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駅逓にて

~承前






 目を輝かせてオスカーの話を聞いているガルム。

 その姿を見ながら、カリオンは笑顔になっていた。


 どんなに大人びた振る舞いをしても、中身は8歳の子供だ。

 目にするもの、耳に入るもの、それら全てが面白い頃だろう。

 この年の頃に何を聞き何を学んだかによって一生が決まる。


 自分の経験を振り返り、カリオンは不思議な満足感を覚えていた。


「ララウリ。面白いか?」


 人の集まる場ゆえ、ガルムと呼んでやれないのが辛いところだ。

 だが、幼い頃から二つの名前を使い分けてきたガルムには、普通の事だった。


「はいっ! 面白いです!」


 元気よく返事を返したガルムは、笑いながらオスカーの後を付いて回った。

 フレミナとの関係が改善された後、この交易路はオスカーの管轄だった。

 それ故に、この道の事はとにかく知り尽くしている。


「広い世界を見て育つのは良い事だよなぁ……」


 オクルカはそんな言葉を漏らした。徒歩か馬車が交通機関の全てな世界だ。

 見聞を広めようにも移動すること自体がそもそも難しい。


 そんな環境にあって万全の状態を維持しつつ、国内各所を見て回れる。

 ガルムは本当に恵まれているのだろうとカリオンも思った。


「私もあのシウニノンチュが世界の全てだったからな」

「それを言うなら、私はあのフレミナの狭いエリアが世界だった」


 呟くように言ったカリオンの言葉にオクルカが反応した。

 その言葉の裏にあるものは、ふたり共によくわかっていた。


 ビッグストンへ入学するに当たり、初めて王都へと上ったのだ。

 その道中での見聞は筆舌に尽くしがたい物があった。

 何より、実家へと戻った時にせがまれる道中録の話は皆が目を輝かせた。


 街道沿いの安宿に投宿し、粗末な寝台ね眠れない夜を過ごした……と。

 ありあわせの飯で腹を満たし、ガッカリしながらて先を急いだ……と。


 振り返れば笑い話だが、その時には本当に苦労した。

 生まれ育った所から出た事の無い者にすれば、そんな話ですら面白いのだ。


「王都で育てば……また違う印象だろうな」


 賑わう王都にやってきても、最初の1年間は完全に籠の鳥となるビッグストン。

 だが、今にして思えばオクルカにもその理由も良く分かった。


 地方出身者が生き馬の目を抜く王都の中で失敗しないようにする為だ。

 犯罪に巻き込まれたり、或いは被害にあったりしない為のもの。

 善良と呼ばれるイヌの社会にだって、犯罪と言う暗部は存在するのだ。


「アレは城の中からろくに出なかった故に……余計ね」


 カゴの鳥で育ったガルムが活き活きとしている姿は、カリオンにも面白かった。

 野生児のように馬に乗って育った自分と比べ、ガルムは余りに線が細いのだ。

 そんなガルムがこの一月程でグッと大きくなったように見える。


 育っている


 言葉にすればそれだけの事だが、それでもカリオンには嬉しかった。

 実子エルムが可愛くないわけではないし、ガルムを贔屓している訳でもない。

 ただただ、純粋に嬉しいのだ。


「……まぁ、人の子の親になって改めて思うんですがね――」


 ひとつ息を吐いてから、カリオンはオクルカを見て切り出した。


「――子を産み育てる母親にしてみれば、戦に取られると言うのは悔しかろうと、そう改めてね、しみじみと思うんですよ。ましてやそこで、戦で命を落としてしまうなんて事は、さぞ悔しかろうなぁと……ね」


 あの、荒れた河川敷の辺りで決戦に及んだカリオンとオクルカ。

 そのふたりがこうして、しみじみと戦の事を語っている。


 オクルカはそこにカリオンの信頼を感じていた。

 一国を預かる頂点にカリオンは居るのだ。

 時には人の死を踏み越えてでも戦を選択せねばならない時がある。


「全くですな…… 出来れば人は死なない方が良い」


 オクルカもオクルカで、あまりにも素直な心情を語った。

 幾多の配下を引きつれて戦ったオクルカだ。

 その過程で何人の若者を見殺しにしてしまったかはわからない。


 士官たる者は、その教育課程で必ず教えられる事がある。

 いま生まれる犠牲を取ってでも、将来の為に行なわねばならない事があると。

 部下に死ねと命じる事になろうとも、国家の為にそれをせねばならない。


「もう随分昔ですが父に教えられた事があります」

「父と言うと……ゼル様?」

「えぇ」


 やや曖昧な返答を返したカリオン。

 オクルカは僅かに表情を変えて言った。


「私も詳しく知るわけじゃないけど……」


 やや含みのある言い方をオクルカがした。

 だが、ゼルの正体を知らないはずだとカリオンは思った。

 噂は耳にしているかも知れないが、確かめる術は無いはず……


「育ての親がヒトだと言う事ですかな?」


 カリオンは表情を柔らかにしてそう言った。

 赤心を推して人の腹中に置くとは、その父ゼルの言だ。

 知らないなら知らないで良いし、知っているならそれ以上は言わなくともよい。

 

 ただ、下手な隠し事はしないほうが良い。

 相手が疑心暗鬼ならば、素直に言ってしまう方が良い。

 結果として信頼を得られるのならば、それに越した事はないのだ。


「やはり噂はそうでしたか」

「えぇ。まぁ、それもあってフレミナ側との合戦に及んだわけですが……」


 思えばシウニンとフレミナとの闘争は、遥か昔からの伝統行事だった。

 まだ幼かったふたりの頭上を通り越して行なわれていたことだった。

 今はその当事者となったわけだが、その悪しき連鎖を止めたのだ。


「殺し合いの螺旋はようやく終ったと言うところでしょうな」

「まだ納得してない者も居るんですけどね」


 肩を窄めて苦笑したカリオン。

 オクルカも似たような表情だった。


「で、ゼル様がなんと?」

「一将功なりて万骨枯るる……と」


 カリオンの言った手短な言葉にオクルカは表情を曇らせた。

 どれほど論を重ねたところでそれは真実だ。

 幾万もの死の上に将は立っている。


「かつて、まだビッグストン在学時代の夏季研修で近衛連隊へ着任したんですが」

「……そりゃまた深謀遠慮だな。未来の親衛隊へと言うところか」

「全く同じ事を言われましたよ」


 顔を見合わせフフフと笑ったオクルカとカリオン。

 だが、カリオンは僅かに表情を曇らせた。

 胸にウチに現れたのは、今よりまだ多少若かったダグラス卿だ。


「公爵は配下の貴族に死ねと命じる。貴族は前線の兵たちに死ぬのが前提の突撃を命じる。かくて兵たちは生き延びる為に必死で戦う事になる。運がよければ生き残り、運が悪ければ野末で土の下。その差は戦う者にしかわからない。だが――」


 視線を伏せたカリオンは溜息をひとつこぼした。

 それは、城内では決して見せられぬ弱気な姿だ。


「――俺は……王はその公爵達に死ねと命じろと、それを指示する役になる」


 カリオンがこぼした溜息の意味をオクルカは理解した。

 太陽王の重責と必死に戦ってきたカリオンが逡巡しているのだ。

 人の子の親になって、初めてその重い事実にぶち当たって居るのだ。


 輝かしい武功を立てたとしても、死んだ息子は帰ってこない。

 だからその親は、良くやったと息子を褒めるしかない。


 親の本音は違うのだ。

 卑怯でも不法でも良いから、生きて帰って欲しいのだ。

 その親の気持ちを初めて知ったからこそ、カリオンは憤っているのだ。


「何処も一緒だよ。自分もさんざん言われた」


 肩を竦めてオクルカは笑った。

 なんとも爽やかな、男らしい笑みだと思った。


「犠牲の事は考えなくて良い。フレミナが生き延びるような手を選んでくれと、それこそ一族会議の席で何度も言われた。ただ、やはり息子の顔を思い出すんだよ」

「シリも良い修業をしていると思うよ」

「あぁ。先日久しぶりに顔を合わしたが、男らしい顔になってきた」


 オクルカの息子ロシリカをジョニーの元へ修行に出したカリオン。

 ガルディブルク一番の遊び人だったジョニーも、今は修行の真っ最中だ。

 そんな所へ修行に出したのだが、あんがい成長して居るらしい。


 俗に、男は一桁で言葉を覚え、10代で我慢を覚えろと言う。

 20代で覚えるのは割り切りであり、30代で覚えるのはおとなの分別だ。

 そして40になって不惑を覚える。

 ロシリカも良い歳になり、今は不惑の意味を噛み締めているのだろう。


「本当に……君には感謝しかないよ。カリオン王には……ね」

「あまり褒められても困るな」


 その気安い会話をガルムが離れたところで眺めていた。

 孤独だと言った父カリオンが気安い話をする相手。

 大伯父に当るオクルカをガルムは嫌いではなかった。


 表裏の無い真っ直ぐな性格の人物で、父と同じく卑怯と不条理を嫌う。

 何より、貴賎の境無く、誰とでも話をし、酒を酌み交わす大らかさがあった。


「さて、先を急ぎますか」


 その言葉を聞いたガルムは、自然と笑顔になっていた。

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