕うルチアーノは、手近にあった茶をすすってから首を振った。

 そう。ルチアーノは嘘をついている訳では無い。それはカリオンも解っている。

 しかしながら、それで納得するか?と言われれば、それは別の次元の話だ。


 ――――我が元に王の密偵が来た

 ――――貴様以外に誰が漏らすのだ


 カリオンは思わず『え?』と漏らした。

 王の密偵って誰だ?と首を捻ったのだ。

 そして、その直後に『あっ!』と叫んだ。


「ウィル! コトリだ! コトリを見ろ!」


 短く『御意!』と返したウィルはコトリを探した。

 するとどうだ、コトリは覚醒体の姿になっていて、何者かと戦っていた。


「すぐに支援しろ!」

「いえ、既にお嬢様が支援につかれました」


 水晶玉の向こうに見えるのは、純白の毛並みに覆われた大きなイヌだ。

 それはコトリの覚醒体の姿であり、検非違使の戦闘スタイルそのもの。

 ただ、そんなコトリが戦っているのは、灰色な毛並みの覚醒体だった。


「……まさか」


 反太陽王勢力、反カリオン勢力も既に覚醒体を手にしている。それも3体もだ。

 コトリは息の合った連係攻撃を行う覚醒体相手に苦戦していた。


 ややあってその場に黒尽くめの検非違使が現れ、上着を捨て去った。

 中から出てきたのは、まだうら若い5人の子供だった。

 ただ、どの子も一斉に上着を捨て去ると、覚醒体へと変身を始めた。


「覚醒体同士の戦闘か」

「数の上ならこちらが有利ですね」


 ウォークは冷静な声音でそう言った。

 水晶玉の中に見える戦闘は、文字通りの圧勝だった。


 そして、正体不明な反ル・ガル勢力となる者達が巣くっているのを確認した。

 よりにもよって軍部の中に……だ。


 その事実にカリオンは暗澹たる気分になった。

 何故なら、正体不明の覚醒体3人をひねり潰したコトリは見てしまったのだ。

 死んで人の姿に戻った敵の覚醒体達が身に纏っていたのは、ル・ガルの軍服だ。


「……コッチはどうなった?」

「イワオですか?」

「そうだ」


 再び水晶玉の映像を戻したとき、イワオの居た食堂の中が大騒ぎになっていた。

 食堂の中に覚醒体が幾人も姿を現したのだ。


「……ほぉ」


 この時点でカリオンも気付いた。

 巨躯でルチアーノを見下ろしていた男の正体だ。


 先のル・ガル内乱時に命を落とした唯一の将軍級な存在。

 ウィリアム・ブレアウィッチ・レガルド。

 そんなウィリアム・レガルドの父、ホザン・レガルドだった。

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