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手柄争い


 穏やかな春の昼下がり。

 ガルディブルク城の中には、暖かな空気が溢れていた。

 勢いを増した太陽は街を温め、人々は季節の移ろいを知る。


 この季節、多くの家々が可能な限りに窓や扉を開け放つ。

 冬の間に蟠った空気を入れ替えるべく、春風を室内へと呼び込むのだ。


 そして、それは城も例外では無い。

 城もまた全ての戸を開き、城内には街の中に溢れる花の香りが流れ込む。


 城下の花壇や市民の作ったバスケットが一斉に花を咲かせている時期だ。

 花ふぶく街。ガルディブルクが常咲の都と呼ばれる季節。

 天然のフレグランスは城の中の生活臭を消し去る、一服の清涼剤だ。


 そしてこの時期、王都の観光産業は活気溢れる季節となる。

 他国からの観光客や、国内の物見遊山が大挙して押し寄せる時期。

 この時期に観光産業へ従事する者達は、寝る間もない忙しさだった。


 そんなある日の午後。


「どんな人なの?」


 ドレイクは『紹介したい人がいる』と王に面会の願いを出した。

 なんでも、これからの王家一族の役に立つという。


「……いや、会うのは俺もはじめてだ」


 いったい何事かと訝しがりつつも、カリオンはサンドラを誘った。

 前夜の夢でリリスと相談した限りでは、少なくとも悪い人間では無いとの事。


 ただ、直接会ってみない事には解らないとも言う。

 ならば会うまでだと、カリオンは腹を括った。


「……ガルムの件かしら」

「実は俺もそんな気がしてるんだ」


 サンドラの言葉にカリオンは相槌を打つ。

 ただ、実際にはリリスの受け売りでしか無い。


 ――――ガルム君の事だね

 ――――ドリーは一発逆転したいんだわ


 悪女の笑みでドレイクの内心を見て取ったリリス。

 カリオンは苦笑いを浮かべるのが精一杯だった。


 ――――王の歓心を買う為なら何でもする

 ――――気をつけないと手柄争いになるよ


 リリスの言葉に『あぁ。最近それを痛切に感じてる』とカリオンがこぼした。

 正直に言えば、ガルムの件で王に近い有象無象が手柄争いを始めている。


 ガルムの内情を知る者も知らぬ者も、ガルムを利用しようとしている。

 そしてそこに、エルムの子供らしい嫉妬が見え隠れしていた。


 ――子育ては難しいものだな


 ボソリとこぼしたカリオンに対し、リリスは笑って言った。


 ――――だから楽しいんじゃ無いの?

 ――――後で振り返ったら、きっと笑い話よ


 ……強くなったな

 いや、初めから強いのか……


 つくづくとリリスを失った事を後悔するカリオン。

 本音を言えば、リリスに子を産んで欲しかったとカリオンは思う。


 決して口に出来ない心の奥底の本音。

 だがそれは、リリス自身も痛切に感じている事だった……


「さて」


 城の応接間へと入ったカリオンは、努めて上機嫌を装った。


「良い午後だな」


 上機嫌なフリをする事は、ある意味でカリオンの義務だった。

 世間的に言えば、不機嫌な中年男など害悪以外の何ものでもない。

 ましてや太陽王が不機嫌ともなれば、城内は最高レベルに緊張する。


 故にカリオンは努めて上機嫌でなければならない。

 後妻となった愛するサンドラを連れ、余裕を見せねばならない。


 そうで無ければ、サンドラは永遠にリリスと比較され続ける。

 彼女にとってそれ以上酷な事は無いのだが……


「お忙しい中、お手を煩わせ恐縮です」


 室内にはドレイクと共に男が待っており、緊張の面持ちだった。

 明らかに猛闘種血統なスペンサー家の人間だとすぐにわかった。


 だが、その短い体毛が黒く光っている。

 雑種一歩前の実に中途半端な存在だ。


「固くなることはない。余も一人の人間ぞ」

「恐れ入ります」


 ドレイクに『良いぞ』と呼ばれ、男は恐る恐るに顔を上げた。

 そのブルドック面の顔立ちをした男に、カリオンはジョージを思い出していた。











 ――――――――帝國歴385年 4月 2日

           ガルディブルク城 応接の間










「……ジョージの面影があるな」

「そうです」


 懐かしそうに呟いたカリオン。

 ドレイクは間髪入れずに肯定した。


「私の再従兄弟にあたります」

「ほう。で、何故に黒毛だ?」


 上機嫌のまま単刀直入にそれを聞いたカリオン。

 嘲るのでは無く、純粋に興味が湧いたと言うフリだ。


「スペンサー家が先代ダグラス卿のさらに前、先々代当主であったリチャード卿が当主の頃、その襲名時に枝分かれした、レーベン・スペンサー家の当代に当たる五男坊なんですが――」


 そもそも当代とは、現在の主人を指す言葉だ。

 ヒトよりも長寿で生殖可能期間が長い種族の場合は、続柄は複雑になりやすい。

 その為、数代前から枝分かれした侯爵伯爵子爵などでは混乱が起きるのだ。


 それを整理する為、当代と同じ世代の者も当代と呼ぶ。

 主家当主と同じ世代の者が衛星貴族で当主を勤める仕組み故だ。


 そもそもこのドレイクとて、年齢的にはジョージ・スペンサーと変わらない。

 だが、ドレイクから見たジョージは叔父に当たるのだった。


「祖父レーベンは叔父ジョージの父マイケルよりも黒瑪瑙の血が濃く出まして、侯爵では無く伯爵家として分裂していったレーベン家の血統により黒毛なのです」


 灰色の雑種色にならなかっただけマシな産まれ。

 イヌの社会であればそんな事を言われるのだ。


「そうか。では、さだめし苦労もした事だろう。名を聞こうか」

「はい」


 王の口から『名を聞こう』が出れば合格だ。

 太陽王は信用せぬ者を決して近くには置かない。

 そもそも、興味の無い者は、名すら聞かない。


 故に、先ずは名を聞くかどうかが勝負だった。

 それまでは一切口を開く事無く、黙って王の言葉を待つしかない。


「ご紹介に与りましたレーベン・スペンサー家の当代に当たります、スティーブから数え5人目の男。キースと申します」

「……ほほぉ」


 カリオンが殊更に楽しそうな顔したのには理由がある。

 レーベン・スペンサー家のスティーブと言えば、王都で一番の変わり者だ。


 堂々と反体制的な詩をを発表し、奇抜なファッションで街を歩く。

 そんなスティーブには死んだ兄シドが居て、そのシドは更に過激だった。


 王都に暮らす者ならば、知らない者など居ない有名人一家。

 最近では当代という事で多少なりとも大人しくなったスティーブの弟。

 (シド)、スティーブ、ポール、グレン、キースの兄弟達は、全て子爵だった。


「このキースは医師で弁護士なんですが、城下で医院をやっておりまして――」


 ――あぁ……


 この時点でカリオンはドレイクの企みを理解した。


「――その医院の中に『秘密は守れますか?』もちろんです」


 ドレイクの話に割って入ったサンドラ。

 カリオンはそんな彼女にチラリと目をやり、サンドラも視線を返してきた。


 間違い無くサンドラは核心を見抜いた。

 そう確信したカリオンは、リリスに比肩する彼女の能力に満足した。

 そしてその振る舞いに、ドレイクとキースも満足そうな笑みを浮かべた。


「実は、このキースと相談したのですが、ラリーの希望を叶え、尚且つ秘密を守るには、学校にほど近いキースの医院が良かろうと……」


 相談だと言ったドレイクだが、カリオンには解っていた。

 ドレイクはこのキースに相当な釘を刺したのだ。


 そもそも、伯爵家の跡取りが全員子爵というのはおかしいにも程がある。

 公爵家の下部組織である貴族評定会議は貴族の剥奪を決定したのだろう。


 余りに異常な振る舞いを続けたシドの兄弟達は、貴族に相応しくない。

 事実上の最後通告であり、もはや好きにしろと匙を投げた形だ。


 故に、レーベン・スペンサー家存続の為には実績が要る。

 次期王と言われるララウリ王子に恩を売り、カリオンにも明確な功績を立てる。

 それによってレーベン・スペンサー家は存続する。いや、存続させるのだろう。


 ドレイクとキースの企みは、そんなところだ。


「私の医院では様々な入院患者を治療しておりますが――」


 キースは自らが運営する医院の解説を始めた。

 そもそも、医者や弁護士と言った仕事は、貴族家の名誉職のようなものだ。

 貴族家に産まれながら当主になれなかった、次男坊以下の受け皿。


 高度な教育を施せる資金力。

 勉強した事がモノになるまでの面倒を見れる財力。

 そう言ったモノが無い限り、一人前になるまで長い期間を要する職業は難しい。


「――当家には使っていない階がひとつ、丸々開いております。幼年学校までは指呼の間でして、様々な便宜の面で有利かと思います」


 ――来た来た……


 カリオンはニコニコと笑いつつ、腹の底で溜息をこぼした。

 およそ人の感情とは、異常な行為に駆り立てるモノだ。

 愛は狂を発したかのように盲目となり、おかしな行為に駆り立てる。

 そして、深い悲しみは人から気力を奪い、怒りは暴力の果てに破滅する。


 ドレイクもキースも、元はと言えば純粋な赤心から始まった事だろう。

 だが、アレコレと思索を巡らせるウチに、別の目的をも取り込んだのだ。


 ガルムの件で恩を売るのだが、それは一歩間違えば王の弱みを握る事。

 事と次第によっては、スペンサー家に便宜をはからねばならぬ時が来る。

 つまり、王が臣下の都合に振り回されるのだ。


 ――どうしたものか……


 カリオンの表情は、いつの間にか極度に硬くなっていた。

 ドレイクとキースの企みを見抜いた状態だった。

 その様子にドレイクは僅かながらも焦った。


「……陛下?」


 助け船を出したのはサンドラだった。

 厳しい表情になったカリオンを諫めたのだ。


「あぁ、すまんすまん。珍しく真面目に考え事をしたら、顔まで硬くなっていた」


 表情を崩し、再び笑みを浮かべたカリオン。

 そんな王の様子に、ドレイクは僅かながら安堵した。


「あの子も多感な時期だ。私にも経験がある事だが、時には思いきって親の手を離れてみるのも良い経験だろう。ただな、持って産まれた複雑な事情で、あの子は色々と手が掛かる」


 そんな事を言いつつ、カリオンは振り返って『ウォークを』と呼びに走らせた。

 ややあってウォークが姿を現し『ご用件は?』と尋ねた。

 近くに呼び寄せたカリオンは、小声で何事かを指示する。


 ウォークが立ち去った後、カリオンは腕を組み黙って思案に暮れた。

 ル・ガル改革にあって何度も見せてきたこの姿は、誰も声を掛けられないモノ。

 太陽王の真剣な思考を邪魔する事は、何人たりとも許されなかった。


「お待たせしました」


 それが5分か10分かは解らない。

 だが、ドレイクもキースも1秒を1年に感じる沈黙の時間だった。


「おぉ。程よいな。さすがだ」

「……では」


 胸に手を当てて頭を下げ、ウォークは静かに立ち去った。

 カリオンが受け取ったのは、小さな革袋に入ったモノだった。


「キース」

「はいっ!」


 カリオンは手招きしてキースを呼び寄せた。

 歩み寄ったキースが受け取ったモノは、ずっしりと重いモノだった。


「その中に100トゥン金貨が入っている」

「え?」


 驚いて中をのぞいたキースは、小さく『ウワッ……』と呟いた。

 眩く光る100トゥン金貨が驚く程の枚数であったのだ。


「100枚程入っているので、それをあの子の滞在費とせよ。面倒を掛ける事になるので、まぁ、口止め料だな」


 ニコリと笑いながらカリオンはそう言った。

 これは受け取れません!と突き返すには、勇気の要る笑みだった。


 つまり、王に便宜をはかるつもりで下賜金を頂いた。

 これで何かが起きた場合。要するにガルムの件を売ったなら恐ろしい事になる。

 王が自らに金子を与えた以上、王は信頼してそれを行ったのだ。


 その信頼を裏切った場合がどうなるか……


「つっ! 謹んで! はっ! はい…… 拝領いたしますッ!」


 キースの言葉に首肯を返したカリオンは、そのままドレイクをも見た。

 お前も同じだと言わんばかりの眼差しがドレイクを打ち据えた。

 そして、下手な策謀を巡らせるなと釘を刺した。


「ドリー。大変良い案を持ってきてくれてありがたい限りだ。あの子は疑似的に巣立ちを経験し、社会の荒波を知るだろう。人を育てるのは楽しいものだが、親としては少々胃が痛い思いだ。だから次は、出来れば事前に相談して欲しい」


 カリオンの了解無しにガルムの件を口外したドレイクだ。

 その言葉に隠されたカリオンの真意を、これ以上なく理解した。


「……かしこまりました」


 深々と頭を下げたドレイクは、失策を悟り、それの許しを得た事も知った。

 場合によっては大変な事になりかねなかったのだと、背筋を寒くしていた……

スペンサー家の系譜(抜粋)

記載されていないクレインの男子子孫は、ドレイクの代で凡そ40人ほど存命。

うち、30名程度が子爵として暮らしている。


クレイン

  |――――――+――――――――――+

リチャード   マイケル     レーヴェン(レイブン)

  |         |             |

ダグラス      ジョージ        ジェフリー

  |         |             |

ドレイク       ブル           キース

(現当主)

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