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微睡み<後編>

~承前






 カリオンは無意識レベルでリリスを見た。

 そのリリスもまた同じようにカリオンを見た。

 九尾の狐そのものであるウィルは妖艶に笑っていた。


「なんで……」


 搾り出すように呟いたリリスだが、ウィルの姿をした尾頭は笑っていた。


 ――――私こそがウィルケアルヴェルティだ

 ――――そして、君らの知るウィルケアルヴェルティもまた本物だ


 クククと笑いを噛み殺したウィルは両手を広げ僅かに首を傾げた。

 その姿はあたかも『わかるか?』と問うかのような姿。

 言い換えれば、君らに理解できるか?と、どこか侮るような姿。


 ただ、悔しく口惜しい事千万ながら、ふたりの理解力を完全に飛び越えた。

 ただひとつ解る事は、この夢の中でしか尾頭には出会えないと言う事だ。


 ――――私は常に複数存在しつつその全てが私であり

 ――――数多の可能性を持って存在している


「いや、そうじゃなくて……」


 リリスは子供の頃からウィルを見て育った。

 それだけで無く、様々な話を聞いて育った。


 リリスにとってウィルは師であり目標であり絶対の存在だった。

 そのウィルに別人格があった。いや、正体と言っても良い存在が居た。


「私の知るウィルケアルヴェルティとは異なるのね」


 ――――そうだね

 ――――ただ、正確に言うとだ


 ウィルの浮かべていた笑みに何とも言えない凄みが混じる。

 それは言葉では表現出来ない、凄まじいまでの威圧感だ。


 ――――私は私であり

 ――――私たる存在は私では無いが……

 ――――それも私だ


 掴み所の無い言葉が漏れ、リリスは首を傾げた。

 その仕草を見ていたウィルは、満足そうな表情になった。


 ――――その必死で理解しようとする姿勢は大変よろしい

 ――――異なる私が育てた者よ

 ――――今日よりそなたも尾頭の弟子を名乗って良い


 尾頭の弟子。

 それはつまり、あのキツネとウサギとネコの弟子に比肩すると言う事だ。


 ――――私は私の研究の結果として一つの到達点を超えた

 ――――その結果として私は私の存在を分離精製する事にした

 ――――私は一つの到達点を記録する存在なのだよ

 ――――つまり


 ウィルは自らの尻尾を大きく広げ、そこに手を伸ばした。


 ――――長年の研究の結果として

 ――――私は九尾に至ったのだ


 ポカンとした表情でウィルを見ているリリス。

 その隣でカリオンも同じように唖然とした表情になっていた。


「じゃぁ…… 私が知っているウィルは……」


 ――――あれも私だ

 ――――正確に言うなら私から分離した別の私だ

 ――――私は私の目的を果たしたのだよ


「あぁ、なるほど。つまり、ウィルは自分の世界へ帰ったんだな?」


 確認する様にカリオンがそれを言った。

 父ゼルから聞いていたウィルの話を思い出したのだ。


 ――――そうです

 ――――ですから、そちらの世界へ干渉するのもこの程度が限界です

 ――――世界線の異なる所であっても夢は繋がってるんですよ

 ――――夢の世界は別にあるのですから


「では、なぜ我々に干渉しようと?」


 ――――良い質問だね


 ウィルは満足げな表情で目を細めた。


 ――――私がそちらに残してしまったあの魔法薬

 ――――その結晶たる君らに大切な事を教えねばならないからだ


「大切な事?」


 怪訝な声音で聞き返したカリオン。

 リリスもまた怪訝な表情だ。


 ――――そう

 ――――あの魔法薬の目的だよ

 ――――あの薬は不完全なものだ

 ――――当初の目的とは異なる結果をもたらした不良品だ

 ――――故にその全てを回収し廃棄した筈だった


「当初の目的って何ですか?」


 リリスの興味は別に移ったようだ。

 魔法薬の使用目的がどこにあるのか。


 カリオンもリリスもそれを思った。

 それこそが自らの正体を示すものだからだ。


 ――――あの薬はそもそも種族の壁を乗り越える為のものだ

 ――――だが異なる種族で子を為す事などもっと簡単にできるのだよ


 その一言にカリオンはただならぬ不快感を覚えた。

 ルフやハクトやセンリらが本気で知恵を絞って作り上げた秘薬。

 だが、ウィルはそれを簡単だと言いきったからだ


 ――――本当の目的は切り札を作り出す事だ


「切り札?」

「それは何ですか?」


 ――――簡単に言えばどんな種族とでも子を成せる便利な存在

 ――――それを生み出す為に造った魔法薬さ

 ――――つまり……


 ウィルはニコリと笑ってリリスとカリオンを指さした。


 ――――君らふたりはどんな種族相手でも子を成せる特殊な体質だ


「え?」


 カリオンとリリスは顔を見合わせ驚いた。

 それは余りにも強烈な告知だったからだ。


 ――――私が転生の秘術を行うにあたり

 ――――精神を移す先としての存在が必要になった

 ――――その為に作ったのがあの秘薬だ


 ウィルはニンマリと笑ってリリスを見た。


 ――――どんな種族相手でも子を為す母が必要だった

 ――――しかもそれは生まれ出てくる子が母を取り殺す運命だ

 ――――消耗しても良い存在としての母を造り出す薬だよ

 ――――故に男が生まれるのは想定外だがね


 リリスを見ていた眼差しがカリオンへと移った。

 最初は呆気にとられていたが、やがては烈火の如くに不機嫌な顔になった。


「つまりなにか? あなたは自分自身の都合で使い潰せる命が欲しかったのか?」


 ――――そうだよ

 ――――その通りだ

 ――――さすが王を名乗るだけのことはある


 普段のカリオンよりも遙かに傲岸な表情と成り、ウィルはカリオンを見た。


 ――――ヒトとキツネのかさなりから生まれ落ちた者

 ――――それが君らの知るウィルだ

 ――――そのウィルからこぼれ落ちた意識と記憶とが……


 再び椅子へと腰を下ろし、幼いリリスとカリオンの前に戻ったウィル。

 その姿がフッと朧気に成り、ややあってあの授業の最中へと戻っていった。


 ――――私だよ


「ふざけんな!」


 怒り狂ったカリオンが手を伸ばしウィルの襟倉をつかみに行った。

 だが、その上ではまるで空を掴むかのようにスッと空振りになった。


 ……あれ?


 そんな顔になって驚くカリオン。

 ウィルは穏やかな声音で言った。


 ――――エイダ

 ――――なんでイヌは戦争をするんだい?


「話をはぐらかすな!」


 怒り狂ったカリオンが叫んだ。

 だが、その直後に幼いエイダ少年は応えて言った。


 ――――他所の国がちょっかいを出すから


 小さく『あっ』と漏らしてリリスを見たカリオン。

 リリスは幼いエイダ少年を見ていた。


 ――――なぜ?


 あの授業のシーンに戻っている。

 リリスはやや混乱気味ながらも様子を伺っていた。

 思慮深く、注意深く、冷静に冷静に。


 ウィルの言う言葉に違和感が無いかと探っていた。


 ――――イヌの国が怖いんだ


 幼いリリスが闊達な声でそう言った。

 それを聞いていたリリスは首を振りながら『違う違う』と言う。


 ――――じゃぁ、怖くないと手を出さないかな

   ――――それは無いと思う

 ――――でも、イヌが怖いんだろう?

   ――――うん。たぶん


 幼いリリスとエイダはそんな会話をしている。

 思えばふたりは子供の頃からこうやって話し合ってきた。


 それが噛み合わなくなったのはいつからだろうか。

 リリスはカリオンを立てるように成り、カリオンはリリスを囲っていた。

 愛あるふたりの快適な距離と向き合い方。


 だがそれは、ある意味で歪なものだった。


 ――――じゃぁ二人で考えよう

 ――――どうやったら戦争は終る?


「終わらないよ…… 終わる訳が無い」

「そうね。同感」


 カリオンの呟きにリリスがそう応えた。

 そして、カリオンに抱きついた。


「私は死んで良かったのかも」

「死んじゃいないだろ?」

「うん。でも、コレで良かったのよ」


 リリスはどんな種族とでも交配して子を為すのだろう。

 そうならないだけマシと言う事だ。


「いや、問題はまだある」

「……コトリね」


 コトリはある意味で危険な場所にいる。

 検非違使としてあの茅街にいるのだ。


「早めに何とかしないと行けないな」

「イワオも釘を刺しておかないと」

「あぁ。あとは……」

「リサ」


 ふたりは顔を見合わせ手表情を歪ませた。

 それは、余りに辛い現実へ対処する必要性からだった。

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