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フレミナの窓


 シウニノンチュの街を出て二日目。

 北府からフレミナ地方へと向かう街道は、驚く程の整備ぶりだった。

 一定の間隔で土里塚が築かれ、十里を行く毎に小さな宿場が開かれた。


 その全てはカリオン王によるフレミナ同化政策の賜物だ。

 ガルディブルクから北上する街道は北府を経由しフレミナの地へと延びる。

 フレミナ地方の府・プルクシュポールまではシウニノンチュから凡そ五日。


 その旅路を安全に過ごす為の全てが、この道に込められていた。


「もうだいぶ涼しいな」


 ボソリとこぼしたカリオンは、辺りを睥睨し一つ息をついた。

 思えばシウニノンチュから北に向かうのは初めてだ。


「そろそろ峠の鞍部に差し掛かるところだしね」


 道案内を買って出たオクルカは、フィーメ峠のサミット手前で振り返る。

 眼下遠くにはシウニノンチュの街が広がっていた。


 ――――この街道を整備せよと命じて良かった……


 カリオンは心底そう思った。

 かつては徒歩でしか越えられなかった峠も、今は馬車が通れるのだ。


「ここから先は初めての道程だ」

「ならば改めて言っておかねばなるまいね――」


 オクルカは大袈裟なほどの姿勢で歓迎の意を示した。


「――我がフレミナの地への行幸。まことに感謝の極み。この小さな窓でしか無かった峠を立派な回廊に育てて下さった太陽王に感謝いたしましょうぞ」


 かつて、メーラ峠とフィーメ峠の二つは、冬期ともなれば通行困難だった。

 誰が最初に言ったのかは解らないが、それを夜は閉まる窓に例えた者がいた。

 それ以来、この二つの峠はフレミナへの小さな窓だった。


 だが、今は違う。両峠とも四季を通じての通行を可能にしていた。

 常時配備される除雪人夫により、余程酷い吹雪でも無い限りは除雪される。


「窓はいつの間にか玄関になったと言う所か」

「いや、玄関では無く正門という所だな。四季全てで通行出来るから」


 そんなオクルカの言葉に、カリオンは笑みを浮かべた。

 そして、不意に振り返ってサンドラとガルムを見た。

 サンドラは息子ガルムに山を教えていた。


「あれは?」

「あれはピッシリ山」

「ぴっしり?」

「そう。フレミナの古い言葉で石の山という意味」

「ふーん……」


 峠を越えていく隊列の中央付近。

 前後を親衛隊に囲まれたカリオンは目を細めていた。


 近くにトウリは居ない。どうやら気を使って距離を取っているらしい。

 ただ、カリオンの鼻には微かだが検非違使の臭いがあった。

 つかず離れずの距離を取り、この隊列を見守っているらしい。


 ――こっそり紛れれば良いのに……


 ふとそんな事を思ったカリオンだが、やはり何処かで線を引いているのだろう。

 トウリは余りにも真っ直ぐに、厳格なまでに距離を取ることを選んでいた。

 だがそれは、思わぬ余波をも生み出しているのだった。


「あのふたつの山は?」

「あれは夫婦山よ」

「ふうふ?」

「そう」


 サンドラは遠くを指さし笑った。


「右側がピンネシリ。夫山。左側はマンネシリ。妻山。二つ一組なの」

「ふーん」


 その声に釣られたのか、カリオンもそのふたつの山を見ていた。

 ピンネシリの姿は何処か荒々しくあり、マンネシリの廻りには小さい山がある。


「子供を連れているかのようだ」

「その通り」


 カリオンの呟きに我が意を得たりな表情のオクルカ。

 ただ、そこから先は声を落とし、どこかヒソヒソ話だった。


「アッチの――」


 オクルカが指さしたのはマンネシリ。女山の方だ。


「――マンネシリは山裾に大きな洞窟があるんだ」

「……まぁ、女ですから穴も有りましょうな」

「んで、こっちのピンネシリは、山裾に石の塔が立っている」

「塔?」

「えぇ。そりゃぁもう…… ご立派にね」


 駄目な大人が昼間から猥談で盛り上がる。

 だが、そんな気易い会話が出来るまでにカリオンとオクルカは近くなっていた。

 気が付けばあの、河原の決戦から30年以上の時が流れていた。

 これからの30年は長いが、過ぎてしまったそれは、あっという間だった。











 ――――――――帝國歴379年8月15日

           フレミナ街道 フィーメ峠付近











「さて、この先の駅逓で一休みしましょう」

「そうですな。騎兵には朝飯前でも女子供には辛い道程だ」


 カリオンとオクルカはそんな意見で一致した。

 その間にもオクルカは自らの手下を使って休憩の仕度を始める。


 全てがシステマチックに動く様を眺め、カリオンは不思議な充足感を得た。

 コツコツと築き上げてきたイヌの社会の複雑な仕組み。

 それら全てがそのままにオオカミの地域へも浸透している。


 峠の鞍部を越えたフレミナ側へと差し掛かれば、そこには駅逓の遁所があった。


「遠路遙々の御行幸。まことにお疲れさまでございます」


 駅逓の所長はわざわざの正装でカリオンを出迎えた。

 ル・ガル全土をネットワークする駅逓のシステムはノーリが作ったものだった。


「諸業務で忙殺されている筈なのに手を煩わせる」


 馬を下りたカリオンは、手短に駅長の労をねぎらいつつ建物へと入った。

 路地でも構わぬ大荷物はともかく、手紙や書留の類は建屋の中だ。


 ル・ガル国内を縦横無尽の延びる国道には、各所にこの駅逓がある。

 駅逓とは国内全土へ荷物や手紙などをリレー方式で送る仕組みだ。


「何の何の!」


 上機嫌でカリオンを先導する駅長は、満面の笑みだった。


「太陽王陛下の行幸とあらば、この駅逓最大の栄誉ですぞ」


 駅長室へと案内されたカリオンは、室内のソファーで寛いだ。

 向かいにはオクルカが陣取り、同じように気を抜いていた。


「……若の興味は尽きぬようですな」


 駅長は自らに茶などを振る舞い、目を細めて外を見た。

 サンドラと手を繋ぐガルムは、オスカーから駅逓をレクチャーされていた。


「王都に居て学ぶのと、実際の現場を見て学ぶのでは全く意味が異なるからな」

「全くですな。やはり実際の現場を見なければ学べぬ」


 フレミナ王だったはずのオクルカも、今はフレミナ総督の肩書きだ。

 ル・ガル王の名代としてフレミナを収める者であり、また責任を持つ。


 王から総督へ降格と誹る者も居るが、実際には何も変わっていない。

 ただ、ル・ガルの持つ莫大な財力がフレミナ地方へふんだんに注がれるだけだ。

 それによりフレミナは、空前の好景気に沸いていた。


「……しかし、この荷物は凄いな」


 カリオンが目をやったのは、駅逓の前に山と積まれた継走荷物だ。

 景気が良くなれば、投資が増え、結果として地域に流動する通貨は増える。

 そうなれば市民の購買力は高まり、商人は商品を送り込む。


 市民は地域で珍しいものを買いあさり、経済は成長していく。

 そのポジティブサイクルに入ったフレミナは、凄まじい物流に湧いていた。


「ここ数年は慢性的に輸送力不足です。去年より軍の輸送隊が搬送余力を使って運んでいただいておりますが、それでも絶望的な状況です。出来るものなら……」


 駅長は何かを期待する様にカリオンを見た。

 輝く栗毛の印象的な金耀種の男だった。


「解った解った。王都へ戻ったら各方面へ検討させよう」


 行幸に同行する事務官に便箋を用意させ、カリオンは指令書をしたためた。

 受け取るのは遠い王都に居るウォークだ。


 王の遠征に同行しないウォークは、王都で不在中の留守を預かっていた。

 まだ若いとは言え、行政各所を横断的に監督する官房長官でもあるのだ。

 ただ、そんなウォークへの指示は、無理難題を吹っかけているだけとも言う。


「後は上手くやってくれるだろう」


 ニヤリと笑ったカリオンは封蝋を垂らして駅長へと渡した。

 最敬礼でそれを受け取りつつ、駅長もまた笑顔になっていた。

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