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100日祝


 その日は朝から暑い日だった。

 カンと冴えた青空は何処までも碧い。


 王府の発表から3日が経過し、浮き足だった市民の我慢は限界だ。

 誰もが指を折って『今日』を待っている。


 ――――今日だよな?

 ――――昨日もそんな話したな

 ――――今日こそはお出ましになる筈だ!


 その声は細波のように広場を駆け巡る。

 期待と願望とが入り混じった複雑な感情は、時に諍いのタネになる。


 だが、誰もが期待に胸を膨らませ、弾んだ表情だ。

 それは市民に自制と節制を呼びかける原動力でもあった。


 ――――王は必ず現れてくださる


 根拠の無い確信を胸に、市民は辛抱強く待ち続けていた。

 新たにお生まれになった王子を抱き、我らの太陽王が降臨される。

 ル・ガル国民を導かれる、太陽の地上代行者。


 太陽王


 それはイヌを屈服させんとする外敵を追い払い、平和と安定をもたらす存在。

 全てのイヌやオオカミにとって、無条件で命を預けても良い存在。


 神の教えに出てくる、地上へと降りられた神そのもの。

 それこそが太陽王なのだ。


 ――――早く出てきてくれないかなぁ


 広場に居た少女がボソリと呟いた。

 何処かで摘んできたであろう花を持っていた。


 安寧と発展とを願う青い花。

 それは、市民が願う事と本質的に同じもの。


 国が健やかでありますように。

 毎日が平穏無事でありますように。


 何の罪も無い市民が願うささやかな希望は、たったそれだけだ。


 ただ、市民達は大切な事に気が付いてなかった。

 富める者がその暮らしを維持すること自体、貧しい者への暴力だと言う事に。

 豊かな暮らし自体が、羨望と憎悪を燃料に軋轢を生み出すと言う事に。


 それに気が付かぬ者も、気が付いていてなお無視する者も、共に重罪。

 しかし、それらを飛び越え、市民達は願っていた。

 王の御代が長しえに安寧で有りますように……と。


 そして、誰かが声を上げた。

 誰もが望んでいた『それ』が始まったのだった。


 ――――騎兵だ!











 ――――――――帝國暦371年7月28日

           ガルディブルク城下大広場












 若い男の声が稲妻の様に広場を駆け抜けた。

 それと同時、拍手と歓声が沸き起こった。

 広場を埋め尽くすように手拍子が続いた。


 太陽王の直率する近衛師団の中でも最高のエリート。

 近衛第一師団騎兵連隊が広場へと入ってきた。

 騎兵の跨がる馬に合わせ、その手拍子が続く。


 先頭右側に立つ騎兵が持つ旗は、ウォータークラウンの紋章が入っている。

 そして、先頭左側に立つ騎兵は、螺旋を描いて落ちる木洩れ日の紋章だ。


 太陽王は太陽神の地上代行者である。

 その権威は他の誰でも無い、神が与えたものである。

 二つの紋章はその象徴であり、また、遍く市民へ知らしめる為のものだった。


 ――――おいでなさるぞ!


 誰かがそう叫んだ。

 ややあって悲鳴にも似た歓声が何処かで上がった。

 騎兵たちは馬を返し、その鼻先を市民へと向けた。


 ――――来たッ!


 野太い男の声が響いた。

 騎兵たちの作った花道の中央を重武装の歩兵が歩いて行く。


 どれ程に騎兵や弓兵が精強であろうと、軍隊の実力は歩兵が決める。

 騎兵の任務は軍主力同士のぶつかり合いであり、敵戦力の漸減でしか無い。

 敵国を屈服させるのは歩兵の仕事であり、最後に旗を立てるのはこの兵科だ。


 そんな歩兵達が十重二十重に囲む中、太陽王は遂に姿を現した。

 いつの間にかその姿には、市民を納得させる迫力と貫禄を纏っていた。


 この30年の間、城の中で王が何をしてきたのかは誰も知らない。

 だが、この姿を見れば、それは決して怠惰な日々では無かったと知った。


 シュサ帝に引けを取らぬ、武帝の姿がそこにあった。


 ――――王だ!

 ――――降臨なされた!

 ――――王がおいでになった!


 何処からか、自然発生的な声が広がった。

 それは、王を讃える賛美歌にも似た声。

 神に愛されし王国たる、ル・ガルを讃える声。


 そして、王と国とを護り導く神を称える声。

 だが、何よりも大きな声は、帝后の抱く真っ白な包みへの歓声だ。


 ――――太陽王万歳!

 ――――ル・ガル万歳!


 大きな声が鳴り響く中、カリオンはゆっくりと振り返っていた。

 それはまるで配下を検める魔王のように、険しい表情でだ。

 その都度に歩兵や騎兵は辺りを確かめ、王子の安全を確かめる。


 ――――王は気を遣っておられる


 市民がそれを感じるほどにカリオンは気を遣っていた。

 但しそれは、王子では無くサンドラに対してだが。


 サンドラは気丈な顔立ちで歩いていた。

 何よりも貴重な存在である王子を抱いて、時には笑顔を見せながら。


 だが、カリオンとサンドラが市民の中に入った時だ。

 市民の中から悲鳴にも似たため息が漏れ始めた。

 それは、カリオンが気を遣う理由そのものだ。


 ――――あらら……


 そんな声が漏れ始めると同時、カリオンの表情は優しげなものに変わった。

 サンドラは悲痛な表情になって俯くが、そっと歩み寄りその肩を抱く。


 まるで『心配ない。心配ない』と励ますような姿に、市民が微笑む

 今にも泣きだしそうな顔のサンドラは、口を真一文字に結んでカリオンを見た。


 サンドラが抱く王子はマダラだったのだ。


「みな、よく集まってくれた」


 カリオンはよく通る声を上げ、右手を挙げた。

 その一挙手一投足に歓声があがる。


 カリオンはサンドラから王子を抱き寄せると、皆に見えるように胸に抱いた。

 王の腕に抱かれ、天使の笑みを見せて王子は眠っていた。


「どうだ? 余に似ておろう?」


 嬉しそうな顔で市民に問い掛けるカリオンは、文字通り満面の笑みだ。

 市民達は王の見せる満足げな姿に、どこか溜飲を下げる思いだ。


 今上王もマダラなのだし、父たるゼル公もマダラだった。

 ならばカリオン王の息子がマダラでもおかしくない。

 きっとそんな血統なのだと、誰もがそう思った。


「余も……余の父も苦労したが……我が子は苦労しないで貰いたいものだ」


 そうは思わぬか?と問いかけるカリオンは、市民の中に割って入った。

 近衛連隊の騎兵や歩兵が浮き足立つように隊列を崩す。


 だが、カリオンの足は止まらなかった。


「天から使わされた使者なのだ。子は国の宝だ。民族共通の財産なのだ」


 大切そうに我が子を抱え、カリオンは市民の中へと割って入っていく。


 ――――王よ!

 ――――我らが太陽王!


 市民の歓声がまるで悲鳴のように響き、カリオンは笑顔でそれに応える。

 ただ、カリオンを護るべきエリートガードはそれどころでは無かった。。


 遠慮する様子など一切なく、気ままな様子で市民の中へと進んでいくカリオン。

 この群衆の中に他国からの工作員が紛れ込んでいない保証は無い。

 それを了解しているからこそ、歩兵の中に混じっていた男達が飛び出していた。


 太陽王親衛隊


 国軍全ての中から選ばれた、腕に覚えのある者達。

 彼らはル・ガル全土の兵士の中から選ばれた、文字通りのエリートだ。


 自薦他薦を問わず、腕に覚えのある者が集まり選抜大会を開いた。

 いくつかのグループに別れ総当たり戦を行い、上位者だけが二次選抜を受ける。


 再びの総当たり戦を行い、その戦いで生き残った剣術系の上位者達。

 総勢50万近い候補の中から上位100人が選ばれたのだ。


 そして、そんな腕に覚えのある者ばかりを更に鍛え上げ、再度の選抜を行う。


 選び抜かれたのは、僅か25名ほどの抜刀隊。

 彼らは全員が黒い外套と仮面を付けていた。


 背には銀糸を使い通しナンバーが縫い付けられ、個人の人格まで消し去った。

 かつて、武帝と呼ばれたシュサに命を捧げた親衛隊が居た。

 ソレと同じ規模の集団をカリオンは組織していた。


 彼らは最後の瞬間まで太陽王に命を捧げる事を誓った親衛隊。

 その多くが、まるで使い込まれた雑巾の様な灰色の体毛を持つ者達だ。

 彼らは大半が雑種であり、背負うべき家名や爵位など無い者達。


 つまり、最終的にル・ガルから切り捨てられても良い者ばかり。

 だが、それ故に燃えるような忠誠心でカリオンに従っているのだった。


「……陛下。どうかお下がりを」


 背の高い銀髪のイヌが静かに声を掛けた。

 取り立てて印象の無い、何処にでも居るような青年(モブ)だ。


「ヴァルターは心配性だな――」


 僅かに振り返ったカリオンは、笑みを添えて言った。


「――例え如何なる状況であろうと余は無敵だ。そなたも知っておろう」


 そう。

 カリオンはその親衛隊の剣技訓練に参加した事がある。

 そして、その場で全員を圧倒して見せた。


 ル・ガルで一番の剣士となった男。

 リヒャルト・ヴァルターを剣技で圧倒したのだ。


「……差し出がましいことを申し上げました。どうかお許しを」


 我が子ララウリを片手に抱え、カリオンはヴァルターの肩を叩いた。

 案ずることは無いと言わんばかりの姿に、盤石の関係を皆が見取っていた。


「いやいや、構わんさ。この子を抱いていては剣を片手で裁かねばならぬ」

「……ある意味、ちょうど良い位でしょうか?」

「そうだな。工作員に希望を持たせる程度には苦戦するさ」


 ハハハと陽気に笑いながら市民と対話するカリオン。

 その背にあって、周囲を威する眼光を放つ男。


 太陽王親衛隊を束ねる不撓不屈なル・ガル最強の剣士。

 不敗のヴァルターは静かに頷くのだった。

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