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忠義と友情

~承前






「忙しいところを悪いな。待たせたか?」


 昼下がりのガルディブルク城はどこか気だるい空気だった。

 寝起きのジョニーはカリオンに呼び出され、イソイソと登城してきた。


 リリスと直接顔を合わせてから、既に1週間が経過していた日。

 そろそろメチータへ帰ろうかとしていたところだった。


「待ったには待ったが飽きなかったよ」


 王の庭で待っていたジョニーは、格好の話し相手を見つけていた。

 ジョージ・スペンサーの後を引き継いだモーガン・ドレイク・スペンサーだ。


 同じ公爵家の跡取り候補だったという事で、ふたりは昔から面識があった。

 100近くも年の差があるのだが、同じ苦労を知っているだけに話が合うのだ。


「そいつは良かった。ドリーも手間を取らせたね」

「何を言われるか。私自身も楽しかった」


 満足げな表情で首肯するドレイクは、王の庭を辞すべく立ち上がった。

 カリオン自ら下賜した名だが、それを縮めてドリーの愛称を付けていた。


 ドレイクだけで無く愛称までも付けられ、モーガンはそれを殊更に喜んだ。

 だが、ドリーの愛称で呼んで良いのは王だけだった。


「帰るのか?」

「あぁ。邪魔は無い方が良いだろ?」


 ニコリと笑ったドレイクの顔は、何とも愛嬌のあるモノだった。


「王は君を呼んだんだ。余計な手間を取らせるべきでは無い」


 ドレイクはあくまで王への従心を主とし、それをより所にしていた。

 公爵家の当主となった以上、誰が見ても重臣たり得なければならない。


 公爵は全ての貴族にとっての手本であり、また、国家の屋台骨だ。

 その当主の振る舞い全てが、王と国家の為であるのだ……とドレイクは考える。


「では王よ。改めて参りまする」

「すまないドリー。気まで使わせたな」


 ドレイクはジョニーとカリオンに気を使ってその場を離れた。

 それ位の事はジョニーにだって充分に理解出来た。


 ふたりだけになれば、いつでもあの頃へ帰れるふたりだ。

 寡婦となったカリオン王のストレス解消は重要だった。


「ドレイクはリリスの事を知ってるのか?」

「いや、知らない筈だ。知っていて知らないフリかも知れないけどな」


 ジョニーの問いに対し、カリオンは軽い調子でそう答えた。

 実際問題として、知っているかどうかは関係無いのだ。


 ドレイクは爪の先の先に至るまで王の為にと振る舞う。

 その愚直なまでの忠誠は、どこか病的なレベルだった。


 だが、貴族にとって王への忠誠は、競うべきものなのだ。

 愚直かつ純粋な忠誠こそ、自らの内面に誇るべきものだった。


「で、茅街からはなんと?」


 ジョニーはいきなり本題に入った。サンドラの妊娠はここでも把握出来る事だ。

 トウリとカリオンの間にどんなやり取りがあったのかは、直接聞くしか無い。


 そして、それ以上に聞いておきたい事がある。

 サンドラとリリスが何を話したのか……だ。


 ふたりの関係は盤石なモノの筈。

 だが、今後の為に知識として知っておきたい事だ。

 場合によっては争いのタネになりかねないのだから。


「リリスは夢中術でサンドラやトウリにその事実を告げたらしい。トウリは気が付かなかったようだが、サンドラは薄々感づいて居たらしいな」


 イヌの鼻は僅かなホルモンバランスの変化を嗅ぎ分ける。

 女が妊娠すれば、その臭いを正確に嗅ぎ分けてすぐに気が付くのだ。

 トウリの鈍さは相変わらずだが、それでも最終的には解ったらしい。


「へぇ……そうか。で、まぁ、それは良いとして『解ってるよ』


 カリオンは持参した茶をジョニーに振る舞いながら、自分もそれに手を付けた。

 馥郁たる薫りを味わった後、一口飲んでからホッと息を吐いた。


「リリスにもサンドラにも、もちろんトウリにも言ってある。男の子が産まれるだろうから、その子を養子にくれってな」


 小さく『そうか』と呟いてジョニーは頷いた。

 ル・ガルは安泰だと、心魂からそう思ったのだ。


 だが、カリオンの言葉には続きがあった。

 ジョニーは心の準備など一切なく、とんでも無い話を聞いてしまった。


「けどな、リリスがプリプリと怒り出してな」

「怒る? なんでだ??」

「サンドラは子供を産んだら用無しか!って言いだしてな」

「……なるほど。で?」


 話の続きをせがむように相槌を打つジョニー。

 カリオンは苦笑しながら言った。


「リリスが言うには、公式にサンドラと再婚しろってな、そう言うんだよ」

「……はぁ?」

「彼女くらいは日の当たる場所へもう一度引っ張り出せって」


 最も重罪であるトウリは、公式には死罪となっている。

 だが、その妻であるサンドラは、詰まるところ居場所が無かったのだ。


 リリス惨殺事件から数ヶ月、娘を出産したサンドラはサウリクル家に居た。

 嫁ぎ先であるサウリクル家の中で、子育てに専念してた。

 それが一段落し、今は夫と茅街に暮らしているのだ。


 トウリは公式には死んだ事になっている。

 故に、茅街にいるイヌは別当と呼ばれている。

 その別当の世話役としてだった。


「リリスは……それで良いのかよ」

「むしろそれが良いらしい。リリスとサンドラは割と円満な関係のようだしな」


 女の友情は男には解らない部分が多い。

 だが、少なくとも円満な関係というのは見て取れるのだ。


「サンドラの……トウリの娘はどうするんだ?」

「養女として引き取るつもりだ。何度か顔を合わせているが、あの娘も育った」

「そうか……」


 しばしの沈黙が流れ、ジョニーは不意に顔を上げた。


「その娘、歳は幾つだ?」

「ざっくり30だな」

「じゃぁ……ロニーに嫁がせるか?」

「……あぁ、ジョニーんとこのアイツか」


 お調子者で浮ついた男だが、それでもやはり一人前の騎兵だ。

 馬に乗り駆ける姿はサマになっていて、メチータではそれなりに人気がある。


「トウリ兄貴にも色々と義理がある。ここらで一つ、義理を果たしておきたい」

「それは良いが、俺としてはあくまで本人達の意向を大事にしてやりたい」

「……女は道具だからな」

「そうなんだよ」


 縁戚関係となる為に見知らぬ家へ嫁に出される。

 貴族の家に育ったなら、それもまた逃れられる運命だ。

 その課程で様々な軋轢や葛藤が生まれ、悲劇的な結末を迎える話も多い。


 ただ、それを一律禁止にしてしまうのは難しい問題でもある。

 縁戚となり身内となって大きな家に育てる事こそ、当主の努めでもある。

 男爵や子爵となった者が爵位存続の為に奔走すれば、国が栄えるのだ。


「まぁ、自由恋愛なんてのが難しいのは当たり前だが……」

「当人同士がその気になってくれるのが望ましいな」

「……しかし、エディも面倒を背負い込んでるな」

「まぁ、そりゃ仕方がねぇさ」


 王にあるまじき軽い言葉が飛び出た。

 だがそれは、緊張の抜けたリラックスしている姿だ。


「ところでウォークはどうした? アイツに面倒押し付けりゃいいじゃねぇか」

「普段からそうしてるぞ? 今日だって予算案で揉めてる貴族の仲裁だ」


 顔を見合わせ、悪い表情になって笑うふたり。

 予算をどれ程多く取ってくるかで能力の多寡が決まる世界だ。

 どこの家のモノだって、鼻息も荒く迫ってくるのだ。


 それを裁かねばならない労力と胆力は尋常では無い。

 カリオンとて3件続けてそれをやれば随分と疲弊するのだが……


「今日は5件の相談を受けている。まぁ、頑張れって言っておいたが……」

「アイツも災難だな」

「まぁ、その分だけ良い待遇って事だ」


 ウンウンと首肯したジョニー。

 カリオンはその姿を見ていた。


「どうした? 俺がどうかしたか?」

「いや、まぁ、なんつうかな……」


 腕を組んでジョニーを見たカリオン。

 その表情から王が抜け、ただの男がそこに居た。


「……おれはあと10年か15年は修行だ」

「そうだな。15年で方面軍司令だな」

「早くドレイクに追いつきたいし、早くお前に追いつきたい」

「なんなら今、勅令を書いてやろうか?」


 カリオンはそんな軽口を叩いたが、ジョニーは真面目な顔で言った。


「やめてくれ! これ以上軋轢を抱えたくネェ」

「だろ?」


 ハハハを声を上げて笑ったジョニーとカリオン。

 だが、その笑いは尻すぼみになって消えた。


「背負わなきゃならネェ責任ってやつが増えてきてよ。どうにも肩が凝る」

「あぁ。だけどこれは……逃げられない」

「そうだな」


 なんともやるせない表情を浮かべ、カリオンはジョニーを見ていた。

 その姿にジョニーはカリオンが背負う荷の重さを感じた。


「もう少し修行してからここへ帰ってくるさ」

「あぁ。楽しみにしているよ。俺はいきなり肩書きを背負わされたからな」

「苦労したろ?」

「勿論だ。親やら親族やらが随分死んだし、見捨て見殺しにした命も多い」

「俺も同じ経験をしなきゃならねぇな」


 フッと笑ったジョニーは、最後の最後になってとうとう口にした。


「俺はお前の役に立てるか?」

「立つさ。今だって立ってる。久しぶりに楽しい話をしたよ」


 寂しそうに笑ったカリオンの言葉は本音だとジョニーは思った。

 想像を絶する重責の中で、幾重にも気を配って言葉を吐かねばならない立場だ。


 王の言葉一つで立場を悪くする者が現れ、壮絶な権力闘争が再開されかねない。

 歴代太陽王が味わってきた苦労の全てをカリオンは嫌と言うほど知った。


「そうか……そいつは良かった」


 安心したように呟いたジョニーは、懐から小さな袋を取り出した。

 その中には、あの日、リリスから貰った球が入っていた。


「これは……彼女の為に使うんだろうな」

「いや、そうじゃない」

「え?」


 カリオンは顎を引き、上目遣いに言った。


「それはあくまでジョニー自身のために使え。結果としてそれがリリスの為になるだろうし、恐らくはお前の為になるはずだ。なぁ、いつか結果が出るだろうさ」


 ジョニーは不思議そうな表情でカリオンを見た。

 何をどう言って良いのかわからないが、それでも釈然としないモノを感じた。


 ただ、時にはそれを承知で飲み込まなきゃいけない時もある。

 思わぬ偶然が重なって予想外の事態になる時だってあるのだから。


「……偶然の不幸を回避する為ってか?」

「いや、この世に偶然なんてものは無い。全ては必然なんだよ。だから――」


 カリオンはその球を指差して言った。


「――その必然が都合悪いとき、その流れを変える為にそれを使えば良い。対価を必要とする行為だが、その対価はもう支払われた」

「え? マジか? 覚えがないぞ?」

「良いのさ。それで良いんだ」


 ニヤリと笑ったカリオンは、追い討ちするように言った。


「もう貰ったさ。心配要らない」


 それは、ジョニーを安心させる為に吐いた言葉だ。

 だがしかし、その言葉には力があった。


 そして、今のカリオンは言外に『帰れ』と言っている。

 何も心配せず修行に励めと言っている。


 本当はもっと聞きたい事があった。

 鈴の音とはなんだ?と。夢中術の中で見たキツネの正体はなんだ?と。

 あの検非違使たちの総数やその仕組みに付いてもだ。


 だが、いまのジョニーにはそれが出来なかった。

 カリオンは様々な現場で試練を幾つも越え、人間的な成長を遂げていた。

 いつか聞いたとおり、時には自分自身を業火に焼くほどの経験が必要なのだ。


 命の危険を顧みず、運命を打ち据えるほどに強い気持ちで当らねばならない。

 もっともっと場数を踏み、経験を重ね、人間的な厚みを増さねばならない。

 ジョニーは、己が必要としている修行の根幹をそこに見て取った。


 ただ、それに気がつけるだけ自分が成長している事は感じてないのだが……


「また来て良いか?」

「あぁ、いつでも良いぞ。俺の手が空いているときならいつでも良い」

「わかった。また来る」


 おもむろに立ち上がったジョニーは、振り返らずに王の庭を出て行った。

 その背中を見つめるカリオンは、ただ黙って見送った。

 まだまだ経験の必要なジョニーの成長を祈りつつ……だ。


 ル・ガルにおいて西への備えの中核をになうレオン一門だ。

 その重責の一切を背負う事になるジョニーの成長をカリオンは祈った。


 帝國歴370年の夏。

 カリオンは指をおって年を数える。


「あと50年か…… 時間がないな……」


 そう、独り言を漏らしていた。




 ル・ガル帝國興亡記

 <中年期 動乱への予兆>の章



 ―了―



 <中年期 泡沫(うたかた)の日々>へと続く

 


ちょっとお休みして、どんどん続けます

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