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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
少年期 ~ 出逢いと別れと初陣と
21/665

ゼルとカウリと五輪男とエイダ

 夏の終わりのシウニノンチュに秋風が吹き始める頃だった。

 黒々とした空に雲が浮かび、チャシのバルコニーに(あつら)えられた食卓には、ややもすれば冷たい風が入り始めていた。


「報告いたします」


 午後のお茶を楽しんでいたエイラとリリスのところへ、伝令の騎兵がやって来た。


「随分ほこり臭いじゃない。何事?」


 エイダの話を聞いていたリリスだ。

 それが良くない報告の可能性を嫌と言うほど感じていた。

 ただ、ギリギリで顔に出るのを防いだと思ったリリス。

 クールな顔でやり過ごしたつもりになっていたのだけど、ウィルには見抜かれていた。


「ゼル様とノダ様が合流され帰還されるとの事です。明日には到着の見込みとの事でございます。追って連絡が入るかと」

「……そう」


 短く答えたエイラ。

 その横顔を見ていたリリスは、エイラが僅かに涙ぐんでいる事を見逃さなかった。


「おめでとうございます」

「リリス。ありがとう」


 余所行きの挨拶でエイラを祝福したリリス。

 言葉遣いとして正しい選択だが、どこか余所余所しい部分は仕方が無い。

 段々と言葉遣いや挨拶の使い分けは学んでいくものだ。


「明日はお祭りですね」


 ウィルの言葉にエイラは微笑んだ。


「なお……」


 伝令の報告が続いているのをエイラが気が付く。

 目を向けられた伝令は一瞬口籠もってから、やや声を落とし報告を続けた。


「ノダ様とカウリ様がチャシへお立ち寄りになるとの事です。本隊はそのままガルディブルクへ帰還されます。シウニノンチュからの出征者で死亡は四名。ノダ様が一人ずつお届けになるとの事です」


 犠牲者が四人で済んだと言うのは重畳だ。それ以上多ければ問題になる。

 戦争に人的犠牲は必ず付いて回るモノだが、少ないに超した事は無いのだ。


「最後になりましたが」


 まだあるの?と言う顔で伝令を見たエイラ。

 伝令はそのエイラの顔を見ず、目を伏せたまま何かを言おうとした。

 刹那、リリスはエイラの着ていた服の裾を掴んだ。


「……ワタラ様が毒矢を受け亡くなられました。ゼル殿はご健在です」

「そう…… ワタラが……」


 伝令は報告を終えたという事でバルコニーから消えた。

 デッキを歩いて手摺り際に立ち、黙って街を見下ろすエイラ。

 柔らかな風が吹き、街は平穏そのものだ。


 誰かの懸命な努力で維持される仮初の平和がそこにある。

 だが、ハッと気が付いたエイラは、その場に立ち尽くしていた。


 心ここに在らずと言う風な姿をリリスは心配そうに見上げた。


「……ワタラ……様…… ゼル…… ゼル…… ゼル…… 殿…… 」

 

 エイラは空を見上げた。

 真っ青な空がどこまでも続いていた。

 白い雲が風に乗って流れていった。

 降り注ぐ日差しのまぶしさにエイラは目を細めた。


「…………ゼル」


 どこまでも透き通る、清く透明な涙が流れ落ちた。

 

「何かの間違いよ。きっと言い間違えただけ。そうよ。きっとそうよ」


 バルコニーの上で自分の肩を抱いたエイラ。

 どうして良いか解らずウィルを見たリリス。

 その直後。ドサリと音を立ててエイラが倒れた。

 咄嗟に駆け寄ったウィルは癒やしの魔法を使い、同時に人を呼んだ。


「誰かありますか! エイラ殿を!」


 給仕のメイド達が何人もやって来てエイラを寝室へと運んだ。

 事情を知らない者達はエイラが目眩を起こしたと勘違いした。

 そしてそれは、エイダに続く子孫誕生の兆しであると思った。

 

 だが。


「母さま……」


 しばらくして剣術の稽古から戻ってきたエイダは寝室へ直行した。

 部屋の中にはリリスの他に数人の女官が待っていた。

 だが、エイダの姿を見て皆が席を外した。

 エイラの他にエイダとリリスしか居なかった。


「やっぱり父さまが……」


 悲しみに溢れた表情のエイラが鼻を啜って泣き始めた。

 悲嘆に暮れる母親の姿は、男の子にとって最大級の痛みと言える。

 だけど、エイダは達観したように溜息を一つ吐いて、そして目を閉じてしまった。


「やっぱり……」

「エイダ。このことは誰にも言ってはダメよ」

「はい」


 エイダは僅かに涙ぐんだ。

 そのエイダの隣に座って肩を抱いたリリス。

 エイダもまたリリスの肩を抱いた。


 この二人の子供の為に。

 エイラは強く生きねばならないと覚悟を決めた。

 恐ろしく厳しい修羅の道になるだろうと。

 太陽王の娘と言うのは、口で言うほど生やさしくは無い。


 自分の身にこれから何が起きるのかは分からない。

 だけど。そう、だけど、だ。

 この子と、その伴侶の為に。


 エイラはイヌを捨て鬼になる事を決めた。

 そんな部屋へ柔らかい風が吹いた。

 

 ふと。

 ゼルの匂いがしたような気がした……






 翌日。シウニノンチュから出征した市民兵が帰還した。

 ノダとカウリが引き連れていった約一万の兵士。

 そして、ゼルが引き連れていった約二千人が無事な帰還を果たした。


 数年前の夥しい犠牲はもう無い。

 越境盗賊団や武装強盗団は、もはやほぼ壊滅していた。

 それ故に街が払った犠牲と言うのは、内容的には不幸な事故レベルばかりになる。


 偶然の矢を受けたとか、或いは、追跡中に馬が転び、後続に踏み殺されたとかだ。

 僅か四人のうち、ある一人などは野営中にマダニに咬まれ発熱の後の衰弱死だった。


「医療専門の魔術師が欲しいわね」


 まるで他人事のような呟きを残してバルコニーから帰還兵を見下ろすエイラ。

 正装してエイラの隣に立つエイダ。その隣にはドレスアップしたリリスがいた。

 チャシを見上げる市民の大半は、リリスを見るのは初めてだった。

 

 誰もが思った。

 エイダの伴侶が宛がわれたのだと。


 その場へゼルが登ってきた。

 しっかりとした足取りで、一歩一歩階段を登って。

 ゼルの後ろには黒い面帯をしたあの男が付いている。

 街を総べる長の無事な帰還に市民は胸を撫で下ろす。


「父上!」


 エイダは満面の笑みでゼルへ抱きついた。

 ゼルの腕がエイダを抱き上げ、そして美しく着飾ったリリスをも持ち上げた。

 その腕にエイラが手を絡ませる。太陽王の娘夫婦は家族が全て揃っている。

 誰も疑問を持たない。誰も気が付かない。自然な姿。


 その場へやって来たノダとカウリもまた笑顔だった。

 皆、エイダのそれが演技だと思いつつも……だ。

 太陽王の血を引く少年が見せた配慮と努力を、皆が涙交じりの笑顔で讃えた。


 だが、その晩。

 エイラとノダ。そしてカウリの三人は食事をしながら重要な事を話し合っていた。

 トウリとワタラを外し、給仕などの者も入れない相談だった。


 カウリ陣営にとって頭脳ともいえるウィルですら入っていない話し合いの席。 

 水よりも濃いモノで繋がった者たちの、いわば最高経営会議だ。


「俺の名前で帝へは報告を上げた。そろそろ早馬が着く頃だろう」


 最初に切り出したノダは、深い溜息と一緒にそんな言葉を吐いた。

 今にも泣きそうな表情のエイラ。その肩をカウリが抱いた。


「兄貴は愛されていたんだな。俺が一緒に行っていたのに……すまない」

「……一緒?」

「あぁ」


 涙の味がするワインを口に含んで、そしてエイラは萎みそうな程に深く息を吐いた。

 その息がかなり酒臭いのは、辛さを忘れるために酒を煽ったせいだと思った。

 だが、心に痛みを覚えるほどの辛さは、時に人を死に至らしめる事がある。

 ノダもカウリもエイラの近くから酒の瓶を全てどけてしまった。


 酒に溺れているうちは、その痛みと戦う事など出来やしない

 内なる痛みと戦う事が出来るのは、本人だけだからだ。


「ゼルは――


 酒と吐き気でネト付く口内に言葉を溜めたエイラは、胸のうちを震わせた。

 愛する人を失った時、初めてその価値を知る事になる。


 ふと、エイラはワタラの胸中を理解した。

 死すら確定しないまま十年を超える年月を過ごしてしまったワタラ。

 どれ程に悶え苦しむ日々だったのだろう。

 今すぐにでも。危険を犯してでも。探しに行きたかった筈のワタラ。

 だが、彼はここへ残ってくれた。

 それだけでなく、思い責務を背負って、そして……


 上手く纏まらない思考が脳内をぐるぐると回っていた。

 終わりの無いメリーゴーランドに、エイラの脳は痺れた。


 そんなエイラの虚ろな意識を叩き起こすように、唐突な来訪者が有った。


「母さまお願い! ワタラを追い出さないで!」


 物凄い勢いでやって来たエイダ。

 両手を握り締めて部屋の隅で立っている。

 ゼル亡き今、エイダにとって父親はワタラだ。

 エイダの震える姿にエイラは優しく笑った。


「そんな事はしないわよ」


 エイダを招き寄せ、そしてギュッと抱きしめたエイラ。

 そんな姿を見ていたノダは、エイダの頭に手をのせ言った。


「追い出すどころか、ワタラはよりいっそう逃げられなくなった」

「そうだな。今まで以上に辛い思いをさせる事になる」


 ノダに続きカウリもそんな事を言う。

 不思議そうに見ていたエイダへノダが諭すように言った。

 

「ワタラにはゼルのフリを続けてもらう」

「ふり?」

「そうだ。ゼルが死んだとあっては、色々と面倒が起きるんだ」


 ノダの言葉を聞いていたエイダだが、そこへゼルの声が流れた。


「おそらくそうなると思っていました。問題ありません」


 驚いたノダやエイラが見たものは、ウィルと並んで立つ五輪男。いや、ゼルだった。


「ウィルさんと相談して、ゼルの真似をする方法を考えました」

「連続して使う事は出来ませんが、声色は限りなくゼル殿へ近づけました」

「これなら、少々の事じゃばれないでしょうね」


 ゼルの着ていた普段着に袖を通した五輪男。

 その姿はますます持ってゼルに似ていると皆が思った。

 そして、短く刈り込んでいる頭の左右にあった筈の耳が無い。


「ワッ…… ワタラ…… 耳は?」

「あぁ、先ほどウィルさんに手伝ってもらって、切り落としました」


 さらっと凄い事を言った五輪男。その姿を皆が驚いて見ていた。

 ヒトの男が見せた気合と覚悟。エイラは震えた。ただただ震えた。


「時間が経って問題なくなってからゼルは病死と言う事にしよう」


 ノダの言葉は溜息交じりだった。

 国を預かる者の一人として、本当に辛い部分を処理しているのだ。

 全体の幸福と利益の為、自分がその責務を背負うなら全く問題が無い。

 だがしかし、今この場では自分以外の誰かに人生そのものを捨てろと言っている。


 ノダは黙って頭を下げた。


「スマン」


 だが、五輪男は静かに言った。

 そこには怒りも憎しみもなく、現状を受け入れるのだとする意思があった。


「私は長くても五十年で死ぬでしょう。そしたら、病死にすれば良いですよ」


 そんな一言にノダはこれ以上無く驚いた。そして、ノダだけでなくカウリも。

 だけど、やるべき事は忘れていない。この地を総べる最高責任者のノダだ。


「そうだな。そうしよう。すまぬがそうしてくれ」


 ノダはエイラをジッと見た。


「エイラ。これで良いか?」

「いずれこうなると思っていたわ」

「そうか」


 ノダの言葉には隠しようの無い安堵が漏れ出ていた。

 エイラが精神的におかしくなってしまうのではないか?と思っていたのだろう。

 思いのほか安定しているエイラを見て、頭痛の種は一つ減った思って良さそうだ。


「ねぇワタラ」

「なんでしょう?」

「今から。これから」

「えぇ」


 エイダを抱きしめていたエイラは、エイダを椅子へと座らせた。

 そしてそのまま五輪男の元へ歩いて行く。


「今日、今から私にとってあなたはゼルだから」


 エイラはそのまま五輪男へと抱きつく。

 厚い胸板に顔を埋め、そして恋人を見上げる乙女のように五輪男の顔を見た。


「あなたはあなたで居て良いから。だけど、ゼルで居て欲しいの」


 そのエイラを抱きしめた五輪男。

 優しく、そして悲しげな顔でエイラを見ていた。


「今夜は私の部屋に来て。自分の部屋へ来るように」

「わかりました」


 五輪男の腕の中で悲しそうに微笑む母エイラ。

 その姿をエイダは複雑な表情で見ていた。






 その夜。十年少々を自室として過ごした部屋へ入った五輪男は、自分の手で部屋の灯りを消した。あの突然の刺客に襲われた晩から、既に十年以上過ぎていた。

 二十二歳でこの世界へとやって来た五輪男だったが、気が付けば三十五歳だった。

 まだまだ自分が生長したと言う実感は無い。だが、確実に身体は老い始めている。


 暗闇の中に、若いままの姿の琴莉をイメージした。

 二人で笑い有った夜を思い出した。


 自分はいま何をやっているんだ?

 なんでこんな所へ居るんだ?


 やりどころの無い苛立ちが一斉に襲い掛かってきた。

 そして、ゼルを殺してしまったことへの後悔が沸き起こってきた。

 あの男が生きていれば、妻の手掛かりを探せたかもしれないと言うのに……だ。


 両手をグッと握り締めて悔しさに震える。

 エイラから見れば、自分は単なる遊び相手。専属の男娼だ。

 今までだって、ゼルの居ない晩に求められた事も一切では無い。


 だが、今夜からはその務めが一段上がってしまう。

 専属の男娼から、夫のフリへ。

 俺の妻は。本物の妻はこの世界の何処かに居る筈だ。

 

 なのに俺は!


 悔しさと歯痒さに打ち震えた後、五輪男は踵を返して部屋を出た。

 自分やエイラの事は一旦忘れよう。全てはエイダのために。

 そう覚悟した五輪男の元に、突然ウィルが現れた。


「どうされましたか?」

「実は、カウリ様がワタラ殿と折り入ってしたい話があると」

「私に?」

「えぇ。重要な事です」


 何となく話の察しは付いている。だが、行かない訳にはいかない。


「厳しい話になりますね」

「えぇ。カウリ様だけでなく、私も気を揉んでいます」


 五輪男は懐に隠した短刀を確かめカウリの部屋へ向かった。

 ウィルに先導を頼んだのは、後方から襲いかかられたら何も出来ないと思ったから。

 だが、五輪男は呆気なくカウリの部屋へと到着した。

 ちょっと拍子抜けだった。

 

 静かに戸を開け中へと入ると、ウィルは部屋の外から部屋に鍵を掛けた。


「遅くにすまんな」

「いえ。お気遣いなく。いかなご用件で?」


 五輪男を呼び出したカウリは五輪男に席を勧め、その向かいへ腰を下ろした。

 誰も交えず二人だけで話をする腹のようだ。老練な王佐の男が相手だ。

 五輪男は腹の中で気合いを入れた。


「此度の戦役は大義であった。そなたにも負担になったであろう」

「お気遣い恐縮です。私も良い経験になりました」


 ウンと頷いたカウリは鋭い視線を部屋の中の隅々まで一周パトロールさせた。

 その後で気を入れ直して、渋い声音で確かめるように訊いた。


「今後の為、そなたに重要な事を確認しておきたい」

「なんですか? いきなり改まって」

「……重要な事なんだ」

「えぇ」


 カウリは己の左前に合ったワイングラスを右側へ移し、椅子から身を乗り出すようにして、グッと五輪男へ近づいた。ちょっと暑苦しい感じに五輪男は下がるのだが。


「エイダは自らの真実をまだ知らぬよな?」


 その質問に五輪男は精一杯の不快感を示した。


「……もちろんです。私もゼルも、エイダにはゼルが父親だと教育してきましたから」

「それを聞いて安心した。気分の悪い事を聞いてすまぬ。どうか許せ」

「なんでまたそんな事を。訳を教えてください」

「まぁ、単刀直入に言うとだな」


 非常に言いにくそうにしているカウリは、もう一度部屋の中を見回した。

 自分とワタラ以外に誰も居ないと安心するまで、じっくり時間を使っていた。


「リリスを許婚にしたいのだ。協力してくれぬか?」

「なぜ? 何故また唐突に?」


 カウリは椅子へ深く座りなおすと、天井を見上げ呟いた。


「兄貴が。ゼル無き今、エイダが狙われる。エイダがいなければシュサの血統は絶えるだろう? 現実問題として大祖国戦争を生き延びたノーリの血統は俺を含めそれほど残っていない」

「そうでしたね。カウリさんをふくめ確か六人かその程度の筈」

「あぁ。その通りだ」


 溜息をこぼしたカウリはもう一度身体を起こした。

 真っ直ぐに五輪男を見る目には、何かを企む策士の色が無かった。


「ワシとゼルはノーリの弟サウリの血統で、それはつまりノーリとサウリの父ビルタの血統だ」

「そうですね」

「兄貴ゼルも俺と同じくサウリの血を引いている。フレミナへ行ったサウリの父性血統はワシやゼルの中に生きてきた。つまり、エイダは間違いなくビルダの血統だ。そしてそれはフレミナではなく、間違いなくシウニンの血統だ」


 解るか?と、そう言いたげな目で五輪男を見るカウリ。


「娘を持つモノがエイダへ嫁を差し出すなら、それなら問題は無い。だがあの子はマダラだ。マダラの王など認めないと言う層は確実に居る」


「そうでしょうね」


「その連中はこう考える。まず、エイダとゼルを殺す。次に、何らかの方法でシュサ帝と三人の息子を亡き者にする。そうなれば、ノーリの血統は娘ばかりになる。ワシとて息子トウリと娘リリスの他には、リリスの姉が一人、妹が二人だ。つまり」


「エイダとトウリはビルダの血を受け継ぐ数少ない男」

「その通りだ」


 溜息をこぼしたカウリは一度目を切ったあと、もう一度五輪男をジッと見た。


「ノーリの血を引く娘を貰った外様の衛星王家は、今がチャンスと思うかも知れぬ。エイダを誑かして娘を宛がわれるなら、それは良い。だが、暗殺は避けたい」


 エイダを暗殺と言う言葉が零れ、五輪男は身体を硬くした。

 緊張溢れる姿になった五輪男に、カウリはよりいっそう熱っぽい言葉を浴びせた。


「エイダとトウリを殺せば、ビルダの正等血統は絶える。つまりシウニンの血統がたたれる事になる。そして、衛星貴族へ流れた傍流だけが残る。他の家へ流れていった娘たちの血を持つ衛星王家は太陽王の乗っ取りを企むかも知れぬ。つまり」

「ビルダ・アージン朝は滅んで消えるわけですね」

「そう言う事だ。そして、それを狙うのはフレミナ一門だ。シウニンとフレミナの抗争が再開されてしまう。ワシはそれを避けたいのだ」


 何となくカウリの言葉には裏がある。五輪男は直感でそう思った。

 五輪男の左前にはカウリの運んだワイングラスがあった。

 だが、並べられた言葉にはもっともな部分のほうが多い。


「トウリは元服の試練を受けなかった。故に太陽王への道はほぼ無い。だが、あいつは紛れも無くサウリの子孫だ。あいつの役目はすっかり細くなってしまったビルダの家系を太くすることだ。そして、エイダとリリスの間には子が出来ぬだろう。理由はそなたが一番よく知っているはずだ。そこにトウリの息子を送り込む。それだけでなく、ノーリとサウリの父ビルダの血を引くシウニンの男をウンと増やして、フレミナを合法で一気に滅ぼすんだ。あの一門は三百年経っても諦めていない。シュサ帝の言葉に出来ぬ手引きでイスカーの家系は間もなく滅びる。だが、まだウェスカーの家系が残っている。こっちを早く始末したいんだ」


 深く深く溜息をこぼしたカウリは、じっと五輪男を見た。

 その目には咎人の後悔が張り付いていた。


「エイダは。あの子は普通ではない宿命を背負って生まれてしまった。きっと凄い男になるだろうが、それでも一代限りの宿命だ。それゆえ、リリスは最後までエイダを裏切らないように仕向けてある。自分の娘をだ。己の罪深さに震えるほどだ。だが、あの子にはあの子なりに幸せになってもらいたい。それがワシの本音じゃ。そして、、、あの子が次の太陽王を選ぶとき、フレミナの横槍であの子が苦しまないようにしておきたい。全ての泥はワシが被る。だから」


 切々と語ったカウリ。

 五輪男は完全に飲み込まれてしまった。


「まずはエイラと話しをしましょう」

「うむ。色よい返事を期待しておる」


 ジッと五輪男を見ているカウリは、どこか安堵していた。

 なにか、巨大な陰謀に巻き込まれたような印象の五輪男には、カウリが笑っているように見えていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い。主人公と嫁周りが全く訳分からないけどそれ以外は非常に分かりやすく理解しやすい。先が楽しみ。 [気になる点] イヌの大将が死んで嫁の事思い出して後悔するのに何で跡取りの話をもっと詳し…
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