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サプライズ

お待たせしました。ちょっと不定期ですが再開します。


 凛とした空気に包まれた王都ガルディブルク。

 新年を迎えたこの街には、各所に様々な赤い実が飾られていた。

 それは、眩く輝く太陽をシンボライズした、魔除けの枝だ。

 栄える街の辻々にそれが飾られ、新年のめでたい空気を漂わせるのだった。


 そんな新年の15日。

 王都には帝國各所から諸侯が参内してくる。

 新たな年を迎えた王都に集うのは、例年15日と決まっていた。


 領地を管理する責任を負う貴族達は、それぞれの領地で新年を迎える。

 そして、それぞれの所領にて新年の儀典を行った後、王都へと出仕する。

 太陽王の召集により伯爵家以上の者は王都へと召集されるのだ。


 そしてその席には、特別に一代貴族が出席する事もある。

 爵位を持つだけで実際は平民でしかない男爵。

 爵位持ちの中で所領を持たず、支給される禄で暮らす子爵。

 彼らは一代貴族故に本来は召集を受けない。


 だが、顕著な功績を果たした者は、貴族貴顕の集まる席で謁見の栄誉を得る。

 そもそも、高級貴族各家との個別謁見は旧年中に済ませてしまう事が多い。

 紹介されなくとも顔と名の通っている貴族であれば、必要の無い事だ。


 つまり、この席に呼ばれる一代貴族は、お披露目の意味も兼ねていた。

 その為か、新年の謁見は城の大ホールにて立席パーティーのスタイルだ。

 大ホールの中に着飾った多くの貴族が集い、肩の力を抜いて歓談を繰り広げる。


 色々と厳しい折衝や、衝突寸前の利害関係があっても、この席では休戦。

 太陽王の招聘によって集まった場で争えば、それは家の名誉に関わる事だ。


 ――――今年も平穏無事でありたいものですな


 所領の境を挟んで衝突寸前の貴族家同士が穏やかな言葉を交わす。

 ただ、それはたまたま火花が見えないだけの話で、水面下では戦っていた。

 言葉ひとつで必要な結果を得る為に、熾烈な戦いが繰り広げられていた。


 ウォークはそんな所へ姿を現した。

 公式に侍従長のポストに就いたウォークは、事実上ル・ガルのナンバー2だ。

 広間の中をグルリと見渡したウォークは、音吐朗々に声を発した。


「諸侯各位様。新年を寿ぐ席へのご参集、まことにお疲れさまでございます」


 空くまで謙る形で声を発したウォーク。

 それは、この30年近く繰り返されているウォークの挨拶だ。

 ル・ガルの新年は、この一言で始まると言っても過言では無かった。


 だが、多くの貴族家当主達は知っている。

 嫌と言うほど解っていて、理解している。


 このウォーク・グリーンと言う男の不興を買えば、それは没落への最短手だ。

 太陽王へ如何なる進言諫言をも許される数少ない立場の男なのだ。

 故に、貴族達はウォークに対して最大限の気を使う。


 ウォーク自身が困るほどに、腫れ物扱いを受けるのだった。


「まもなくカリオン王がお見えになります。どうか拍手のご用意を」


 ウォークの言葉に促され、出席していた貴族家の者達が一斉に動いた。

 手にしていたグラスや皿をテーブルへとおろし、両手を開けて待つのだ。


 ややあってウォークは一歩下がってから壁際へと移動し待機した。

 それと同時、誰かが『お見えになられた!』と声を発した。

 大ホールの中に割れんばかりな拍手が鳴り響く中、ホールのドアが開かれた。


 そのドアの向こうには、第5代太陽王、カリオン・エ・アージンが立っていた。

 ウォータークラウンの紋章が入った套を肩から提げる太陽王の正装だ。


「諸君、新年おめでとう。おめでとう――」


 ゆっくりと大ホールへ進み出たカリオン。

 長い裾を引きずり、腰には太陽の紋章入りな太刀を佩ている。

 螺旋を描いてこぼれ落ちるその光は、眩い太陽をシンボライズしていた。


「――新たな年を迎えたこの良き日だが、実は今日、諸侯らに重大な発表がある」


 いつの間にか王の威を纏いつつあるカリオンは、中年と呼ばれる風貌だった。

 通常のイヌよりも早く歳を取っている。そんな印象を誰もが持った。


 ただ、口が裂けてもそれを声に出して言う事は出来ない。

 暗黙の了解として、誰もがそんな印象を持っているのだった。











 ――――――――帝國歴371年 1月15日

           王都ガルディブルク 城内大広間











「至極個人的な事情なのだが、国家にとっては一大事かも知れぬ」


 新年を寿ぐ祝いの席だが、太陽王は居並ぶ高級貴族を前にそう切り出した。

 余りに唐突な発表だが、王の言葉である以上黙って聞くしか無い。


 諸侯は息を呑み、その重大な発表とやらを待った。

 それは貴族だけで無く、聖導教会から派遣されている大司教もだ。

 聖なる導きの教えを伝道する教会の頂点は教主であり、大司教はその下に居る。


 ル・ガル全土に7名の大司教が存在し、それとは別に5名の実務大司教が居た。

 彼らはそれぞれの教区において伝道活動を行い、民衆を導いている。

 実務司教は教会の中枢にあって、謂わば参謀本部の役割を負っていた。


 そんな大司教12名が一堂に会すのも、聖導教会本部以外ではここだけ。

 言い方を変えれば、太陽王は聖導教会の陪審員12名に査察を受ける場だった。


「……長らく寡婦であった余だが、今日の良き日、余は妻を娶った事を発表する」


 それは余りに唐突な言葉だった。

 聖導教会に所属するパラディン(聖導騎士)などが散々噛み付いていた件だ。


 本来、王は伴侶を伴ってこそ政の意味を成すと考えられてきた。

 しかし、カリオン王はリリス妃の後継となる新たな帝后を迎える気配すら無い。

 それに痺れを切らしていた聖導教会の面々は、真面目にクーデターを考えた。


「色々あって紹介が遅れてしまったが……」


 カリオンは振り返って扉の影にいた存在を呼んだ。

 僅かに気後れしたらしいその存在は、スッと進み出て皆の前に姿を現した。


 誰もが息を呑むその姿に、カリオンがニヤリと笑う。

 そこにいたのは、太陽王の帝后として恥ずかしくない姿をしたサンドラだ。

 リリスとは異なるデザインの衣装を纏った彼女の姿に、皆が息を呑んだ。


「諸君らも知っての通り、かつてはサウリクル家当主トウリ・アージンの妻であった。だが……兄と慕ったトウリは遠行し、()には余の後宮へ入って貰っていたのだが――」


 カリオンは敢えて妻という言葉に重きを置いた。

 その言葉を聞いたサンドラは表情を緩め、僅かに笑みを浮かべカリオンを見た。


「――まぁ、成り行きの話などどうでも良いな」


 軽い調子で冗談でも飛ばすように言ったカリオン。

 だが、その手はサンドラへと伸び、彼女はその手を取った。

 そして、熟れた木の実が大地へと落ちるように、カリオンへと引き寄せられた。


 それは愛のある微笑ましい夫婦の情景。

 聖導教会の説く、夫婦和合を具現化した姿。

 国父と国母が共に愛し合い慈しみ合い助け合う姿。


 そんなふたりの仲睦まじい姿に、諸侯らはどこか安堵の感があった。

 この30年。王の周辺から漏れ伝わる話には碌なものが無かったからだ。


 やれ、城にヒトのハーレムを作っただの、ネコやトラの幼女を引き取っただの。

 国のことなど部下に任せ、自分は遊惰放蕩の限りを尽くしている。

 そして、また新しい女を城に召し上げた。しかも、またヒトの女だ。


 悪意に満ちた噂話は、城下に出れば幾らでも耳に入った。


 だいたいそもそも、ケチの付け始めが酷かった。

 側近中の側近であるジョージ・スペンサーを、自ら手討ちにしたらしい。

 近衛連隊の長であり、国軍の管理者でもあった相国をその手に掛けたのだ。


 王は正気を失っておられる。誰もがその噂を信じ始めていた。

 そして、こうも思っていた。


 ――――王はイヌの女には興味がないんだ……

 ――――いや、王はイヌの女が怖いんだ

 ――――マダラと馬鹿にされ蔑まれるのが嫌なんだ

 ――――だからヒトの女ばかり囲っているんだ。


 市民レベルですらそんな話が出回るほどで、多くの貴族達もそう思っていた。

 そして、若王を諫めるべき枢密院の老人達は何をやっているんだ?と。

 末端にある男爵までもが、そんな言葉を酒場で吐いていたのだ。


 だが……


「……妻は余の子を身籠もったようだ」


 カリオンが柔らかな声でそう言うと、サンドラは目を瞑ってしまった。

 そして、恥ずかしそうな表情を浮かべ、カリオンの胸に顔を埋めた。


 静寂だけが大広間にあった。誰もが度肝を抜かれた様に固まった。

 王は今なんと言ったのだ?と、冷静に言葉を反芻した。


「ん? 今のは冗談では無いぞ?」


 柔らかに微笑んだカリオンは、サンドラの肩を抱き締めて言った。


「運命の皮肉とは恐ろしいものだが……結果的にル・ガルとフレミナは歴史的な和合を成し遂げようとしている。イヌとオオカミの統一王が産まれるかも知れんな」


 大広間は水を打ったように静まりかえった。

 諸侯らは誰かが何かを言うのをジッと待った。


 あのジョージ・スペンサーを手討ちにした王だ。

 王の不興を買えば、その場で愛刀に錆にされかねない。

 かつての聡明な若王はもう居ないのだと、誰もがそう思った。


 だが……


「遅ればせながら新年のお祝いを申し上ぐる……って、あれ?」


 唐突に大広間へと入ってきたのは、大公爵待遇を与えられる存在だ。

 ル・ガルと友邦関係に収まったオオカミ一門の長。

 フレミナ王オクルカ・フレミナの長子ロシリカだ。


「……まぁいいか。太陽王陛下にはご機嫌麗しゅうございまする」


 何とも大時代的な仰々しい挨拶で大広間へと入ったロシリカ。

 その背後にはオオカミ一門の男達が並んでいた。


「ん? どうしたシリ」


 そんなロシリカをカリオンは気易くシリと呼んだ。

 側近に呼びやすいあだ名を付けるのは恒例なのだが……


「父オクルカより祝の品を献上するよう仰せつかりました」

「そうか。で、オクルカ公はなんと?」

「新しい時代の幕開けに相応しい新王に期待すると」


 新しい時代の幕開け。その言葉に全員が表情を強張らせた。


 それは、一歩間違えれば間違い無い地雷だからだ。

 カリオン王の否定そのもの。そうとも受け取られない、危険な言葉だった。


 だが。


「……そうだな」


 自信あふれる笑みを浮かべ、カリオンはそれを首肯した。

 その堂々たる姿に諸侯らは安堵の表情を浮かべた。

 少なくとも、この30年を放蕩磊落に過ごした訳ではないと知ったのだ。


 そして、カリオンの即位以来、凡そ50年を掛けて行って来た改革の全て。

 祖父であり、また、最も影響を受けた人物であるシュサ王の悲願。


 ル・ガル一統


 イヌとオオカミという、かつては同じ一族だったふたつの種族。

 その二つを統合せんとカリオン王は第一歩を踏み出していた。

 それは間違い無く、ル・ガル史に名を残す政策だった。


「かつて、我が父はこう言いました。このガルディアラがほつれた麻袋の如くに乱れるのは原因がある。それは――」


 ニヤリと笑ったロシリカは、牙を見せながら言葉を続けた。


「――いがみ合う七つの国家。決して交われぬ六つの種族。傍観する五つの周辺国家。色分けされた四つの地方風土。そして、三つに別れた陣営。宿敵同士な二つの国家。一つの超大国。それが今のル・ガルだ……と」


 それが意味するところが、貴族ならば誰でも解る事だ。

 世界に冠たる最大の大国ル・ガルは、実際には微妙なバランスの上にあった。

 そのバランスを保つよう、太陽王は最大限気を使わねばならない。


 ル・ガルを取り囲む6つの国家。

 すなわち、オオカミ、トラ、ネコ、カモシカ、ウサギ、キツネ。

 そのどれもが種族的な独立を保ち、民族的に交わりはしない。

 唯一、イヌとオオカミだけが混じり合えるのだ。


 そして、その周辺には傍観を決め込む5つの種族国家がある。

 ヘビやライオン。タヌキやイノシシ。そしてクマ。

 彼らはそのどれもが、ガルディアラを蹂躙しうるだけの実力を持っている。


 こと、ヘビとクマは始末が悪い。


「ですが、我が父はこう言いました。カリオン王のめでたき慶事が新たな時代の扉を開けるであろう……と。つまり――」


 ロシリカの言葉と共に、オオカミの男達が大広間に何かを運び込んだ。

 それは、眩い程輝く鉄色(くろがねいろ)の塊だった。


「――ひとつの国家。ひとつの民族。そして、ひとりの絶対王」


 刹那、ザワリとしたどよめきが大広間に走った。

 ロシリカが開陳したのは、北の大地から運び込まれた鋼の塊だった

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