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歓迎会

~承前






 フーレ河沿いに広がるプルクシュポールの街。

 この街はその東西を絶壁に近い山並みに挟まれた盆地構造だ。


 かつては湖底だったと言うが、ヒトの世界を知る者にはフィヨルドでしかない。

 切り立った巨大な谷に向かい流れ込む小川は、広大な扇状地形となっていた。


 その扇状地の一つ。

 かつての川岸まで長い長い斜面の続く途中には、巨大な館が存在していた。

 このプルクシュポールへとやって来た他国からの賓客をもてなす為のものだ。


 建物は谷筋を抜ける風の上側にあり、製鉄の煙と臭いから遠ざけられている。

 常に発展し続けてきたフレミナにあって、ここはその富と豊かさの象徴だった。


「これ美味しい!」


 ガルムは屈託の無い言葉で感想を述べた。

 食卓の上にはフレミナ地方で収穫される山界の珍味が全て集っている。

 迎賓館となる館へと入った太陽王一行は、フレミナ各氏族の歓待を受けていた。


「そうか! 美味いか! そりゃぁ良かった!」


 ガルムの笑顔に破顔一笑な男は、現在のザリーツァ一門を差配する男だ。

 オクルカが直接その手に掛けたシドムとは異なる家系の出自。

 そして、ザリーツァ一門の中で最もまともな正確の男だった。


「ベル。良くそんなものを見つけてきたな!」

「相当走り回ったんだろ?」


 トラ-チェとエナーチェの男達ですら驚くもの。

 それは、山岳地帯の奥深くでしか採れない幻の逸品だ。


 ザリーツァの里はかつてのクーリ湖畔沿いに広がる街。

 現在はフーレ河から遙かに登った山岳地帯の僅かな平地でしか無い。


 だが、その平地から奥は構造的に崩落の続く危険な森林地帯。

 並の杣人では立ち入ることすら出来ない、神の領域とも呼ばれる深山地域だ。

 その奥深く、有史以来斧の入っていない森を抜けた先にあるエリア。


 天を突く樅の巨木地帯に生える、大きなカサを持ったキノコ。

 芳しいまでの薫りと肉厚の身がもたらす食感は、平地では味わえないもの。

 危険を冒してまで立ち入らなければ採れない、最高級のものだった。


「他でも無い。我がザリーツァの血を引く次期帝王が来訪されるのだ」


 現在のザリーツァを預かる黒毛の大男は、名をベルムントと名乗った。

 そして、本来のフレミナ一門が持つ名は星々を束ねる藁縄と言った。


「それにしたって……随分と剛毅だな」


 トラ-チェ高原を本拠とするトラ-チェ一門の長。

 ナイエル・トラ-チェは感心するようにそう言った。


 フーレ河から扇状地を登っていった先の高原地帯が彼らの縄張りだ。

 緩やかな連合体であるフレミナでは、各々の氏族を分ける境が非常に曖昧だ。

 厳しい環境に暮らすが故の知恵でもあるのだが、基本的には緩いのだ。


「それだけの収穫を得るには……苦労しただろうに」


 ナイエルと同じように感心する言葉を吐いたのはエルナステだ。

 フーレ河の北東側に広がるトラ-チェ高原から、川を挟んだ反対側。

 南西側に広がるトラ-チェ高原よりも傾斜のきついエナーチェの男だ。


 エナーチェ高原に根を下ろしたエナーチェ一門は、商人の集まりだった。

 厳しい環境故に農耕能わず、結果として行商と交易が主要産業となった。

 そんなエナーチェを預かるエルナステは、目利きと値付け感覚に自信があった。


「私も基本的な知識としてのものは持っているが……これは凄いと思うよ」


 カリオンは率直な言葉で賞賛を送った。

 フレミナの暮らすフーレ地方は、ル・ガル国軍測量隊がまだ入って無い地域だ。

 それ故にカリオンは地形学で地理を把握してはいなかった。


 基本的な知識として、山岳で暮らすことを選んだ氏族が居る……程度だった。

 そして、それとは逆に小さな盆地の底へ降りた一族も居るらしい。


 ――フレミナ全域を測量したいが……


 純粋な国防上の都合として、カリオンはそんな希望を持っていた。

 騎馬の機動力を生かした行軍運動では、正確な地理情報が不可欠だった。


「続いては……こちらだ」


 ベルムントが用意してきたのは、巨大な皿に盛りつけられた獣の丸焼きだ。

 鋭い牙を持つ姿は猪を想像させるが、それにしては毛が少ない。


「ザリーツァの高原地帯で放牧される豚の丸焼きだ。これはザリーツァ一門の中で最高の歓待を行う際に欠かせないものだが――」


 ベルムントは自らにそれを切り分け、まずはカリオンへとサーブした。

 独特の薫りが鼻腔をくすぐり、ガルムは目を輝かせてそれを眺めていた。


 ――そうか……


 この臭いは覚えがあるな……と思案していたカリオンはハッと気が付いた。

 それは、いつぞやガルディブルク城へとやって来たフェリブル公の臭いだ。

 全身に染みついた独特の薫りは、この肉を焼く際に出る香辛料の臭いだった。


「――これまたザリーツァの山深くで採れる薫りの強い草と共に蒸し焼きにすることで獣臭さを消し去り、また、肉を柔らかく仕上げてくれるのだ」


 父カリオンと同じように肉をサーブされたガルムは、嬉しそうにしていた。

 その隣に座ったサンドラが『はしたない事をしてはいけません』と窘めた。


「でもー!」

「王をご覧なさい。いつも堂々としてますよ?」


 ガルムの頭を抑え、母サンドラは厳しく躾中だ。

 だが、そのサンドラとてこの臭いは魅力的だ。


 かつてザリーツァの中でサウリクル家へと送り込むべく育てられたサンドラ。

 彼女はこの臭いを知りつつも、一度も口にせぬままガルディブルクへ出た。

 それ故に、これは彼女にとっても千載一遇のチャンスなのだった。


 ただ……


「あなたがみっともない事をすると王が恥ずかしいのよ?」

「……はい」


 自分の気持ちを押し殺し、ガルムを叱る側に回ったサンドラ。

 その姿を微笑ましく眺めながら、カリオンは静かに言った。


「せっかくの歓待だ。冷めぬ前に戴こう」


 太い串に通された肉の塊は、握り拳程もあるサイズだった。

 前もって蒸し焼きにされてはいるが、串に刺して再び火で炙ってある。

 その肉からは芳しい薫りが漏れており、ガルムはクンクンと鼻を鳴らした。


「イヌもオオカミも変わらないね」

「お恥ずかしい限りだが、でも、子供はこれで良いんだと思うよ」


 オクルカの言葉にカリオンはそう応えた。

 串を手に取ったガルムは、大きな口を開けてかじり付いた。


 その姿はまるで下賤な民が配給にかじり付くようだった。

 サンドラは然るべきかどうかを考えたのだが、カリオンはそのままにさせた。


「私もそう思う。同じ年の頃なら、自分もこうやって食べていた」


 オクルカは楽しそうに笑いながらそう言った。

 王子だの次期帝王だの、そんなものは子供には関係無い。


 美味しいものを食べ、新しい知識に目を輝かせ、自らの知見を広める事が大事。

 将来その知識や経験が役に立つのかは解らないが、無いよりはある方が良い。

 そしてそれは、もっと大きな物となって帰ってくるはずのものだ。


 全く異なる種族や習慣や文明に出会った時、それらはきっと役に立つのだろう。

 つまり、精一杯の歓待を喜んで受け、美味いものを美味そうに食べるのだ。

 心づくしの品を美味そうに食べると言うだけで、相手の印象は大きく変わる。

 違う文化を否定せず、黙って飲み込む度量を鍛えるべきなのだ。


「いつか実を結びますな」

「ですな。ビッグストンでも役に立ちましょう」


 フレミナ五氏族の長が集まった祝の席。

 だが、オクルカとカリオンは既に百年の友のようだ。


「過日、シウニノンチュの街長は王に献上する筈のワインを振る舞ってくれた」

「……ていうと、あれか。サワツルゴケの実から作ったワイン」

「そう。あれは本当に美味かったんですが……」


 オクルカは会場に居た者に合図を送り、小さな樽を持ってこさせた。


「その答礼と言うわけでは無いが、フレミナの谷に延びる山ミカンから作った果実酒を持ってきた。どうかコレを味わって欲しい」


 オクルカはその樽にコックを取り付け、カリオンのグラスにそれを注いだ。

 黄色と茶色の中間に近い色味のものだが、驚く程さわやかな香りだった。

 それはまさに柑橘系の香りであり、胸の好くような芳しさだった。


「これはこれは……」


 酒好きならば自ずと目尻が垂れ下がる香り。

 オクルカは自らのグラスにも注ぎ乾杯の仕草をとった。


「諸君。ここで一つ、太陽王陛下にお言葉を戴こう」


 オクルカの声に全員が立ち上がって拍手を送った。

 ふと見れば、ガルムまでもが肉に齧り付くのをやめてカリオンを見ていた。


「ありがとう……ありがとう……」


 拍手を手で制し、カリオンは挨拶を始めた。

 良く通る声は、荒れ地で指示を出す騎馬兵頭領の必須能力だ。


「長きに亘る恩讐の連鎖をここで終わりにしたいと世は願ったのだが……」


 特に原稿を用意してはいない状態だったが、それはそれで何とかなる物。

 過去幾度も唐突に言葉を求められ、カリオンはその都度に鍛えられていた。


「新しい時代の為に努力したいと思う。では、乾杯!」


 この日、シウニンとフレミナの新しい関係が静かに始まるのだった。


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