表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
240/665

通商立国への道


「謁見だと?」


 怪訝な声音でウォークの報告を聞きかえしたカリオン。

 その雰囲気は誰もが緊張するような、緊迫感ある姿だ。


 だが、ウォークは事も無げにサラリと言った。

 緊張などどこ吹く風で、平然とした様子だった。


「えぇ。先ほどキース・スペンサー殿から直筆の書状が届きまして、本日午後、重要なご相談があるので謁見いたしたく云々と」


 眉根を寄せて怪訝な顔になったカリオン。

 ウォークも余り良い顔をしていない。


 盛夏と言う事で暑い盛りのガルディブルクだ。

 城は窓と言う窓を開け風を入れている。

 南の海に面する街ゆえ、その暑さは尋常ではない。


 その暑さを避けるように、カリオンは王の庭に居た。

 妻サンドラを連れ、昼食のひと時だった。


「用件は無いのか?」

「えぇ。重要な相談のみです」


 ……一体なんの用件だ?


 カリオンの顔にはそんな警戒感が滲んだ。


「……何かあったのかしら」


 サンドラはそんな表現でガルムを心配した。

 少なくとも息子からは何の問題も連絡が入っていない。

 表に出せない問題で頭を抱えたか、もはや打つ手無しと王を頼ったか。


 そこに見え隠れするのは、心配する母の顔と同時に政治家の顔だった。

 万が一にもガルムが誰かの子を妊娠しただとか、或いは手を付けた場合……


「……陛下。ちぃと探りやしょうか?」


 壁の影に居たリベラが低い声でそう言った。

 そのすぐ近くに居たウィルは黙って水晶玉を取り出した。

 カリオンの『やってくれ』が出た時点で、全員が動き始める事になる。


 だが、腕を組んで考えるカリオンは、ふと父ゼルの言葉を思い出した。

 もう随分と遠くなってしまった日、ゼルはエイラに言ったのだという。


 ――――男の子には冒険が必要だ

 ――――困難を乗り越える経験が要るんだ


 ……と。


「事態の詳細はわからないが……」


 食事の手を止め全員の顔を見たカリオン。

 王は常に鷹揚とあるべし。そんな姿を体現している。


「……まずはキースの話を聞く。その上で判断しよう。今から動いて事態を複雑化させるのは本意ではない。それと……」


 腕を組み思案していたカリオンはニヤリと笑った。


「死なない程度に苦労を重ね、経験を積む事を期待している。親が面倒を見てやれるウチに、手痛い失敗の経験が必要だ」


 どうだ?と、そんな顔でサンドラを見たカリオン。

 母親としては少々複雑な心境のサンドラも、それには頷くしかない。


 これから先にもたくさんの困難を乗り越えなければならないガルムだ。

 カリオンとサンドラが上手く誤魔化せるウチに失敗させておきたいのだ。


「……かつて、シウニノンチュのチャシの中で、若き日のゼル殿は同じ事を言われましたよ。王がまだ8歳だった砌、リリスお嬢様を連れて遊びに行った日に」


 ウィルがそう切り出したとき、カリオンはただただ笑っていた。

 ここで言うゼルは、ヒトの世界から来たワタラセイワオだと気付いたのだ。


「……そうか」

「えぇ。最初はとんでもない事を言い出すと思いましたよ」


 カリオンとウィルはただただ笑っていた。

 サンドラはそこに口を挟んだ。


「なんとおっしゃったのですか?」

「あの時は……


 ――――多少痛い思いをさせたい。腕を折るとか足を折るとか。

 ――――魔法で回復出来る範囲なら死にかけたって良い。

 ――――無茶をして、その結果痛い目に遭って、それで学ぶでしょう。

 ――――リリスが死にかけるような事をやってくれるのが一番良い。

 ――――後悔は後から悔やむから後悔って言うんだと、そう学ばせたい。


 そんな感じでしたね」


 サンドラの問いにゼルの口調を真似て言ったウィル。

 カリオンは懐かしそうにしながら、静かに言った。


「人を育てるのだ。後から泣いて喚いて悔やんでも取り返しのつかない経験をすれば、自ずと慎重になるし決断を覚えるだろう。これからの人生に、きっと良い経験となってくれるだろうし、そう願っている」











 ――――――――帝國歴385年 8月 2日 午後

           ガルディブルク城 王の庭











「太陽王陛下にはご機嫌麗しゅうございます」


 食事を終えて一旦居室へと引き上げたカリオンは、キースの登城を待っていた。

 ウォークはキースを王の庭へと通し、その他の人間全てを遠ざけた。


 看護助手を連れ城へとやって来たキースは、医師ではなく弁護士の姿だった。

 医療問題で何か発生したかと思ったのだが、それよりも助手の方に目が行った。


 驚くほどにグラマーな、髪の長い、白い肌の美人だ。

 登城するとあって丁寧にメイクアップしたのだろうか。

 ほんのりと色づいた艶やかな唇に、ウォークは目を奪われた。


 だが、仮にも王の側近がそんな事で注意を奪われる訳には行かない。

 ウォークはカリオンを呼び、王の庭で面会となった。


「どうしたキース。何かあったのか」


 王の庭へ出たところで声を掛けられ、挨拶もそこそこにそう尋ねたカリオン。

 だが、キースの隣に居る者に気付いた瞬間、その表情が変わった。


「……これはどう言う事だ?」


 ウォークですら気付かなかった事をカリオンは気付いた。

 いや、カリオンですら気付かなかったら、大問題になるところだった。


「樹を隠すなら森の中にございます。陛下」


 ニコリと笑いつつ、キースはそう言い切った。

 そして、カリオンの周囲に居た者達をグルリと見回してから付け加えた。

 隣に座る看護助手へ向かって『な? 言ったとおりだろ?』と言ってから。


「だれも気付きません。王陛下のみがお気づきになられたのです」

「何を言いたいんだ」

「これからの若殿下について、奏上に参りました」


 キースがそう言うと同時、全員が驚きの表情で岩の様に固まった。

 ウォークが『まさか!』と言って助手をしげしげと見た。


「僕も驚いたよ。この格好で城に入ってみたら、誰も僕に気がつかなかった」


 それは、紛れもなくガルムの声だった。

 女は化けると言うが、化けるとか装うとか、そう言う次元ではなかった。

 化粧までしたガルムの姿は、本当にどこにでもいる普通の看護婦だった。


「……お前、どういった風の吹きまわしだ?」


 怪訝な声音でガルムに尋ねるカリオン。

 ウォークは近習の者達に奥様をお呼びしろと命じていた。


 ご子息ガルム殿下がお忍びでおこしになっている。

 大至急お越しくださいと、そう言伝た。


「いや、あのね……」


 ガルムはあっけらかんと事のあらましを伝えた。

 つい出来心で着てみた女モノの服が予想以上に快適だった……と。

 その顛末を話している時にサンドラがやってきたのだが……


「え?」


 短く発した言葉が全てだった。

 一瞬は母サンドラですらも気がつかなかった。

 余りに異なる姿だったので、サンドラも途惑ったのだ。


「母上まで気がつかなかったんなら、これに勝るものは無いですね」

「そうだろうとも。やはりこれが一番だよ」


 キースとガルムはそうやって盛り上がっている。

 いつの間にか、ガルムは腹を割って話せる相手を見つけたのだろう。


 ――良い事じゃないか……


 腹の底でそう独りごちたカリオン。だが、その脇腹をサンドラが突いた。

 驚いてサンドラを見れば、それはご機嫌よろしからずな姿だった。


「……で、ガルムの件というのは?」


 カリオンはあくまで穏やかな声音を心掛けた。

 油断すれば声を荒げかねないサンドラが隣に居るのだ。


 普段ならばこのサンドラがブレーキを掛ける役となる。

 だが今は、自分がサンドラを押さえねばならない。


 ――慎重に行くか……


 そんな事を思うカリオンだが、キースは全く無警戒に言葉を発した。


「私が思いまするに、これからの時代を統べる王たるならば、軍務では無く内政を主とする実務型の人間を育てるべきかと思います。言葉を選ばずに言うならば、軍を持って圧を掛け従わせるのでは無く、商いと利と実益とを持って信を結び、周辺国家と渡り合える視野の広い人物です」


 ……ほほぉ


 カリオンの表情が僅かに変わった。

 だが、それに気が付くこと無く、キースが言葉を吐き続けた。


「殿下の要望はビッグストンにおける高等教育でしたが、むしろビッグストンの高等教育を分離させ、王都の工科大学や経済大学などと連係せしめ、総合大学として再編したら如何でしょうか」


 自信を持って音吐朗々に言うキース。

 それを聞くカリオンの顔色が変わっているのはガルムだけが気が付いていた。


「……父上」


 ガルムは何処かで『やばい……』と気が付いた。

 父カリオンがブチ切れるかも知れないと踏んだのだ。


 少なくとも、子供の頃からこれまで、父カリオンの大爆発は見た事が無い。

 ただ、炎の如くに怒り狂って事に当たった事は幾度もあるらしい。

 その話を思い出し、慎重にやらねばキースが粛正されると思ったのだ。


「お前はどう思う? やはりビッグストンへ進学を希望するか?」


 その言葉を発したカリオンの声音は、驚く程穏やかだった。

 それこそ、ガルムが拍子抜けする程に静かだった。

 ただ、それに油断してはいけないとも知っている。


 父カリオンの見せる怒りは、炎も激流もない静かな怒りだ。

 だが、その怒りを例えるなら、全てを凍らす氷の怒り。


 相手を打ち据え、動けなくして、その心臓をグッと握り潰すような怒り。


 過去幾度も教えられてきたカリオン王の治世において、その片鱗は幾つも見た。

 従う者には寛大だが、逆らう者には一片の容赦も無い仕打ちが待っている。

 そして、辿り着く結末はいつも一つ。


 何も残らない鏖殺の極みだ。


「この2年、勉強してみて思ったんだけど――」


 ガルムの声が静かで淑やかだ。サンドラはまずそれに気付いた。

 そして同時に、言葉を慎重に選び、相手を納得させる姿勢が垣間見える。


 間違い無く良い成長をした。良い経験を積んだ。

 それを実感したサンドラの心は、スッと落ち着き始めた。


「――やっぱり父上の見立ては正しいと思う」

「俺の見立てだと?」

「はい」


 ガルムは『はい』と答えた。『うん』でも『あぁ』でもない『はい』だ。

 柔らかで知性を感じさせる声音は、年頃の女の子そのもの。

 ガルムの中身が男から女に大きくシフトしているとカリオンは感じた。


「これからのル・ガルは経済で立国させねばなりません。周辺国家とやり合うにしても、ル・ガルと戦うと損だという風に持っていく方が安定すると思います」


 それは、まさにカリオン政権の姿勢そのものだった。

 この30年を掛けて行って来たのは、全土をネットする幹線道路の整備だ。


 先のル・ガル争乱の際に感じた、兵站輸送の限界を改善する為の政策。

 軍事輸送を円滑に行う為の幹線道路整備は、すなわち国内物流網の整備だ。


「つまり、周辺国を経済で支配する……と?」

「はい。要するに、トゥンで支配です」


 トゥンで支配する。

 それは幾人もの経済官僚や軍の主計担当将校を交え導き出したもの。

 簡単に言えば、為替により儲けを出すシステムなのだった。


「その実は?」

「周辺国家がル・ガルにモノを売ります。ル・ガルはそれをトゥン建てで決済し、支払いを行います。当然、周辺国家にトゥンが流出します――」


 ガルムは自ら画に描いた経済の仕組みを説明し始めた。

 それは、カリオン政権の中で20年を掛けて作られたモノと寸分違わぬモノだ。

 胸中で驚きを噛み殺したカリオンは、ただ黙って聞く事を選択した。


「――周辺国家はトゥンを自国通貨に換金しなければならないので、何処かでそのトゥンを売らねばなりません。だからル・ガルがそれを買います。手数料を取りトゥンをその国の通貨で買い戻すのです」


 ウンウンと頷きつつ、カリオンは最大の問題を指摘した。

 経済官僚が散々頭を捻った重要な課題。

 つまり、他国通貨をル・ガルがどうやって集めるか……だ。


「換金するべき他国通貨はどうやって集める?」


 最終的にはル・ガル国軍による武装輸送集団化しかないと結論付けた。

 その輸送集団は、その国の通貨による決済のみを受け付ける。

 ネコならネコの国の通貨。トラならトラの国の通貨だ。


 そして、他国から買うときはトゥンで決済し、利ザヤで儲ける作戦だった。

 だが、ガルムはトンでも無いことを言い出した。


「集める必要はありません。彼らに差し出させます。他国に輸送機関の組織を作らせ、彼らがル・ガル領内で使うトゥンを両替する際にも手数料を取ります。また、ル・ガル領内には彼らの事務所を設置させ、取扱量に応じ税を取りましょう。この税はその国の通貨でのみ受け付ける方式です。そして――」


 ガルムはニコリと笑って付け加えた。


「――護衛業務を国軍に担当して貰い、料金を取りましょう」

「他国がすんなり払うと思うか?」


 カリオンが発した言葉は、要するに意地悪なものだった。

 だが、それを聞いたガルムはニヤリと笑い、小さな声で言った。


「税は国内では通行安全の担保とします。武装強盗に襲われた場合、全額補償すると言えば払わざるを得ません。国軍は定期的に国内で強力に武装強盗団の殲滅作戦を行います――」


 楽しそうに説明を続けるガルムだが、その顔は飛びきりに凶悪だった。


「――彼らにも生活があるでしょうから、当然、活動を続けるでしょう。ル・ガルの外でですが。ル・ガル国内で稼げない以上、強盗団は国外に出て行きますね。その道中で襲われれば良い。いや、襲われないはずがない。そこに声を掛ければ良いんですよ。護って上げますよ?と。ただし、有料ですけどね」


 およそ100人の官僚と300人の軍関係者が頭を捻った問題だ。

 それをガルムはたった1人で、しかもたった数ヶ月で形にして見せた。


 ――才能だな……


 舌を巻きつつも幾度か首肯したカリオンはキースをジッと見た。


「よろしい。学校再編については以前より検討していたことだ。そなたの案を参考にしよう。そこへガルムを通わせ、より一層研究させる」


 カリオンはそう言葉を発し、それにちょいと付け加えた。


「ガルム。今日から公式の席以外は女の姿で居ろ。なかなか似合うからな」

「……はい」


 全てが上手く回るかも知れない。

 そんな淡い期待を、カリオンは持ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ