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ガルムの夢


 帝國歴379年7月22日。

 この日、栄える王都ガルディブルクは重い空気に包まれていた。

 街の中心にある巨大な中洲ミタラスには、喪服の市民が集まっている。


 ガルディブルク城下の大広場を取り囲む市民達は、黙ってセレモニーを待った。

 大広場を見下ろす城のバルコニーには、太陽王の親族が正装で集っている。


 そこに居る誰もが無言となり、ジッと始まりを待っていた。

 その全てが、これから城下で行われるセレモニーを黙って見つめていた。


「父さま」

「どうした?」


 カリオンと並んで立つガルムは、数えで8才となっていた。

 この日のガルムは太陽王の息子として、恥ずかしくない格好で立っていた。

 その姿はまさにカリオンを小さくしただけの、小さな太陽王だ。


 世界に冠たるル・ガルの王子として、何処へ出しても恥ずかしくない姿。

 市民の誰もが、その姿に安堵の思いを持つような、そんな姿だった。


「あそこに透明な人が居る」

「……え?」

「透明な人が入ってきた」


 ガルムはカリオンの袖を引いて広場を指さした。

 不思議そうな表情を浮かべ、広場の中をジッと凝視していた。


「……そうか。お前にも見えるのか」


 僅かに驚いた様子のカリオンは、息子ガルムへと目をやった。

 カリオンの腰よりも僅かに大きくなったガルムは、ジッと広場を見ていた。

 広場には黒装束に身を包んだ軍楽隊が行進曲を演奏しながら入って来ていた。


「あれ……なに?」


 純粋な眼差しで自分を見上げるガルム。

 その姿にカリオンは胸が一杯になって言葉が無かった。


 行進曲を奏でつつ、静々と入ってきた軍楽隊の後ろ。

 そこには国軍の兵士たちが続き、白木の箱を大切そうに抱えていた。


 ……遠い日。

 あのシウニノンチュの高台で見た光景をカリオンは忘れた事が無い。

 軍楽隊に続き入ってきた白い小箱の脇には、朧気な姿の男達が居た。


 ――――ワタラ。あれなに?


 自らの父をワタラと呼んだあの日。

 シウニノンチュの高台で、まだ幼いエイダ少年は見ていた。


 ――――大丈夫!

 ――――ボクには見える!

 ――――あそこに沢山人が立っているもん!


 あの広場の中、白木の箱を抱え泣く母親の横に立つ半透明の男達。

 心配そうな顔で母親の横顔を覗き込み、困り顔で今にも泣きそうな青年達。

 遠き戦地で命を落とし、魂だけとなって故郷へと帰ってきた男達だ。


 ――――鐘の音がみんなを呼んだんだ!

 ――――みんな帰ってきた。イェルサレム(約束の地)の鐘だもん!


 エイダ少年の目は、それをしっかりと捉えていた。

 北伐へ従軍した紅顔の青年達は、死して魂だけが帰ってきたのだ。


「……そうか。みんな帰ってきたんだね」

「そうだ――」


 カリオンの手がガルムの頭に添えられた。

 幼児が見るにはショッキングなシーンとも言える。


 だが、それから目を背けてはならない。

 王となり国を導かねばならない者は、決して忘れてはいけない。


「――彼らはひとつしかない命を差し出し、国の為に戦ったんだ」


 呟くように言ったカリオンの言葉。

 ガルムはそこに血を吐くような辛さを感じた。


 ただ、その姿を見ているカリオンは、別の事を考えていた。

 あの時、自分も確かにコレを見ていた。そして子供なりに考えたのだ。


 戦を無くす為にはどうすれば良いか。

 無くす事が出来なくとも減らすにはどうすれば良いか。

 よしんば、戦が残ったとしても、兵士を殺さずに済ますにはどうすれば良いか。


「命が一杯あれば良いのにね!」


 屈託無くそう言ったガルムの言葉にカリオンは苦笑いを浮かべる。

 魂の多重搭載なら、自分自身やリリスがそうだからだ。


 ただ、自分と同じ存在を増やすわけにはいかない。

 自分自身が呪われた存在である事など、カリオンはとっくに知っている。


「……そうだな」

「僕、きっと見つけるよ! 命を沢山持ってる、死なずに済む兵隊さん」


 ガルム少年は楽しげな笑顔で父カリオンを見上げた。

 まだ幼い少年には命の大切さを理解する事は難しいのだろう。


 ただ、少年の純粋な夢や希望は、時を経て実現する。

 自分自信がそうであった事を、カリオンは見落としていた。











 ――――――――帝國歴379年7月22日

           王都ガルディブルク 城下











 その始まりは、冬を前にした378年の10月終わりだった。

 フレミナ公オクルカから一通の手紙がカリオンの元へ届いた。


 ――――太陽王の助力を請いたく一筆啓上……


 要約すれば、フレミナ一門の中でザリーツァ衆が手に負えないと言う事だ。


 オクルカ王の前にフレミナ一門の頭領であったフェリブルの出身母体。

 そもそものフレミナ受難において、土石流により壊滅的な運命を辿った一族だ。


 彼らは未だにオクルカ王を認知していないのだという。

 フレミナ一門はザリーツァ一族が支配するのだと盲信しているらしい。

 そして、事ある毎にフレミナ一門の中に波風を立てるのだという。


 だが、ここに来てザリーツァ一族が行った事は、ル・ガルへの反逆だった。

 まずはフレミナ一門の中で発言力を増そうとしたらしい。

 事もあろうに、ザリーツァの里へ他種族の傭兵団を入れたらしい。


 ――――これは明確な国家反逆に他ならない……


 オクルカは太陽王の手を煩わせる不甲斐なさを詫びていた。

 そして同時に、フレミナとル・ガルが一衣帯水だと言う事を示す時だと書いた。


 ――ウォーク

 ――どう思う?


 カリオンはウォークに意見を求めた。

 悪い解釈をしようと思えば、幾らでも出来るからだ。


 フレミナ一門の戦力を一兵たりとも減らす事無く対処する方法かも知れない。

 ル・ガルの主力を誘い出し、まとめて減らす作戦かも知れない。

 酷寒冷地における戦闘の経験は、近衛師団ですらも経験が無いのだ。


 ――冬場の移動困難期にこれをやるのは危険が大きいでしょう

 ――ただ、逆に言えば完全に一網打尽に出来ます

 ――そして……


 ザリーツァを完全に根切りしてしまえる良いチャンスだ。

 フレミナ一門の中では一番の強硬派であり、また、徹底主義だ。

 そもそも、始祖帝ノーリを生んだシウニン一門と争ったのがザリーツァだ。


 他の4氏族がル・ガルに恭順を見せたところで、ザリーツァは絶対に折れない。

 そもそも、負け組側であるザリーツァにとっては、アイデンティティの問題だ。


 フレミナは負けたわけでは無い。ただ、たまたまこうなっただけ。

 そんなスタンスでいる彼等は、チャンスと見ればルガルへ牙を剥くのだろう。


 早めにケアしておいて損はない。

 いや、むしろこれを奇貨として、一気に畳み掛けるべき。

 それに乗ってきたのは、丞相の立場にあったドレイクだ。


 太陽王の信を得るチャンス。また、公爵家の当主として得るべき成果。

 そんな発想をしたのかどうかは解らないが、俄然やる気を出していた。


 ただ、その結果は少々残念なものになった。

 冬を前にしてフレミナ地方へ進出した国軍は、想像を絶する寒気に遭遇した。

 それなりに寒冷地向け装備を調えたはずだったのだが、今冬は厳しすぎた。


「……この冬は厳しすぎたようね」


 辛そうな口調でサンドラが漏らす。

 フレミナ地方の冬を知っているサンドラだ。

 その言葉には万の感情が込められていた。


「フレミナ地方の冬は俺も経験が無いな」


 サンドラの言葉に相槌を打ったカリオン。

 その言葉にサンドラが僅かながらも表情を柔らかにした。


 何の感情もないままに夫婦となったふたり。

 公的に言えば、サウリクル家の未亡人となった婦人を王が召し抱えた形だ。


 王の戯れ。

 若しくは、自らの伴侶を奪ったサウリクル家への当て付け。

 そんな陰口めいた言葉が出てくるのも、ある意味では仕方が無い事だった。


 相手に寄り添い、合わせようと努力をするように仕上げられた。

 いや、サンドラの人生を端的に言うならば、調教されたと言って良い。

 自分の感情を押し殺し、目的の為なら如何なる手段でも行なう女。


 そんなサンドラも、今は柔らかく朗らかになっていた。

 慰霊の席と言う事で、あまり緩い表情を浮かべる事は出来ない。

 だが、それでも僅かに表情緩めるくらいの事は出来た。


「フレミナへ……行く?」


 サンドラの真意がどこにあるのかをカリオンは考えた。

 ル・ガルへと嫁いで以来、サンドラは一度として帰郷した事が無い。

 思えばあのトウリの母ユーラも、里帰りなどした事が無い。


 どこか、故郷フレミナを毛嫌いしていたフシのあるユーラ。

 それを思えば、サンドラも故郷に良い感情が無いのかも知れない。

 ただ、サンドラとユーラは違う人物だと言う事を見落としてもいけない。


 アレコレと思案の巡らせて果てにカリオンは決断する。


「一度は行かねばならんだろうな。オクルカ公との話もあるし、形ばかりとは言えフェリブル伯の墓参も必要だ」


 慰霊の席と言う事で大袈裟に笑みを見せる事は憚られる。

 だが、カリオンは城下から見えぬ角度でサンドラに笑みを見せた。


「私は……」


 ――行かなくても良いですよね?


 と、そう言わんばかりのサンドラ。

 だが、それがサンドラの処世術だとカリオンは気が付いていた。


 望む事と反対の言葉を言い、相手にそれは困ると言わせる。

 きっとフレミナ社会の中ではそれがスタンダードなのだろう。

 フレミナの支配者は何処か単純で御しやすい性格になるケースが多い。


 そんな支配者への繰話術として、こんなめんどくさい会話が必要なのだ。


「もちろん行って貰わねば困る。()()も同行させる故に心配ない」


 護衛の言葉に重きを置いたカリオン。

 それが何を意味するのかをサンドラは分かっている。


 人の目を集める場では近衛師団が同行するのだろう。

 だが、影の側に回れば、あの検非違使が距離を取って同行するはずだ。

 そしてそこには、サンドラが心を寄せる存在がいる。


 太陽王の妃となったサンドラの、その恋人がそこに居るのだ。


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