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ルチアーノの正体


「何故殺さなかった?」


 ジョニーは何一つ遠慮する事無く、単刀直入にそう言った。

 向かいに座るカリオンをジッと見ながら、ジョニーは真面目な顔だった。


「そうね。殺すべきだったかも。どうやっても情報の封鎖は出来ないよ」


 カリオンの隣に座るリリスまでもがルチアーノを殺すべきだったと言う。

 その言葉にサンドラが怪訝な表情を浮かべたが、それでも何処か達観していた。


 カリオンを挟んで反対側に座るサンドラは、少なくともガルムの味方だ。

 その思い人を殺すべきだったと言われれば、余り面白くは無い。

 だが、息子の思いや淡い恋心や、そう言った浮つく感情は国政の敵だ。


 指導者は冷静に判断し、冷徹に決断し、それにそって演じきる必要がある。

 そうしなければ、国政が危うくなり、やがてそれは、我が身を滅ぼす元となる。


「……息子の事を思えば、母親としては辛い話ですが……でも、私も殺すべきだったと思います」


 サンドラはトウリを見ながらそう言った。

 ガルムにとって真の父親であるトウリは、厳しい表情のまま首肯した。


「サンドラには辛い話だよな。でも、俺もそう思うぞカリオン」


 トウリまでもがそれを言い出し、カリオンは針の筵だった。


「つまり、俺が逃げ腰だったって事か」


 カリオンはぼやくようにそう言った。

 日中、大学の魔導研究室から快復したと言う報告を受け、安堵していたのだ。


「まぁ実際、どう取り繕ったって……そう言う事だよな」


 アレックスの言葉には、明確な落胆があった。

 情報将校で諜報担当とあっては、面倒のタネが増えるのは歓迎しないのだ。


 面倒を押っつけられるのは歓迎しないし、詰め腹を切らされるのは嫌だ。

 表だって文句を言えない者達の声なき声を代弁する役でもあるのだった。


「ルチアーノをどう押さえ込むか。コレはかなり大問題だぞ?」


 情報の管理という点において、ジョニーは明確に懸念を示した。

 少なくともララがふたなりの情報は流れ出てもおかしくない。


 ましてや、そのララに殺されかけたのだ。


 噂は噂を呼び、話には尾ひれがつくもの。

 ララの正体の詮索が始まれば、今まで取り繕ってきたウソがばれるだろう。


 王子ガルムの付き人として扱われてきたが、今は放逐された根無し草。

 そんな形にしか持っていきようが無いようにも思える。


「完全に殺してしまって、その後になって申し訳無い。事故だった……が理想的な落としどころだったかも知れないね」


 トウリは殊更に残念そうな口調でそう言った。

 ただ、そうは言っても出来れば助けてやりたいと願うのが人の情だろう。


「……リベラに動いて貰うか、それとも」


 リリスは隣に座るカリオンに話を振った。

 殺す事が出来ないのなら、とれる手はひとつしかない。


「こちらに引き込むか……」


 正直に言えば、あのザリーツァ一門を引き込む事に抵抗がある。

 ベルムントと名乗ったあのオオカミを信用しない訳では無い。

 ただ、それをする事によって将来の禍根となるのだ。


 結局は話が振り出しに戻ってしまう。

 ララが滅多刺しにした時点でそのまま殺すべきだったのだ。

 カリオンの側近衆誰もがそれを危惧し、頭を抱えた。


「まぁ、まずは当人を呼びつけて話を聞いてみるのが良いんじゃ無い?」


 リリスはカリオンを見ながらそう言った。

 呼びつける相手は、まずはルチアーノだろう。

 そして、場合によってはララ本人もだ。


「場合によっては私達が手を出します」


 その言葉を言ったのは、トウリの側に座っていたコトリだった。

 トウリと共に会議に出ているイワオとコトリは、検非違使の中心人物だ。


「……………………」


 カリオンは顎をさすりながら思案に暮れた。

 自分がしでかした事の後始末なのだから、責任は重い。

 ただ、その姿に目を細める者達が居るのも事実。


 コトリは優しい眼差しでそれを見ていた。

 すっかり遠くなってしまった父ゼルを思い出すのだ。


「よし。まずはそのルチアーノに会おう。そこで対処の方針を決める」


 リリスが招いた夢中術における会議の場だが、カリオンはそう方針を伝えた。

 出来るものなら殺したくないというスタンスが透けて見えた。

 そしてそれは、甘いんじゃ無いか?と言う懸念を全員が孕むモノだった。











 ――――――――帝國歴391年 12月 24日 深夜

           王都ガルディブルク











「こんな事言いたくないけどさ……」


 低い声音で切り出したリリス。

 彼女は凍てつく様な波動を撒き散らしながら切り出した。


「それ、対処としては甘すぎない?」

「そうか?」

「うん。むしろここでスパッと切り捨てた方が良いと思う」


 リリスの垣間見せた心情は、将来への禍根を残さない為のモノだった。

 そしてその裏には、これから先に直面するであろう困難の予見を感じさせた。


「……見えるのか?」

「何となくね」


 カリオンとリリスの会話には主語が省略される事が多い。

 それは、心がまだしっかりと繋がっている証左でもある。

 ただ、大切な部分で齟齬があると言うリリスの言葉でもある。


 ――――まずは当人を呼びつけて話を聞いてみる


 リリスの言ったそれは、王城に呼び出して処分しようと言ったつもりだった。

 それを見て取ったからこそ、イワオとコトリは自分たちがやると言った。

 カリオンだけが穏便に済まそうとしている……と、そう遠回しな抗議だ。


「……うーん」


 カリオンもやっと事の本質に気付いた。

 出来るモノならそれを回避したいと言う思惑があるのは事実だ。


 何よりそれは、フレミナを預かるオクルカへの配慮でもある。

 ザリーツァとの関係が悪化し、一衣帯水とフレミナとの関係に亀裂が入る。

 1人の政治家として、それは出来れば避けたいというのが本音だ。


 時には心を鬼にして掛からねばならないのは解っているが……


「コレから先、ずっと後始末に頭を捻るか、現在進行形の問題に頭を捻るか。その違いになるんじゃないか?」


 アレックスは遠慮の無い言葉でそう言った。

 そしてそれは、カリオンをして『その通りだ』と言わしめるモノだった。


 ルチアーノを殺してしまった場合、フレミナとも関係は悪化するだろう。

 いや、ザリーツァ切り捨ての大義名分になるだけかも知れない。

 関係の悪化など一時的なモノに過ぎず、実際は感謝されるかも知れない。


 それが圧倒的手前味噌な希望的観測なのは言われなくとも解っている。

 ただ、政治は綺麗事だけでは済まないのだ。

 時には泥に手を突っ込み、汚れる事を厭わぬ姿勢が求められる。


「……今回は針の筵だな」

「初動の手がまずかったからな」


 カリオンのボヤキに容赦無い突っ込みを入れるジョニー。

 そんなジョニーにカリオンは力無く笑った。


「こんな事を言ってくれる人間は、ここに居る面々だけだよ。まぁ……」


 カリオンが決断した。

 誰もが息を呑んでその言葉を待った。


「明日、ウォークに命じルチアーノをここへ呼ぶ。そしてまずはララの話をする。付き人では無くガルム本人だと教えてやる。その上で当人の姿勢を見る形にする」


 カリオンの切り出した始末の方針に、全員が『おいおい……』と言いかけた。

 ただ、カリオンはそんな空気を読まず続きを言った。


「ルチアーノとやらはそれを飲み込み切れぬで有ろう。故に――」


 カリオンの視線が全員をグルリと見て回った。

 その眼差しの強さにジョニーがニヤリと笑った。


「――余が直接手を下す。この手で切り捨てる。後始末はどうにでもなる」


 ……言っちまった


 一瞬だけカリオンは後悔を覚えた。

 出来れば言いたくなかった言葉だった。


 だが。口から出た以上は責任を取らねばならない。

 それが大人のルールなのだから、言い逃れは許されない。


「無礼討ちにするしか手が無いだろう。王の庭へ招き、その場で話をするが、無礼を働いた事にすれば良い。あとは俺たちがどうにかする」


 アレックスは厳しい表情でそう言った。

 カリオン政権の優秀なスタッフが、そんな厳しい手段を可能にしていた。


「ところで…… 仮にそのガルムの思い人がララを受け入れたら、どうします?」


 サンドラは仮定の話ながら、そう切り出した。

 ザリーツァ出身と言う事もあって、一定のシンパシーを感じているのだ。


 出来れば生き残らせたい。そんな甘い感情では無い。

 しかし、人の心は奇数と言うように、どうしたって割り切れない感情が残る。


「その場合は一旦様子を見る。ただし、イワオやコトリに24時間監視を行って貰うし、リリスに監視し続けて貰う。ザリーツァ側や反社会的な組織と接点を見つけ場合には『いや、あの子はその物よ?』え?」


 リリスは唐突にそう切り出した。

 そして同時に右手を突き出し、その先に光の玉を浮かべた。


 その中に映っているのは、寮の自室で怪しげな面々と話し込むルチアーノだ。

 カリオンは『ほぉ……この男か』とリアクションを返すのだが……


 ――――じゃぁ間違い無いんだな?


 念を押すように言うその男は、学生とは言いがたい年齢だった。

 ガタイ良く荒れた風貌のイヌは、誰が見たって軍人風だった。


 ――――間違い無い

 ――――アレは入学式に来ていた王子そのものだ


 ルチアーノは厳しい口調でそう言った。


 ――――お前の調査に感謝する


 その軍人風の男は感謝を口にしてから幾何かの金貨を支払った。

 それは、金色に輝く100トゥン金貨だった。


 ――――ありがてぇ……


 下卑た笑みで金貨を数えるルチアーノは、その金貨が10枚ある事に驚く。

 それこそ、1000トゥンはとんでもない大金だった。


 ――――こんなに貰って良いンすか?


 ルチアーノは下卑た顔になって歓ぶ。

 下世話な調子で尻尾をパタパタ振りながら歓ぶ。


 ――――これで故郷に帰れるな

 ――――良かった良かった


 それが何を意味する言葉かはわからない。

 だが、ここに来てルチアーノと面談を持つと言う行為の意味が変わった。


「無礼討ちの前に尋問が必要だな」


 アレックスの表情が変わった。

 完全な実務官僚の顔になり、同時に怜悧な情報官の雰囲気になった。


 カリオン政権の中で様々な情報を管理しコントロールするポジションだ。

 今のアレックスはその為の権限とノウハウを持っていた。


「場合によっては尋問の後で逃がし、協力者をあぶりだした方が良いな」


 トウリまでもがそんな言葉を吐いた。

 全員が厳しい表情になって光の玉を見ていた。


「リリスは解ってたのか?」


 カリオンは少しだけ冷たい声で言った。

 先に教えてくれよ……と、そう言いたげだ。


「まさか」


 肩を窄め、おどけてみせるリリス。

 その姿はフッと幼い頃に戻ったように見えた。


「たまたまそっちを見たら出てきたの」


 僅かに口を尖らせて言うリリスは、まるで子供のような姿だ。

 カリオンが自分を疑っていると感じ、へそを曲げたような状態だ。


「それなら良いよ。疑ったわけじゃない」


 リリスをギュッと抱き寄せたカリオン。

 だが、次の瞬間にはグッと厳しい顔になっていた。


「さて……この野郎をどうしてやろうか……」


 その空気を一変させ、カリオンは怒りの表情だった。

 何故ならそれは、接触しているのが明らかに国軍関係者だから。


 ここでもう一段の粛清が必要かも知れない。

 そんな事をツラツラと考えているカリオンには、狂相が浮き上がっていた。

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